第54話 自分という存在
ついに氷雪の霊峰まで辿り着いた海斗一行。真実まで、もう少しー
「ほら、上れるか?ティーエ」
一人では到底上れない程高い段差から、海斗が手を伸ばす。未だにブースターになっているティーエはその手を掴み、上に引き上げてもらった。
「ありがとう、カイト」
「ああ。甲賀、カエンを持ち上げてやってくれ。ソルド、歌韻とエースを頼めるか?」
「分かりました、カエンくん。こっちです」
「二人とも、捕まって。離さないでね」
甲賀はカエンを持ち上げ、海斗はカエンのタネの部分を掴み、段差の上に乗せた。ソルドは軽快なステップで段差を乗り越え、歌韻とエースを下ろした。
「さあ、ルアンさんも早くこっちに。………ルアンさん?」
「…え?あ、はい。今行きますね」
一瞬反応が遅れて、甲賀に近寄るルアン。そんなルアンを少し疑問に思いながらもゆっくりとルアンを持ち上げた。
「………よし、これで全員だな。甲賀、上がって来てくれ」
「はい、少し離れててください」
甲賀は彼等がいる所より少しズレて、剣を構えた。
「………ふんっ!」
一歩下がって、助走をつけてから剣を段差に向かって投げつけた。
ガキン、と硬質な音を立てて段差の一部に突き刺さる。甲賀はそれを足場にし、段差の上に飛び乗った。
「おお、流石に身軽だな」
「毎日鍛えてましたからね。旅に出てからはそんな暇も無いですが。カエンくん、少し手伝ってもらえませんか?」
海斗との会話を適度に終わらせると、カエンに協力を頼んだ。
「つるのむちで剣を持って来て欲しいんです」
「そんなの、お安い御用ですよ!」
甲賀がカエンに頼むと、自信満々で帰ってきた。早速、"つるのむち"を伸ばし、剣の柄を掴む。
そしてすぐに音を立てて剣が抜けた。
「はい。どうぞなのですよ」
「ええ、ありがとうございます」
彼等は、真実を求めてひたすらに進む。
*
「ふう………やっと片付いたな」
海斗が一息をついてその場に座る。周りにはサナギラスとヤルキモノが倒れている。
「こう何度も襲われると堪りませんね。流石に少し疲れました」
顔色一つ変えずに甲賀は周囲を警戒する。口では疲れたと言ってはいるが全くそうは見えない。
今の戦い方は海斗、甲賀共に前衛を務め、ティーエが後ろから強力な攻撃をするといった方法を取っている。しかし、海斗は今、技の殆どが使えない。これが前衛を務める上では非常に大きなハンデとなってしまっている。電気技の殆どは使えず、一撃で倒せる筈の敵が何度も攻撃しなくてはいけない。必然的に体力の消耗につながってしまう。
「ここから先の敵は更に強さを増すよ。気を抜かないようにね」
ソルドが険しい顔で戦っていた三人を睨む。その顔は本人が思ってるよりずっと怖い。
「あ、ああ………気を付けるよ」
若干顔をひくつかせながら海斗は遠慮気味に言う。しかし、言っていることは間違いではない。今戦った相手の強さからも、敵がさらに強力になるであろうことが窺い知れる。より一層不意打ちには気を付けなければ、それこそ命が危ない。
「周りをよく見て、警戒していこう。俺は今本気が出せない。だから、みんなを頼ることになる。頼む、俺を助けてくれ」
気恥ずかしいのか、後半の言葉は少し聞き取りにくかった。それでも言いたいことは分かる。
「分かったよ、カイト。でもね、私達のことはいつでも頼ってもいいんだよ。だって、仲間だもん」
ティーエが優しく、諭すように笑みを見せた。混じり物のない、無邪気で純真な笑み。何時からだろう。この笑みを見て、寂しく感じるようになってしまったのは。
「ああ………ありがとう。先に進もうか。ゴールまであと少しだ」
「うん、行こう」
*
階層も深くなり、出現する敵も手強さを増していく。彼等は今、ハブネークとケッキング二体を相手にしていた。
「カイトッ、来るよ!」
「おうっ!アイアンテール!甲賀、今だ!」
