第48話 狂った実験
ティーエの口から語られる過去。それは想像も出来ない、壮絶な過去だったー
私は、ある研究者に作られた人造ポケモン。あの地獄の様な日々は思い出しただけでも吐き気がして、嫌になる。
〜某所 個人研究所〜
「ついに完成だ!これで私の研究が成功する!こいつも、私の目的のためにはただの人形でしかないのだ………ハ、フハ、フハハハハハハハハハハハハ!」
狭い室内に響く狂気に染まった笑い声。私はそこで目を覚ました。
「う………あなたは…誰…?」
あの時の私は、何も知らない無垢な存在だった。記憶の中には様々な知識があったが、それ以外の記憶はほぼ皆無に近かった。
「ああ…私か?私は君を作った者。言うなれば君の父だ。意味は分かるかな?」
「私の、父。分かりました。貴方が私を作り出した者なのですね」
今思い出しただけでも反吐が出る。あいつが私の父なんて。
「さあ、研究開始だ。君には少し手伝ってもらうよ。いいかね?」
「父の頼みとあらば。断る理由はありません」
「ん………まあ、よかろう。後でその話し方を直さんといかんな。実に愛想が無い」
そう言って、そいつは私を研究のために利用し続けた。ある時は薬を飲まされ、ある時は何処かからか連れて来られたポケモンと戦った。不思議なことに私はそんな毎日になんの疑問も感じて居なかった。ただ言われたことを素直に聞いて、ただ言われた通りに実行するだけだった。
私はまるでロボットの様だった。
そんな日々にある変化が現れた。
何時もの様に戦った後、ふとある扉に目が止まった。毎日同じ所を歩いて自分の居場所に戻っているから、前に何度もその扉を見たはずだった。でも、その日だけは妙にそこが気になった。
ただ何と無くその扉を開けて入ると、あるポケモン達がそこに捕まっていた。
「ん?誰だ?こんな所に来るなん…て…」
私を見たそのポケモンは驚愕の表情で私を見ていた。
「お前…まさか、ティーエ、なのか?」
「ティーエ?それは一体誰なのでしょうか。私の記憶にはそんな単語は存在していませんが」
私は、真っ向から否定した。それが誰かも分からずに。
「そう…か、そうだよな。ティーエはあの時連れて行かれたんだっけな………」
残念そうな声だった。私はまた不思議と、その話に興味を持った。
「ティーエ、とは?一体誰のことなのですか?」
檻に近づいて、そのポケモンに話し掛ける。
「あーっと…まあ、俺達の妹だ。三ヶ月前くらいまでは一緒に居たんだか………」
ここから、彼の言葉は震えていく。
「あのヤロウが、『研究に使う』とか言って、連れて行っちまったんだ。その時からこの研究所を探しまくったが、見つからずじまい。挙句俺達が捕まっちまった………」
涙を流しながら、嗚咽を堪えて話す彼。
「………私には理解できません。ですが、これだけは言えます。…御冥福、お祈り申し上げます」
それ以上、そのポケモン、サンダースは何も言わなかった。私もそれだけ言うと背を向けた。
そんなことがあった後、私は夜にこっそりそこに行くことにした。何かは分からないが、ティーエと言う言葉を聞いて何と無く感じるものがあったからだ。最初はそのサンダース一人だったけど、行く度に違う誰かが起きていて、全員が私をティーエと言った。私が「違う」と言った後も、私をティーエと呼び続けていた。私も知らないうちにその名前が気に入ったのか、ティーエ、と呼ばれる度に笑顔を見せていた。
でも、それは偽りに過ぎない。たとえどれだけ笑顔を見せても、私がやって来たことの罪が流されるわけじゃない。私は彼等に会う前も、会った後も、ポケモンを殺し続けたからだ。そして、運命の時はやって来た。
その日も変わらない、薬を飲まされ、戦わされる日々が続くと思っていた。しかし、今日はその戦う相手が違った。今までのなら、相手は自分よりも何倍も大きく、研究所にとって要らなくなったポケモンを機械的に始末して来た。だけど、今日の相手は自分と同じイーブイ。しかも、私を前にしてガタガタと震えている。格好こそ私に立ち向かおうとしているが、戦意はほとんど無い状態だった。
「父よ。これは一体どう言うことですか」
