第57話 おかえり、ただいま
全ての発端となった者、キュウコン。その口から語られる真実とはー
その場にいた全員が驚いた。伝説だと思っていたことが実在していたことに。捜し求めていた相手が今ここにいることに。
「あんたが…キュウコン…なのか」
たった一つの事情を幾つもの事に分けてゆっくりと飲み込む。
「教えてくれキュウコン!俺は、伝説に出てきた人間なのかを!そもそも、伝説は本当に実在するのかを!」
戦闘中だと言うことも忘れ、キュウコンに悲痛な願いを伝える海斗。
「そういうことだキュウコン殿。伝説に出て来る人間がそこに居るカイトのことなら、我は…その者を殺さなくてはならない」
少なからず覚悟していた言葉が、ずっしりと海斗にのしかかる。
殺す。そう、この伝説の中に出て来る人物がもし自分なら、自分は___
「………祟りの話が伝説としてどう伝わったかは知らんが、あったことは本当だ」
キュウコンの言葉に、体を震わせる海斗。
「昔、我はある人間に祟りを掛けようとした。しかし、その時その人間のパートナーであるサーナイトが、自らの身を犠牲に祟りを受けたのだ。にも関わらず、人間はサーナイトを見捨てて逃げ出した。やがてその人間はポケモンに転生し、いまもなお生きている」
「………そこだ。教えてくれ、キュウコン。その人間はいったい、一体誰なんだ。俺はそれが知りたくてここまで来た。教えてくれ、真実を」
海斗の表情は暗い。目は虚ろで、口は嘲笑に染まっている。
「そう、か。なら安心しろ。伝説に出て来た人間は、お前じゃない」
虚ろだった目に急に光が宿る。瞬間、海斗の目からは涙が溢れ出した。
「今………なんて………」
「小鳥遊海斗。お前は伝説に出て来る人間じゃない。………そう言ったんだ」
その場にいる全員が絶句した。海斗は歓喜でその身を震わせ、ティーエはまだ詳しい事情が飲み込めてないのか、体だけを震わせている。フーディン達は呆気に取られた表情をしていたが、どこか安心しているようにも見えた。
「良かった…俺は、俺は本当に違うのか………生きてていいのか………俺は……!俺は…!」
キュウコンの言ったことがようやく体に染み込んで来た。伝説を作り出した本人から告げられた言葉。それは紛れもなく真実だった。
「カイト…良かった、本当に良かった…私、もう、カイトに会えなくなっちゃうの、本当に嫌だったから………!」
海斗に寄り添い、ティーエまで泣き出してしまった。その時、フーディンは初めて後悔した。世界を壊すほどの大罪人かと思えば、蓋を開ければ何のことはない、自分とほとんど変わらない。自分と同じように泣き笑い、喜ぶ。こんなにも変わらないのに、どうして殺意に囚われてしまっていたのか、自分でも不思議でならない。
「そして、言わなければならないことがもう一つある。人間がポケモンになったことと、世界のバランスが崩れ始めたこととは、全く関係していない。自然災害が頻発している原因。それはまた別のところにあるのだ」
その時、ゆっくりとした殺意がフーディンに向けられた。その殺意の元は、剣先を向けた甲賀によるものだった。
「………皆様方は勘違いをしていたようですね。まあ、人の心理を利用する上では、あのゲンガーの演説は見事なものだと言っておきましょう。海斗さんのことをよく知らなければそう思ってしまうことも仕方がないことでしょうね」
落ち着いた声が余計に殺意を掻き立てる。甲賀は今、怒っていた。
「………反論の余地もない。真実が分かったからいいものの、全面的に悪いのは我々だ。どんな処罰も、甘んじて受けよう」
その場にスプーンを置き、完全に無防備になる。
「ただ、これだけは言わせてくれ。過ぎたことになってしまったが、本当にすまない。あと少しで我々はカイトを殺める所だった。本当に、本当にすまなかった」
フーディンは甲賀だけでなく、その場に居た全員に謝った。その言葉を聞き終えると、甲賀は剣を収めた。
「僕達に貴方を責める権利はありませんよ。少し取り乱してしまいましたが……今はお互い騙された者同士。争っていても仕方ありません」
甲賀の言うことは全くの正論だ。今ここでまた争い始めても、それは無駄の一言に尽きる。
「………すまない。俺はもう少しで………救助隊失格だな」
自虐的な表情をしながら頭に手を当てるビギン。「オレは最初から信じてたぜ。ティーエが信じる相手だ。ティーエが信じる奴に、悪い奴がいるわけが無いからな」
ルチルはとても安心しているようだ。FLBの中で唯一海斗とティーエを信じ続けた者だから出来る表情をしている。
「………あれ?ちょっと待って」
泣き腫れた目でティーエはあることを疑問に思った。
「カイトが伝説に出て来たポケモンじゃないのは分かったけど、じゃあカイトはどうしてポケモンになっちゃったの?」
