第55話 戸惑いと怒り
氷雪の霊峰につき、キュウコンを探す海斗達。しかし、そこにFLBが現れた。望まぬ戦いが、始まろうとしていたー
「FLB………!」
ゴールドランク救助隊、FLB。広場で出会った、有数な実力を持った救助隊の一つだ。
「まさかこんなところまで逃亡を続けるとは思わなかったな。その力、賞賛に値する」
表面だけ取り繕った賞賛の言葉を言われたって、嬉しくもなんともない。
「さて、また逃げられるのも厄介だからな。ここでカタをつけさせてもらうぞ」
バンギラスが腕組みを解き、殺気を隠そうともせずに言う。
「くっ…全員、戦闘準備…!」
海斗は仕方なくみんなに戦いの用意をさせる。
「私達救助隊は、世界の平和と秩序を守り、困っている者に手を差し伸べる存在だ。例え、誰かを殺めることになっても、世界を救わなくてはならない。それが救助隊なんだ。許してくれ」
フーディンが謝辞を述べた。これは、表面だけ取り繕ったものではなく、紛れもなくフーディンの本心であった。しかし、その言葉は海斗の心を怒りに染めてしまった。
「なんだよソレ………ふざけんなよ!」
海斗は感情を爆発させながら、フーディンに怒りらしき感情をぶつけた。
「許してくれ、とは言ったが、許しを請う気はない。私は今から、二度と償えぬ罪を犯さなくてはならないからだ。私とて、こんなことはしたくない。本来ならば、私達ロートルの役目はお前達のような若い芽を育てて未来へと繋げることなのだろう。だが、海斗。お前は将来有望な芽であると共に、危険な芽でもあるのだ。今ここでお前を倒させてもらう」
「ッッ…!そんな、そんなエゴを押し付けるのか!俺だって、例えお前らと同じじゃなくても感情くらいある!俺は死にたくない!お前らが殺すというなら、死ぬ寸前まで抵抗してやる!」
死にたくない。確かに海斗の本心はそうだ。しかし、海斗には別の考えもあった。
「………貴様が逃亡を続けた所為で、広場は不安に満ちている。お前はどこまで誰かに迷惑を掛けるつもりだ?」
フーディンの作戦の一つに、話術がある。自分の高いIQを駆使し、白を黒に、黒を白に言いくるめることもできる。今は海斗がフーディンの饒舌に絡め取られていた。
「う………」
そう言われてしまうと、海斗は何も言えない。今はまだ不確かだが、彼等の中ではすっかり海斗が全ての犯人だということで定着してしまっているようだ。
___もちろん、皆がそうとは限らないが。
「私はゴールドランクの救助隊だ。だから世界を救う権利がある。お前も救助隊だろう?最後くらい、任務を全うしたらどうだ!」
フーディンは言葉を強く叩きつけた。昂った感情は収まるところを知らず、強く言われた分、強く言い返す。
「そんなもの知るか!俺はお前らに殺されるためにここに来たんじゃない!わずかな可能性を探してここまで来たんだ!理不尽に殺されてたまるか!」
「本当にか?」
「ぐっ………」
たった一言。たった一言で海斗は黙った。
「お前は本当に私たちに殺される理由がないのか?」
歯ぎしりしながら海斗は黙る。まだ可能性の段階なのだ。真実はまだ分からない。
「俺は………」
「本当にお前は殺される理由がないと言うのか!」
「だまれぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
耐えられなくなった海斗は叫んだ。目には涙が流れ、息は荒い。完全に興奮してしまっている。
「お前に!お前に一体何が分かるんだ!お前が俺の何を分かろうって言うんだ!何も、何も分からないクセに!知ったような口を聞くなああああああああ!!!!!!!!」
突然、海斗のマントが光に包まれ、光が弾けるのと共に詠唱もしていないのに翼へと変わった。怒りに任せ、海斗はフーディンに突っ込んでいく。
あの時とは全く雰囲気が違う。黒かった瞳は真っ白に変わり、身に纏うオーラは絶望ではなく憤怒。抑えられない破壊衝動は、容赦なく海斗を蝕んでいく。
「ぬうぅおおおおおおおおおお!!」
あまりにも速い突進に、ギリギリで反応して念力で自分を守る。しかし、次の瞬間には既に海斗はフーディンの背中に蹴りを入れていた。
「ガフッ………」
「アアアアアアアアアアアアア!!!!」
すぐさま海斗はフーディンに追撃しようとした。しかし、寸前で極太の何かに弾き飛ばされ、その身を壁に叩きつけられることになる。
「あまり好き勝手するなよ小僧………!」
海斗を弾いた物の正体はバンギラスの尻尾だ。大木さえへし折る程の一撃を体に喰らった筈なのに、海斗は平然としている。
「カイト!?ねえ甲賀!カイトはどうなっちゃったの!?」
焦燥した様子でティーエが甲賀に解を求める。
