第49話 樹氷の森
ティーエが秘密を打ち明けてから、一日が経った。ティーエの心の闇は完全に浄化され、暗い影を落とすことはなくなった。後は、海斗の真実を突き止めるだけだー
*
「剣技、十二月が一つ。弥生!」
甲賀が叫ぶと、どこからともなく水が現れ、甲賀の体を包んだ。
「ハッ、そんなもので俺の一撃を防げると思うなよ!雷パンチ!」
追手のポケモンの一人、エレキブルが大振りに拳を振り下ろした。(身長的にどうしても振り下ろす形になるが)
「甲賀さん、ここは私に任せて欲しいのですよ!ツルのムチ!」
いきなり甲賀の前に飛び出し、相性の悪さを生かして圧倒的にパワー負けするカエンがエレキブルの腕を絡め取った。
「体感バランスが良くないですよ!目を瞑ったまま片足で三十秒立てるようになってから出直すのですよ!」
口に出す文句はイマイチ意味がわからないが、技術は目を見張るものがあった。振り下ろした勢いを使って、流した。これによりエレキブルは前のめりによろめくことになる。
「水の波動!」
リング状の水の輪を作り出し、エレキブル目掛けて撃ち放つ。しかし、体勢を崩しているのにも関わらず、簡単に払われてしまった。
「ガハハハハ!弱えなぁ、おい!掛かって…来い………?」
得意げに笑うエレキブルの顔から笑みが消えた。さっきまでそこに居た甲賀が居なかったからだ。
「剣技、十二月が一つ。文月!」
背後から聞こえた不意の言葉。瞬間、甲賀の剣技の中でも最強クラスの攻撃が開始した。
正面からの正拳、回転して裏拳、そのまま左足の蹴り上げ、ふらついた所に腹部への肘打ち、前のめりになった顔面に押さえ付けての膝蹴り、倒れかけた所で背後に周り剣を振り上げ、再度正拳、裏拳で殴り付け、頭上に飛んでかかと落とし、また前に周り回し蹴りを一発、返す足でもう一発、最後に力を込めた全力の掌底をぶつけた。
エレキブルは声も無く吹っ飛び、何処かで何かにぶつかる衝突音が聞こえた。
「ハァ…ハァ…やっぱりこいつら、強い………!」
敵の数はさほど多くないが、一人一人のレベルが高く、簡単には倒れてくれなかった。今のエレキブルでやっと三体目であり、全滅には程遠かった。
「甲賀さん、使ってください!」
後方支援担当の歌韻が甲賀に向かってオレンの実を投げた。それを受け取ると甲賀は迷いなく齧る。
今は最も攻撃力のある甲賀が前線に立ち、後ろの二人がアイテムなどでそれを援護する形をとっている。しかし、既に息を切らしている甲賀に限界が近づいているのは誰の目にも明らかだった。
「(このままじゃ二人を守りきれない!仕方ない、あれを使おう………!)」
甲賀は音が聞こえるほど指を噛み切り、そこから流れた血で地面に十字を書いた。そして、その手を地面に叩きつける。
「傀儡分身!」
血の十字から煙が出現し、消える頃には二人目の甲賀がそこに居た。
「なっ、ええ!?」
「はいい!?」
「マジックですよ!?」
まさに奇想天外。カエンやルアンだけでなく、相手も驚いている。
「血の契約により蘇りし古代の術よ!我が命に従い目の前の敵を打ち滅ぼさん!」
甲賀が何やら不思議な手の動きを見せると、分身が瞬時に相手の近くに移動し、ボディブロウを決めて一発で沈めた。不意打ちだったからか、そのポケモンが立ち上がることは無かった。
その後も分身は暴れ続け、最初は迎撃していた救助隊のポケモン達も次第に数が減り始め、とうとう最後の一人が倒された。
「凄い………あれだけの敵を全滅………」
度重なる戦闘で疲労困憊の甲賀。そんな甲賀に惜しみない賞賛を送る。
しかし、甲賀は休むこと無く移動するための準備を始める。
「甲賀さん、少し休んだ方が………」
そんな甲賀を、優しく宥める歌韻。
「気遣いありがとうございます。ですが、早めにここを離れなくては行けません」
歌韻の制止を聞かず、黙々と焚き火の後をもみ消す。カエンは、倒されたポケモン達を一箇所に集めてツルでぐるぐる巻きにしている。歌韻とルアンの心配を背に、甲賀と三人は次の目的の地であった樹氷の森を目指すのであった。
*
あれから、一日が経った。俺の火傷はすっかり治り、今は隣にティーエが寝てる。アレは相当疲れるらしく、終わった瞬間ティーエが倒れた時はかなり焦った。
