第53話 負けられない
駆け付けた時にはもう遅く、海斗、ティーエ、エースがフリーザーに屈した。三人の意思を心に刻み付け、フリーザーに挑む!
「遥か遠く/宇宙の果てまで/光の彼方/銀河の端しまで/広がる/希望の光/絶望の闇/表裏一体/黒と白/そのどれにも属さぬ物/数ある無数の星々/内の一つが舞い降りた/破壊の化身と共に/創造の神なり/道を開けよ者共/これより/星の王が通る!目覚めろ!審判の星!」
甲賀の剣が光を放ち、姿を変える。本気だ。
「スピードスター!」
剣を振り、剣圧が無数の星に変わる。
「小癪な。ふんっ!」
しかし、簡単にフリーザーに払われてしまった。
「まさかそれで終わりじゃないだろうな」
威圧的にフリーザーは言う。甲賀はその問いに笑みで返した。
「終わるわけないでしょう。ビックバンスター!三連弾!」
甲賀が順番に剣を振ると、三つの巨大な星がフリーザーに向かって飛んでいく。フリーザーも流石に払いきれないようで、それを回避した。
「では我も攻撃しようか!こなゆき!」
一瞬のうちに空が曇り、はらはらと雪が降ってくる。触れれば刺されたのかと思うほどの痛みが襲ってくる。
「みなさん、僕の周りに集まって!」
ルアンが指示を出し、頃合いを見計らって"瑠璃の加護"を発動させた。しかし、フリーザーの"こなゆき"の破壊力は予想より遥かに高く、耐えるルアンの表情はとても辛そうだ。
「すいませんが、僕だけ先に出させていただきますよ。ハァッ!」
甲賀が反対の位置で剣を振ると、ちょうどいい大きさの穴が空いた。相対する相手を考えれば仕方ないことだが、"瑠璃の加護"弱さに少しヘコむルアン。(もちろん、弱いわけでは無く、彼等がバカみたいに強過ぎるだけだが)
"こなゆき"のダメージを覚悟してフリーザーに向かって突撃する甲賀。
「青龍流剣技秘奥義!月砕星破!」
甲賀はフリーザー目掛けて剣を投げ、自身もフリーザーに向かって跳んだ。
「ふんっ、こんなもの…!?」
フリーザーが"はがねのつばさ"で剣を弾こうとすると、何か特別なもので覆われていることが分かった。それは危険だと判断し、咄嗟にそれを回避する。すると、技の発動で硬化したフリーザーの翼がいとも容易く切り裂かれたのだ。払おうと動かしていたら、間違い無く翼が切り落とされていたに違いない。
瞬間、フリーザーは忘れていた。甲賀の存在を。
俊足のうちに繰り出される甲賀の拳。それはゆっくりフリーザーの腹部にめり込み、フリーザーを大きく吹き飛ばした。この小さな体にどれだけの力が込められていたと言うのか。それほどまでにフリーザーは吹き飛ばされていったのだ。
「まだまだですよ。青龍の名を司る剣技の威力。篤と味わってください」
倒れているフリーザーにゆっくりと近付く甲賀。途中、地に刺さった剣を抜き、その手に構える。
「まだ、負けてはいない…我は…まだ…!」
ふらつきながらも立ち上がり、甲賀を睨むフリーザー。その体にはとても戦える様には見えなかった。もはや、気力だけで立っている様なものだ。
「どうして、貴方はそうまでして戦うのですか。それほどに傷付いて、それほどにボロボロになってまで戦いを求める理由はなんなんですか!」
甲賀は憤慨していた。これ以上いったいなんのために戦うと言うのか。
「お前達を…守るためだ…!」
「え………?」
フラフラの身体で、フリーザーは答える。それは甲賀の予測していた答えとは遥かに違ったものだった。
「ここには何度も様々な奴が来た。元々我は、ここに来た者には体を休ませて、次のダンジョンに向かうための準備をさせたいたのだ」
フリーザーは懐かしそうに、それでいて悲しそうに語る。しかし、急に怒りに表情を染める。
「しかし、あいつは違った。あの者は、悪ふざけで先に進み、キュウコンの尻尾に触ったのだ…」
フリーザーが言ったあの者。これは間違い無くキュウコン伝説のことだ。伝説は噂では無く、真実だったのだ。
「以来、私は何人たりともここを通さぬと心に決めている。例え、元人間でもな」
甲賀は体を震わせた。さすがはフリーザー。そこまでお見通しだったとは。
「そう、だったんですか。………ですが、それでも僕は先にすすまなければいけないんです。キュウコンに会って、真実を確かめるために」
フリーザーは気付いた。海斗と同じ、甲賀の瞳にはとても強い意思の光が宿っていることに。それを見て、フリーザーはとうとう戦闘態勢を解いた。甲賀もフリーザーから殺気が消えたのを見て、剣を構えるのをやめた。
「そうまでしてキュウコンに会いたいと言うなら、いいだろう。通してやる」
「本当ですか!?」
「ああ。キュウコンに会って、自分の正体を確かめて来い」
「………え?」
フリーザーの一言に呆気にとられる甲賀。
「お前の知りたい真実とやらは分からんが、そうまでして聞きたいことが有るのだろう。本来ならこの先に進んでも我の力で樹氷の森の入り口まで戻されるようになっているが、それも解除しておこう。しかし、覚えておけ。真実は必ずしも幸せなものでは無い。じゃあな」
「いや、あの、ちょ、まっ」
フリーザーは大きな勘違いをしながら、飛び去って行った。
「え、ええ〜〜?」
後には、微妙な表情の甲賀が残された。
*
