第44話 炎の山
エレナは"歌姫"となって、海斗達の礎となった。次に一向の行く手を阻むのは炎の山。目的地は、まだまだ遠いー
「ハァ…ハァ…なんとか、逃げて来れたな」
一向は迷わないように走り続け、体には疲労が溜まっていた。だけどまだ立ち止まってはいけない。エレナが自らの身を呈してまで稼いでくれた時間を一秒たりとも無駄には出来ない。ずっと走っていたため、乱れた呼吸を整えてから彼等は歩き出した。
*
群青の洞窟が思わぬ難所になってしまったが、本来予定されていた難所はここ、炎の山である。煌々と赤く光る溶岩は触れた物を溶かし、量を増してさらに飲み込んで行く。炎タイプのポケモンでなければ、近付くことさえままならないだろう。しかし、彼等にはここを超える必要があった。それはもちろん、目的地に行くためでもあるが、追手の手を逃れるためのものでもある。実を言うと救助隊の間でも結構有名な難関ダンジョンで、ブロンズランクでは入れないと言う規制まで掛けられている。シルバーランクでも苦戦するここを越えれば、それなりに時間を稼ぐことが出来るのだ。
「慎重に行こう。ここからは一瞬たりとも気を抜けないぞ」
しかし、それだけ危険な賭けでもある。敗北は撤退では無く、死とほぼ同等の意味を持つ。彼等は薄汚れた体で、炎の山に突入して行った。
〜炎の山〜
一階は流石に敵は少なく、出て来たとしても甲賀の手によって次々と倒されて行った。
「流石だな。でも少しは休めよ。いざって時に疲れてると、力を出し切れないぞ」
甲賀は何も言わず頷くと、オレンの実を一口齧った。ダンジョンなので当たり前だが、いつ敵が襲って来るか分からない。油断は出来ないが、いつまでも集中した状態を継続出来るわけでは無い。不安と疲労が、精神力までも削って行く。
「………あっつ〜。カイト、暑いね。このダンジョン」
疲れきった表情のままダルそうに歩いている。あいにくだが、俺はそれを解消する術を持っていない。
「俺だって暑いんだ。体毛の多いティーエは尚更だとは思うけど、我慢しろ。カエン、大丈夫か?キツくなったらすぐに言えよ」
「あ、はい。大丈夫なのですよ」
「そうだよね。変なこと言ってごめん………」
「なんで謝るんだよ。実際暑いから暑いって言ってもいいだろ。ティーエが暑いって言うから俺も暑いって言ったんだ。あー、暑い………」
「そっかー………暑いね」
「暑いのですよ………」
「暑いな」
ここぞとばかりに暑いを連呼する三人。無言で我慢する甲賀が大人に見える。
*
〜???〜
「………溶岩が騒がしい。山が震えている………」
燃え盛る炎の山で、一匹のポケモンが呟いた。そのポケモンは猛々しい翼を大きく広げ、何処かへ飛び去った。
*
「おらッ!雷キック!」
電気の力を足に集め、ギャロップに向かって叩きつける。強力な一撃を喰らい、倒れるギャロップ。これは海斗が独自に開発した技の一つで、要は"雷パンチ"の応用型の技だ。
「よし、行こうか」
どれほど階を上ったか分からないが、終わりに近付いているのはよく分かる。今まであまり見ることが少なかったマグマが増え、酷い時には通路の両脇にマグマが流れていた。もちろん、踏み外そうものなら三途の川に直行である。
「ふう………ふう………」
「辛そうだな、カエン。大丈夫か?少し休もうか」
「い、いや。大丈夫なのですよ。少し暑いくらいで………」
カエンの額からは汗が滲み、粒となって流れ落ち続けている。まあ、俺も同じくらい汗をかいているのだが。
「多分後少しだ。頑張れよ」
「うん………」
声に元気が無い。やはり相当滅入ってるらしい。
突然、海斗はカエンを持ち上げ、自分の背中に背負わせた。所謂おんぶの形だ。
「ちょっ、何をするのですよ!?」
「動くな、落ちるぞ」
ここが通路の途中であることを思い出し、ピタリと動かなくなる。ちょっと目線をずらせば、物も言わぬマグマが今か今かと待ち構えるように、隣を流れていた。
「俺ならまだ平気だ。今は、少しでも休め」
海斗にも余裕は無いはずだが、降りることは許してくれない。カエンは黙って、海斗の背中に身を預けた。
それからしばらく歩いていると、階段を見つけた。もちろん、上ることに躊躇いは無い。
階段を上ると、そこはさっきまでの階とは違い中くらいの大きさの部屋が一つあり、真ん中には謎のガルーラ像が置いてあった。中間ポイントである。暑いと言えば暑いが、今までの所よりかなりマシだ。
「なんだ、中間かよ。もう少し長いかと思ったが………おい、カエン。降りてくれ」
「あ、分かりましたのですよ」
背中に背負ったままだったカエンに降りてもらい、一時の休息に身を委ねることにした。
「予想よりキツイな。道具も結構使っちまったし、少し節約しないと…」
自分の持つカバンを漁り、中の荷物を確認する。持ち物は思いの外減っており、このままじゃ苦戦は必死だろう。
