第50話 敵か味方か
樹氷の森の中へと歩を進めた二人。この先、蛇が出るか、鬼が出るかー
「右だ!来るぞ!」
「うんっ!シャドーボール!」
樹氷の森に住む屈強な敵ポケモンと戦う彼等を、観察する者がいた。
「……………………………」
海斗とティーエが次から次へとかかって来る相手を撃する様子を、その者は助けることもなく黙って見ていた。そして、ある程度観察をすると、その場から姿を消した。
*
海斗達が来た時とは打って変わって、強い風が吹き荒れ大量の雪が降る樹氷の森の入り口に彼等は立っていた。
「ここが樹氷の森ですか………」
歌韻が露骨に狼狽え、険しい表情を見せる。言葉には出していないが、それはルアンも同じことであった。
「ささささささささ寒いのですよよよよよよよよ………」
カエンは草タイプだ。こうなることは少なからず必然であるだろう。
「………海斗さん達はもうここに来ているようです。追い付きますよ」
ある一本の木を見て、甲賀が言った。そして、甲賀が進むと共に彼等もその後に続く。
甲賀が見た一本の木は、火で焼かれたのとは違った黒くなり方をした木だった。
彼等がしばらく歩いて行くと、自然と雪と風が止んだ。ルアンと歌韻は前を向けるようになったが、カエンは震えたままだ。あえて言うなら少し震えが収まっている。
その時、甲賀は何者かの気配を感じた。それは敵ポケモンのような荒々しいものではなく、微塵も動揺しない冷静な気配を感じた。その気配を感じ、甲賀は冷や汗を流す。
「(なんだこれは………違い過ぎる!!)」
その気配だけで実力の差を思い知らされた。それは甲賀に絶望を与えるには充分過ぎた。
「今すぐ走ってください!理由は後で説明します!」
甲賀が振り向きざまに叫び、それに従い彼等も戸惑いながら甲賀の後に続く。
しかし、走り出す前にそれは現れた。
ザンッ、と言う高い場所から飛び降りたような雪を踏む音を響かせると、ゆっくりと顔を擡げこちらを睨みつけた。
白い体毛と、側頭部から突き出た黒い角が印象的なポケモン、アブソル。顔には口元が出ている仮面をつけており、表情は読めない。
刹那、空気が凍り付いた。そして、その場に居る全員が理解した。甲賀はこいつを警戒して走り出したのと、圧倒的な力の差を。
カエンは「あ………あ………」と完全に怯えてしまい、ルアンと歌韻は戦う姿勢は見せているが戦意はほとんど無い。
お互い一言も話さず、沈黙が続く。先にそれを破ったのは、相手の方だった。
「お前達。ここに何の用だ」
息が詰まるほどの気迫は多少身をを潜めた。それでもまだかなりの圧力を感じる。
「………ここにピカチュウとイーブイが来ませんでしたか。僕はその人たちを追っています」
真実を話した。核心にこそ触れなかったが、今言ったことも本心である。
「………そうか。ちょうどいい。同行させてもらう」
「は?」
唐突な発言に思わず気の抜けた声を出してしまう甲賀。
「理由はここの主に用があるからだ。その二人もそこに向かっているだろう。案内はさせてもらう。ここは庭みたいなものだからな」
それ以上のことは何も言わずにアブソルは背を向けた。ついて来い、と言う意味らしい。
「みなさん、行きますよ。今はこの方に従いましょう」
逆らえばどうなるか分からない。圧倒的な実力差を思い知らされた甲賀だった。
*
その頃、海斗とティーエは樹氷の森の中間地点に到着していた。寒さの厳しかったダンジョンと比べれば幾分暖かかった。風も雪も無く、一息つくのには充分過ぎる程だった。
「結構歩いたな。後どのくらい進めばここを抜けられんのかなー…」
海斗は身体中の力を抜いて、呆けた顔で有るのか分からない天井を見上げた。
「そろそろじゃないかな。中間地点に来たってことは終わりに近付いているはずだし」
持ち物を確認しながらティーエが応えた。
海斗は冷えきったリンゴを齧った。甲賀が居ないから、あったかいスープは飲めない。そんなことを考えていると、無性に寒くなって来た。しかし、防寒具などは殆どが甲賀が管理しており、カバンを覗いてもあるのはダンジョン用のアイテムばかりだった。唯一の防寒具である自分のマントを身に纏うことしか出来なかった。
