第42話 群青の洞窟
とうとう逃亡生活が始まった。目指すは極寒の地、氷雪の霊峰。運命の歯車が音を立てて動き出す。もう、後戻りは出来ないー
「ふへぇ〜、疲れたぁ〜」
歩き出してからどれだけの時間が経ったろうか。今はもう暗く、目の前には群青色に輝く大きな洞窟が、ぽっかりと大きく口を開けて海斗達が入って来るのを今か今かと待ち構えていた。時刻は既に夜であり、入口付近で甲賀と共に夜営の準備中である。洞窟に入ってしまえば昼も夜も関係無いが、ティーエが「疲れた」と駄々をこねたため今日はここで休むことにしたのだ。海斗は少し疲れたくらいで、まだまだ歩ける自信があった。甲賀とエレナに至っては余裕だと言う。甲賀はほぼ毎日剣を振っていたので、体力が有るだろうが、エレナにそれ程の体力があることには驚かされた。まあ、簡単に予想はつく。歌姫の頃の名残だろう。
「よし、これくらいでいいか。………電気ショック」
拾い集めた枯れ枝や草などを一箇所に纏め、電気ショックで火を付けた。俺だって怠けていたわけじゃない。それなりだが、一応毎日電気技の改良を行っていたんだ。これくらいの加減くらい余裕余裕。
焚き火を囲みながらその日はみんなでオレンの実を齧った。食べ終えると、ティーエはエレナに寄り掛かって眠ってしまった。エレナも体力的には平気だと言っていたが、やはり疲れていたのか、お互いを支え合う形でティーエに続いて眠りに落ちた。火を見ていた甲賀も何時の間にか同じように眠りについた。周りはみんな寝てしまったのに、海斗だけは妙に寝付けなかった。起きていてもやることは無いので早めに寝てしまいたいが、妙な胸騒ぎがして眠ろうと横になっても何故か目が冴えてしまう。ただ起きているのもアレなので、焚き火に枝を入れた。火の加減を見て、ちょっとずつ燃料になる木を入れていく。何かを考えること無く、火を見つめているとだんだん意識がはっきりしなくなり、頭もボーッとして来た。海斗は二、三度頭を揺らすと、気が付けば何時の間にか眠りについていた。
*
鳥ポケモンの囀りらしき声で目が覚めた。現在は日が上りかけの状態で、丁度朝に目が覚めた感じだ。
「(昨日はあんまり寝付けなかったな………)」
一度は目が覚めたと言ったが、本当の所は横になってもう一度寝直したいくらい眠い。しかし、今はそんな事が出来る状況に無いので目をこすったりしながら無理矢理に頭を覚醒させた。そんな時だった。
「ん、なんだこれ」
海斗の足下に見覚えの無い緑色のポケモンが居た。
「……………は?」
緑色のポケモンは、すうすうと規則正しい寝息を立てながら未だに寝続けて居る。とりあえず起こして見ることにした。
「おい、起きろ。お前何者だ」
海斗はポケモンを起こすために体だと思われる部分を軽く蹴った。赤の他人とはいえ、酷い扱いである。しかし、全く起きる気配が無い。海斗はあの時一度だけ使った、あの技を使った。しかも、今回は改良型である。
「スタルクショック」
海斗の手の中に一握りほどの小さな電気の球体が生成された。
「よし。よっ…と…」
海斗はゆっくりと電球体を投げると、それもまたゆっくりと空中を漂い、少しずつ近付いて行った。そして、それが触れると同時に海斗は言い放った。
「気持ち良く寝て居る所を悪いが、お目覚めの時間だ」
「ひにゃああああああああああああああああああああ!?」
かつて聞いたこと無い程の悲鳴が、辺りに響き渡った。
*
「痛たたた………いきなり何するですよ!?電気でショック死したらどうするつもりだったんですか!!」