「今は休みましょう。荷物は拾える物もありますから、少しはなんとかなります。それより、海斗さんの背中の傷、大丈夫ですか?」
すっかり忘れていた。俺はあの時テッカニンからシザークロスを受けて背中に傷を負っていたんだ。
「いや、大丈夫だ。あの時は結構痛かったけど今はもう痛くない」
「そうですか、なら良かった。では、これをどうぞ」
甲賀から渡されたのは、小さな赤い球体だった。
「甲賀、これ一体なんだ?」
「口に含んだら少し噛んでから飲み込んで下さい。あまり口の中に入れておくと大変なことになりますよ」
渡された球体を凝視しながら恐る恐るそれを口に放った。数回咀嚼し、噛み砕くとすぐに飲み込んだ。
「ハァ………なあ、これ一体なんなんだよ。教えてくれても………ぶっ!!??」
突然海斗の口内を強烈な刺激が襲った。それは熱を持ち暴れ回る様にどんどん広がって行く。
「なんだこりゃ!?ぐあー!!辛い!!」
あまりの辛味にジタバタと悶える海斗。目には涙が浮かんでいる。
「それはナゾの実をスライスして乾かして粉状にした物を小さく固めた物です。僕は気付け薬としていつも持ってるんです」
のたうちまわる海斗に苦笑いしながら得意気に説明する甲賀。その間にも海斗は甲賀の所持品を漁り、水を見つけガブ飲みしていた。
「………………ブッハッ、甲賀ー!お前ふざけんなよ!あーもう、すげー油断してた!」
「フフッ、それはすいませんでした。ではこちらを………」
「要るか!ぐあー…まだヒリヒリする…」
大きく息を吸ったり吐いたりしながら今だ熱を持つ口の中を冷やそうとする海斗。
「ねぇ、カイト………」
「あ?なんだティーエ」
今まで口を開かず、今のやりとりにも微塵も笑わなかったティーエが口を開いた。
「エレナ、無事かなぁ。怪我もしてたし、もし見つかったりしてたら………」
流石に海斗も甲賀も静まる。ティーエはずっと置いて来たエレナのことを心配していたのだ。
「私だって、エレナを信じてないわけじゃ無いけど、見つかりにくいだけで絶対じゃ無い。万が一にも、見つかってたらって思うと………」
ティーエは少し震えていた。海斗だって心配していないと言えば嘘になる。
「ティーエが心配する気持ちは分かる。でもよ、信じてやれよ。仲間なんだからさ」
海斗はティーエに近付いて、肩に優しく手を置いた。
「エレナならきっと大丈夫さ。いざとなれば、神器の力を使ってでも切り抜けるだろ」
ティーエは少しだけ安心した表情を見せると、小さく頷いた。
「そうだよね。エレナなのことだから大丈夫だよね………」
ティーエの震えは少し収まり、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「それなら、私が確認するのですよ?」
カエンの言葉に全員が振り向いた。
「冗談もほどほどにしてくれ。今の俺たちにそんな手段は無い」
最初聞いた時は、まさか、と思ったが冷静になればすぐに分かることだ。少しだけ見えた希望の光は、すぐに消えて無くなった。
「冗談では無いですよ!この右目の力を使えば、朝飯前ですよ」
カエンが右目の眼帯を外すと、フシギダネにはあり得ない色の瞳が現れた。通常フシギダネの目は赤く、それ以外の色は一度も確認されていない。それは、一言で表すなら、琥珀色。しかも、中には不思議な紋章まである。
「これって………!甲賀!」
「ええ、まず、間違い無いでしょう」
二人の会話を見てカエンはキョトンとしていたが、ティーエさえも分かっていた。
カエンは契約者だと___
「カエン、その目は一体何時からそうなんだ?」
海斗が質問すると、カエンは苦い表情を見せた。
「それは………分からないのですよ。物心ついた時から、この目だったのですよ」
カエンが契約者だと言うことの他に、疑問が出来た。
「甲賀、生まれつき神器か体に宿っているとかって、あることなのか?」
「それは………まず無いと思いますよ。神器は過去に作られた遺物。解明も再現も不可能なのに、生まれつきなんて………」
甲賀の言いたいことは分かる。生まれつき神器が体に宿っているなんて、ありえないことだ。
「今はそんなこと考えてても仕方ないよ。それより、ほら。カエンにエレナを見てもらおう?」
話し合いに参加してなかったティーエは、少し冷たく言い放った。ティーエの異様な声に、海斗らも否応無く従う。
「少し待って欲しいのですよ………」
カエンが何かを念じ始めると、変化はすぐに現れた。琥珀色の瞳が淡い光を放ち、徐々に強くなって行く。
「過去を受け継ぎ/現在を作り/未来を望む/近くは見えるが/遠くは見えぬ/それは至極当然のこと/しかし今だけでいい/友を見守る目を/近付く脅威を知る目を/ただ只管に遠くを見る目を/今/我に授けておくれ/閉じられた世界を開き/見えないモノを映し出せ!