「なぁに、簡単なことだ。そいつはお前のクローン。感情を入れて見たんだが、どうも失敗してな。怖がるばかりで、何もしようとせんのだ。だから処分する」
言われた通り、私は私を殺した。とても簡単だった。でも、その後が違った。いつもなら殺したポケモンの表情は、何かから解放された様な、安らかな表情だった。でも、その私はとても苦しそうに、絶望した表情をしていた。それを見て、私の中に何かが芽生えた。私はその日から、私は私がしていることに疑問を持つ様になった。父にも沢山質問した。このちっぽけな研究者の外に、ここよりもずっと大きな世界があることを知った。そして、もっと世界のことを知りたいとも思った。でも、それは思うだけだった。父から様々な本を与えられ、それを毎日繰り返し読んだ。呆れるほど、中身を見ずに言えるほど読んだ。その日から私の中の何かが強く、大きくなって行ってる気がした。どれだけ世界を熱望しても、外に出ることは叶わなかった。
そんなある日の夜。事件は起きた。
研究所が襲撃され、様々な施設が破壊された。襲撃者の目的は私らしく、気付いた時にはもう私は眠らされ、何処かに連れて行かれていた。
程なくして私は目を覚まし、襲撃者の正体を知った。それは、あの牢獄に閉じ込められていた七匹だった。
「どうして、どうしてこんなことをしたのです。あなた方は閉じ込められてたはずなのに」
私は戸惑うばかりだった。
「あんな牢、破壊出来ないわけ無いだろ。あんなもので閉じ込めておけるほど俺の雷はヤワじゃねえよ」
サンダースが得意そうに言った。同じ様に閉じ込められていたブースターが私に近寄り、私の頭を撫でた。少しだけ、なんとなく懐かしい気がした。
「お帰り。辛かったね。寂しかったね。もう苦しまなくていいんだ。僕らが、ずっと一緒に居るから」
私にはブースターの言っている意味がわからなかった。私は苦しんでも居なかったし、寂しくも辛くもなかった。何かを感じる時はあったけど、それは最後まで分からずじまいだった。それなのに、何故か私の瞳からは涙が溢れていた。
「………私は何故泣いて居るのでしょう。理解不能です」
止めたくても、止められなかった。嗚咽が漏れ、ひたすらに涙が零れる。
「きっと過去のことを思い出してるんだよ。覚えてる?僕らが初めて会った時のこと」
「初めて会った時………?それは、牢獄のことですか」
私が問うと、ブースターは首を振った。
「ううん、もっと、ずっと前。君がまだ小さくて、右も左も分からない時から。…懐かしいなあ。思えば昔から君は泣いてばかりで、いつも僕たちに慰められてたんだよ」
ブースターがそう言った瞬間、私の中で閃光が弾けた。次々に蘇る鮮明な記憶。それは懐かしいものばかりで、その全てが彼等に関わるものだった。その一つ一つを噛み締めて行く。
「ロイ………兄ちゃん………?」
私がそう言った瞬間、ロイと呼ばれたブースターの顔が笑顔に変わった。そのブースター以外の者たちは、みんな驚愕の表情だった。
「なぁに、ティーエ」
私は、無我夢中でロイに飛び付いた。そして、泣いた。涙が枯れ果てて、もう出なくなるのかと思うくらい泣いた。
「ごめん、なさいっ………!知らっ、ないなんて言って!ずっと、ずっと一緒だったのに、私、忘れてて………!」
「いいんだ。思い出してくれたなら、それでいいんだ。守れなくて、ごめん。思い出してくれて、ありがとう」
うわぁぁぁあああああん!!!!うっ、ひぐっ………おにい、ちゃん………!うわぁぁぁあああああん!!!!」
*
私が泣き疲れた頃に、兄ちゃん達は教えてくれた。あの日、私が連れて行かれた後、研究所を駆けずり回って私を探してくれたこと。その途中で私について書かれた研究書みたいなものを見つけたこと。それには、非人道的な実験が書き連ねていて、その中や私の名前があったこと。そして、私が作られた理由も載っていたの。
それが___
*
「MP細胞の研究について」
「MP細胞………?」
今まで黙って聞いていた海斗が初めて興味を持った素振りを見せた。
