第39話 キュウコン伝説
おおいなるきょうこくのシンから衝撃の事実を聞いたレオパルド。海斗の仮説は真実味を増して行くー
昨日は最悪の気分だった。俺とこの世界のバランスが崩れていることと関係があるって?そんな馬鹿げたことあるものか。………とは言えない。この身体の所為でな。今更だが自分のことをおかしいと思う。元人間のピカチュウ?そんなの、世界中探したっているわけ無い。おそらくはこの世界でたった一人俺だけがそうだろう。「世界にただ一人」と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際そんないいモンじゃない。アイツ、シンって言ったっけか。俺がポケモンになったのと、自然災害が深く関わっているって言っていたな。そして、それは世界のバランスが崩れているから………ああ、最悪の仮説しか浮かばない。俺はいったい何のためにこの世界に来た?記憶が無いのも、それが理由か?このままだと世界は大変なことになるらしいが、何で俺がそんなものに関係がある、なんて言われなくちゃいけないんだ。………なんのためにこの世界に来た?なにをするために来た?俺は…俺はいったい何なんだ………。
*
寝ぼけた頭をそのままにして、海斗は目を開けた。太陽は既に昇っており、日の光が朝を告げていた。寝たままでアタマを動かすと、ティーエが起き上がっている所が見えた。海斗と同じ様に今起きたらしい。
「………あ、おはようカイト」
マンガのように大きなあくびをして、目を半開き以下に開いたままこっちを向いた。
あの自問自答は夢だったのだろうか。いや、例えそれが夢だとしても自分の考えは変わらない。結局、何一つ変わったものは無い。自分の事はわからないままだし、世界のことだって、答えは出てない。
このまま横になって居たかったが、取り敢えず起きることにした。
「プッ、カイト、頭寝癖ついてるよ〜」
「あ?………あ、本当だ」
頭の上に手を伸ばすと、軽く柔らかい物が手に当たった。見えないが、寝癖がついてるのは間違い無いだろう。
外に出て、流れる川に顔を近づける。鏡のように映った水面には、グニャグニャになった自分の顔と、頭の上にクシャッとした髪がちょこんと出ている。
「………………………」
なにも言わずに、水中に顔を突っ込んだ。冷たい。数十秒程で息が苦しくなり、即座に飛び出す。
「ブハッ………!ハァ……ハァ……………ふぅ」
あの時のティーエのようにビシャビシャになった顔を太陽に向ける。拭く物を忘れたことに今気づいたので、自然乾燥を待った。
「ねぇねぇ、なにしてるの?」
太陽が眩しいので目を瞑っていたら、隣から誰かの声が聞こえた。声音からして女性だろう。
「今、ちょっと見えないんだ。一体誰だ?」
顔も向けずに尋ねた。ただ何と無く予想はついているが。
「ルーよ。ちょっと話せるかしら?」
クリスタ家の長女、ルーは海斗の返答を待たずに話し出した。淡々としていたが、声にはただならぬ雰囲気が込められていた。
「ティーエちゃんから聞いた?私たち、クリスタ家の秘密」
クリスタ家の秘密、とは?
最初に浮かんだ疑問はそれだった。
クリスタ家の秘密なんて聞いたことない。と、返すと、ルーは少し唸って、また話し出した。
「じゃあ、ちょっとだけ昔話に付き合ってくれるかしら」
否定権は無いらしく、顔を太陽に向けたままルーの言う昔話を聞くこととなった。
*
今から数年前のことよ。
名も無い森の奥に、ある研究者が住んでいたの。
種族はジュカイン。名前はジュリアス・マールハイト
何時も研究ばかりしていて、場所も場所だし、人付き合いなんて微塵もしていなかったみたい。それでも、ジュリアスには愛する妻と娘が居たの。
………そんな時、ジュリアスは自らのミスで研究所は大爆発を起こした。妻と娘は死んでしまったけど、皮肉にもジュリアスはただ一人生き残った。悲しみに暮れたジュリアスは狂気に取り憑かれたように研究に没頭した。だけど、それでも家族を忘れることなんて出来なかった。そしてジュリアスは非人道な研究に手を染めて行ったの。
___家族を生き返らせる為に。
*
おそらくはこれから、と言う所でルーは話を止めた。
「今日はここまで。続きが気になるならまた明日聞きに来て。それじゃあね」
それだけ言い残すと、ルーの気配が隣から消えた。もう充分乾いたので、目を開けると、やはり隣はルーはいなかった。
「クリスタ家の秘密?一体何のことだ?」
また一つ、新たな疑問が増えた所で海斗は首を捻るしかなかった。
基地に戻ると、みんな起きていた。うん、起こす手間が省けた。
「おはよう、カイト。今日も救助頑張ろうね」
ティーエの言葉は妙に元気が無く、顔は少し俯いている。やはり昨日のことが気になっているんだろう。
「やっぱり、昨日のことが気になるよな」
ティーエの表情は強張り、それが正しいことを差す。
「………うん、だってさ、あんなの聞いて気にならない訳無いから……」
尚も表情は強張ったままで、何処と無く申し訳なさそうに笑みを見せる。他人思いなティーエだって、辛いはずなのに、無理にでも笑みを作って海斗を安心させようとしている。そんなことを思うと、海斗の心が痛んだ。
「大丈夫さ。あんな予言なんて当たるものか。仮にあれが正しかったとしても、世界が大変なことになる原因を見つけてぶっ壊してやる。だから、大丈夫さ。きっとな………」
それはティーエに言っているより、自分に言い聞かせているようだった。
少ししてから、次の救助依頼のために必要な物を買うことにした彼等はポケモン広場に来ていた。
ポケモン広場の中央まで来た時、ティーエは様子が少しおかしいことに気が付いた。広場のポケモンが神妙な面持ちで、何か話し合っているのだ。
「どうしたんだろう、ちょっと聞いてみようよ」
ティーエの意見に頷くと、早速話しをしているポケモン達に近づくティーエ。
「あの、一体どうしたんですか?」
「ああ、最近妙なことが噂になっていてな」
答えたのは、あの時FBLの説明をしてくれたハスブレロだ。
「キュウコン伝説って知ってるか?」
「キュウコン伝説………?」
聞いたことが無い。一体なんの話だろう?
