第56話 戦いに終止符を
飛び散る火花。ぶつかり合う技と技。拮抗する戦い。どちらかが倒れるまで続くはずのバトルは、思いもよらぬ形で終息を迎えたー
時は、FLBとレオパルドがぶつかる少し前。甲賀がビギンの振り下ろされる手を止めた時から舞台はまた始まる。
遠くには、傷付いて動けない海斗と、戦いに挑もうとするティーエと甲賀。歌韻は黙って見つめている。エースは如何にも参戦したそうだ。ソルドは思いつめた表情をしている。ルアンは、何も出来なかった。
「さて、俺も暴れてくるとするか」
指を鳴らし、戦場へと身を投じようとするエース。しかし、それを止める者がいた。
「ダメだよ。彼等の戦いを邪魔しちゃいけない」
ソルドは首を振ってエースを止めた。エースは不服そうに返す。
「なんでだよ」
「彼等にとって、この旅の最後の戦いなんだ。つまり、勝つか負けるかで運命が変わる。この大きな運命の変わり目に他人が関わっても、きっと良い事なんてない。僕らは黙って見守るしかないんだ」
ある意味達観していると言うか、あくまでも関わる気はないようだ。
「そんなの………」
ソルドの背後で、不意に声が聞こえた。そこには、揺らぐ感情が瞳に映るルアンが居た。
「そんなの、イヤだ!もう何も出来ないのは沢山だ!僕は…僕は!カイトさんを助けに行きます!」
言うが早いか、気付いた頃には既にルアンは海斗の元へと走り出していた。
「待つんだ!そんなことしたら___
「あいにくですが」
ソルドの制止を遮り、笑顔を見せる者がいた。
「僕も仲間が傷付いているのにその場に佇んでいられるほど、人間出来てませんのでね。忠告は受け取っておきます」
歌韻はソルドにそれだけ言うと、ルアンの後を追った。
「おい、止めなくていいのか?」
「………分からない。でも、彼等は止めなくて良い気がするんだ」
道化師には分からない、謎の直感が、ソルドを遮っていた。
「俺は?」
「君は止める。なんか、危なっかしい気がするし」
「なんだソレ!」
エースは怒ったが、ソルドは振り切れなかった。
*
所々火傷があり、全身打撲に近い状態で海斗はフーディンを睨み付けていた。今最も自分が倒したい相手が自分の守るべき者と戦っている。だが、今の海斗にはそれすらもわからなかった。
「カイトさん……」
無惨な姿でその場に倒れる海斗の目には、変わらず怒りが燃えている。
「うっ………!なんだ…これ……!」
初めて海斗と会った時と同じ現象がルアンに起きた。それはmrtと呼ばれる力で、ルアンの考えとは別に発動してしまう。
至極簡単に説明すると、相手の心の声が聞こえてしまうのだ。
「気持ち…悪い…!」
海斗の心から聞こえる声はとてもこの世のものとは思えないものだった。
「壊セ_奪エ_消セ_破壊シロ_壊セ_潰セ_殺セ_壊セ_壊セ_壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊………」
聞こえてきたのはドス黒い破壊を求める声。強烈な破壊衝動がルアンさえも蝕む。
「これじゃあカイトさんの心が持たない…!早くなんとかしないと!」
当初説明したルアンが首に下げている笛は『ピッコロ』と言う名の楽器だ。上手く吹くにはそれなりの練習を要する。その時、また海斗の目が白から黒になった。でも、またすぐに白くなる。
「ルアン…か…。いまのオレは、なにヲするか、ジブんでもわカラなイ…はなレていテ…クレ…!」
気が狂いそうなほどに強い破壊衝動を一瞬でも抑え込み、ルアンに危険を伝えた海斗。それほどまでに強い精神力を持っているというのに、どうしてこうなってしまうほど自らを追いつめてしまったのか。
「少し待っててください。今からあなたの心の闇を祓わせていただきます!」
ルアンはその首に下げるピッコロを上手く手に取り、言った。
「夜を導きし円い満月よ、僕は月に仲間の守護を誓います…発動、月のリベラシオン………!」
ルアンの体が輝きだし、白い体毛の部分は淡い光を放つ銀色に変わった。そして、ルアンによる演奏が始まる。
「………!なんだ、この音は……」
「これは………」
とても幻想的な音色に、甲賀達も思わず戦いの手を止める。包み込むように優しく、芯のある音が辺りに響く。
「ぐ…うあ…ガ……!」
その音を聞いて、急に苦しみだす海斗。頭を抱え、痛そうに唸る。
「カイトさん…今助けてあげます!」
演奏を続ける手に力が入る。海斗の心の闇は、一筋縄ではいかないほどに成長していた。ルアンには、その闇がしっかりと見えていた。
「何をしている。相手は隙だらけだ!攻めろ!」
戦いの手が止まっていたルチルとビギンに、ノームの激昂が飛ぶ。時を同じくして、甲賀とティーエも我を取り戻した。止まっていた戦いがまた動き出した。
