第70話 答えが出ない
ティーエの決意を聞き取り、海斗も覚悟を決めた。海斗は仲間を守るために自分の力を解放するー
「高く/飛く/空を目指し/早く/速く/雲間を駆ける/我が手に力を/我が背に翼を/時代に埋もれた古代の遺産/封じられたその力を/暗き闇から解き放て!!発動ッ、古代神器が一つ、
自由の翼!!」
海斗の背にかかっていた深緑のマントが雄々しい純白の翼へと変わる。今回は浮き上がらず、地に足がついたままで姿を変えた。
「くそっ、さっきからなんなのだ!貴様らが身に着けているそれは、私の理解の範疇を超えているぞ!」
神器を知らないものからすればそうだろう。物体がいきなり姿かたちを変えれば誰でも目を疑うだろう。説明してやってもよかったが、そんな気にはなれなかった。
「ウルセェよ。お前はいったい何をしたかわかってんのか?」
「なに………?」
何一つわかっていないジュリアスに腹を立て、海斗は声を荒げた。
「俺の仲間を傷つける奴は、この俺が許さねえ!覚悟しろ、今すぐぶっ潰す!雷装・拳!」
短い距離だが、海斗は超低空飛行で一気に詰め寄り、斜め下から拳を振り上げた。フック気味のアッパーはジュリアスの顎にクリーンヒットする。
「グッ……!調子に乗るなよ!小僧!!」
ジュリアスは片手を伸ばし、すぐ近くにあったボタンを押した。瞬間、海斗の視界がぶれる。床に穴が開き、ロボットアームが海斗を殴り飛ばしたのだ。
「うぐっ…まだまだだ!」
壁にぶつかる前に体勢を立て直し、壁を蹴ってジュリアスに向かった。途中アームが邪魔をしてきたが、根元から引き抜いて破壊した。
「くそおっ!なぜ貴様は私の邪魔をするのだ!私はただ自分の研究成果を取り戻したかっただけなのに!」
機械に頼るのは不可能だと思ったのか、自ら迎え撃つ。"リーフブレード"を雷をまとった拳で受けとめる。
「研究成果だと?ふざけんな!確かにティーエはお前が造ったよ!だけどその心までがお前のものだと思うな!」
海斗は止めた"リーフブレード"を流し、浮いた状態で回し蹴りを叩き込んだ。
「がっ…くっ、私のものを私がどうしようと貴様には何の関係もないだろうが!」
「ああその通りだ!だけど心の在り方までお前に決める権利はねえ!仲間が涙流して、『助けて』って叫んでんだ!見捨てられる訳がねえだろ!」
海斗の怒りは止まらない。怒りは力となって、拳に込める力はさらに強くなる。ジュリアスが弾き続けていた攻撃は、徐々にジュリアスに届くようになっていた。
「お前にっ、お前なんかに!私の計画を止めるなんの権利がある!?これ以上私の!私の計画の邪魔をするなあーーーーーーッッ!!」
消耗した体で、海斗に拳を突き出した。その拳は海斗の眉間に直撃する。
「……俺にお前の計画の邪魔してるつもりはねえよ。俺はなあ……」
拳を受けたまま、海斗は振りかぶった。
「ヒッ!?」
「仲間を取り戻しに来ただけだ!!!」
海斗は強烈なただのパンチをジュリアスに叩きつけた。殴られた顔は形を変えてめり込み、そのまま殴り倒した。。声も無く、ジュリアスは気を失う。
「お前が悪いんだぜ。何を思ったのか知らねえが、ティーエだけ連れ去ればよかったんだ。…その時は全力で探し出すがな」
返事は無い。気絶しているのだから当然だ。あっちじゃティーエをその家族が心配そうに見ている。(というか埋まってる。ティーエが)
俺は甲賀に駆け寄り、手を差し出した。
「大丈夫か?甲賀。なんか結構危険な音が聞こえたが…」
「骨が外れただけなら良かったんですがね…多分これ、折れてます」
使えなくなった右腕を垂らしながら甲賀は左手を海斗に出す。海斗もそれを気づいたのか、右手を引っ込め左手を出した。
「ん………う…え?わ、私、確か…」
