第67話 この瞬間を生きる
生きること。それは命に課せられた使命。誰のものでもない、ただ一つの自分のもの。決して穢されることのない、永遠のものー
「わ、私?いや、でも、私はここにいるし、じゃあ目の前の私は誰?あれ?でも私は私だけだし、でもやっぱり目の前にいるのも私?えっと、私が私で、あの人も私で………………きゅー」
自分のクローンだと言うことに気付かず、相手を見て、自分を見てを繰り返していたらすっかり目を回してしまったリン。もちろんその隙を見逃してくれる相手ではない。
「はっぱカッター」
「え、まって、きゃあっ!」
何もしてないのに攻撃されたことに戸惑い、避けようとせずに直撃してしまうリン。
「な、何するんですか!私、貴方に何もしてないじゃないですか!」
「リーフブレード」
それでも攻撃は止まらない。なにせ、問答無用なのだから。
「きゃあああ!もー…恥ずかしいし、痛いし………」
反撃もせず逃げ続けるリン。
「マジカルリーフ」
「いい加減にして!グラスミキサー!」
必中の虹色の葉を木の葉の竜巻に巻き込んで全て撃ち落とした。先ほどの攻撃で流石のリンも怒ったようだ。
「わ、私だって反撃するんですからね!はっぱカッター!」
リンの周りに現れた緑の鋭利な刃は、自分に対して飛んで行く。刃は、床ごと相手を撃ち抜いた。
「た、たいへん!やり過ぎちゃった………。あ、あの、大丈夫ですかー?」
返答の代わりにもならない、舞い上がった黒煙を突き抜けて虹色の葉がリンを狙う。
「グ、グラスミキサー!」
再度この葉の竜巻を起こし、それを全て撃ち落とす。
「よし……!?きゃあっ!」
確かに、正面から飛んで来たマジカルリーフは叩き落とした。しかし、リンに攻撃が当たった。
「な、なんでぇ………もしかして、違う方からも攻撃されてたのかな」
一人になるとよく喋るリンは置いといて、どこから不意打ちされたのか探る。
「はっぱカッター」
「グラスツイスト!」
リンの周りに起こった先ほどより大きな木の葉の竜巻は、相手のはっぱカッターを全て叩き落とした。その時に別方向の攻撃も見えた。
「そのまま行くよっ!グラストルネード!」
リンが大きく吼えると、リンを覆っていた竜巻はリンを解放し、前進を始めた。
「巻き込まれたら出られないよ!当たれっ!」
どうしてわざわざそんなことを言うのか。それを聞いたリンのクローンはその木の葉の竜巻にグラスミキサーをぶつけた。するとどうだろう、クローンのグラスミキサーより遥かに大きかったグラストルネードがあっという間に消滅してしまったのだ。
「うそっ!?なんで!?きゃあっ!」
竜巻が無くなったため、視界が晴れた。リンが戸惑う隙を逃さずクローンははっぱカッターを放ってきた。
「いたたた…傷だらけだよ………レジリエンスヒール」
リンの体にある切り傷が淡い緑色の光に包まれたかと思うと、一瞬のうちに再生した。
「よし!全快!まだまだこれから___
__ザシュッ
リンの耳に聞こえたのは、驚くほど無機質な斬撃音。瞬間、何か柔らかいものが落ちる音がした。
「………え?」
鮮血が滴る鉄の床。目の先にあるのは緑と明るいクリーム色の肉塊。そこにはひらひらとした葉の飾りが踊っている。さっきまで立っていたのに、今はなぜか横になっている。何故?
答えはすぐに出た。
自分がバランスを崩したから。じゃあ何故崩した?それは___
左脚を切り落とされたから。
「あ、あアあぁァァぁアアぁぁアあああァァあ!!!!!」
稲妻の如く走る痛みと共に恐怖がリンを飲み込んでいく。ひれ伏した己の目の前には自身のクローン。自分は無様に這い蹲り、相手は軽蔑と畏怖を混ぜたような気迫のある目で見下している。
「あ…うぎィぃ……がッ………」
言葉にもならない悲鳴がリンの口から漏れる。痛みと恐怖で何かを考えることも出来ない。
「(逃げなきゃ…とにかく、ここから離れなきゃ………!)」
戦意を失い、逃げようにも逃げられない。その時、右後ろ脚にさらなる痛みが走る。
「あぐっ!」
クローンが逃げようとしたリンを止めるために、リーフブレードを刺したのだ。
もう、逃げられない。そう思った瞬間、リンの中の何かが切れた。
動かなくなったリンにトドメを刺そうと、リンのクローンがリーフブレードで首を狙った。
ガギンッ!!