………作られたポケモン。言うなれば人造ポケモンって所か。作ったのはポケモンだけど。
ティーエは一体どれだけの孤独を抱えて生きて来たんだろう。何度自己嫌悪して、何度後悔したんだろう。もしかしたら、死ぬことすら考えたかもしれない。だけど、今はもうそんなことはどうでもいい。ティーエは一度暴走した俺を救ってくれた。
今度は、俺の番だ。
*
「………夢か」
何も無い、深い深淵に居た気がした。日は登り、隙間から明るい日光が差し込んでいる。ティーエはまだ寝ていた。
「………ティーエには悪いが、黙って移動するか」
まだ眠気が残る頭で体を動かし、自分のバッグとティーエのバッグを持った。そしてティーエに近づき、背中に背負う。
「………………背中あったけえ」
ティーエが放つその温もりを、海斗は噛み締めた。
「(ティーエ、お前が作られたって言ったこの体は、あったかいぞ。お前は化物なんかじゃ無い。歴としたポケモンだ)」
心で呟いた言葉は、海斗の心の奥に沈んでいった。自分に疑問を持ちながら。
先に進むに連れて、気温はどんどん下がっていった。目的地の樹氷の森が近付いている証拠だ。ティーエは一向に起きそうに無い。海斗はしばらく一人の時間を楽しみ、物思いに耽ることにした。
進むは荒野。何も無い。所々苔のようなものが生え、緑掛かっていたり、時折少し大きな石が目に付くくらいだった。その中で、海斗は異様なものを見た。
「なんだ、ありゃ………!!」
海斗が見たもの。それは倒れてるポケモンだった。
「ッ!」
こんな辺鄙な所に倒れてると言えば、出来る想像は一つくらいしか無い。
「おい、大丈夫か!?って………」
海斗は唖然とした。あれだけ心配してたのにも関わらず、一瞬でそんな感情は消え去った。
「寝てる………?」
そのポケモンは寝ていた。こんなこうやの真ん中で気持ち良さそうにぐっすりと。
「………………ハァー…心配して損した」
呆れながらも、そのポケモンを起こしてみた。こんな所に寝かせて放っておくのはなんかダメな気がしたから。もちろん、手荒く。
「おい、起きろ。なんでこんな所で寝てるんだ。そしてなんで寝れるんだ」
ティーエを背中に乗せているため、手は使えない。そうなると、当然ながら足を使うことになる。相手の背中目掛けて、軽く足でどついた。
「いて。………なんだよ、人が気持ち良く寝てんのに………」
腹部に茶色いシミを作った状態で、寝ていたポケモン、ピカチュウは起きる。大きなあくびを見せ、眠気全開で立ち上がった。
「ん…誰だお前。つか、ここどこだ?」
その者をよく見ると、それもまた異様な風体であった。通常のピカチュウは目が黒いはずなのだが、彼は片目が赤い。そして、黄色のはずの耳が白と黒のゼブラになっている。そして、何故かは分からないが辺りを見渡しては考える動作を繰り返している。何と無く怪しい感じがしたので、放っておくことにした。
「お、おい!ちょっとまてよ。ここどこか知らないか?」
焦った様子でそいつが聞いてくる。
「なんだよ。悪いけど急いでいるんだ。ここがどこかなんて、俺も知らねえよ」
先にこっちの状況を少し告げると、質問も返しておいた。
「なんで知らないんだよ。ここにいるってことは、ここがどこか分かってるんじゃないのか?」
「イレギュラーが起きてこんな所に来たんだ。本当はこんな所を通る予定なんて無かったんだよ」
知らなくて当然だが、海斗は少し呆れた様子で返した。
「じゃあよ、俺なんでこんな所に寝ていたんだ?」
「それこそ知るか。第一それはお前が一番知ってることだろ。人に聞くなよ。じゃあな」
ひたすらに突き放そうとする海斗。それもそのはず、今は全てを疑わなければいけない。何時しか、海斗は周りの全てが敵だと思うようになっていた。それは彼のことも例外ではなく、もしかしたら追手の一人が一芝居打ってるのかとも思っていた。
「冷たいようで悪いな。だけど、今あんたに構ってる暇は無いんだ。それとこれ以上は絶対について来るな。………もう誰も巻き込みたくない」
それだけ言い残すと、海斗は前を向いた。もう、振り返ることは無かった。
「………へえ、面白そうな予感がするねえ」
一方、置いて行かれたピカチュウはワルい笑みを浮かべていた。