「あれも強い感情が神器に影響して、暴走した一つのカタチです。一頻り暴れるか、怒りの元となった何かを破壊、或いは倒すことで元に戻ります。が、早目に止めないと限界を超えた動きの所為で体が先に壊れてしまいます」
淡々と説明する甲賀と、今の説明で更に焦るティーエ。
「じゃあ早くカイト正気に戻してあげないと___
「不可能です」
甲賀が放った無情の言葉。ティーエも動きを止め、言葉の意味を理解しようとする。
「海斗さんは今、猛烈な破壊衝動に体を乗っ取られています。近付けば我々もターゲットにされてしまうでしょう」
海斗は今、執拗にフーディンのことを狙っている。しかし、その攻め方は戦略性など皆無。ただ無闇に突進を繰り返し、跳ね返されているだけだ。こんな戦い方では、FLBを倒すより先に海斗が倒れてしまうだろう。
「僕だって海斗さんの暴走を止めなくては、と思っています。ですが、僕に今の海斗さんを止める術は無いんです………」
ギリリ、と硬質なもの同士が擦り合う音が響く。甲賀が歯軋りをして悔しそうに海斗の戦闘を見続けている。今の彼等には、傍観することしかできない。
「そんなっ……どうにかしないと!」
激しい激戦の中にティーエはその身を投じた。突発的な行動に甲賀も反応できない。
「ちょっと、ティーエさん!?」
「やめてえええええええ!!!!」
さっきと比べて明らかに傷付いた海斗。その背中に、ティーエは飛び付いて行動を制した。
「ウ……グアアアアアアアア!!」
「やめてよカイト!こんなの、カイトじゃない!」
「ティー…エ……」
海斗の瞳は白と黒の点滅を繰り返し、頭を抑えてその場に膝をつく。怒りのあまり、混乱状態みたくなっている。
「ア…ぶナイ…から…ハな…れ…テロ…!いまの…オレじゃ…おマエを…キズつけかねなイ………!」
元に戻りかけた瞳の色はまた真っ白になり、ティーエの抑制を振り切ってフーディン目掛けて突撃し始める。フーディンだってやられているばかりではない。
「サイコキネシス!」
巨大な念力の塊を向かって来る海斗にぶつけ、抵抗する。FLBの面々だってリーダーが攻撃されているのを黙って見ているわけにはいかない。
「メタルクロー!」
「炎のパンチ!」
サイコキネシスで足止めされている海斗目掛けて、強烈な一撃が放たれる。
「させないっ!フレアドライブ!」
炎を纏った体で、サイコキネシス、メタルクロー、炎のパンチが集まった場所に体当たりを仕掛ける。技同士のぶつかり合いで爆発が起き、そこに居た全員が吹き飛ばされた。直撃は免れたものの、かなり大きなダメージを負ったようだ。海斗は依然睨み付けてはいるが、痛そうに脇腹を抱えている。
「哀れなものだな………これ程の力を持っておきながら、ただむやみに振るうことしか出来ぬとは。せめて最後は苦しまずに楽にしてやろう」
動けない海斗に向かって接近するフーディン。しかし、その前にティーエがイーブイの姿で立ち塞がる。
「………どくんだ、ティーエ。私はそいつを始末せねばならない」
キッ、とティーエはフーディンを睨んだ。
「どかない!カイトを殺すなら、先に私を殺しなさい!」
ティーエが言った決意の一言。フーディンの目から情けが消え、ティーエも敵と認める。
「………バンギラス。頼んだぞ」
「小娘。その覚悟、認めよう。せめて苦しまずに殺してやる」
バンギラスの手が鮮やかな銀色に変わった。メタルクローだ。
「さらばだ。二度と会うことはないだろう」
バンギラスの腕がティーエの振り下ろされ___
なかった。
「………………む?」
振り下ろされた右手を掴み、バンギラスの攻撃を阻止した者がいた。
「させるものですか。剣技、十二月が一つ。睦月!」
甲賀の剣が白い光に包まれた。そして、その剣をバンギラスに叩きつける。通常では考えられないほどのエネルギーが炸裂し、バンギラスを大きく後退させた。
「少し出遅れました。影虎甲賀、救助隊レオパルドに加勢いたします」
剣先をFBLに向け、反抗の意思を見せる。
「フン………抗っても無駄だということを教えてやらねばいけないようだな」
吹き飛ばされた先でバンギラスが落ち着いて言う。甲賀の渾身の一撃も、鋼より硬い体の前では大きなダメージを与えることは出来なかったようだ。
「あいにくですね。普段の僕ならすぐに逃げることを選んだでしょう。ですが、僕の背後には僕の守るべき人がいます」
甲賀が剣を構えると、ティーエが前に出て甲賀と並んだ。
「先程はすいません。海斗さんに少し…恐怖していたもので」
「いいよ。とにかく、今は私達に出来ることをしよう。カイトを守るよ、甲賀」
「分かりました。命を懸けて守り抜きましょう」
救助隊レオパルドと救助隊FLBの戦いの火蓋が、切って落とされた。
