第43話 別れ
ティーエとエレナはなんとか戦いに勝利した。一方海斗と甲賀の二人は、圧倒的スピード差と地下からの奇襲で徐々に押され始めていたー
海斗は焦っていた。早めに決着を付けなければいけないのに、思うよりずっと時間がかかっていることに。テッカニンは自分の特性でただでさえ早いスピードが戦闘開始よりずっと早くなっている。ツチニンも本気なのか、出て来る時と戻る時の速さが段違いに上がっている。何とか避けられる程度で収まっているが、これ以上は危険だ。
「甲賀、気づいているか?ツチニンのスピードが上がってる」
「ええ、分かりますよ。ただ一つ、気になることがありましてね」
テッカニンのシザークロスを弾き、そのままただの蹴りを繰り出す。やはり、当たらない。
「気になるって、なんだ?」
「ツチニンのスピードが上がった瞬間、テッカニンのスピードがガタ落ちしてるんてす。もしかしたら、バトンタッチを使っているのかもしれません」
バトンタッチ。
自分に掛かっている補助効果を、丸ごと対象に移す技だ。
「テッカニンの特性はかそく。大方それでツチニンの素早さを上げているのでしょう」
今度はツチニンの攻撃が海斗を襲う。土が盛り上がる瞬間に気付けるので、攻撃そのものは早いが避け続けることが出来ている。
「じゃあ、テッカニンの素早さが下がった時に叩けば良いんだな?」
「そうなります。狙うのは難しいでしょうが、やるとしたらそうなるかと」
テッカニンのスピードにもだいぶ慣れてきた。始まった時は目で追うことしか出来なかったが、今は体も反応出来ている。
「相手のトリックは分かった。でも、ここからどうするかだな」
その場その場の対応に追われ、完全に受け身になっている。
「そうですね。こっちから逆転の糸口を作らなければ、劣勢を覆すことは難しいでしょう」
回避しているだけじゃダメだ。相手のスピードを見極め、反撃しなければ話にならない。海斗達は完全に後手に回っていた。
「ふん、流石の貴様らも手も足も出ないようだな。我々の作戦に気づいたようだが、もう手遅れだ!ジワジワと自分がやられて行く様を見るがいい!」
瞬間、テッカニンのスピードが更に上がった気がした。いや、実際に上がっている。しかも、攻撃の頻度も格段に上がっている。
「チッ、向こうも本気か!」
忌々しげに舌打ちすると、十万ボルトを放つが当たらない。
「当たらない攻撃など、する必要はあるまい?」
本当に見えなかった。背後から声が聞こえたかと思うと、背中に鋭い痛みが走る。痛みに耐えながらも、反撃しようとまた十万ボルトを放つが、すでにそこにはいなかった。
「くそっ、どうする…?早くなんとかしないと、このままじゃジリ貧だぞ」
海斗は悔しそうに歯を軋ませた。
「一つ、なんとか出来そうなものがあります」
「なんだ、策でもあるのか?」
「少し耳を貸してください………」
甲賀は海斗に耳打ちすると、海斗は不敵な笑みを浮かべた。「分かった、任せろ」と呟くと、早速行動に移した。
「これで終わりだ!念仏は唱えたかぁ!?」
テッカニンの姿がどんどん増えていく。どうやら"影分身"を使ったらしい。
「終わるのはお前の方だ!喰らえ!」
海斗が大げさに放ったのは、何の変哲もない単調なただの電気。こんなものをどう喰らえと言うのか。
「ふん、今さらそんなものが当たるわけ無いだろう!」
幾つかの分身を消した後、海斗の電気は甲賀に向かって行った。
「仲間に向かって撃ったのか…?」