無理矢理起こしたポケモン、フシギダネは涙目になりながら海斗に必死に訴えた。普通のフシギダネと違う所は少し小さいのと片目に眼帯をしている所か。先ほどの叫び声で全員が目を覚ました。そんな中、海斗は聞いて居るのか聞いていないのか完全にスルーしている。
「あなたは一体何者なのですよ!って少しは人の話を聞きなさいですよぉぉぉぉぉ!!」
流石にうるさく感じので適当に取り合ってやることにした。
「うるさい。朝からギャンギャン騒ぐな。あんまりうるさくすると蹴り飛ばすぞ」
「一方的に罵倒された!?しかも攻撃予告まで!!」
いちいちのリアクションが大きく、本当にうるさい。
「人に名前を聞く時は自分から。礼儀も知らないのか?」
「いきなり電気ショックして来る人に言われたく無いのですよ!………私はカエン・ジーニアス。かの有名なジーニアス家の一人娘なのですよ!!」
「知らないな。甲賀、知ってるか?」
「知りませんね。エレナさんは?」
「わたしも知らないわ。と言うか聞いたことも無い。ティーエちゃんはあるのかしら?」
「私も無いなー。初めて知ったよ」
「酷いのですよ!?うう………泣きたくなってくるのですよ………」
負のオーラ丸出しでへこみだすカエン。
「とにかく、すぐにでも自分の家に戻れ。俺たちと一緒にいたら巻き添え喰うかもしれないぞ」
「巻き添え?一体なんのことですよ?」
「何?知らないのか?」
知らない者が居ることには驚いた。下手に教えることは無いだろう。適当にあしらえばいいか。
「なんでも無い。早く帰った方がいいぞ。本当に俺たちとは一緒に居ない方がいい」
少しだけ悲しい表情を見せると、海斗は立ち上がって群青の洞窟に歩き出した。出発の合図だ。みんな海斗の後に続いて洞窟へと歩いて行った。
〜群青の洞窟〜
「うわ〜、綺麗だなぁ〜」
群青の洞窟と言うのは嘘では無く、壁全体が宝石のように蒼く輝いている。落ちている石も同じくらい綺麗なので、海斗は一個拾って自分のカバンの中に入れた。そんな時、入口付近から聞き覚えのある叫び声が響いて来た。
「カイト、行ってみよう!!」
「ああ!」
行って来た道を走って戻ると、数匹のズバットに囲まれたさっきのフシギダネの姿が見えた。
「だ、だ、誰か助けて欲しいのですよぉぉぉぉぉ!!」
完全に怯えているようでズバットから逃げようともしない。
「ライジングアッパー!」
走った時の勢いを使って上方に放つ強力な雷パンチ。カエンの一番近くにいたズバットは殴り飛ばされ、天井に嫌と言うほど叩きつけられた。もちろんそのまま戦闘不能直行コースである。
甲賀も負けじとズバットに攻撃を仕掛ける。
「申し訳ないですが、少し眠ってもらいますよ。剣技、十二月が一つ、卯月!」
甲賀は天井に頭をぶつけないように飛び上がり、剣身を地に叩きつけた。同時に、円形の衝撃波が甲賀を中心に広がる。衝撃波は見事にズバットだけを吹き飛ばし、次々と洞窟の壁に向かってぶつかっていく。
残りのズバットの群れも恐れを成してバラバラに逃げ去って行った。
「大丈夫か?全く、帰れって言っただろう。なんでついて来たんだ」
「うぅ〜………」
カエンは申し訳なさそうに目を逸らした。
「待ってよカイト。そんなに責めちゃ可哀想だよ」
ティーエが怒る海斗を制して、カエンに語り掛ける。
「どうしたのかな。ここは危ない場所だって君も分かってるはずだよね。なのについて来たってことは何か理由があるのかな?」
至って普通にティーエは聞いてみた。
「………私、家に帰れないのですよ………」
「え………」
聞いたティーエが最も絶句した。
「親とケンカして出てってやると高らかに宣言してしまったのですよ………」