硬質なもの同士を打ち合わせた時に出るような、金属の擦れる高い音。
「アハッ、アハハハ、アハハハハハハハハハ!!」
「………?」
ここで初めてリンのクローンが表情に難色を示した。一方リンは狂ったように笑い続けている。
「アハハハ!アハハハハハハハハハ!」
リンは笑った。壊れた機械のように。そして、急に笑うのを止め、俯いた。
「………アンタ、キライ」
拒絶する言葉と共にはっぱカッターが飛んで来た。威力もスピードも段違いなそれは、クローンの体を容易に切り裂いた。
「へー。傷付いてんのに表情一つ変えないんだ。………つまんないの」
さっきまでとは一転、まるで他人を傷付けるのを楽しんでいるように見える。
「………………………」
「不思議そうな顔してるね。もしかして分かってないのかな?まあ分かるわけないか」
上体を少し反らし、嘲笑うかのように独特な笑い方を見せる。
「どーも、黒リンちゃんです。元のリンちゃんとは真逆の性格の持ち主でーっす」
真逆の性格。即ち、恥ずかしがりではなく、戦いが好きで、誰かを傷つけるのに抵抗が無い。リンが光なら、対となる影の性格。
「まーた無茶してんのねこの娘は。あらら………腕まで取れてる」
そう言いながら未だに血が流れる自分の足を手に取り、傷口にくっつけた。
「治れ」
淡い緑の光が傷口を包むと、流血が止まった。そしてみるみるうちに傷口が塞がっていく。ものの数秒で傷は消え、何事も無かったかの様に足が動く。
「修復完了。これで戦いに集中できるわ」
そう言うと、早くもリーフブレードで自らのクローンに斬りかかる。
「………………………!」
「ビックリした?あたし不意打ちとかそう言うのすきなんだよねー」
何度もリーフブレードを叩きつけ、相手の姿勢を崩そうとする。
「やっぱ近接攻撃ってのはいいわ。近づいてガンガン殴るのがすごいあたしに合ってる」
誰も聞いていないのにベラベラとしゃべる黒リン。それだけ余裕があるということでもあるが。
両腕に生えた長い葉を硬質化させ、幾度となく斬りかかる。しかし、相手も一筋縄ではいかず、それもまた幾度となく防がれる。
「いい加減観念したらどう?あたしに勝てるわけないんだからさ」
無言を貫く相手に揺さぶりをかける。すると、防御が少し崩れた。それに気付いたリンはさらに揺さぶる。
「ほらほら、ガードが甘くなってる。そんなじゃ何時あたしに首を切られるか分かんないよ?」
「………五月蝿い」
防御に手一杯だったはずの相手が急にリンのリーフブレードを弾き、その刃を一気に詰めた。咄嗟に弾かれた腕を戻し刃を受けるが、一瞬のうちに首まで詰められる。
「……なによ。やればできるんじゃない、のっ!」
体を少し後ろに逸らし、つばぜり合いから体勢を崩して再度押し込む。
「言葉は無駄。無駄があれば、体力を余計消耗する。だから私は黙ってる」
初めて受け答えしたクローンリン。声には抑揚が無く、感情は一切入っていない。
「そう言う割には今喋ってるじゃない」
「そう。もう話さないことを伝えただけ」
「あら、それは残念。アンタと会話出来れば楽しそうだけど」
軽口を叩いている間にも二人の激しい攻防戦は止まらない。ぶつかり合う刃が火花を散らし、読み合いさえも加速する。
退けば詰め、踏み込めば下がる。刃の冴えはほぼ互角。先に疲れを見せた方が負けるだろう。しかし、ここでリンが先手を打った。
「スレイブリーフ!」
リンの背後から撃ち出された二枚の葉は、相手の足元を舞った。それは少しだけ相手の行動を制限した。少しの行動の制限が、大きな障害となってクローンリンの隙を作った。