海斗もそれにはハッとした。確かに自分がポケモンになってしまった理由が分からないままだ。
「なあ、キュウコン。俺が伝説に出て来たポケモンじゃないのは分かった。だけど、だったら俺はなんでポケモンになってしまったんだ?」
「………それはおそらく、お前の夢に出て来たあの者が関係しているだろう」
自分の夢。内容は随分と薄れてしまったが、確かに誰か居たのを覚えている。
「そう…か。ありがとう、キュウコン。頭の中の靄が一気に晴れた気がする。本当にありがとうな」
「……我も伝説を作った者として謝らなければならない。言葉の綾で、知らぬうちに誰かを死なせてしまう所だった。良くここまで生きて来れたものだ。実に見事だ、海斗」
惜しみない賞賛の言葉がキュウコンから送られた。海斗も自然と笑顔になる。
その時のことだった。
急に地面が激しく揺れ出し、立っていることも難しくなったのだ。
「な、なにっ!?地震!?」
倒れかけたティーエが真っ先に地に伏せる。海斗も倒れないようにしゃがんだ。
「これは地震ではない。地殻変動が起きているのだ。そしてこの地殻変動によって地中深くに眠っていた大地の化身、グラードンが復活する!!」
それを聞いた瞬間、FLBの面々は一気に焦燥する。
「なんと!グラードンが!?」
グラードン、と聞いてもイマイチピンと来ない海斗。丁度近くにいたティーエに聞いてみた。
「なあ、ティーエ。グラードンってなんだ?」
「グラードンは神話の世界に出て来る伝説のポケモンだよ。大地を盛り上げ、大陸を広げたポケモンで、すごい昔にカイオーガと死闘の末に眠りについたって言われてるんだ」
ティーエは、世界のことに興味を持った時からこのことを知っていた。他の神話の世界に語り継がれるポケモン達も知っている。今更になってその知識が役に立つとは、本人も思わなかっただろう。
「グラードンが暴れだしたらそれこそ世界が終わる。早く止めなければ」
「………我らが行こう。我らがグラードンを止めてこよう」
真っ先にノームが手を挙げた。ルチルとビギンも、異論は無いようだ。
「それなら俺も行く。この世界が危ねえってのに、指咥えて黙って見てられるか」
疲れ切った体で立ち上がる海斗。しかし、ティーエとノーム、二人に待ったをかけられる。
「やめて、カイト!基地を出てからずっと休んでないじゃない!何度も危険な目にあって来たし、これ以上無茶しないでよ!」
「そうだぞ、カイト。そして、今回は我々に任せて欲しいと言うのもある。許されることじゃないが、少しばかり罪滅ぼしをさせてくれ。カイトは戻って休んでいろ」
有無を言わせず、ノームは何処かへ歩いて行った。
「お、おい!お前らだって歩き詰めで疲れているはずだろ!?」
その時、後に続いていたルチルがポンと、海斗の頭に手を置いた。
「なぁに、これくらいで音を上げるほど俺たちゃヤワじゃねえよ。ゴールドランカーはだてじゃねえってこと、教えてやる」
ルチルは自分の手をグッと握った。その拳には親指が立っている。海斗は自分に出来ることがないと悟った。諦めを含んだ笑みがこぼれる。
「………ハァー、分かったよ。俺たちは久し振りに基地に戻るとするか。待たせてる人もいるしな。じゃあな、FLB。…絶対生きて帰って来いよ」
今まで敵対していた者に送る一言で、この逃亡劇は幕を閉じた。
*
〜ポケモン広場 レオパルド基地前〜
長いようで、短かった逃亡の旅。幾つもの苦難を乗り越え、何度も死線を潜り抜けた。悲しい別れを乗り越え、頼もしい仲間とも出会った。真実を手に、無罪を証明した者が今、戻って来た。
*
使っていた救助基地は、ほとんど無傷だった。時間帯によって変わる風の調子と、近くにある小川のせせらぎは出発時と全く変わらない。彼等は確かに、戻って来た。
「………やっと帰って来れたね、カイト。私達の基地に」
「………ああ。数日くらいここから違う所に行ってただけなのに何ヶ月も長い間ここを留守にしてた気がする」
「………そうですね。やっとあの長い様で短い旅が終わったんだと実感が湧いてきますよ」
この基地を守っているはずの守備隊メンバーが見当たらない。どうやら全員中に居るみたいだ。
「早く中に入って安心させてやろうぜ」
海斗がティーエと甲賀の肩を叩いた。基地の入り口に近づいて行くと、こっちが何かを言う前に向こうから出迎えが来た。にっこり笑って待ってくれている者もいれば、待ち切れずこっちまで駆け寄ってくる者もいた。皆一様に安堵の表情を見せて、真実を見つけた家族の帰りを迎えた。
俺は___
私は___
僕は___
「「「帰って来たんだ」」」
ほら、ティーエ。言ってやれよ。
うん、わかった。
「ただいま!」
「「「「「お帰り!!」」」」」
彼等は再開の喜びを惜しみなく分かち合った。