なんとも微妙な理由である。ありがちな別れ方ではあるが、そこまで気に病むことだろうか。そんな風にティーエは考えていた。
「じゃあ、謝って入れてもらえばいいじゃない。そうしたら___」
「それは絶対に嫌なのですよ!」
ティーエの言葉を遮ってカエンが叫んだ。
「あんな親、私にとって親なんかじゃないですよ。お金欲しさに私を売った親なんて………っ」
衝撃の告白に全員が絶句した。いくつかは知らないが、この小さな体には相当応えたはずだ。現に涙を必死に堪えている。本人にとっては語るも辛いことなのだろう。
「………俺はお前の悲しみは分からない」
いきなり海斗が話し始めた。その顔には少し悲しげであり、何かを諭すように続ける。
「だけど、俺も最近に同じくらい悲しい思いをした。お前の悲しみとは違うだろうけど、お前の気持ちはなんとなく分かる。だからお前、救助隊にならないか?」
話の脈絡が無さ過ぎてまたも全員が絶句した。
「救助隊…?何故なのですよ」
「ちょっと今は活動停止してるけどよ、俺たち救助隊やってんだ。しかもなんだかんだで訳あり過ぎるメンバーが集まってよ。普通とは一味も二味も違う救助隊になったんだ。お前も訳ありなんだろ?俺たちと救助隊やろうぜ」
海斗の真意が読めないメンバーは驚きのあまり硬直している。一方カエンの方と言うと。
「救助隊………面白そうなのですよ!」
非常に乗り気である。
「よし!じゃあお前、今日から俺たちの仲間だ。よろしくな、カエン」
「はい!よろしくなのですよ!」
救助隊のメンバーが増えるのは喜ぶべきことなのだが、やはりティーエにも言いたいことがある。
「ちょっと、カイト。どう言うつもり?」
ティーエをなあなあで流して、カエンにエレナと甲賀にも挨拶して来るよう海斗は言った。そして改めてティーエの相手をした。
「どうもこうもねぇよ。あいつ、親に売られたって言ってんだぞ。売られた先がどんな所かは知らないが、相当ろくでもない場所だったみたいだ。ほら、あそこ。あいつの体の側面。見えにくいけど、明らかになんらかの跡があるだろ」
ティーエが目を凝らすと、カエンの横腹に確かに何かで攻撃されたような跡がある。
「あ、ほんとだ」
「あれはおそらく虐待の跡だ。親とケンカしたって言ってるけど多分嫌になって逃げ出したんだろう。ケンカしたって言えば同情して助けてくれる誰かがいたんだろう」
「でも…なんでカイトはあの子を仲間にしようって言ったの?」
ティーエが怪訝な顔で聞いてきた。
「あの様子だと相当酷くやられたみたいだからな。そんな所に戻すより俺たちが近くに居た方が幾分安全だろ」
海斗達とて伊達に救助隊をやっているわけでは無い。それなりの場数は踏んでいるし、サンダーみたいな強敵とも戦った。そうそう簡単に自分達が倒されるなんて誰も思っていないはずだ。
「そっか。それなら私も賛成するよ」
「よし、決まり。カエン、俺たちと一緒行くぞ。覚悟は決めたか?」
二人に挨拶を終え、海斗の前に居たカエンは元気の良い返事を返してくれた。
*
カエンを仲間にしてからだいぶ歩いた。この洞窟はかなり長いのか、今だに出口どころか光さえ見えない。ダンジョンそのものは明るいが、外の光が見えないのだ。それと洞窟と言うこともあってか、ズバットはもちろん、ズバットの進化型、ゴルバットまで出て来るうえに、天井からの奇襲が非常に多かったのだ。身体的にも精神的にも疲労が重なり、もう誰も話さなくなっていた。無言で歩いていると、階段を見つけた。疲れていたため、階段の近くで休むことにした。
誰も何も言わずに腰を下ろして一時の休息を取った。