「了解です!剣技、十二月が一つ。長月!」
剣を握る甲賀の手の中から水が溢れ、刀身を覆って約二倍の長さまで延びた。甲賀はそれを、全く抵抗無く振り回す。
斬撃の前に沈むケッキング。残りはもう一人のケッキングとハブネーク。
「シャァァアッ!」
ハブネークの牙先から一滴の紫の液体が撃ち出される。毒液に間違いないだろう。
「うわっ!危ねえ!」
海斗の足元に紫色の毒液が炸裂する。間一髪でそれを回避した海斗は、すぐさま反撃に転じた。
「鉄尾粉砕!」
アイアンテールを発動し、更に回転を加え破壊力を増した一撃。頭を狙ったが、くねりと避けられてしまった。しかし、そのまま振り下ろしたちめ、胴体に当たる。
「ギャシャアアアッッ!」
それなりのダメージを与えたのか、体をくねらせのたうちまわるハブネーク。
「僕に戦いを挑むなんて、無謀なことをしたね。生憎だけど、手加減するつもりはないから。命があったらラッキーだと思ってね」
敵を前に、ソルドは笑顔だ。ここまで他を恐怖させる笑顔が、今までにあっただろうか。いや、きっとないだろう。
「黒狼爪」
静かに、そしてはっきりと聞こえる言葉で言った。すると、ソルドの右前足が真っ黒に染まる。
「悪の波動は周りに広がるから威力が減衰しやすい。だけど、こういう風に留めることでそれを弱まらせることができる」
瞬間、ソルドが一気にハブネークの元に近付き、一撃の元にハブネークを倒した。
「しかも直接殴ることもできる。アブソルは特殊より物理の方が高い。タイプ一致もあるから、威力は元の悪の波動より数倍になってるんじゃないかな」
笑顔で怖いことを言うソルド。しかし、今はその強さが頼もしい。
「戦う相手は選んだ方がいいよ?それで命を落とすなんて、やりきれないしね」
ソルドは瞬間移動と見紛う程のスピードでケッキングに近付き、"黒狼爪"を叩きつけた。その攻撃に俊敏に反応し、両腕をクロスさせ、全力でガードする。ケッキングの体は大きく後ろに下がり、止まる頃にガードを解除して、痛そうに手を振る。
「わわ!こっち来たよ!」
「………ちょっと笑えませんね」
「やるしかないのですよ!」
吹っ飛んだ方向には、普段は戦闘に加わらない傍観組が居た。近くに居る非力な彼等に標的を変え、ケッキングは襲ってくる。
「ガアァァァアアア!」
「は、はっぱカッター!」
カエンの中では上位に入る強力な攻撃。しかし、そんなものはケッキングに通用しない。周りを飛ぶハエのように、簡単に払われてしまった。
「ガーン!なのですよ!」
「言ってる場合ですか!早く離れますよ!」
あからさまにショックなカエンに呼び掛け、迷わず逃げるを選択した歌韻。確かに無理に戦うことはない。
「背中がガラ空きだぜえ?ケッキングちゃんよ!」
背後から聞こえた不意の言葉。瞬間、ケッキングに強力な電撃が流れる。その一撃は、エースのものだった。
「囮ありがとよ。おかげで簡単に背中を狙うことができたぜ」
「助かりました………エースさん」
額に冷や汗を流しながらエースに礼を言う歌韻。
「おい、大丈夫か?」
今更ながら彼等の元に海斗達が駆け付ける。
「大丈夫ですよ。エースさんが助けてくれたのですよ」
カエンが無事を伝え、ホッとする彼らソルドは申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめん、少し目測を誤ったよ。まさかそっちに吹っ飛ぶとは思っていなかったんだ」
タハハ、と苦笑するソルド。彼等も大して気にしてはいない。
「さて、行くぞ。急ぐ旅じゃないけど、あんまり遅いのもどうかと思うからな」
雪が積もったこの地に、足跡を残すポケモンが七匹。次第に消えていく痕跡を背後に、彼らは奥を目指す。
*
先程の戦闘から少したち、また一歩階を進めた七匹。しばらく無言で歩いていたが、海斗が思い出したように甲賀に聞いた。
「そう言えばよ、甲賀が使ってる技ってさ、独自のものなのか?」