千里碧眼!」
瞬間、強い光が放たれ、海斗達の目を眩ませた。少しずつ光は収まっていき、海斗達が次に見たものは淡く輝く瞳とカエンのドヤ顔だった。
「どうです!これで少しは見直したのですよ?」
胸を張って大威張りで居るが、実質目が光ってる以外でなんら変わった所はない。
「じゃあ、エレナさんを見てみるのですよ………」
カエンは琥珀色の目に手を当て、何かに集中する。
「千里を見通す目よ、今、我の望みに答えよ」
もう一度呪文らしきものを唱えると、琥珀色の目が輝き、カエンの視界が変わった。
しかし、それはカエンが予想していたものとは全く違う、最悪、と言える光景であった。
「これは…一体なんなのですよ………」
カエンの表情は絶望に染まり、がくり、と肩を落とした。
「おい、どうしたんだ。何が見えたんだ?」
崩れ落ちたカエンを支え、何が見えたかを聞いた。もちろん、それは最悪のものだったが。
それを聞いた海斗さえも、信じられないと言った表情で、「嘘だろ…」
と、だけ呟いた。
「一体、何があったんですか」
まだ何も聞いていないのに、甲賀も切羽詰まった表情になる。答えは海斗の口から語られた。
「エレナは…どうなったか分からない。カエンが見たものは、山積みにされた岩だそうだ」
それ以上は黙して語らず。ただ、部屋の隅に歩いて行った。
「そう…ですか………」
甲賀も悔しそうに顔を歪ませ、自分が元々座って居た場所へと戻って行った。そこから予測される答えは容易に想像出来る。ティーエも自らが考えた想像でその場に崩れた。
「そんな…そんなっ…うう……エレナぁ…」
ティーエの頬を涙が伝う。過ごした期間は短いけれど、誰もがエレナを仲間と認め、友と思い、家族ように接して来た。
そんな相手が、今はもう会うことが出来ないほど遠くに行ってしまった。遠くに来てしまった。ティーエも海斗も、可能性を全く考えていなかった訳じゃない。それでも、見えたモノは、知ったコトは、彼らの心に深く、鋭く突き刺さった。
「………これ以上留まって、追手に追いつかれるのは避けたい。みんな、先に進もう」
誰もが絶望に打ちひしがれる中、自分だけでもしっかりしなければならない。海斗の号令に合わせて、少しずつ腰を上げる彼等。
しかし、突然何かを察知したかのように、甲賀が中間ポイントの入り口を睨む。
「どうした、甲賀。行くぞ」
「………誰か来ています」
「「「!!」」」
甲賀の一言で、全員の表情が強張る。一瞬で空気は張り詰め、上に行こうと前に出した足を下げ、物影に姿を隠す。そしてそっと物影から顔を出し、どこに居るのかを確認した。場所は中間ポイントの入り口で、本当にここに来たばかりらしい。
「(少し休んだとは言え、消耗した状態でここまで来るような奴と戦えるのか!?今は逃げるしか…ない!!)」
海斗はいきなり追手かも分からない相手の前に躍り出て、十万ボルトを地面に向かって放った。十万ボルトは地面に当たると同時に激しい爆発音を轟かせ、大量の砂煙を巻き上がらせた。追手らしきポケモン達は、急な砂煙に咳き込み、追って来る気配は無い。
「走れ!早くここから離れるぞ!」
海斗が起こした砂煙を後に、彼等は炎の山の上層へと走って行き、姿を消した。
そして、追手と思われるポケモン達は、残念そうな顔で煙を見つめて居た。その目に殺気は無く、穏やかに揺らぐ光が写っている。そして、幾つかの会話を交わすと、彼等も炎の山の上層に向かって歩を進めた。