第58話 元通りとはいかない
長い旅が終わり、無実を証明した海斗。グラードンを静めに行ったFBLを頭の片隅で心配しながら非凡な日常に戻ろうとするー
「………………………」
寝ぼけた頭で辺りを見回すと、懐かしい景色が見えた。短い間だったが、密度の濃い時間の中に自分は居た。ついさっき起きたことがあっという間に薄れて、また新しい出来事がやって来る。だけど今は違う。ゆっくりとした時間の中で、確実に何かを積み重ねる時だ。今までは固い地面や倒木の上などで浅い眠りを取るだったが、今は柔らかい藁のベッドでぐっすりと眠れた。海斗は改めて自分は帰って来たんだと実感した。
昨日は帰って来るなり早々に寝てしまった。そのおかげと言うべきか、皮肉と言うべきか、今起きているのは海斗だけだった。
「(久し振りにゆっくり出来そうだな。外に顔でも洗いに行こう)」
何の気なしに近くを流れる小川に顔を洗いに行く。ここを出る前と全く変わらない様子で澄んだ水は流れていた。手を合わせ、川の中に入れて水を掬い取る。少し冷たいが、気持ちのいい温度だ。掬った後は顔に近寄せ、一気に掛ける。うん、気持ちいい。
その時、誰かの気配を感じた。
「………誰だ?」
顔の中心に両手をつけ、素早く広げるように動かして顔についた水を吹き飛ばす。これで少しは見えるようになる。
そこには驚愕と焦燥に染まったチャーレムが立っていた。
「か、カイト、カイトが帰って来てるよ〜〜〜っ!!!」
そう叫ぶと、あっという間にポケモン広場の方に走って行ってしまった。
「………なんだ、アイツ…」
視界が悪く、誰なのか分からなかった海斗は、とりあえず顔を洗うことを再開した。
〜ポケモン広場〜
ポケモン広場の中心部には、数匹のポケモン達と、海斗討伐の報を待つゲンガー、アーボがいた。
「ケケケッ。海斗がぶっ倒されたって報告はまだ来ねーのかなー。ケケケケケッ!」
ゲンガーは海斗が倒された、という報告を聞くのを心待ちにしているようだ。
「なあ。なんでお前らさ、海斗を追わない?」
隣にいたアーボが、その場にいるポケモン達に聞く。
「おれたちに到底無理だよ。聞けば海斗達はかなり遠くまで逃げたみたいじゃないか。おれたちが追えても、群青の洞窟が関の山だ。むやみに命は捨てたくねえよ」
真っ先に海斗に攻撃した、ハスブレロが肩を竦ませる。ゲンガーの隣にいたダーテングのエドゥが会話に参加する。
「俺もあいつらを追ったんだが………あいつら炎の山に入って行ったんだ」
数匹のポケモン達からは戸惑いの声が漏れる。説明した通り、炎の山はブロンズ未満のランクだと近付くことすら許されない難関ダンジョンの一つ。当時シルバーランクになりたての彼等がクリア出来るとは到底不可能なことの筈だったのだ。
「俺は炎が苦手だからな。そこで追うのを断念したよ。しかし、あいつらには驚かせられたぜ。あの炎の山に迷い無く突き進んでったらしいからな。成長したもんだよ。俺なんてとっくに追い抜かされてたんだな!ハッハッハッハッハッ!」
なんとも能天気なものである。彼等の成長を喜び、高笑いするエドゥに頭を抱えるゲンガー。
「ケッ!だらしない奴ばかりだな、ホント!世界がどうなってもいいのかっつーの!ケケッ!」
呆れたように小馬鹿にするゲンガー。この態度には流石に食ってかかるハスブレロ。
「そういうゲンガーはどうなんだよ。そんなに言うならお前こそ追えばいいじゃないか」
「ケケッ。オレぁいいんだよ。ここでカイトがやられたって報告を聞く係だからな!ケケッ」
あまりにも調子のいい発言に手に力がこもる。
「けっ。勝手に決め付けやがる………!」
忌々しげに吐き捨てると、突然チャーレムが騒がしくやって来た。
「た、た、た大変よ〜〜!」
相当切羽詰まっている様で、大した距離でもないのに肩で息をしている。
「お?どうした。もしかしてカイトの野郎がくたばったって報告か?ケケッ!ザマァねえなぁ!」
「ちっがーう!カイトがカイトが………帰って来たのよー!!」
「な………!
「な………!
「な………!