「そこぉッ!」
一瞬の閃撃と共に、リンは腕を振り切った。通り抜けたクローンの首から、噴水のように鮮血が噴き出す。
「ぐっ………レジリエンスヒール」
リンのクローンが傷口に手を当て、治そうとするが能力が発動しない。
「なぜ………回復できないの…」
その時、緑色に光る刃がリンのクローンを貫いた。その一撃は的確に急所を捉えた。声も無く、沈む。
刃に付いた赤を振り払い、それでも残ったものを味わうように舐める。
「自分の分身なんて気味が悪いわよ。だけど簡単に消えさせるほど優しくない。アンタは私が死ぬまで連れ回してあげるわ」
動かなくなった相手に、見下す様な視線を送る。そして、消えようとしてる温もりがまだ残っている頭をそっと撫でた。
「………あれ、ここどこ?」
黒リンの意識は消え、元のリンに戻った。前後の記憶は覚えていないようで、ただ不思議に辺りを見渡すだけだった。
*
「こんなことしてる場合じゃないのに…早くあの家と仕上げないと」
「なぁんだ!?戦闘中によそ見か!いい度胸だな、クラァ!!」
クリスタ家四女、ステンは非常にガラの悪い自分と戦っていた。
「ハッハァー!どうしたどうした!その程度か!?」
楽しむような笑みを見せ、次から次へと技を乱発しまくっているステンのクローン。当の本人は呆れた目をしながらそれを避け続けるだけだ。
「我ながら悲しいですわ。こんなのが自分のコピーなんて」
「あ"あ"!?舐めてんのかよ!サッサとかかって来いやぁ!」
ステンの挑発(?)を受け、攻撃は一層激しさを増した。それでもステンの余裕は変わらない。
瞬間、ステンの姿が消えた。
「技の隙が大き過ぎますわ。簡単に背後を取れますの」
背後に回ったステンは氷で作り出した巨大な棍棒で自分のクローンを殴り飛ばした。
「いってぇ!何すんだゴラァ!」
「あなたと同じ、"攻撃"ですわ。当たらなくては意味が無いのですわ」
ぶっ飛ばされて床を滑った後、すぐに起き上がりキレるクローン。それすらも冷静に見下す。
「クッソ、アンタ、ムカついたよ。本気でやってやる!」
「最初からそのつもりですの。手加減なんてしてませんわ」
お互いの周りに、目に見える程度の小さな氷の粒が浮かぶ。どちらも、本気だ。
「
氷結重機兵・五重!」
クローンの周りに、氷で出来た五体の重機兵が現れる。形はいびつで様々だが、どれも人型に近いものばかりだ。しかも、かなりの大きさだ。
「な………」
圧倒的な存在感を持つその巨体から、尋常じゃない威圧感を感じざるを得ない。それほどまでにデカい。
「押し潰せ!ゴーレム!」
命令を聞き届けると、速いとは言えない速度で動き始めた。一体一体が多方向からステンを狙う。
巨大な身体に比例して、鈍重なパンチを繰り返すゴーレム。ステンはそれを避けるが、如何せん数が多過ぎる。その時、空振ったパンチが研究所の床に直撃した。貫通、とまではいかないものの、拳の形に凹んだ床は、その威力を物語っている。そんな見た目通りの破壊力を持つ一撃が当たってしまえば、確実に即時戦闘不能。酷ければ一撃死が待っている。一発一発のスピードは大したことがないが、弾幕を張られると逃げ場が無い。
「
氷結貫通槍・三重!」
作られた細く鋭い槍は、ゴーレムの接触した状態で生成された。それは強烈な爆発を起こし、高速射出されてゴーレムを撃ち抜いた。風穴が三つほど空いたそのゴーレムは音を立てて崩れた。
「やっと一体………こうも詰められちゃ、反撃すらままなりませんわ。早くなんとかしないと」
「ヒャハハハハハ!一体倒したからって調子乗ってんじゃねーぞ!