全く当てる気が無いと言えるほどの一撃。テッカニンは、それは技でも無いただの電気だと思っていた。
「水鉄砲!後は任せましたよ!」
甲賀はその電気に"水鉄砲"をぶつけると、素早くその場から離脱した。
ポケモンの技はどんなものでもエネルギーの塊だ。電気だろうと水だろうと、それはほぼ間違い無い。エネルギー同士がぶつかれば、大体が爆発を起こし、霧散してしまう。しかし、甲賀の放った"水鉄砲"は確かにエネルギー体であったが、海斗のものは違う。純粋なただの電気だ。水はその純粋な電気を受けると、帯電し、爆発を起こさなかった。
「な……………!」
驚きのあまり、声も出ないテッカニン。
「これだけじゃねぇぞ………!」
慌てて海斗が居る方を振り返ると、その電気に向かって何かを念じている様に見えた。するとどうだろう、海斗の撃った電気が水を引き連れて、テッカニンに向かって来るのだ!為す術も無く、電気の纏った水に纏わりつかれ、その身に嫌という程電気を浴びた。
一時的な硬直と共に意識を失ったテッカニンはその場に落ちた。
「はぁ…はぁ…倒した、のか?」
動かないテッカニンを見つめ、疲れた表情で佇む海斗。動かないことを確認すると、その場に腰を下ろした。
「見事です。まさか本当に電気を自在に操ることが出来るとは、驚きましたよ」
「今はまだただの電気しか操れないけどな。いつかは十万ボルトも操れるようになりたいもんだよ。はー、厄介な相手だった。もう戦いたく無いな…」
「おのれぇぇぇ!よくも兄者を!」
自分の兄がやられた怒りに任せて 、ツチニンが海斗の背後から飛びたして来た。それを予期して居たかの様に海斗は身を反転させると、飛び掛かって来たツチニンを思いっきりぶん殴った。
「残念。忘れるわけ無いだろ」
情けない表情で吹っ飛ばされたツチニンはそのまま気絶してしまった。
海斗&甲賀ペア、勝利___
*
海斗達は急いでいた。当然とも言うべきか、あのシノビーズとか言う奴らは既に他の救助隊にも連絡を入れていたらしい。既にここに来ている者も居るらしく、後ろから幾つかの声が聞こえてくる。追いつかれるのは、なんとしても防ぎたかった。
そのまま走り続けて一気に群青の洞窟を抜けた。
「よし、みんないるな。このまま走って逃げるぞ!」
ティーエも甲賀もカエンも疲れている。しかし、今だけは元気に返事を返してくれた。
「ごめんなさい、わたしは行けないわ」
突然、エレナがおかしなことを口走った。ティーエは驚きを隠せず、口が開いたままだ。
「おい、冗談行ってる場合じゃ無いだろ!後ろからもう追手が迫って来てるんだ。早く逃げないとダメだろ!」
「だから無理だって言ってるの。ほら、見て…」
エレナが後ろ足を見せると、血が滴り、白い体毛の一部が真っ赤に染まっていた。
「エ…レナ………?」
「ヌケニンと戦った時、ちょっと怪我したみたい。無理して走ってたけど、そろそろ限界。木の影にでも上手く隠れてるから、先に行って」
ティーエは気付いた。自分を守った時に、ヌケニンのシザークロスでエレナがダメージを負っていたことに。
「おい…嘘だろ。エレナ。お前ずっと隠してたのか?」
「ええ、心配かけたくなくてね」
さも当たり前に言うエレナ。海斗の頭の中が真っ白になっていく。否定したかった。でも、目の前の現実は変わらない。
こんなことって、あってたまるか!俺が弱いから、また俺の所為で仲間が傷付くことになったんだ!