「いえ、違いますよ。僕が使っているのは『青龍流剣術』と呼ばれるものです」
海斗は訳がわからないという顔をする。
「せいりゅーりゅう………?なんだそりゃ」
「僕がいた世界では四獣武術というのがあるんです。伝説の神獣、青龍、朱雀、玄武、白虎という四匹の神獣の名前を模した最強の武術の一つです」
簡潔な説明をする甲賀。
「ふーん…最強の武術か。甲賀のは剣術だよな。あとは何があるんだ?」
「他には、白虎流棍術、朱雀流弓術、玄武については僕もよくわからないです」
「………弓って武術なのか?」
「………僕に聞かれましても」
緊張感の無い会話をしていると、階段を見つけた。止まる理由がないので、早速上る。
階段を登ると、開けた場所に出た。他より比べて暖かく、真ん中にはガルーラ像が。
「中間ポイントか。みんな、少し休もう」
荷物を降ろし、一箇所に集め、各々も横になったり、座ったり、壁に寄りかかったりと、思い思いに過ごし始める。
疲れているのか、誰も何も言わない。
海斗は自分のことに不安を持っている。
ティーエは何があっても海斗についていくと心に決めた。
甲賀はみんなを安心させようと思って、何かを作っている。
ソルドは昔亡くした家族を思い、憂いと共に怒りを抱いていた。
カエンはこの先に何があるのかを考えている。
ルアンは自分たちの他に心の声が聞こえることを懸念していた。
歌韻は自分に出来ることを探していた。
エースはいたって普通に欠伸をしている。
どうしてこんなことになっているのか、それは誰にもわからない。普段と変わらない安穏とした日々は突然崩れ去り、代わりにもならない非情な運命の奔流に押し流された。それは周りすらも飲み込み、敵と化した。向けられる疑惑と嫌悪の視線。堪らず逃げ出し、たった一つの小さな小さな光に縋るように歩き続けた。今もまだその光は淡く輝き、もう少しでこの手の中に掴むことが出来る。小さな光を希望の光だと思い、逃げもしない光を追い続けた。
(真実はいつも残酷だ___)
ここに来て、いつか聞いたこの言葉が痛いほど突き刺さる。
「(それでも、俺は前に進むしかない。もう戻ることは、出来ないんだ)」
不安を振り払い、また新たな決意を自分に刻み付ける。こうでもしないと、また不安と恐怖に呑まれてしまいそうだから。
俯いた海斗にそっと差し出される黒い持ち手の付いた銀色のコップ。中の液体からは暖かい湯気が出て、鼻に入る匂いはとてもいいものだ。コップを持った青い手を視線で辿ると、甲賀の顔が見えた。
「冷えた身体には暖かいものが一番です。さあ、飲んでください。身体が温まりますよ」
両手で受け取り、その温もりを確かめる。口に近付けて、クイ、と一口。口の中に色々な味が広がり、ゆっくりと染み渡る。それは、冷え切った海斗の心と体を温めるには充分過ぎるものだった。
「…やっぱり、うまい………」
最初に渡されたのは海斗だったようで、甲賀は今他のメンバーにも配っている。その様子を、海斗はじっと見ていた。そして、なんとなく頑張ろうという気持ちが湧いてきた。敵は強く、道なりも険しい。だけど、ここで挫けるわけには行かない。付いてきてくれるみんなの為にも、置いて来た彼等の為にも。
俺は、負けない。絶対に。
*
氷雪の霊峰の中間ポイントを抜け、その奥地へと進み出した彼等。風は無いが、さっきより気温が低く、感じられる寒さはあまり変わることはなかった。出て来る敵は何故かオニゴーリばかりで、倒すのに然程苦労しなかった。海斗はアイアンテールで。ティーエは火炎放射で。甲賀は普通に斬撃で。ソルドはいわくだきでオニゴーリたちを蹴散らしていった。
それとなく緊張感に包まれる中、ルアンが頻りに後ろを向いていることにティーエは気付いた。
「どうしたの?ルアンくん。さっきから後ろばっかり見てるみたいだけど」
ティーエに話しかけられることで、また前を向いて歩き出すルアン。
