第47話 ティーエの秘密
ファイヤーの攻撃で全身に大火傷を負った海斗。それは、為す術なく海斗の体力を奪って行くー
ファイヤーの攻撃は海斗を飲み込んだ後、すぐに消えた。まだ地面は少し熱いが、全員揃って海斗に駆け寄る。
「カイト、カイトォ………!」
ティーエが呼び掛けると、少し反応を示した。
「ああ………神器が、少しだけど火傷を防いでくれたんだ………」
甲賀が火傷の具合を確かめようと、うつ伏せの状態から、海斗を仰向けに抱えた。そして、目を疑った。
「これは………酷い………」
それ以上何も言えなかった。火傷は背中全面だけでは無く、腹部にまで広がり、無事な所は顔の半分と腹部が少し焼け残ってる状態だった。目を閉じていたのか、左目は瞼が閉じたままだ。
「………!そうだ、チーゴの実!」
ティーエが道具箱から取り出しのは葉っぱの先が丸まった、浅緑色の果実。食べると火傷を治す、救助隊の中ではとてもメジャーなものだ。すり潰して塗っても、効果的だと言われている。
「カイト、これを食べて」
比較的無事な口元にチーゴの実を持って行くと、海斗はゆっくりと咀嚼した。ある程度噛み砕くと、飲み込む。
「がっ、ぐあっ!うがああああああ!!」
チーゴの実を食べた瞬間、海斗が苦しみだした。そして、徐々に腹部の火傷が治っていく。
「良かった、傷が治っていく。カイト、ほら、残りも食べて」
更に残りを差し出すティーエを、誰かの手が止めた。それを止めたのは、首を横に振る甲賀だ。
「なんで?カイトはちゃんと治ってるんだよ。どうして止めるの?」
そう言うティーエの声は震えていた。しかし、それでも甲賀は手を離さない。
「よく見てください。さっき治った火傷の所を」
甲賀に言われ、一度治った火傷の跡を見た。
なんと、火傷が治ったのは一瞬で、すぐにまた火傷が広がっていたのだ。
「そんな………なんで………」
信じられない、と言うように、首を横に振るティーエ。
「………チーゴの実は確かに火傷を治しますが、あまりにも火傷がひどいと、治すどころか余計に酷くしてしまうんです」
「じゃあ、どうやって治せばいいのさ!どうすればカイトを助けられるの!?」
ティーエの必死の訴えに、甲賀は苦い顔を逸らした。
「チーゴの実をすり潰したものを塗るか、果汁を絞ってかけるだけでも少しはマシになると思います。ですが、それ以上の処置は今じゃ出来ません………」
喰ってかかった甲賀から目線を外し、再度カイトを見る。
「ゴメン。…コウガに当たっても、カイトが治るわけないのに………」
ティーエはチーゴの実を両手で抑え、握り潰した。手から垂れる果汁が海斗の傷に掛かる。
「………とりあえず、ここから離れましょう。気温も高いし、海斗さんに良くありません」
重い空気を抱えながら、一行は下山した。
*
下りるのに思ったより時間が掛かってしまい、山から下りる頃には、もう夜になってしまっていた。海斗のこともあったので、今日はここで眠ることにした。
甲賀が道具箱の中から医療セットを取り出し、海斗を包帯でぐるぐる巻きにしていた。海斗も話せるくらいにはなったが、動くことはまだ出来ないようだった。
「ねえ、カイト」
「どうした、ティーエ」
包帯でぐるぐる巻きになった海斗は、まるでミイラのようだった。口と右目以外は白い包帯で巻かれ、とても痛々しい。
「………………………………」
ティーエは悩んでいた。自分の正体を明かし、本当の力を使えばカイトのことはすぐに治せる。
でも、その所為で気味悪がられるのが嫌だった。自分の正体を知った時も、それを他の人に明かした時も、待っていたのは酷い自己嫌悪と突き刺さる視線だった。
「ゴメンね、なんでも無い。ただ大丈夫かなぁ、って」
ティーエの言葉に、海斗はゆっくり笑った。
「大丈夫じゃあねえな。ハハッ、でも安心しろ。こんなの、すぐに治してやるからよ」
乾いた笑いが、静まり返った辺りに響いた。
「僕があそこで転ばなければ、カイトさんがこんなことにはならなかったのに………!」
涙で頬を濡らすのは、ルアンだ。
「気にするなよ、ルアン。コケちまったものは仕方ないさ。お前が無事で良かった」
右目だけこっちに向けながら、海斗はまた笑った。
「正直、俺だってこの行動が最善かどうか分からなかったけどよ、ルアンが助かってくれて俺はホッとしてるよ」
「カイトさん………」
海斗の寛大さに思わず俯くルアン。笑っているのは、誰の目にも強がりだと言うことは分かっていた。でも、「無事で良かった」、「ホッとしてるよ」などの言葉は、海斗の本心であることにも間違いは無い。
「ハァ………少し疲れたな。悪いが先に寝かせてもらうよ。じゃあおやすみ」