エレナは俯いた海斗の両頬を叩いた。痛みに、海斗は少し後退りをする。
「情けない顔してんじゃないの。わたしは怪盗やってたのよ?隠れるなんてお手の物に決まってるじゃない。カイトは早く自分の無実を証明して来なさい。その時、また会いましょ」
エレナはそれだけ伝えると、海斗が何かを言う暇もなく木の影に歩いて行った。
海斗はそのままエレナをおいて、先に向けて歩き出した。
「カイト、エレナは___
「置いて行く。エレナがそう言ってるんだ。早く行くぞ」
ティーエは聞いたことの無い雰囲気を纏った海斗の声に押され、それ以上何も言えないまま海斗の後について行った。甲賀も、エレナが隠れた木に向かって一礼すると、すぐに海斗の後を追った。四人のやりとりを見ていたカエンも、黙って見ているだけだった。
木の影でエレナは鬱蒼と茂っている木の葉を見て呟いた。
「ちょっと意外ね。わたしが命を賭けてまで誰かを助けようと思える日が来るなんて。ほんっと、何が起こるか分からないわね。人生って」
エレナは赤くなった足を近くにあった沢で洗った。すると、赤が流れて行き、傷はどこにも見当たらなかった。
「ごめんね。怪我は嘘。本当はクラボの実でした〜。って、誰に言ってるんだろ、わたし」
そう、エレナは海斗に嘘を付いたのだ。理由は彼等が遠くまで逃げるための時間稼ぎ。
「さあ、そろそろショータイムの準備をしなくちゃ。"歌姫"の最後の舞台。ファンじゃなくて、見るのは無粋な救助隊のポケモン達。最後を飾るには、少し役者が大根ね」
今だ現れない追手を待つエレナの手には怪盗、"歌姫"の時の仮面が握られていた。
*
洞窟の中から喧騒が聞こえてくると、それはすぐに洞窟の外に出た。
「くそ、見失ったぞ!」
「探せばまだ何処かに居るはずだ!」
追手の救助隊が今洞窟を抜けたのだ。
「必ず見つけ出してやる………ん?誰だあんた」
救助隊のポケモン、ニドキングの前に現れたのは、傷どころか汚れ一つ無い姿の"歌姫"だ。
「今日はわたくしこと"歌姫"の舞台に起こし頂き誠ありがとうございます。本日は最後の舞台となりますので、一瞬たりとも見逃さないでください」
エレナはニドキングに悪の波動をぶつけ、吹っ飛ばした。
「てめぇ、なにしやがる!」
思ったよりタフなようで、一発では気絶しなかった。
「さあ、みなさん、掛かって来てください。わたしのショータイムは始まったばかりですよ」
エレナはその場に居るポケモン全てを挑発し、注目を集めた。
「へぇ、あんたがあの"歌姫"か。噂は結構聞いてるぜ」
ニドキングはすぐに立ち上がり一歩ずつ"歌姫"に近づいて行った。
「まあ、それはどうも。そんなお方にわたしの最後の舞台を見届けてもらえるなんて光栄ですわ」
「最後かよ。残念だねぇ。じゃあ、幕引きは俺がしてやるよ!」
一見穏やかな雰囲気が漂ったが、ニドキングはいきなりメガトンパンチを"歌姫"目掛けて振り下ろした。
「申し訳ないですが、そう簡単には幕は引きませんことよ。さあ、災厄の狂騒曲を奏でましょう!この身朽ち果てて崩れ落ちるその時まで!」
歌姫は追手のポケモン達を、再度悪の波動で吹き飛ばした。今の一撃で倒れてしまった者も居たが、数匹はなんとか耐えたようだ。
歌姫は数匹のうち一匹に向かって、かまいたちを放つ。体力の削られたサイホーンはそれで気絶してしまった。次に悪の波動を前方に撃ち、それをサイコカッターで切り裂く。エレナのオリジナル技、"ナイトスラッシュ"だ。
残ったポケモンのうち二匹を地に平伏し、最後にあのニドキングを相手にした。相当タフなようで、悪の波動を二発も喰らっているのに、まだ立っている。
「貴方はとてもタフな様ですね。いいです。私も滾って来ました………!!」
口から垂れた血を拭って、ニドキングは目を鋭くした。
「俺も一応ゴールドランクの救助隊なんでな。そう簡単に倒れるのはプライドが許さないもんでね」
「そうですか。救助隊はさぞかし頼もしいものでしょうね。こんなに強いお方が救助隊をやっているのだから。………ですが、私も簡単にやられる訳には行かないのです」
