第40話 嵐の前
キュウコン伝説と言うお伽話を聞かされ、更に自分を信じられなくなって行く海斗。そんな中、甲賀は情報を集めだしてー
「とりあえず今後の事について話し合いましょう。これから何が起こるかわかりませんし」
丁寧な口調で、みんなを纏め始める甲賀。もちろん誰も否定はしない。
「情報を纏めるって、具体的には何をするの?」
「まず、この話を漏らしてはいけないと言う事です。理由は、皆さんにもお分かりでしょう」
甲賀が苦い表情になり、海斗を見た。こちらに背を向けてベッドに座っているが、話は聞こえているだろう。
「キュウコン伝説が真実なのではないか、と言う噂が広まってる中で、海斗さんを元人間だと言ってしまったら。これ以上は考えなくてもわかりますね」
ここでティーエは初めて気が付いた。
「カイトが狙われる………!!」
「予測の域を出ませんがおそらくはそうなるでしょう。まず、このことを秘密として誰にも話してはいけません」
キュウコン伝説が真実味を帯びている中、疑われる材料は嫌と言うほど揃い過ぎている。
「そして、今からでも長旅の準備をした方がいいです」
「え、なんで?」
「予想は常に最悪の一歩手前に想定しなければなりません。もし、海斗さんのことが知られてしまったら、まずここには居られないでしょう」
これにはティーエは何も言えなかった。海斗のことが知られて、此処に居たらそれこそ何が起こるか分からない。
「でもさ、此処から逃げたとしても、一体どこに向かえばいいのさ。ただ逃げ続けるだけじゃ、捕まっちゃうよ」
甲賀は視線を鋭くさせて言った。
「向かう場所はもう決まっています」
ええっ!?と、ティーエは驚いた。逃げる場所があることにも驚いたし、甲賀がその場所を知っていることにも驚いたからだ。
「場所はここからとても遠くに存在する、極寒の地。その名も"氷雪の霊峰"です」
「そこに逃げれば安全なの?」
甲賀は首を振った。
「違います。そこには昔から伝説のポケモン、キュウコンが居ると噂があるんです」
「キュウコン!?キュウコンって伝説の!?」
「はい。僕も聞いただけなので、詳しくはわかりません。それでも賭けてみる価値は充分にあると思います」
「でもさ、もし、もしだよ?………それで、海斗がその伝説の人間だったとしたら、どうするの」
ティーエは非常に苦々しい表情で言った。それもそのはず、自分は今、カイトを疑って居るのだから。
「そのことなんですが、どうもおかしいんです」
「一体なにがおかしいの?」
「実はあの時、こっそりシンにあることを聞いたんです」
シン、確かせいれいのおかに居たネイティオのことだ。
「海斗さんがこの世界に来てから、一ヶ月も経っていません。それなのに、シンが破滅の未来が見え始めたのは、一ヶ月以上も前からなんです」
話を聞いていた全員が目を見開いた。確かに、これはおかしいと思う。
「確かにそうね…カイトが来る前から破滅の未来が見えるなんて、それは少しおかしいわ」
今まで黙って話を聞いていたエレナが賛同の意を示した。
「ですが、これも確かな反論材料にはなり難いのです」
え?と、更に疑問符を浮かべることになった。
「可能性は低いですが、海斗さんが来る前から破滅はもう進んでいて、海斗さんが来てから更に加速した。こう考えることも出来ます」
「でも、それだったら破滅はもう止められない話になっちゃうよ」
甲賀は大きく頷いた。
「ですから、これは止められるのか、止められないのか。その二択になってくるのです」
これには「確かに」と言う声も上がった。海斗が現れたから破滅が始まったのか、海斗が現れる前から破滅が始まっているのかで、状況は大きく変わる。
「でも、それだと話の内容としてはカイトは後者にならない?第一、話を聞いてたら分かることでしょ。みんなはどう思うのよ」
エレナの一喝で、確かに、と言う声は無くなった。
「ええ。ですから海斗さんが狙われる理由なんてほぼ無意味なものなんです」
甲賀はハッキリと言いきった。海斗が罪の意識を感じることは無いと。
「更に言えば、もしその破滅が他のポケモンの手によるもので、自然災害に見せかけた破壊行為だとしたら?…そのポケモンを倒してしまえば良いのです」
甲賀は簡単に言ったが、自然災害レベルの威力を持つ技と、そんな神をも恐れぬ大胆不敵な計画を実行する知能と行動力のある強者を倒さねばならないことになる。流石にみんなも黙ってしまった。