氷結飛翔騎兵・七重!」
先ほどのゴーレムよりは遥かに小さいが、空を飛ぶゴーレムを作り出した。
「くっ、なんて数………!」
「オラオラァ!まだまだ終わりじゃねーぞ!」
未だ続々と召喚されるゴーレムの数々。非常に多く、多様なものが現れる。倒したはずのゴーレムは、より数を増して襲ってくる。狭い研究所内を縦横無尽に避け続けるが、質量で逃げ場が潰される。ゴーレムのパンチは別に、他の攻撃が掠るようになってきた。
「くっ…
氷結破壊柱!」
巨大な氷柱が空中に精製され、その下にいた多量のゴーレムを叩き潰した。それでもまだ足りない。いくらゴーレムを解体しても、解体した数より多く作り出されてたら意味が無い。
「キリが無いですわね…きゃっ」
反撃しながらの回避。疲労による一瞬の気の緩みが、転倒という最悪の事態を招いた。
「今だ!やれ、ゴーレム!」
空中からダーツのように幾つもの飛ぶタイプのゴーレムが突っ込んでくる。サイズはさほど大きくないが、とにかく数が多い。
「あぐっ!!」
震える体に鞭打って、寸前でそこから逃げた。それでも避けきれず、足に当たってしまう。
「チッ。流石に串刺しにはならねえか。だけどその血の滲んだ足で、どこまで避け続けられるかなぁ!?」
これでトドメ、とばかりにゴーレム達が一気に襲ってきた。全方位を囲まれ、逃げられるような場所はどこにも無い。だが、ステンの瞳は絶望に変わってはいない。それどころか、光を掴もうと必死に足掻いている。
「………ふぶき」
考える素振りもなく、ステンは迷わず"ふぶき"を起こした。冷たい氷の礫と凍える程寒い風が辺りに吹き荒れる。
「今さらそんなもん使ったって意味がねえんだよぉ!潰れやがれ!」
止まることなくゴーレムはステンがいた場所に突っ込んだ。大質量同士がぶつかり合い、ゴーレムは崩れていく。
「あー、クソッ。こいつらでもさすがにぶつかり合うとヤベェか。まーでもあのヤロウはこれで潰れただろ。さてさて死に顔でも拝んでやりますか」
ひどく上機嫌な様子で砕けた氷が重なり合う場所に足を進めた。しかし、何かがおかしい。
「………あぁ?なんだよ、どっこも赤に染まってねえじゃん。おかしいな」
砕けた氷の山を登るが、ステンがいた場所はおろか、他のどの場所も赤くなってはいない。それどころか、死体さえない。
その時、氷の山の下から何かが飛び出した。それは瞬時にクローンの後ろに回り、拘束した。
「ごめんなさいね。ふぶきを使った時には私はもうそこにはいませんの」
「なっ………!?」
ゴーレムの残骸の山から出て来たのはステンだ。あれだけの質量の中をどう潜り抜けたと言うのか。種明かしはステンから説明された。
「私の体は少々特殊で、雪隠れで雪になりすますことも出来ますの」
「なんだって………!クソッ、解きやがれ!クソオッ!」
じたばたと抵抗するが、拘束は揺るがない。それどころか余計キツく締まるだけだ。
「雪隠れは基本雪に溶け込んで見にくくなるというもの。ですが私の場合は雪に隠れて不可視になれますの。あなたが見た私は私が作った氷の偽物ですわ」
「なんなんだよぉ、離せ!離せってんだ!」
相手の抵抗も激しくなるが、ステンはビクともしない。
「さよならですの、私のクローン」
「かっ………」
コキン___
軽い音が辺りに響いた。さっきまで抵抗していたクローンは今は力無く項垂れ、静かになっている。ステンが手を離すと、重力に身を任せ、クローンは倒れた。そのまま起き上がろうともしない。
「……………過ぎたことをクヨクヨと、考えていても仕方ありませんわ」
自然と声が震える。嗚咽にも似たこの感覚はなんだろう。胸の下が圧迫される様な苦しさ。
「そうですわ。これは、ティーエがいなくなった時にも感じた………」
ステンの胸を締め付けるのは、悲しいという感情だった。