エレナはニドキングに向けて"サイコカッター"を撃った。ニドキングはそれを腕をクロスさせてガードし、何事も無かったかの様に笑った。"サイコカッター"はニドキングとって効果抜群の技であるはずだが、全く効いてない様に見える。
「あんたがテレビに出る時は大体見てるからな。あんたみたいな優しい奴がなんで怪盗なんかやってるのか、俺にはわからないんだよな」
ニドキングは一気に距離を詰め、手を組み合わせ思いっきり振り下ろした。お得意の宙返りで回避したが、技ですらない一撃は、"歌姫"が居た場所を粉々に粉砕した。おそらく、一発でも当たれは戦闘不能はおろか、瀕死にすらなりかねない。
「私が優しいと?一体何を根拠に言っているのでしょうか?」
エレナは"
空気の壁"を発動し、宙返り中にそれを蹴った。勢いが付いた状態で、"メガホーン"を繰り出す。緑のオーラに包まれたツノをニドキングに振り下ろしたが、左腕一本で防がれてしまう。
「さぁな。でもよ、あんた俺のこと殺す気無いだろ」
”歌姫”を振り払い、残った右腕で正拳を繰り出した。"歌姫"はそれをあっさりと避ける。
「ええ。あなたの命は奪いませんよ?私はあくまでも足止め。私が奪うのはお宝だけですもの」
また一歩下がり、"ナイトスラッシュ"を放つ。さっきと同じ様にガードをするが、防ぎきれず技を受けたニドキングはその場で少しよろめいた。"歌姫"はその隙を逃さず空いた横腹に"メガホーン"を叩きつけた。
「ぐあっ!!」
流石にこれは強力だったようで、大きく吹っ飛ばされると壁に激突し、口から血を吐いた。
「言い忘れていましたが、私は強いですよ?それもすごくね」
仮面で隠れているから分からないが、その下はおそらく余裕の表情で埋め尽くされているだろう。"歌姫"の絶対的優勢は変わらない。
「ゴフッ………あーあ、もう体動かねえや。あんたの勝ちだぜ、歌姫さんよ」
体を壁に預けたまま"歌姫"に語りかける。
「久し振りに良い戦いが出来た。俺は満足だよ」
自ら負けを認め、少し悔しそうにしているが、顔は笑顔だった。何かで満ち足りた様なとても満足した表情をして居る。
「俺達は先遣隊で、後に続く奴らが本隊だ。はっきり言って、俺なんかより強い奴がうようよ居るぜ。せいぜい頑張って生き延びることだな」
最後に一言忠告を告げると、ニドキングは力無く項垂れた。どうやら完全に気を失ったらしい。
「忠告ありがとうございます。でも、私はここから一歩も引くつもりも予定もありませんので」
出口にはニドキングが言っていた、本隊らしきポケモン達がズラリと並んでいる。後続はまだまだ居るらしく、今だに増え続けている。
「ごきげんよう、皆様。私は"歌姫"。ここから先はこの身朽ち果てるまで何人たりとも通しません。彼等を追いたいなら、まず私を倒して御覧なさい」
大胆な宣戦布告を突き付けると、救助隊のポケモン達は雪崩の様に襲いかかり、"歌姫"はそれをいなし、躱し、避け、時に反撃を加えた。しかし、それでも体力には限界がある。避け続けて行くうちに、徐々に攻撃がかするようになって来た。"歌姫"も必死に応戦するが、多勢に無勢。一体倒せば二体、二体倒せば四体と相手にする数が倍々ゲームで増えていく。
そしてとうとう"歌姫"は救助隊の一人、ゴーリキーから"ばくれつパンチ"を受けてしまい、大きく吹き飛ばされ、壁に激突した。衝撃で崩れた岩が次々と"歌姫"に降り注ぎ、収まる頃には"歌姫"は完全に埋まってしまっていた。
しかし、"歌姫"の抵抗は彼等にとって想像を絶するものだった。本隊として連れて来た数多くの救助隊の半分以上が、"歌姫"との戦闘で倒されたのだ。倒された者達の回復を待つにしても、援軍の到着を待つにしても、とにかく時間が必要になってしまった。"歌姫"は自分の持てる力の全てを賭けて、彼等が遠くに逃げるための時間を稼いだのだ。
*
群青の洞窟から遠く離れた場所を走っていた海斗は、妙な胸騒ぎを感じ、思わず後ろを振り返った。しかし、そこには誰も居らず、走って来た道が見えるだけだ。
「くそッ、エレナ………無事でいてくれよ…」
たった一言、仲間に呟くと、海斗はまた走り出した。