海斗はそれだけ言うと一言も話さなくなり、少し経ってから規則正しい寝息が聞こえてきた。誰一人として声を発すること無く、燃える焚火の音だけがパチパチと響いた。海斗以外の全員が、海斗のことを心配していた。あの傷が、たとえ契約者であっても簡単に治るものでは無い。それほどの傷を海斗は負ってしまったのだ。すぐに治す、とは言っているが、それもまた強がりだろう。彼等の行く先には、とても黒い暗雲が立ち込めていた。
その所為で、通常なら気付くはずの気配に甲賀は気付けなかった。
「葉っぱカッター!」「エアスラッシュ!」
焚火を狙って、何者かが攻撃して来た。寸での所で全員焚火から離れ、ダメージを逃れた。
甲賀が辺りを見渡すと、数匹のポケモンに囲まれていた。そのうちの一匹が言った言葉で彼等の正体はすぐにわかった。
「やっと見つけたぞ!無駄な抵抗はするな!大人しく投降しろ!」
「くっ、このタイミングで追手ですか………!皆さん、海斗さんを守りますよ!」
甲賀の言葉で、全員海斗の周りに集まる。そこで、追手のポケモンたちに動揺が広がった。
「なんだあの包帯でぐるぐる巻きのポケモンは………」「怪我をしているのか?」
などと、海斗を心配する声もちらほら。しかし、「あいつが最優先指名手配の奴だろ?」
と言う言葉で、一気に空気が張り詰めた。
一触即発の雰囲気の中、甲賀がひっそりとティーエに近付き、耳打ちした。
「ティーエさん、海斗さんを連れて逃げてください」
「え?そんなこと、出来るわけ無いじゃん!どうしてそんなことを………」
「悔しいけど、今の僕ではここにいる彼等に勝つことは難しいからです」
甲賀が悔し気に歯を軋ませ、一筋の汗が流れた。
「僕が一瞬の隙を作ります。その間に逃げてください
___大丈夫、必ず合流します」
「っっ………でも___
ティーエがその先を言うことはなかった。過去に、エアームドと戦った時も甲賀は同じ表情をしていたからだ。ティーエは小さく頷くと、海斗を背中に乗せた。
「剣技、十二月が一つ。葉月!」
甲賀の剣が一瞬光り、次の瞬間には追手のポケモンの後ろに移動していた。甲賀が払う様に剣を振ると、そのポケモンは音も無く倒れた。
「さ、今のうちに」
甲賀に先導されるがままに、ティーエは夜の森へと走った。光の見える背後からは爆発音や、誰かの怒号などが聞こえていた。
*
一体どれだけ走っただろう。息を切らして、何度も躓きながら、とても長いこと走り続けた。ゴールは無い。どのくらい離れれば安全なのかも分からない。行った先に、追手が居るとも限らない。それでも、走らざるを得ない。逃れるために。
「………ハアッ………ハアッ………ハアッ………」
森を抜けて、ゴツゴツした荒地の様な所に出た。炎の山は非常に規模が大きいらしく、森を抜けたのにまだ岩壁が隣に見える。
「あ、あそこの割れ目、入れそう………」
急に一人なった所為なのか、誰も聞いていないのに独り言を呟くティーエだった。
*
「ここなら少しは安全、かな」
海斗を下ろし、ティーエも一息つく。入り口は割れ目の様だったが、中は意外と広く、まるで洞窟の様だった。
「(………ここなら誰も見ていないし、やるなら今だよね)」
何を思ったのかティーエは突然海斗の包帯をほどき始めた。シュルシュルと、音を立てて海斗の酷い火傷が露わになって行く。
「今、治してあげるから。待ってて、カイト」
ティーエが自分の両手を見つめると、神器も発動してないのに両手が光り始めた。そして、その状態の手を海斗の火傷に当てた。
すると、ティーエの両手が溶け始めたのだ。
「………おえ、気持ち悪い………」
ティーエの両手だったモノは、光を放ちながら海斗の火傷を的確に覆って行く。
「う………あ?ティーエ?どうしたんだ」
その時、海斗が起きてしまった。ティーエにとっては全くの予想外の出来事。それでも、ゆっくりと、冷静に対処する。
「今は動かないで。必ず後で説明するから」
「お、おう………」
海斗は言われるがままに動かず、ティーエを見守った。
「くっ………………」
ティーエの歯が音を立てる。疲労と眠気がティーエの集中力を強力に削いで行く。
「あのね、カイト。横になったままでいいから聞いてくれないかな」
海斗は一言も発さなかった。ティーエはそれを肯定の意と捉えた。
「私ね、本当はポケモンじゃないんだ。もっと正確に言えば、ポケモンを模して作られた、生き物なんだ」
「………!!」
海斗は何も言えなかった。ティーエの声に込められたものが、あまりにも大きなものだったから。
「私が作られたのは、今から数年前の事___」
ティーエは黙して語らなかった過去を今、海斗に話すことを決意した。