「………そうかよ」
ずっと黙っていた海斗が口を開いた。
「そんなことする野郎なら、遠慮は要らないな」
パンッ、と乾いた音が静まった基地の中に響いた。
「そんな奴、ゼッテーぶっ倒してやる。勝手に人を巻き込みやがって。許さねえ」
手の平に拳を当てた形で瞳に静かな怒りを讃えている。
「海斗さんの怒りは充分に分かります。ですが、今は抑えて僕の話を聞いてください」
怒りで震える拳を抑え、海斗も甲賀の話に参加する。
「ですから、まず、秘密を隠すこと。これが第一です。自分から言ってしまうほどマヌケはありませんからね。次に、キュウコン伝説の真相を確かめること。これは秘密にしなくてもいいでしょう」
「でも、もしバレたらすごく危険なんじゃないの?隠さなくて大丈夫?」
「ティーエさんの心配ももっともですが、これは大丈夫だと思います。今はキュウコン伝説は本当なんじゃないか、と言う噂で持ちきりです。調べようとしても、なんらおかしくはないでしょう」
「そっか、そうだね」
「そして、長旅の準備をすることです。例えバレてしまっても、すぐに襲って来ることはまず無いでしょう。だからと言って何も準備しないままでは逃げた時の時間に猶予がありません。バレてしまって、準備をしてさあ逃げようってなった時、鉢合わせてしまったらどうにもなりませんから」
「わかったよ。準備はこれが終わってからするとして、その氷雪の霊峰って所には私達が行くんだよね。そしたらここには誰も居なくなるんじゃない?」
「そのことについてなんですが………」
甲賀は共に話を聞いているティーエの家族の方を見た。
「クリスタ家の皆さんに、頼みたい事があるのです」
いきなり話を振られて少し戸惑うも、レイトが代表となって甲賀の話を聞き始めた。
「氷雪の霊峰には僕等四人で行くつもりです。その時、クリスタ家の皆さんには、ここの留守番をしていてほしいのです」
突拍子もない頼みごとを言われ、ティーエの家族は騒ついた。。やはり彼等の意思としてはついて行きたいのが本音のようだ。しかし、甲賀はそこに追い打ちを掛ける。
「もし、僕等が出て行った後に、海斗さんの事が知られてしまったとしましょう。出て行った後なので、僕等はここにはもういません。そこで腹いせにこの家を破壊して行く輩が居たら?僕等が、ティーエさんが帰ってくる家が無くなってしまいます」
これにはティーエの家族全員が体を硬直させた。愛する妹の家が壊される。そう考えさせるように甲賀は仕向けたのだ。
「上等だ!俺たちが命がけでこの家を守ってやろうじゃねぇか!」
口調こそ乱暴だが、ハッキリと意思を示したロイ。その後も続けて声が上がる。
「当たり前よ!ティーエちゃんが帰ってくる所が無くなっちゃう!」
「当然だね。そんなことするバカは焼いてあげるよ」
「ティーエを悲しませる奴は許さん……」
「私もこの家に身を置く者。むざむざやられるつもりなど、毛頭ありませんわ」
「そんなことする奴が居たら私のサイコキネシスで宇宙まで吹っ飛ばしてあげましょう」
「私だって、ティーエちゃんには幸せになってほしいもの…」
「ありがとうございます。それでは、その時は頼みますよ」
「ええ!」
「任しとけ!」
「わかったよ」
「もちろん」
「ああ…」
「う、うん…」
「当然ですわ」
掛け声は見事にバラバラだったが、熱意は充分に伝わってきた。そんな中、海斗が思ったことを一言。
「あいつ、のせるの上手いな………」
*
「この家の問題は解決、後は僕らのことです」
甲賀は一度場が静まるのを待ってから話し始めた。
「まず、僕のことを説明しましょう。ティーエ家族の皆さんは知らないと思いますが、僕は元人間です」
雷鳴の山で多少知っていたので、あまり驚かなかったが、クリスタ家は露骨に驚いた。
「今後の事も考えて、僕が知っている全てのことをお話ししましょう」
甲賀は意を決して、話し始めた。
「僕はある使命を負って、人間からポケモンになり、この世界に来ました。そのある使命とは神器の回収、及びその器となる者を見つけることでした」
「神器ってコレみたいなものだよな」
海斗は自分が身に付けているマントを広げて見せた。
「はい。海斗さんのそれも神器ですし、僕が持っている剣、エレナさんの首飾り、ティーエさんのその腕輪も神器の一つでしょう」