カエンは隠れたり逃げたりするだけで戦力には全くならなかったが、戦闘中に幾つか敵の弱点や癖と思われる行動の指摘をして一応は戦闘に貢献していたと言えるだろう。
「ああ、くそッ……甲賀、オレンの実ってあるか」
「海斗さんももう少し節約してください。幾ら拾えると言っても、数には限度がありますからね」
ちょっとした愚痴をこぼしながら海斗にオレンの実を投げ渡した。海斗はそれを受け止めると早速食べ始めた。一口齧る度に海斗の体から疲労と痛みが引いて行く。オレンの実には体力を回復し、傷の治りを早めてくれる効果がある。そのまま食べても効果は充分だが果汁にも同様の効果があり、紙に染み込ませたりして湿布薬としても使われたりしている。
「一体どれくらい進んだんだろうね。私、階段八回上った時点で数えるの止めたよ…」
誰に言ったわけでも無い、ただの一人言。
「さあ、分からねぇ…もうそろそろ出口が見えてもいいと思うんだがな」
それに答えるように海斗も続けて一人言。
「十二回階段を上りました。どこまで行くのかは分かりませんが確かにそろそろ出口が見えてもおかしくないですね」
ここで会話は途切れた。エレナは元々参加する気は無く、カエンに至っては完全にグロッキー状態になっていた。しかし、あんまり休んでもいられないので、早めに次の階に進むことにした。
*
階段を上った瞬間海斗はすぐに何かを感じ取った。洞窟内に流れる不穏な空気。自分達に向けて突き刺さる殺気。
___居る。
海斗は確信した。今までの相手とは全く違う別の相手が。後に続いたティーエ等も同じく何かを感じ取り、周囲を警戒し始めた。襲撃は、すぐだった。
「穴を掘る!」「シザークロス!」「シャドーボール!」
海斗の足下が急に盛り上がり、銀色に光る爪が海斗に向かって突き出された。同じように甲賀とティーエも奇襲を仕掛けられ、さっきまで誰も居なかった場所には空を飛ぶポケモンが黄緑色に光る爪を甲賀目掛けて振り下ろした。ティーエはあり得ないことに目の前の壁からシャドーボールが撃ち出されたのだ。
海斗は咄嗟に後ろに宙返りをして、なんとか回避に成功した。しかし、致命傷を避けられただけで、少し掠った。掠った部分がヒリヒリと痛む。甲賀は振り下ろされた爪を上手くいなして、逆にそのポケモンに向かって剣を振り下ろした。しかし、確かにそこに居たポケモンは瞬時に居なくなり、甲賀の剣は虚しく空を切った。ティーエもギリギリでシャドーボールを回避し、反撃を試みたが、相手が壁では攻撃のしようが無い。悔しくて地団駄を踏んでいた。一方襲撃の無かったエレナはいつの間にか神器を発動させ、完全に戦闘体制を整えた後だった。カエンは既に物陰に隠れており、一部隠れきれていない部分もあった。
「ほうほう、流石にやるようだな。これは注意せねば」
「兄者。拙者はあのピカチュウの相手をしても宜しいか?」
「ならぬ。我こそがあのピカチュウを討ち取るのだ」
「まあまあ、良いでは無いか。皆殺しにすれば、問題なかろう?」
「そうだな、兄者」
「そうであるな、大兄者」
何やら話し合いをしていると思えばいきなり物騒なことを言い出し、三匹のポケモンはこっちを向いた。種族はヌケニン、テッカニン、ツチニンの三匹の虫ポケモンだ。
「誰だ、お前ら。俺を追って来た奴ら、ってわけか?」
「全くもってそうだ。我らシルバーランクのシノビーズ、全力を持って貴公を狩らせてもらう」
なんと追手の救助隊がもうここまでやって来たのだ。早くこいつらを倒して先に進まなければ、次々と追手が来るかもしれない。しかも相手はシルバーランク。こっちだってシルバーランクだが、まだまだなりたてのシルバーだ。勝てるかどうかは、少し危うい。