硬質なもの同士がぶつかる甲高い音。様々な技を使う時に響く音。爆発音。鈍い音が続く中でも、決してこの音が消えることはない。どんな轟音にも負けない音は味方の士気を上げ、相手の戦意を削ぐ。
「(ダメだ、僕一人じゃ、手に負えない!)」
海斗の闇を祓うために音を奏で続けたが、どうしても最後まで祓うことができない。海斗に取り憑き、佇む闇は、ルアンを嘲笑っているようにも見えた。悔しさに顔を顰めた時、その肩をたたく者がいた。
「手伝いましょうか、ルアンさん?」
今は演奏中なので話すことは出来ない。なので、首を縦に振った。
「それでは僕も協力しましょう。全てを癒す素晴らしい音楽よ。僕は音に救いの誓いを立てます。発動!奏者のリベラシオン!」
何処からともなく取り出したハープを手に、音を奏で始める歌韻。そこで、ルアンの演奏の仕方が変わる。力強い芯のある音を中心に、優しさで包み込むような演奏をしていたが、それをやめ、一本の力強い音に絞った。そしてそこに、歌韻の奏でる優しいハープの音が加わる。
すると、今まで変わらなかった海斗の目が、また白から黒に点滅を始めた。二人の演奏によって、海斗の心の闇が見るからに取り祓われていく。
「これで………最後っ!」
ルアンは息継ぎをし、一際強く音を出した。それに合わせて、歌韻のハープを引く強さも変わる。彼等が紡ぐ力強い音の矢は、正確に海斗の闇を貫いた。
「…………………………!!」
貫かれた闇は音を立てて砕け散り、海斗は呪縛から解き放たれた。瞬間、海斗の体が光で包まれ、弾けた。そこには、傷一つ無い体で浮かぶ海斗の姿が見えた。ゆっくりと目を開けると、地に降り立つ。
「また、助けられちまったな…今度はルアンに。礼を言わせてくれ」
申し訳なさそうに笑うと、海斗は「ありがとう」と言った。
「悪いな。本当はもっとゆっくり礼を言いたかったけど、どうも、そうはいかないらしい。少し離れててくれ」
海斗は自分の具合を確かめるように二〜三回体を動かした。
「………良し」
何かに納得したように軽く頷くと、海斗は地を蹴った。瞬間、海斗は戦場に向かって飛び出した。地面すれすれを飛び続け、そのままのスピードでビギンに突撃した。
「ボルトキック!!」
豪速からの蹴り。その一撃は容赦無く脇にめり込み、壁まで蹴り飛ばした。衝突した反動を体を回転させることでいなすと、ノームを睨み付けた。
「よお、ノーム。さっきは好き勝手言ってくれたじゃねえか。おかげで暴走したぞこのやろう」
悪態を吐きながら不敵な笑みを見せる。明らかにさっきとは様子が違う。何かを思い詰めていたさっきとは違い、暗雲が払われたような雰囲気。そして、軽くビギンを蹴り飛ばした強さ。恐らく、これすらも全力の半分以下程度だろう。
ノームは自分の足元から聞こえた音を敏感に感じ取った。しかし、そこには何もいない。その音の正体は、自分が後退りした音だったのだから。
「(我の出番か…)」
ノームは重い腰を上げ、司令塔としての役目を一時的に棄て、戦いに参加した。その相手はもちろん、海斗だ。
「いいだろう。我自ら相手してやる」
ノームの周りに、ルチルと、ふき飛ばされたビギンが集まる。
「ああ…。悪いが、倒させてもらう。俺は、真実を知らなくちゃいけない。このまま足踏みを続けるのはもう沢山だ」
甲賀とティーエが海斗の周りに集まる。お互いにぶつかり合う覚悟はとっくに出来ているようだ。
ビギンは"メタルクロー"を発動させ、両手を殴り合わせる。メタルクローによる硬化が腕まで侵食し、腕全体が鉄色に鈍く光る。ルチルは口の中に炎を溜め込み、何時でも吐ける状態にした。ノームはサイコパワーを高めるスプーンを構え、力を使う準備をする。
海斗は体に纏う電気を翼にまで広げ、力を溜めている。ティーエは一番慣れているイーブイの姿で迎え撃つことにした。甲賀は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
一瞬の一撃が全てを決める。全力を込めたぶつかり合いが今まさに始まらんとしていた時だった。
「そこまで!両者戦いをやめろ!」
聞いたことの無い、誰のものでもない声が響いた。全員の注目を一瞬のうちに集めたそのポケモンはゆっくりと両者の間に近寄った。
「あなたは………!」
ノームはそのポケモンを見た瞬間、構えを解き、全ての力を収めた。
「皆も力を収めよ。もう戦う必要はない」
突然第三者が割り込み「戦う必要はない」と言いった。それに従いノームは力を収めた。そんなの、納得出来るわけがない。
「………もしかして、あんたがキュウコンか?」
海斗の疑問にそのポケモンが答えた。
「ああ、そうだ。我が名はキュウコン。よくここまで来たな、旅人達よ。……少し特別な事情がある者も居るみたいだがな」