それぞれが身に付けている神器を手に取り始めた。海斗は身に付けたままだが、エレナは見やすいように胸元から神器を探り当て、ティーエは自らの右足を持ち上げた。その際、ティーエの家族にジロジロと見られ、恥ずかしそうな顔をしていたが。
「前にエレナさんがしてくれた説明はほぼ合ってます。神器は様々な物が存在し、契約が必要なことも」
エレナの話を聞いていないティーエの家族は完全に置いてけぼりになっていたが、甲賀が要約して説明した。
「ただ少し追加させてもらうとしたら古代のポケモン達の魂が宿っていることです」
衝撃の連続でもう何も言えなくなる一同。たいして突っ込まずに話を聞くことにした。
「神器契約の時に、最低条件として宿主に気に入られなければなりません。そうじゃ無いと力を貸してくれないのです。ただ、今回は少し驚きましたが」
「驚いたって、何にだよ」
「一箇所にこれだけの神器の契約者が揃っているんです。驚く以外無いでしょう」
ま、それもそうだな。海斗は短く賛同した。
「しかし、神器そのものには殆ど意味がありません。物理的に非常に壊れにくいだけで、何かに形を変えたり特殊な力は無く、ただの物になります。そこで宿る魂が鍵になってくるんです。魂が強ければ強いほどその神器の潜在能力は強くなります。せっかくだから、神器とコンタクトして見ませんか?」
「そんなことが出来るのか?」
「出来なければ言いませんよ。少しの間お貸しください」
あ、ああ、と海斗が最初にマントを外し、甲賀に渡した。ティーエとエレナも外し、甲賀に渡した。
「少し離れていてください。………解放呪、ゲイン・エクステリオ。古代の魂を呼び起こし、対話を望まん」
甲賀が呪文を唱え終えると同時に、神器が光を放って一人でに浮き上がり、空中に固定した。次第に放たれた光が粒となり、神器のそばに集まって形を成した。
「主よ。我を呼ぶとは何事かな」
「クカカ、久振りだなぁ、甲賀」
「くあ〜、寝てたんだから起こさないでよ〜…」
「初めまして、皆さん。エレナがお世話になってます」
甲賀の剣からは赤い体に光沢を持ったポケモン、ハッサムが。
海斗のマントからはピカチュウよりも一回り大きく、片目に傷の付いたポケモン、ライチュウが。
ティーエの腕輪からは眠そうに目をこする銀色のイーブイが。
エレナの首飾りからはスラリとした足に肌色の体毛、首と輪郭の部分が紫色のポケモン、エネコロロが現れた。
空いた口が塞がらないとはこのことか。海斗もティーエもみんな唖然としてしまっている。
「皆さん、出揃いましたね。自分の力について説明願います」
先陣を切って甲賀が説明を求めた。彼等も呼ばれた理由を理解し、先ずは海斗の神器からになった。
「我の名はシェンク・ベルント。我が宿るこの神器、深緑のマントは『自由の翼』となり、空を飛ぶ力を得られる。空を飛ぶだけではなく、羽ばたかせれば強力な旋風を巻き起こすことも出来る。また、ある程度だが、翼を盾にすることも可能だ。尚、翼は一定量のダメージを受けると元に戻ってしまうから気を付けてくれ」
海斗の神器、ベルントは話すのを止めた。どうやらこれで終わりらしい。次に甲賀の神器、ハッサムが口を開いた。
「おれぁギーガネク・アヴィアローナってんだ。アヴィでもギガでも、好きなように呼んでくれ。早速だが俺の剣はよぉ、普通でも剣として使えるけどよ、詠唱して力を引き出すとさらに特殊な力を使えるようになんだよな。でもこいつぁ、基本は剣だからよ、契約者の腕も無いとあんまり有効活用出来ねーんだよなー。ま、そこん所じゃ甲賀は最適だろうよ。通常は白銀の剣っつーただの頑丈な剣だがよ、詠唱すると『審判の星』って言う剣に変わるわけよ。まー、どこまで行っても剣は剣だから使い手に左右されちまうんだ。だいたいそんな所か。おれ終了ー」
甲賀の神器については、ギガによって終始自分中心な話し方で終わった。次に口を開いたのはティーエの腕輪から出てきた銀色のイーブイだ。
「ボクはソル・シャオニクスって言うんだ。ボクのこの腕輪、『虹の腕輪』は普段は綺麗なただの腕輪なんだけど、詠唱して真の姿に変わると腕輪と言うよりリングみたいな形に変わるんだ。名前は変わらず、『虹の腕輪』だけどね。詳しいことは飛ばして、覚醒時のこの腕輪を付けているだけで身体能力とか、自分自身の能力が底上げされるんだ。それと、ここが一番重要な所なんだけど、僕の能力は契約者の力を一時的に最大限まで引き出して、進化までも行えるようにするんだ」