甲賀が見事フリーザーを退けた後、彼らは先に来ていたメンバーの手当てを行った。ティーエは表面上の傷が多く、重傷と言えるような怪我は負っていなかった。しかし、海斗は違った。海斗は表面の傷はティーエと同じく、浅いものが多かったが、体内機関が著しく損傷していた。発電器官は全くと言っていいほど機能しておらず、蓄電機関も同様の状態で、時折頬にある電気袋から音を立てて電気が漏れ出している。
「これは…ティーエさん、一体海斗さんに何があったんですか?」
「海斗は全力でフリーザーと戦うために、体にすごい負荷を掛けていたみたいで………詳しいこと分からないけど、あの時の海斗、すごい焦ってた。きっとこうなることを覚悟してフリーザーと戦っていたんだと思う」
バカがつくほど正直で、いつも仲間のことを第一に考えていた海斗。誰かを守る力の代償はかなり大きなものになってしまった。
「俺は…心配掛けてばかりだな。全く。リーダーの名が泣いちまう」
海斗は自嘲気味に笑うと、片手で頭を抱えた。
「…そんなことない。そんなことないよ。海斗は何時だってみんなを守る為に傷付いてる。メンバーからすれば怪我ばかりしてて危なっかしいけど、それがリーダーだと思うよ。海斗が守ってくれるから、私達は援護に集中出来るんだ」
一瞬、黙りかけたティーエだが、しっかりと言葉で、瞳で自分の思いを伝えた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん。…痛っ、…よし、行こう。次で最後だ。気を抜くなよ」
ボロボロの体に更に鞭を打って、無理矢理にでも立ち上がらせる。自分は大丈夫だ。心配するな、と示すために平気なフリをする。
「う、うん………。海斗、無茶しちゃダメだよ?」
ティーエが憂いを帯びた顔で海斗の背中を見つめる。ティーエには分からなかった。自分の真実を突き止める為なのに、ここまで他人のために頑張れることが。だけど、この思考は旅に出る前から答えは出てない。故に、ティーエは考えることをやめていた。しかし、今改めて考えると実に不思議なものだ。そこで、ティーエは思考を放棄した。今は考えていても仕方ない。前に進まなきゃ。一歩遅れていたティーエは、追い付くために少し急ぎ足で彼等を追い駆けた。
*
〜氷雪の霊峰〜
彼等はついに辿り着いた。始まりの地から遥か北の大地。そして、伝説の中にも出てくる場所としても語り継がれる神聖な地。氷雪の霊峰へ。
樹氷の森より寒さは増した分、風は吹いていない。
「とうとうここまで来たんだな、俺たち」
「そうですね…」
何処と無く表情の硬い海斗と甲賀。それは二人に言えたことだけではなく、ティーエもカエン、ルアン、歌韻も比べれば少しだが、表情が硬い。成り行きでここまで来たけど、彼等から多少なりとも話は聞いている。少なからず覚悟はあるのだろう。
ソルドはそれ程何かを思う様子は無かった。しかし、この場所から何かを感じるのか、動きは硬い。
エースは殆ど知らされておらず、至って呑気なものだった。手を後ろ頭に組み、欠伸をしている。
「伝説の始まりで、俺の旅の終わりの場所。………なんだろうな。不思議な気分だ。だけど、悪くない」
海斗は目の前にある入り口に向かって手を伸ばし、空っぽの手を思い切り握り締める。
「自分が悪人かもしれないってことを考えるのも嫌だけど、何も分からずに居る方がもっと耐えられない。だから、俺はこの場所で真実を手に入れる。結果は最悪でも、後悔はしたくない。………もしかしたら、これが最後になるかもしれないから、みんなに言いたいことがある」
ふと、海斗は振り返り、何となく寂しげな表情を見せた。
「今まで俺について来てくれてありがとう。巻き込んでごめん。………だから、ここからは俺一人で行く」
海斗が急に厳しい表情になり、言った衝撃の一言。
「そんな…急に、嘘でしょ?」
ティーエが狼狽えながら海斗に問う。
「俺が嘘をついたことがあるかよ。ここから先は、俺の問題だ。俺の勝手で、みんなを傷付けさせるわけにはいかない。だから、みんなは___
「なんでそんなこと言うのさぁっ!」
耐えきれなくなったティーエが叫んだ。目には涙が溢れている。
「どうして今更そんなこと言うのさ!私達は仲間でしょ!」
ティーエが感情を剥き出しにして叫ぶ。感情の針に刺された海斗も、思いを言葉にして吐き出す。
「仲間だからだよ。フリーザーとの戦いで感じたんだ。仲間が傷付く度に、背筋が凍るような恐怖を。俺はもう、誰にも傷付いてほしくない」
「そんなの、私も同じ!私だってカイトに傷付いてほしくない!どうしていつも一人で背負い込むの!?」
「背負い込んでなんかいない。助けてもらう所は助けてもらってるし、一人じゃ出来ないことだってあった」
「うっ………で、でもぉっ」
確かに、これは海斗の問題だ。明確な反論の言葉が見つからず、しどろもどろになるティーエ。
すると、今まで何も言わなかった甲賀が急に海斗に近寄り、海斗に平手打ちを喰らわせた。乾いた音が辺りに響く。
「………ここまで連れ来ておいて、何が巻き込んでごめんですか。そんなこと言わないでください。どうせなら最後まで巻き込んでください」
甲賀が言った言葉は、海斗の予想通りのものだった。海斗の仲間を傷付けたくないという思いは本物だが、そう言って待つほど彼等も聞き分けがいい方だとも思っていなかった。
「………ありがとう。行こう、これが最後の旅だ」
誰にも知られずに、海斗の頬に涙が流れた。