「いざ、尋常に勝負!」
群青の洞窟内での戦いの火蓋が今、切って落とされた。
*
「喰らえ!十万ボルト!」
「シャドーボール!」
先に攻撃したのは海斗とティーエだ。
「当たるものか!」
テッカニンは持ち前のスピードで十万ボルトの複雑な軌道を全て見極め回避、ツチニンは土の中に潜ることで攻撃を避けた。
「チッ、当たらねぇか」
もとより牽制のつもりで放った技だ。当たらなくて上等、当たればラッキー程度のものだ。
「余所見とは良い度胸だ!」
いつの間にか後ろに回ったのか、テッカニンは海斗に向けてシザークロスを放った。しかし、寸前で邪魔される。
「させません!」
銀色に輝く剣でシザークロスを弾くと、再度剣を振る。が、やはり避けられてしまう。
「海斗さん、油断してはいけません。こいつら…かなり出来ますよ」
「分かってる。…本気で行くぞ」
「分かりました。三秒程時間をください」
その言葉と共に甲賀は詠唱を開始した。
甲賀が動かなくなった今、チャンスだと思ったのか一気に攻めて来た。もちろんただでやられる訳にはいかない。
「させるか!ボルトウィップ!」
海斗は電気を手に集め、その手をテッカニン目掛けて横薙ぎに振った。すると海斗の手から細い電気の紐が生成されてテッカニンに向かっていく。
「ぬおっ!?」
「まだまだ!避けられるかよ!!」
海斗が立て続けに手を振ると、その分だけ電気の紐が飛んでくる。高速を誇るテッカニンでも、今の海斗には近付けなかった。瞬間、甲賀の方から一瞬だけ閃光が走り、いつかの剣を手にしていた。
「詠唱終わりました。反撃しますよ!」
「よし、行くぞ!」
甲賀は"水の波動"を撃つと、その上に斬撃を重ねた。
「水の波剣!」
水を纏った剣撃がテッカニンを襲う!テッカニンは避けきれず、少し当たってしまった。
「拙者を忘れてもらっては困る!」
突然土が盛り上がったかと思うと、またツチニンが飛び出して、甲賀に向けて"穴を掘る"を繰り出した。
しかし、またも寸前で邪魔が入る。
「てめえは黙って引っ込んでろ!」
「ぶっ!?」
飛び出して来るのを予測していたのか、ツチニンが顔を出した瞬間、海斗が思いっきりぶん殴ったのだ。"雷パンチ"で。しかし、流石はシルバーランクと言うべきか、今の一撃で気絶はしなかったようだ。
「くそッ、早めに片付けたかったけど、無理そうだな」
「ですね。ですが、ダメージは与えれています」
甲賀と海斗は背中合わせになり、次の襲撃に備えた。
*
「はっ!シャドーボール!」
「悪の波動!」
さっきから技を使っているが、一向に当たらない。出て来てもすぐに壁の中に戻ってしまうため、毎回寸前で当たらないのだ。
「あー!ムカつく!当たってよー!」
半ばヤケになって次から次へとシャドーボールを無駄撃ちするティーエ。
「落ち着きなさい。これが相手の作戦なら思うつぼよ」
興奮冷めやらぬティーエを落ち着かせ、エレナも黙考に入る。
「(壁から出て来て攻撃。一定のリズムとかは無し。使って来る技は今の所シャドーボールのみ。ヌケニンの特性は確か、『不思議な守り』効果抜群技を恐れてこの戦い方なのか、元々こうなのか。或いは使い分けているのか。考えることは無限大ね………)」
相手はまた壁の中。壁をすり抜けられるのは一部のポケモンとゴーストタイプの特権である。
「ティーエちゃん!右後ろの方向!」
突然、エレナが叫んだ。ティーエが言われた方向を見ると、出て来始めたばかりのヌケニンの姿が見えた!