甲賀を立ち上げると、ティーエの声がした。抑揚のある声を聞くと、呪縛は解けたらしい。
その瞬間、周りにいた家族がはしゃぎ始めた。
「ティーエ………」
甲賀と共にティーエに近付くと、道を開けてくれた。真ん中にはティーエがすまなさそうに座っている。
「ティーエ…良かった。怪我とかしてないか?あいつに変なことされてないか?」
ティーエは答えず、首だけ振った。それに対して海斗は安堵の息を吐く。
「…また私のせいで巻き込んじゃったね。海斗。ごめんね。いっつもこんなのばっかりで。海斗は、気にしなくていいから。全部私のせいだから、ね?」
ティーエは悲しそうに笑っている。今回の出来事で、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。それはティーエの家族も同様で、自分たちがいたからと思っているのか、俯いている。顔は暗く、表情が見えない。
「まったく、お前は…」
海斗は困ったように笑うティーエに近付き、目の前から抱きしめた。
「え!?ちょ、ちょっと海斗!みんな見てるから!」
海斗の腕は力強く固く縛られていて、振りほどけない。海斗も振りほどかせる気など微塵も無い。
「ここの地下で、お前に似た別のイーブイの亡骸を見た」
ティーエは大きく耳を立たせると、すぐに倒した。顔を見なくてもわかるほど、ティーエが思っていることがわかる。
「俺は心底安心したよ。お前じゃなかったから」
気付かなかった。海斗の腕、いや、腕だけじゃない。体が震えていることに。
「お前が死んだんじゃないかって。俺に黙って居なくなって、俺の知らない所で死んじまって。助けることも、最後を見てやることもできなかったのかって。俺は思った」
海斗の腕にさらに力が込められる。より強く、ティーエを抱きしめた。
「ティーエ、生きててありがとう。本当に、本当に良かった」
ティーエも大切な人の腕に身を預けた。見られているけど、恥ずかしくない。今は、この喜びを噛み締めようと思った。
*
甲賀の腕を固定し、動かないように厳重に縛った。そこにリンが手を当て、治療を始める。
「ちょっと待っててね。すぐ治してあげるから…それと、あ、あんまりこっち見ないでね。は、恥ずかしいから………」
甲賀とは目を合わせず俯いたままで治療していた。
「…起きろ、ジュリアス。お前にはいろいろ聞きたいことがあるからな」
ステンが氷で手錠を作り、ジュリアスの腕を後ろに回して動かないようにした。
「………ふん。自分を負かした相手の顔をこんな形でまたみることになるとはな。最悪の気分だ」
「そりゃどうも。最高の褒め言葉として受け取っておくぜ」
「要件はなんだ。回りくどいのは嫌いなんだ。言いたいことがあるならさっさと言ってここから出てけ」
もう少し憎まれ口でも叩かれるかと思ったら意外にも潔い性格のようだ。
「聞きたいことはそれなりにある。まずはティーエだけでなく俺たちも連れて来た理由。お前は何をしたいのか。そして、MP細胞とやらについて詳しく。それが俺の聞きたいことだ」
二つ目の質問までは余裕の表情で聞いていたジュリアスだが、三つ目の質面には少し体が硬直したのがわかった。
「ティーエと奴らを連れてきたのは単純にコンビネーション攻撃が強力だからだ。お前たちはついでだ。戦闘データを取るために連れてきたが…まさか、ここまでとはな。自ら壊滅の芽を迎え入れてしまうとは、迂闊だったわ」
多少自虐的にため息をつくと、区切った。海斗が「で、お前は何がしたかった?」と先を促すと、また話し始めた。
「私が何をしたいかなど、どうでもいいことだ。…あえて言うなら、最強のポケモンをこの手で作り出したかった、と言えばいいのだろうな」