「「「「「なんだってーーー!?」」」」」
まるで示し合わせたかのように、全員の反応が重なった。
*
ずっと忙しい時間が続いていたから急に静かになると逆に落ち着かない。することもなく、海斗は横になったまま天井に手を上げ、ただ意味も無くぶらぶらと動かしていた。感覚としては、天井を拭いている感じ。もちろん頭の中は「暇」の一言のみ。その時、入り口の方から誰かの大声が聞こえてきた。
「たのもーーっ!誰かいないか!?」
「お、誰か来た」
何の気なしに、ただ「暇だから」という理由で入り口へ向かう海斗。基地を出ると、自分の数倍は有ろうポケモンがこちらを見下ろして立っていた。
「む?誰だお前は。そうだ、お前、ここにリーフィアとグレイシアが居なかったか?」
顔を合わせるなり急に質問攻めしてくる。
「待て待て、誰だよあんた。そんな急に質問されても困るんだが………」
「あ、ああ。すまん。私はバシャーモのフロウ・ロン。先日ここに居たリーフィアとグレイシアに敗北した救助隊のポケモンの一匹だ」
そう、昨日の今日でこのバシャーモ、またここに来たのである。今度は、一人で。
「へー…おまっ!?…あ、いや、もういいのか」
「ん?どうした?」
「いや、なんでもない。こっちの問題だから気にしないでくれ」
相手が救助隊のポケモンだと言うことに焦ったが、もう追われる必要は無いのだ。そう思うと、体に入る力も少しは緩む。
「して、お前は誰なんだ?昨日来た時は見なかったが…」
「俺か?救助隊レオパルドリーダー、小鳥遊海斗だ」
特に気にせずにした自己紹介。突然、フロウの目の色が変わる。
「お前…タカナシカイトだと!?」
「ん?どうした?そんな震えて___おわあっ!?」
瞬間、海斗が居たところに炎の剛拳が飛んで来た。寸前で回避し、一歩離れる。
「いきなり攻撃してくんなよっ!なんの冗談だ、全く………」
軽口を叩きながらも、頭の中では全く違うことを考えていた。
「(もしかしてキュウコンの時のこと知らない………よな。うん。誰にも言ってないし、誰かが説明に来たわけでもないし。ってことは俺まだお尋ね者なのかよ〜…。面倒な時に戻って来ちまったな)」
苦い顔をしながら現状の打開策を考える海斗。実力なら負ける気は一切しないが体格差が大きい。同じパンチでもあっちの方が威力があるだろう。
「お尋ね者タカナシカイト!貴様の首、貰い受ける!」
向こうは向こうでやる気満々だ。いや、この場合殺る気満々だと言うべきだろう。
「待て待てって!なんでこんな敵だらけのところに戻って来たのか分かってないだろ!」
「問答無用!御首頂戴!」
「聞く耳持たずかよ………」
仕方なく襲って来るバシャーモと戦う姿勢をとる。
「どうしてこうもゆっくり出来ないのか………どんな星の下に生を受けたらこうなるんだ。全く………」
全力には全力で応えなければならない。海斗は、気合を入れた。
*
「先手必勝!炎のパンチ!」
「電光石火!危ねえっ!」
海斗目掛けて振り抜かれる剛拳。逃げの電光石火でなんとか回避するも、油断は出来ない。
「(こいつ………強え!しかもかなり!)」
「どうした!逃げてばかりでは私は倒せんぞ!」
再度炎を纏った剛拳を振り抜いて来る。しかし、今度は違う。海斗は正面からそれを受け止めた。
「あっつ…!だけど、ファイヤーの炎はこんなもんじゃねぇ!」
受け止めたのち、弾き飛ばし、相手の腹部に"かみなりパンチ"をお見舞いしてやった。
「がっ………!」
予想以上の攻撃力に片膝を付くロン。
「悪いことは言わねえ。今すぐ俺と戦うのをやめろ。お前を殴って分かった…俺は、お前の数倍強い」
通常ならピカチュウが一発バシャーモを殴っただけでバシャーモがダウンするなんてありえない。しかし、海斗はもう普通じゃない。数々の強敵を破り、桁違いの強さを手に入れていた。
「ぐっ………だが、まだ負けていない!お前を倒さなくては、世界はっ…!」
「それが間違ってんだよ」
「なに………?」
海斗が呆れたように言った言葉。ロンも思わず、話に聞き入ってしまう。
「なんで俺がここにいなかったか、分かってないだろ。僅かな可能性の中、小さな光探してずっと旅してたんだよ。そして俺は見つけたんだ。真実をな。結果は冤罪。俺がなんでポケモンになったかは分からなかったが、俺は伝説に出てくる悪い奴じゃないらしい」
「………………………」
海斗があっさりと真実を話すと、ロンは黙り込んだ。それもそうだ。自分の考えていた真実が全くの嘘っぱちで、お尋ね者である海斗から真実を聞かされたのだ。困惑もするだろう。
「………そんなの、信じられるわけないだろう。証拠はあるのか?」
そう返されると思っていたが、今は証拠はない。同行した形になったFBLもグラードンを鎮めるために今は居ない。
「今の所証拠はない。信じるかどうかはあんた次第だ。………だが、嘘を付くつもりはない」
それが今の海斗に言える精一杯だ。結局信じるかどうかは相手次第。どれだけ信じろと言っても、信じてくれない時は信じてくれないのだ。
「………………………分かった。色々と不明な点は多いが筋は通ってる。わざわざ命を狙われに戻って来るバカも居ないだろうからな」
長考したのち、ロンは海斗を信用した。
「そうか、じゃあ___
「だが」
海斗の言葉を遮ってロンが言った。
「海斗殿に個人的興味を持った。手合わせ願いたいがよろしいかな?」
やる気を燃料とする闘志の炎が、ロンの目に宿っている。
「………ワカリマシタ」
せっかく戦いを回避出来ると思ったのに、ぬか喜びした海斗だった。