もちろん、その瞬間を見逃すわけが無い。
「今っ!シャドーボール!」
ティーエが放ったシャドーボールは唸りを上げて飛んで行き、見事にヌケニンに命中した。しかし、直撃の瞬間ヌケニンが煙のように消えてしまった。
「えっ!?」
「隙有り!ギガインパクト!」
ヌケニンが全く反対の方向から現れ、ティーエを襲った!ティーエは声も無く吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ティーエちゃん!このッ…!」
ヌケニンに向かって"悪の波動を放つが、相変わらず避けられてしまう。
「ティーエちゃん!大丈夫…?」
すかさずティーエまで近寄って気絶の有無を確かめた。
「いたたた…うん、大丈夫。まだ戦えるよ」
万が一気絶でもしていたらティーエを背負って戦わなければいけない。気絶は無防備でとても危険な状態である。確実に守るためには背負って戦うしか無いのだ。
「油断しちゃった。倒したと思ったのに…」
「きっとあれは影分身。あいつ、予測して先に発動しておいたんだわ」
影分身なら攻撃が当たった瞬間に消える。相手の手の内を一つさらけ出さしたのはいいが、だがこれで狙いを絞ることは難しくなった。影分身は基本発動者の真似をするだけだが、修練によってはもう一つの自分の様に動かすこともできる。修練を更に重ねれば操作出来る数も増えて行く。相手がどれだけの力量を秘めているか分からない今、安易に行動するのは自らの危険を増やすだけだった。
「そろそろ決めさせてもらう!」
どこからとも無く声が響き、今度は次から次へとヌケニンが現れた。明らかに影分身だろうが、この中にもしかしたら本物が紛れているかもしれない。でもこれだけの数を全て潰す程の技はあいにくだがティーエもエレナも覚えていなかった。攻撃を防ぐためにエレナは"
空気の壁"を作った。瞬間、無数のヌケニン達は破壊光線を放ってきた。耳障りな爆音が幾度も響き、土煙りが巻き起こる。しばらく経って、土煙りが収まると、エレナはやっと顔を上げた。
「やっと収まったわね」
「シザークロス!」
「なっ………!?」
バギィ、と鈍い音が響き、エレナの体が大きく吹き飛んだ。空中で体勢を立て直し、着地したが大きなダメージを負ってしまった。足がふらつき、立っていることも多少危うい。体力の最大量が低いアブソル、もといエレナにはかなりの痛手になってしまった。
「何をしたのか知らんが、見事だった。貴様の名、未来永劫私が伝え続けてやろう」
エレナも限界を感じたのか、その場に伏せ、笑顔になった。
「私の名前はエレナ・サブナック。正直、限界ね。後は任せるわ………」
ティーエに一言言い残すと、エレナはまるで糸が切れた人形のように倒れた。後はもうピクリとも動かない。
「うそ…エレナ…エレナァァァア!!」
ティーエは力の限り叫んだ。
「敵ながら実に天晴れ。エレナ・サブナック。貴様の名、忘れずに居よう」
ヌケニンは一歩一歩(足、無いけど)少しずつエレナに近寄って行く。止めなきゃ。私が止めなきゃ。あれ、おかしいな。足が動かないよ?
目の前で動かない仲間を見ると、体に力が入らない。守ってもらったんだから、今度は私が守らなくちゃいけないのに。なのに、私の体は少しも動いてくれない。
「では、永遠にさらばだ」
ヌケニンの"シザークロス"がエレナに向かって振り下ろされた。
「今ッ!悪の波動!」
「なっ、ぐああああああああ!!」
もう少しでエレナにトドメが刺される瞬間、エレナはそれを回避してヌケニンに反撃した。ヌケニンは一撃で戦闘不能に陥った。完全に形成が逆転した。
「ふー、わたしが簡単にやられる訳無いでしょ。怪盗やってると、演技力も必要なのよ」
ティーエの心配を他所に、当たり前っぽく倒れたヌケニンに説教まがいのものを聞かせるエレナ。
「ティーエちゃん、さいっこうの演技ありがとう。おかげで不意をつけたわ」
薄汚れたまま笑みを見せるエレナ。ティーエはエレナの無事な姿を見ると、更に脱力してその場に倒れ込んでしまった。
「ちょっ、大丈夫!?やっぱり何処か怪我してた?」
「大丈夫、大丈夫だから…エレナももう無茶しないでよう……」
安心したのと、呆れたのと、色々な物が混ざって、ティーエは泣いていた。そんなティーエを見て、エレナは罪悪感を覚えた。
「ゴメンね。あいつを倒すには不意打ちしかないと思って。心配かけて、本当にゴメンね」
泣くティーエにエレナは苦笑いを見せた。
___ティーエ&エレナペア。勝利。