それが建前であることが海斗にはわかった。過去に、ルーから聞いたあの話。今までの全てと繋ぎ合わせると、ある一つの仮説が成り立つからだ。
「最後…。MP細胞についてだ」
ジュリアスはお茶を濁すようにためらったが、拒否権は無い。諦めたようにジュリアスは語り始めた。
「……MP細胞というのは私が研究の過程で見つけた新種の細胞だ。このMP細胞は微量ではあるが最初からポケモンの体に含まれている。高い方で2%程度。平均は1%以下だ。その細胞を私が独自の方法で培養、増加させたのがここにいる実験体どもだ。 ここにいるやつらとて、例外じゃない」
ジュリアスは少し顔を動かすと、その実験体が彼らであることを指した。
「MP細胞が多いほど身体能力、再生能力、学習能力、その他全ての能力も上昇することがわかった。進化後のポケモンから多く見つかったからな。進化後の方が強いのはまあ妥当と言えるだろう。私はこう考えた。MP細胞が多いポケモンほど強いのだから、それだけでポケモンを作ったらどれほど強くなるのだろう、とな。だが、大半のポケモンは直に細胞を注入すると拒否反応を起こしてなんらかの異常が起こってしまった。少量ずつなら問題無かったが、それでは時間がかかりすぎる。しかし短時間のうちに注入されても耐える種族を発見した。それがイーブイさ。理由は私にもわからん。変わりやすい遺伝子を持つからこそ、適応出来たのかもしれんがな」
静寂が続く。誰も何も言おうとしない。
「そこからは簡単だ。イーブイのコピーを作っては投下。出来の良いものだけを厳選して注入。出来の悪いのはその場で処分だ。それを繰り返して出来たのがそこの七匹だ。性能こそ十分だったが必ず複数匹で行動せんと本気を出せないという結果だった。それぞれに役割があるから仕方なしとして、今度はこいつらを使って一匹で全てに対応出来る実験体を作ろうとした。しかし、それは困難を極めた。同じ形態からの進化種とはいえ、一度変わった細胞を無理に戻せば死滅する可能性があったからだ。ただ寄せ集めるだけじゃダメだ。全てに対応できる柔軟性がなくては話にならん。完全に一つにしなくては本当の力を発揮出来ない。私はいくつも実験体を作った。だがその大半は培養途中に死んでしまった。もちろん生き残る者もいた。私が望むほどに強いのは出来なかったがな。仕方なくその時点で一番適合率の高いものを選んだ。それが貴様だ、ティーエ」
「………………………………」
知っては、いた。自分の家族からの話だけだったが頭の片隅には記憶にあった。しかし、今改めてその事実を突きつけられると、何かがおかしくなってしまいそうな気がする。私も所詮、臭いものにはフタをしていただけなんだな、と思った。
「それからは簡単だ。一番強い貴様にさらに強化を施した。身体の細胞を増やすために薬を飲ませ、実験体と戦わせることで戦闘のカンを叩き込んだ。何度か他のポケモンでも試したがやはりうまく行かなくてな。その処分を貴様にさせていた。途中何度か貴様より強い実験体を当てたのに、負け知らずの貴様には驚かされたよ。私が思っていたよりずっと強かったんだからな」
たとえ褒められても何も感じない。外道に笑うその笑みに少し恐怖を覚えた。
「そんな貴重な研究成果がクローンと共に逃げたしてしまった。私は躍起になって探したよ。しかしどれだけ探しても情報が入って来ない。貴様が姿を消して数年の時が経った。そしてやっと貴様を見つけ出した。出来たばかりの救助隊が次々に難易度の高い依頼をクリアしていってあっという間にシルバーまでのし上がったというじゃないか。メンバーを聞けば、ピカチュウとワニノコ、それにイーブイだという。私は確信したね。それが貴様だということに。私はすぐにでも連れ戻すと決めた。貴様の居場所の特定に三日とかからなかったよ。後は薬で全員眠らせてから運ぶだけだったからな。簡単な作業だったよ」