「MP細胞………Master・Pokemonの略。普通のポケモンの中に極少量だけ混ざってる、とても特別な細胞。とある研究をしていたら偶然に見つけた代物」
ティーエは以下にも忌々しそうに言い放った。
「その細胞は、言葉通り万能の細胞だった。一度体内に取り入れれば、大概の傷ならすぐに治してしまうし、身体能力も飛躍的に上がる。でも、その代償として身体の制御が効かなくなることが多々あったの。私が始末してきたポケモン達は、それの成れの果て。生半可な傷じゃ死ぬことも出来ず、本能だけで動き続ける可哀想な戦闘人形。私が作られる前は、そんなポケモンが幾つも生み出されて来た。その中で、比較的安定した反応を見せたのが、私達イーブイと言う種族。イーブイは遺伝子ポケモンと言われる程環境によって姿がコロコロ変わるから、他のポケモンと比べて馴染み易かったのかもね」
少しだけ、寂しそうに微笑むとまた話し始めた。
「そして、沢山のイーブイの中で一番反応が良かったのが、アリア・クリスタ。私の家族の母で、私の祖母に当たるポケモン。計画書にポツンと書かれていただけだから顔も知らないけど、私の家族はその人をベースに作られ、私はその家族から作られた」
ティーエは一度言葉を切った。思い出したくないものを思い出し、海斗にすべてを話すため。
「その人の細胞から七体のクローンが作られて、そのクローンにMP細胞が植え付けられた。クローンが元々持っている細胞と、新しく植え付けられた細胞。両方合わせて、沢山の細胞が含まれていたみたい。最初に作られたのが、ルー姉ちゃん。後は順番に作られて、進化させられた。私の家族は多彩な進化と、進化後の特殊な能力のおかげで、予想より遥かに高いポテンシャル発揮したんだって。でも、それで満足出来なかったみたい。たった一匹で、七体分の力を発揮出来るポケモンを目指して作られたのが、私。家族の細胞を集めて、そこにまた多くの細胞が加えられた。私の体は、大半がMP細胞で構成されているんだ」
ティーエは、今はっきりと伝えた。自分の中で潰していた言葉を。隠していた真実を。
ティーエは自分の言葉で海斗に伝えた。
「私はポケモンであって、ポケモンじゃない。作られた存在」
「…そうか………」
今まで黙っていた海斗が口を開いた。
「本当の私はイーブイの姿をした化け物なんだよ………」
「………………………」
海斗は黙したまま語ろうとしない。海斗はなにを考えているのだろうか。
「………ティーエは、本当に化け物で良いのかよ」
海斗は、自分なりの答えをティーエ伝えた。
「ティーエの気持ち、何と無く分かる。自分の中の異常を見つける度に、誰の所為でも無い罪悪感を感じる。ずっと不安だったんだろ。自分が、他のポケモンと違うと言うことに。一つ一つ直して来たけど、ずっと変わらない、変えれないモノが、ティーエの中のそれなんだな」
「……………うん………」
「俺だって少しは分かってるつもりだよ。自分が他のポケモンと違うってのは、嫌と言う程味あわされたしな。でもさ、俺はそれは変えなくていいと思うんだ」
「え?」
変えなくていい。ティーエの中にゆっくりとその言葉が染み込んでくる。
「例えどれだけ悩んで苦しんで、辛くても、それも一つの自分なんだって受け入れればいい。本当の、とかなんて関係無い。今までの全部が本当なんだ。偽物なんて無いんだよ」
「だけど、私は、私はポケモンじゃ………」
「だからなんだよ。そんなこと言ったら俺だってポケモンの形をした人間だろう」
海斗は少しだけ口角を上げて、ニヒルに笑った。そして、ティーエに一番伝えたいことを海斗は言った。
「もう大丈夫だ。どんなことがあっても、絶対にお前を守って見せる。だから…お前は笑ってろ」
海斗の決意の言葉を聞いた瞬間、ティーエの中で何かが溢れた。それは形となって、ティーエの頬を伝う。
「ありがとう。ありがとう………」
くしゃくしゃにした顔で、泣きながら俯く。だけど、ティーエは悲しくなんてなかった。嬉しさでいっぱいだった。暖かいものが胸から零れ、無限にも等しい喜びの波。自分を化け物と信じて、絶望していたティーエが、初めて理想像の『本当のポケモン』なれた瞬間だった。