「………そうだ。なあ、ティーエ。神器の力でさ、ブースターになれないか?」
呆けた顔から一変、急に何かを閃いた顔で、ティーエに聞いてみた。
「確かに。それならあったかいかも」
そして、ティーエは言われるがままに詠唱を始めた。
虹の腕輪が形を変え、リング状に変形した。
「赤の猛火!この身に宿れ!」
ティーエが力を発動させると、足元から炎が吹き上がり、ティーエを包んだ。そしてすぐに、花が開くようにして炎が消え、ティーエはブースターになっていた。
「おおー、すごいもんだな」
「イーブイの姿じゃ少し寒かったけど、全然寒くないや。しばらくこれでいいかな」
変身の様子を見れた海斗は感心し、ティーエはブースターになったことで寒さの問題は解決したようだ。
「さて、先に進もうか。ティーエもその姿なら寒くないだろ?」
「うん、とってもあったかい。まるでカイトにおんぶしてもらってた時みたい………」
ティーエがふにゃりとした笑顔を見せた。海斗はそれを嬉しくも寂しそうに見つめた。
「行こう。なるべく早く進んでいた方がいいだろ」
海斗がそう言うと、ティーエは元気に「うん!」と返してくれた。彼等は、樹氷の森、奥地に挑む。
*
あの時から沈黙が続いていた。誰も一言たりとも話さず、警戒しながら歩いている。
「………そういえば、自己紹介がまだだったな」
突然アブソルが振り返り思い出したように言った。
「僕の名前はソルド・フー。フーは道化と言う意味でな。今のこの格好にはとてもしっくり来てね」
あれ程近寄り難いオーラを出していたとは思えないくらい気さくに話すソルド。
「他にも聞きたいことは幾つかありますが、あなたは、何故ここの主とやらに用があるんですか?」
同行する理由にもなったものだ。気にならない訳が無い。しかし、その瞬間ソルドから親しみやすい笑みが消え、暗い笑みへと変わった。それはとても悲しそうであった。
「家族を、探しているんだ。今はもう名前すら分からなくなってしまったけど、何時かの幼い表情はこの目にしっかりと焼き付いてる。目を瞑れば、何時だって鮮明に思い出せる」
とても懐かしそうに、悲しそうに話すソルド。
「今は一人になってしまったけど、僕にだって家族が居たんだよ。父さんと、母さんと、さっきも言った、妹。いつもと変わらない日々だったけど、とても幸せな日々だった。だけど、それは突然壊されたんだ。あるポケモンの手によってね!」
穏やかな雰囲気とは一転、狂気なまでの怒りのオーラが噴き出した。
「ある日の帰って来た時のことさ!狙ったかのようにあいつは現れ、僕の家族を、皆殺しにした!僕の目の前で、父さんも、母さんも、幼い妹でさえも!僕はあいつを許さない!絶対に許さない!同じ目にあわせて、僕と同じ絶望を味わわせてやる………!」
荒い息を吐き出し、想像による怒りで激昂するソルド。それでも落ち着いて来たのか、気圧される程のオーラは収まっていった。
「ハァ…ハァ…だけど、僕の妹によく似ているポケモンを最近見つけたんだ。昔に死んでしまったと思っていた家族が、生きているかもしれないんだ。可能性は小さいけど、僕が出来ることなら何でもするつもりだよ。………少し、興奮してしまったようだね。すまない、思い出してしまうと、怒りで制御が効かなくなるんだ。ここの主にある用は、そいつと、その似ているポケモンを知らないかってこと。意外な所からも情報は集まるものさ。驚かせてごめんよ」
申し訳なさそうに頭を下げるソルド。そこで甲賀は自分が気になることを聞いてみた。
「そこまで憎む相手はいったい誰なんですか。何か覚えてたりしないんですか?」
その時、ソルドの口から信じられない言葉が飛び出した。
「名前も声も、顔すら知らないけど、あの時のシルエットは今でもハッキリと覚えてる。それは
___黒い翼の生えた、ピカチュウだったよ」