フン、と鼻を鳴らすと、ジュリアスは口を閉じた。後のことは状況で説明されている。ジュリアスは彼らに挑まれ、そして負けたのだと。
「…俺にはティーエの痛みは分かんねえ。ティーエがどれだけ苦しかったのかとか、そういうのは全く分かんねえ。でもな、テメーがクソ野郎だってのはよくわかった。だけど、俺にはお前が性根が腐ってるやつだとは思えないんだよ。ルーから聞いたよ。家族、残念だったな」
ジュリアスの閉じた口が少し開いた。その顔は驚きで染まっている。
「フ、フン、貴様には関係のないことだ。そこら辺は口出ししないでもらいたい」
明らかに動揺しているのが分かる。額には冷や汗を浮かべ、ひたすら首を振っている。
「でも悪いが同情はしない。お前は俺の仲間を傷つけた。それ相応の報いは受けてもらうぞ」
*
「……………………………………」
俺は俺のわらのベットの上で横になっていた。特に考えることも無く、ただボーっとしていた。奴との話が終わった後、俺たちは基地に戻ろうとした。だが、一歩研究所から出ればそこは見たことも無いような樹海だった。奴の話によると、研究所を立てたのがあまりにも辺鄙なところだったためダンジョン化してしまったらしい。そうなってもなおここにとどまるこいつの神経はある意味尊敬に値する。まあいろいろあってやっとの思いで基地まで戻ってきた。その時点ですでに夜だったので心配してくれていた仲間たちには悪いが早めに寝させてもらうことにした。早めに寝たせいか、こんな夜に目を覚ましてしまったのかもしれない。時刻は深夜…だと思う。周囲からはところどころ寝息が聞こえ、動くのは寝返りをうった者だけだ。今日はいろいろとあったから、寝れないのも少しだけわかる気がする。
あの後俺は、ジュリアスと一つの約束を結んだ。こっちから無理矢理とりつけた様なものだが。
要は変なことをするなということ。本当なら顔も見たくないほどだったが、なぜかティーエが妥協した。理由はいまだにわからない。ティーエの家族もそれには驚いていたが、口を挟まないところを見ると一応肯定派らしい。
理由は聞いても終始教えてはくれなかった。しかもここに戻ってきたときにどこに行ったのかを説明しようとするとティーエに思いっきりさえぎられた。意味が分からない。考えたくなることは多々あったが、今更考えてもどうにもできないので悶々としたままだが考えるのを止めた。
「どうしたらよかったんだろうな………」
それだけ呟くと頭を振って雑念を振り払った。俺は再度眠りにつくことにした。方の付いたことを今更考えてもしからだ。今は体を休めることに専念しよう。
*
藁のベットの中でジュリアスの顔を思い出した。あそこから戻って来る時もずっと考えていたことだ。私の判断は間違っている?ということ。私は確かに優しいと思う。自分で言うのもなんだけど、きっと自分が思うより優しいんだって。
確かにあんなことされたら、海斗ならきっと火山の噴火のように怒るだろうし、甲賀も吹雪のように冷たい怒りを覚えると思う。でも、なんでだろう?そんな彼に対して、私は怒らなかった。いや、怒れなかった。
自分で考えてもわからない。自分でわからないことが、他人に分かるわけない。私の中の私なりの答えはまだない。
「どうしたらよかったんだろうな………」
突然、カイトの声が聞こえた。慌ててカイトを見るが、目は開いていない。寝言か、あるいは寝ていなかっただけなのか。その時、私はなぜかほっとした。私と同じことを考えていたのかなんて知らない。でも、安心した。理由はわからない。でも、この安心感に理由はいらない。私はこの柔らかな気持ちと共に眠ることにした。