「ガキの時に親からちょっと聞かされただけだからな。俺も詳しくは知らないけど、向こうにいるナマズンさんなら知ってるんじゃないか?」
「そっか、ありがとう、じゃあね」
卒の無い返事を返すと、ティーエは海斗達の元へと戻った。すでに買い物は終わり、好奇心からナマズンの元へと寄って見ることにした。
しかし、彼等は気付いていなかった。この小さな好奇心が、海斗を更に追い詰めることになるのを知らずに。
*
〜ポケモン広場 池〜
ポケモン広場の奥には池があり、そこにはナマズンと言う昔からここに居る長老みたいなポケモンが居るとのことだった。
「成る程な。その爺さんならキュウコン伝説について詳しいのか」
「多分ね。キュウコン伝説って、どんなお話なんだろう」
ティーエは妙に目を輝かせていた。そんなティーエを見て、俺は子供っぽいと思った。今だって俺の頭の中じゃ、仮説が渦巻いている。最悪な物もある。だけど、気にしてばかりもいられない。俺は救助隊で、リーダーなんだ。リーダーが滅入ってちゃ、誰が指揮を取るんだ。
弱気になった心を、強気で修復する。
俺は、俺は大丈夫。
「どうしたの?海斗。行こうよ」
ティーエに呼ばれ、適当に返事を返す俺。
ティーエの近くには池があり、そこから頭を出すような形で、ナマズンがこちらを見ていた。
「フォッフォッ、今更わしの話を聞きに来る者がおるとは、物好きじゃのう」
ナマズンは相当な老齢らしく、言葉にその雰囲気がにじみ出ていた。しかし、その体にはまだまだ活力があるように見えた。
「あの、キュウコン伝説について聞きたいのですが」
「ふむ?キュウコン伝説か。いいじゃろう、この老いぼれの話に付き合ってくれるならの」
そうして、ナマズンは語り始めた。古くから伝わる、古のキュウコン伝説を。
「昔々のお話じゃ。キュウコンと言うポケモンが居ったのじゃ。キュウコンの尻尾には神通力が秘められてると言われ、それに触ると千年の祟りに掛けられると言う噂があった。にも関わらず、その尻尾を触った者が居た。しかもその者は人間だったのじゃ」
人間___海斗の体がピクリと動いた。そして、気まずそうに俯いた。はたから見れば話に集中している様に見えるが、隣に居るティーエには分かっていた。
「案の定、その人間に千年の祟りが降りかかったが、サーナイトと言うポケモンが人間を庇い、祟りをその身に受け、人間の身代わりとなったのじゃ。その人間とサーナイトはパートナーの関係だったからじゃ。人間とポケモンには、強い絆があるんじゃよ」
ティーエはここで、ふと疑問に思った。
「でも、人間にだって良い人や悪い人だって居るでしょ?」
「左様、本来祟りを受けるのはその人間。しかし、サーナイトは祟りを受けても必死に訴えたのじゃ。サーナイトの行為に心を打たれ、キュウコンは人間に問うた。『サーナイトを助けたいか?』………と。だが人間はそんなサーナイトを見捨てて逃げてしまったのじゃ。キュウコンは失望し、ある予言を一言言ったのじゃ。『いずれあの者はポケモンに生まれ変わる』」
(人間が、ポケモンに、か。まるで……)
海斗はたださみしく、更に顔を俯かせた。
「『そしてあの人間が転生した時、世界のバランスは崩れ始める』と。話はここで終わりじゃよ」
黙りこくるレオパルドの面々。
「ほっほ、面白くて声も出ないか。しかし、所詮はお伽話。最近じゃホントではないか、と言う声もあるが、あまり気にするものではないぞ。お伽話はどこまで行っても、お伽話じゃからの」
重苦しい空気に包まれたレオパルドは一言ナマズン長老にお礼を言って、救助隊基地に戻った。
*
救助基地の中には、重苦しい空気が流れていた。誰も何も言わずに、ただ俯くだけだ。ティーエの家族もティーエから事情を聞き、今は黙っている。重苦しい空気を最初に破ったのは、甲賀だった。
「情報を纏めませんか。せめて、今の状況下で何が出来るのかでも」
「そう、だね」
ティーエが答えた。今まで何も言わなかった彼等は、今後のことについて話し始めた。