「いえ…誰かが追い掛けて来てる気がするんです。カン、と言いますか。まだ予想なんですけど」
追い掛けて来てる、と言った時、ティーエの顔が険しくなる。
「そっ…か、分かったよ。教えてくれてありがとう」
ルアンには笑顔で返し、海斗に伝える時は少し厳しい顔をする。
「急ごう、カイト。ルアンが、誰かがついて来ているような気がするって言ってた」
「もうそんなに追い付かれたのか…仕方ない。みんな!走るぞ!」
ティーエの報告を受け、全員に走るように指示を出した。
「横から来る奴は各自対応しろ!前から来る奴は俺が全員ブッ飛ばす!行くぞ!!」
突然始まった雪道の全力ダッシュ。雪に足を取られながらも、一定のスピードで移動し続ける。時々前に出て来るオニゴーリは海斗の一撃で沈められていった。
*
冷たい空気が肌を刺し、降り積もる雪に足を取られる。移動には一苦労要するその道を、ゆっくりとした足取りで進む三人がいた。
「うむ、間違い無い。彼等はここを通っていった」
両手にスプーンを構え、呟くフーディン。周りにはリザードンとバンギラス。海斗達を追っていたのは、FBLの三人だった。
「そうか……若い芽を摘むようなことはしたくないが、世界のためだ。仕方ない」
バンギラスが目を瞑って、唸るように言う。
「………なんでこうなっちまったんだ…くそっ…」
リザードンはどこか光の無い目でつぶやいた。
「私とて、望んで彼等を仕留めたい訳ではない」
リザードンがフーディンの胸倉を掴んで吼えた。
「じゃあッ!なんでオレらはあいつらを追ってんだよ!」
「世界の破滅を防ぐ方法がそれ以外に無いからだ!あのゲンガーの言うことを鵜呑みにする訳ではないが、これしかないんだ!」
フーディンとて好きでやってる訳ではない。好きでやってるならそっちの方が問題だ。
「私もネイティオに話は聞いている。断片的なことしか答えてくれなかったが、それを繋ぎ合わせるとその可能性がしか浮かばなかったのだ………」
リザードンが乱暴にフーディンを離した。
「オレは学がねえからその話を信じるしかねえ。だけど、後からあいつらを殺さなくても世界を救える方法が出て来たらオレは………全てに容赦はしない。お前らも、あのゲンガーも…自分自身さえも殺してやる」
鉄さえも貫くような鋭い眼光が、フーディンとバンギラスを捉えた。仲間だと分かっていても、流石の二人も一歩後退る。
「う、むう………」
フーディンも曖昧な返事をして、お茶を濁すしかなかった。
「………真実はいつも残酷、か。自分で言った言葉が自分に突き刺さるとは思わなかったぜ…」
淋しそうにリザードンは言った。自分でさえこんなことになるとは思っていなかったからだ。
「リザードン。感情を捨てろとは言わん。しかし、絶対に手は抜くな。我々は、救助隊なのだからな」
「………分かってるよ、隊長さん」
救助隊とは因果な物だと、リザードンは久し振りに思った。
*
はるか遠い神聖な地。辿り着くことは困難とされ、充分に鍛錬を積んだ者でさえ立ち入ることは並ではない。しかし、力を合わせて、ここまで来たもの達がいる。彼等は、救助隊レオパルド。
「やっと、ついたのか。ここが………」
「氷雪の霊峰………」
海斗に続けて、ティーエが言う。見渡す限り氷の世界で、優しい光が彼らを照らす。
「文献にあったものを読んだだけですが、実際に見ると美しいですね………」
甲賀も魅了され、辺りを見渡している。しばらく立ち止まっていたが、彼らの真の目的はここに来ることではない。ここにいるキュウコンに真実を聞きに来たのだ。
「みんな、キュウコンを探そう。ここまで来たんだ、後もう少しだ…」
海斗が疲れつつも嬉しそうに言う。待ち望み続け、求め続けた答えがここにあるのだ。疲れ切った体も、自然と力が入る。
彼等がキュウコンを探すために移動を始めた瞬間の事だった。
「やっと追い付いたぞ。海斗」