*
「剣技、十二月が一つ。如月!」
先手を取ったのは甲賀だ。無数の斬撃の衝撃波がフーディンとバンギラスに向かって飛んで行く。
「効かんな」
「サイコキネシス!」
バンギラスは全く動かず、完全に攻撃を受け切った。フーディンはサイコキネシスで自分に向かって来る衝撃波の軌道を全て逸らした。
「まあ、さすがに当たりませんよね…」
「われわれとてここまで戦い続けてきた強者だと自負はしている。そう簡単にはやられはせんぞ」
お互い不敵な笑みを交わす。今度はフーディンが先手を打った。
「サイコキネシス!」
強大な念力の塊がティーエ、甲賀の二人を狙う。しかし、お互いが避けた方には別の相手が待ち構えていた。
「小娘、あまり調子に乗ると死期が早くなるぞ。良くも悪くも命は大切にするものだ」
「今この場所で海斗を殺そうとしているあなたたちにそんなこと言われたくない!それと私は小娘じゃなくて、ティーエっていうちゃんとした名前があるんだからね!」
「甲賀………できることならをお前とは戦いたくなかったぜ…」
「ルチルさん…どうしてこんなことになってしまったんでしょうか。本当は世界を救うはずの救助隊同士で戦うことになってしまうなんて…」
ティーエの方にはバンギラスのビギンが、甲賀の方にはリザードンのルチルが居た。
「メタルクロ−!」
「アイアンテール!」
鋼鉄の爪と鋼鉄の尻尾がぶつかり合い、戦いに火花を散らす。
「小娘…本来ならお前の命まで奪う必要はない。今手を引けば命だけは助けてやろう」
「ふざけないで!私だけ助かったってそんなの意味無い!」
「愚かな。重罪人を庇っていったい何になる?今のように、自分を犠牲にするだけだ」
「命に代えてでも守りたいものがあるのよ!絶対に壊させないんだから!」
彼らが言い合っている間にも、火花散る打ち合いは何十合にも亘って繰り返されている。力を振るうバンギラスに、圧倒的に力負けするティーエ。しかし、彼女とて無知ではない。自分が非力なことを理解し、よく考えることで体の大きな相手に対する技を身に付けていた。
「ちっ、ちょこまかと………!」
「………!そこぉッ!」
「ぐっ!?」
相手の攻撃を避け、隙を見い出し、的確に急所を突く。回避出来ないものは正面から受けるのではなく、滑らせるように流す。
「ええい!いわなだれ!」
痺れを切らしたバンギラスが、強力な技を使ってきた。ティーエの頭上に大量の岩石が生成される。
「うそっ、なにこれ!?」
バンギラスが放った"いわなだれ"は通常のものよりはるかに多く、サイズも信じられないほど大きい。
「(マズい………避けられない!)」
ティーエは避けられないことを悟り、大ダメージ、或いは死を覚悟した。その時だった。
「ティーエさん!剣技、十二月が一つ。葉月!」
一瞬の閃きの元に、ティーエの頭上にあった大量の岩石は両断された。だが、両断されただけでは意味は無い。重力に従って、岩石の多くはティーエに落ちてくるだろう。ティーエの隣に着地した後すぐに新たな技を繰り出す。
「剣技、新月!」
剣を両手持ちに変え、そして大きく引き込んだ。一閃のうちに突き出した剣は、巨大な衝撃波を作り出した。それに巻き込まれ、バンギラスの"いわなだれ"は全て粉砕された。
「大丈夫ですか、ティーエさん」
ティーエが言葉を返す暇もなく、甲賀が灼熱の豪火で包まれる。
「ッッ!コウガッ!」
炎が飛んで来た方を見ると、そこにはルチルがいた。ルチルとの戦闘中に見せた隙を、ルチルは見逃さなかったのだ。
「へっ、仲間助けてやられてちゃ、笑い話にもならねぇな」
しかし、ルチルの予想は大きく外れることになる。甲賀の居た場所から、炎を切り裂いて水の衝撃波が飛んで来たのだ。予想外の不意打ちにルチルは諸に喰らってしまう。
「少しギリギリでしたが、間に合いました」
炎が消え、その中から現れた甲賀は、水の鎧に包まれていた。
剣技、十二月の一つ。弥生。術者の体を水の鎧で包み、ダメージを軽減させる。剣技と呼べるかは定かでは無いが、これも技の一つだ。
直撃を受け、大きなダメージを負ったルチル。思わず、その場に膝をつく。その時、ルチルに激昂が飛んだ。
「油断するな二人とも!シルバーランクとは言えここまで来た実力の持ち主だ。本気でかかれ!」
ノームの激昂により、先程とは一層変わった雰囲気を醸し出す彼等。レベルの低いポケモンなら、近付いただけで倒れてしまいそうだ。
「向こうも本気ですか………イヤですね、ほんと」
軽い口を叩く甲賀だが、その顔には冷や汗が流れている。
「例え相手が幾ら強くても私のやることに変わりは無い。私はカイトを守る。それだけ出来れば、私は………」
ティーエがそれ以上口を開くことは無かった。