*
どれだけ歩いたかは分からないが、ようやく樹氷の森についた。言葉の通り凍った木々が道を作り、ダンジョンへと誘って来る。一面白銀の世界が広がり、足の裏がとても冷たい。今は風も穏やかで、雪も降っていなかった。
「くっ………毛を挟んでもこの冷たさか。凍傷にならなきゃいいが………」
ふと、寝息が聞こえた背後を見る。すると、安心しきった様子でふにゃりとした笑顔を見せるティーエが居た。時折むにゃむにゃと口が動き、夢の中で会話でもしてるのかと思った。
「体は凍傷の心配は無さそうだな」
海斗は道沿いにある一本の木に、"十万ボルト"を当てた。当然木は丸焦げになる。
フッと、笑うと、海斗はティーエを背に乗せたまま樹氷の森に入って行った。
〜樹氷の森〜
穏やかなだけであって、風は吹いていたため、少し寒さは感じていた。しかし、森に入ると、風は吹かなくなり、より暖かさが増した気がした。
敵が居る気配もしないため、その場に腰を下ろすことにした。ここまでティーエを背負いっぱなしだったのと、度重なる連戦で多少体にガタが来てるようだった。
「全然起きないな。………別にいいけど」
体力回復を目的に、オレンの実を齧る。本当に不思議なカバンだ。これだけ寒いのに、中身は一切凍っていない。
ある程度休憩を取ると、またティーエを背負って歩き始めた。やはり、マントは便利だ。今は神器としてのマントより、風除けや体温を保持するためのマントとしての機能の方が嬉しい。尚、今はティーエがマントを着けている形になっている。
「………暇だな。シェンク、聞こえてるか」
海斗が呟くと、頭の中に声が響いた。
「うむ。聞こえているぞ、主」
お忘れだと思うので解説。
シェンク・ベルント。海斗の神器に宿る古代のポケモンの一匹。
「自由の翼以外に、何か変化する能力とかあるのか?」
「いや、今の所自由の翼にしかなれぬな」
「今の所、ってことは他に変われたりするのか?」
「一概に言えぬが、二つの姿に変化出来る神器を見たことがあるな。我の記憶が正しければその者が最強と言えるだろう」
「へえ………シェンクはいったい何になるんだろうな」
無邪気に軽く笑うと、海斗もシェンクも黙り込んだ。海斗はこれで話が終わりだと思ったのだが、シェンクが黙ったのには理由があった。
*
ここは、とある戦場。世界がまだ戦争をしていた時の記憶を、シェンクは思い出していた。
「いくぞ!全軍突撃!」
先陣を切って突撃するのは、年若い将校。その親衛隊の一人に、シェンクは身に付けられていた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!解放!」
年若い将校が何かを叫ぶと、黒鉄色に鈍く輝く重厚な槍が、白い光を放ち始めた。そして、そのまま敵陣に突っ込み、万物を両断しながら敵を蹴散らして行った。
「覚醒!黒槍両刃!」
将校が持っていた槍が形を変えた。持ち手の両端に刃が付いた、ダブルブレードと言うものになった。
「勝機は我が軍にあり!このまま攻めるぞ!!」
年若い将校が激励を掛けた。兵も全力を持ってそれに応える。
___そこで、悲劇が起きた
敵陣から飛んで来た一本の矢が、将校の喉を貫いたのだ。
*
そこで、シェンクの記憶は途切れた。理由は分からないがそれ以上を思い出すことは出来ないのだ。仕方なく、シェンクは考えるのをやめた。
「う………暖かい………?」
その時、突然聞こえた高い声。シェンクも、海斗も何時も聞いていた声だ。
「お、ティーエ。起きたか」
歩いたまま後ろを見て、ティーエの顔を確認する海斗。すると、ティーエの顔が一気に赤くなった。
「ちょっ、カイト!?いったいなにやって___
「暖かいか?」
ティーエの悲鳴を遮って、海斗は笑顔を見せた。
「………………うん」
それ以上は何かを言うこともなく、ティーエは黙って背負われていた。
「良く、眠れたか?」
「…………………うん」
「ありがとうな。また助けられたよ。ティーエには本当、頭が上がらないな」
「………………………」
返事がない。赤くなって俯いているようだ。
ここは樹氷の森。寒さが何人の侵入も阻む空間だが、この二人が居るところはとても暖った。