「し、進化!?」
聞いていた者のほぼ全員が驚いた。海斗は1人ちんぷんかんぷんな様子だったが。
「だからあの時私の姿が変わったんだ………」
ティーエが呟いたおかげで、海斗もなんのことか少し理解したようだ。
「ただ、ボクの能力は酷く限定的でね。逆に言えば、進化しかないのさ。シェンクのように飛ぶような特殊能力も無ければ、アヴァみたいに物理的な攻撃を加えられるわけでも無い。まぁ、そうならないようにボクも契約する人を選ぶんだけどね。ここで言えば、多彩な進化が可能なイーブイはすごい強みになると思うね。だいたいそんな感じかな、後はよろしく〜。眠くて………」
ソルは眠そうに目を擦ると、光る体で横になった。今更だけど、この光、とても目に優しい。
「最後は私の番ですね」
笑顔でそう呟くと、エネコロロが一歩前に出た。
「初めまして。私はエル・ラビリンス・スローネと言います。皆様、よろしくお願いします」
ここでエルと名のったエネコロロは優雅に一礼して見せた。つられて、甲賀以外全員同じように礼をする。
「私の宿るこの首飾りは『音の首飾り』と言い、詠唱を行った後は『空の楽譜』と言う神器になります。恐らくですか、ここにある神器の中では最も用途の多い物となるでしょう」
一言一言に込められた何処と無く高貴なオーラは完全に彼らを釘付けにした。甲賀は至って普通にしているが、話は聞いているようだ。他の神器達はつまらなそうにしていた。
「まず第一に、天候を自在に操る能力です。雲をどかして太陽を出したり、逆に集めれば雨を降らせることも出来ます。少し違う点では私達ポケモンが使う技の一つでは無く、ただの天候を変えるだけなのです。次に空気を操る能力です。一箇所に集めて回転させれば竜巻を起こすことも出来ます。固形化させて盾に使うことも出来ますし、足場として上に乗ることも出来ます。しかし、一定時間経つと消えてしまいますし、一度作ってしまうと、その場から動かすことは出来ないのです。数に限度はありませんが、作り過ぎには注意ですね。最後に、音を操る能力です。これにはかなりの自由度があります。高音の超音波や低音の振動波も出すことが出来ます。歌にも影響を与えるので、エレナさんの使い方は非常に効率的ですね。勿論ですが、組み合わせて使用することも可能です。こんな感じですね」
自己紹介とも言うべき、神器達の長い説明は彼等の様々な疑問を解消して終わった。
「分かった。今日の話し合いはこれで終わりでいいな?夜も遅いし、みんなも早く寝よう」
海斗の一言で、集まって居た彼等は思い思いの場所に移り、自分の好きなことをし始めた。話を終えた彼等も、自らの宿る物へと戻っていった。
そんな中海斗はただ一人外へ出た。そして基地の横に来ると、その場に横になった。そのまま上を見上げて、空を見た。
「(甲賀は違うと言った。でもこれは信じていいんだろうか。第一、俺たち以外はこのことを知らない。もし中途半端に伝わってしまったら、狙われるのは間違い無い。でも、これを確かに伝えたとして、狙わないと言い切れるのか?それを承知で襲って来る奴だって居るはずだ。甲賀の言葉は純粋に嬉しかった。その後の言葉も本当の本物だ。でも、可能性が無くなったわけじゃない。俺がこの世界に来ると決まっていれば、世界が滅びる予知が見えても仕方の無いことだ。じゃあ、やっぱり俺が居なくなれば世界は救われるのか?でもあの時言ってた俺が来たせいで加速した、って可能性もある。だけど、それだって俺が居なくなれば加速は止まって、通常通りに破滅に向かう。加速が止まれば、その間に何かしらの阻止の方法でも誰かが思い付いてくれるんじゃないか?)」
海斗は今、たまらなく不安だった。自分の所為で、罪の無いポケモン達を死なせてしまうんじゃないかと。自分が過去に犯した罪の所為で、世界が滅びてしまうんじゃないかと。
「(全部、全部が俺の所為。全部が、ぜんぶゼンブ全部ぜんぶゼンブ全部ぜんぶゼンブ全部ぜんぶゼンブ全部ぜんぶゼンブ全部ぜんぶゼンブ全部_______
オレノセイダ___)」
ふと、海斗は手に違和感を感じた。見てみると、自分の手はカタカタと震えていた。震えを止めようとするが、一向に止まらない。
「…………………戻るか………」
海斗はのっそりと起き上がり、基地の中に戻って行った。海斗の瞳に光は無く、虚空を見つめ、自らの罪悪に押し潰されてしまいそうだった。