第69話 必ず助けてやる
ティーエが漏らした、絶望の声。コロせ。この言葉が意味することは、いったいー
―――ここは?
目を覚ました、不思議な光の世界。さっきまでいたはずの無機質な研究所ではなく、柔らかな温かい光にあふれている場所にいた。
「あれ?なんで私こんなところにいるの?」
いつか見た、白い光だけの世界。ティーエの記憶が正しければ、ここは神器と契約した場所。あの時とは違い、自由に体を動かせる。
「あれ?マスター、どうしてここに?」
光の向こう側から銀色のイーブイが現れ、不思議そうに近づいてきた。
「あ、えーっと。ごめん、誰だっけ…」
「えー!?マスタ−、ひどいなぁ。僕はソル・シャオニクス。ちゃんと覚えておいてよね」
「あはは、ごめんごめん」
他愛のない会話。しかし、今はのんきに話をしている場合ではない。
「ところで、私なんでここに来ちゃったの?全然記憶にないんだけど」
「あー、それについてなんだけどね…」
それを聞くと、ソルは気まずそうに顔をそらした。何が起きたのか詳しく聞くと、ソルにも何が起きたのかわからないらしい。いきなり私がここに来たことしか知らないと。
「とりあえず、マスターの意識を戻してみるよ。少しの間、動かないでね」
ソルがティーエに手を向けて、何かを念じるが、何も起こらない。
「あれ?おかしいな…。これで戻るはずなのに」
その後もソルは四苦八苦するが、どうしてもティーエは戻らない。
「変だなぁ…。ちょっと向こうの世界でも見てみるよ」
ティーエを不安にさせないようちゃんと説明してから、ソルはまた目をつぶった。
そこには、最低なモノが写っていた。
ソルに分かったのは、海斗が目の前にいて、厳しい表情をしてこちらを睨んでいること。
もう一つは、その海斗が傷ついているということ。
そして、海斗を傷つけたのは、ティーエであることだ。
「ソル…何が見えたの?」
ティーエの声に抑揚はない。彼女も少なからず、今がどういう状況かということを記憶を辿って理解していたから。
「教えて」
切に願うような瞳は、覚悟を決めていた。そんなティーエに嘘はつけない。
「分かったよ。今、君の身体とカイトが戦っている。しかも、カイトは攻撃してこない。君ばかりが攻めて、防戦一方だ」
ソルの答えに、ティーエは少し俯いた。拘束された状態から腕に痛みを感じた時から少なからずそうなんじゃないかという覚悟はしていた。でも、いざそうなのだと知ると悲しくなってくる。
「ソル、なんとかして私の体を止められない?これ以上カイトのことを傷つけたくないから……」
覚悟していたとはいえ、言葉が震える。私は望んでいないのに私のせいでカイトが傷ついてる。ソルは防戦一方だと言った。それはきっとカイトが私を守ってくれているから。今のカイトからすれば私を倒すなんて造作もないこと。
「悪いけどそれは無理だよ。僕自身かなり力のある神器だと自負してるつもりだけど、契約者の心はともかく、体まで動かせるほどの力を持つのはそれこそ"ナンバーズ"くらいだ」
「"ナンバーズ"…?なにそ―――
その時、全身に耐えがたい痛みが走った。精神のみの状態なのに、意識が吹き飛びそうになる。
「あ…!かはっ………!!」
朦朧とする中、ソルもその痛みに苦しんでいたことが分かった。
「な…んだ、これ…!うぐ…!」
「ソル…これは…!?」
「分からな…い!ここは体の影響をじかに受けるから…君の体に何かが起こったことくらいしか…!」
理由はわからないが、急激に体を襲った痛みはすぐに消えた。少しふらつくと、その場に倒れこんでしまった。実際の体じゃないのに、肩で息をしているようだ。
「いったい何が…」
「…さあね。ダメージを受けた気配はなかったし、直接痛みだけを与えられたとか…?」
考えてみたけど、すぐにやめた。今は考えても仕方ないし、それよりも早く自分を止めなきゃいけない。
「…あ!マスター!今ので少しの間ならつながるようになったよ!どうする?」
「今すぐに私の体に私を戻して!カイトに…伝えなきゃいけないことが出来たから!」
「オッケー!行くよ!」
瞬間、私は人形のように命令だけを聞く自分の体を私のものにすることが出来た。
全てがぼやけて見えるうつろな世界。目の前には怒りの形相で私をにらむカイト。右手は視界の下を通っており、少し苦しさを感じた。伝えたいことはいっぱいあったけど、この状況でそのすべては消え去った。
そして、この一言だけを伝えた。
「私を殺して」
カイトの顔が一気に怒りに満ちた憤怒の表情から驚きに染まったものに変わった。カイトならこの言葉を理解して、きっと私の思いを分かってくれるだろう。カイトのためなら私はどうなっても構わない。カイトの邪魔となっているなら、私はいない方がいいんだ。
「……………………」
操られてるはずのティーエが言葉を話した。それも、自分にとって最悪である最後の選択肢を示した。幻聴かと思った。だが、この状況でねぼけるほどバカになった覚えはない。まぎれもない事実。なぜか海斗は腹が立ってきた。
「………ふざけんなよ。誰がお前なんかを殺すかよ。お前が思ってるほど、命ってのは安くないんだ」
海斗はティーエの首から手を離した。自由を得たティーエだが、動こうとしない。
「ここにいる奴ら全員、お前を助けるためにここにいるんだぜ。お前が死んでちゃ、意味が無いだろうが」
倒れたままのティーエを背に、海斗はジュリアスに迫る。最初は余裕だったジュリアスも、動かないティーエを見てからは焦り始める。
「なぜだ…ティーエ!早くこいつを始末しろ!」
「そこで待ってろ、ティーエ。隊長命令だ。…必ず助けてやるから」