第38話 おおいなるきょうこく
真実の手掛かりを得るためにおおいなるきょうこくへ足を踏み入れた救助隊レオパルド。後ろから不穏な影が迫っていることも知らずにー
〜おおいなるきょうこく 1F〜
峡谷の遙か上空から降り注ぐ光は、このダンジョンが並大抵の物ではないことをよく物語っていた。峡谷と言うぐらいだから、それは深い谷なのだろう。それを落ちるのではなく、上ろうというのだ。普通ならだいたいの者は諦めるだろう。しかし、その谷を無謀にも上ろうとする者達が居た。
「慎重に行こう。戦闘は避けたいからな」
そう、救助隊レオパルドの面々だ。
「うん、私もなるべく戦いたくないし」
「お前、論外」
「え!?」
まだ敵も出てないからか、余裕な二人。エレナもそれを見て笑ってるだけだ。だが、甲賀は変に思い詰めた表情をしていた。
「(さっきからなんだろう。誰かに見られているような……)」
一度振り返り、誰もいないことを確かめる。
「(やっぱり気のせいか)」
これ以上気にしては、いざ戦闘になった時集中できないかもしれない。そう考えた甲賀は早めに前を向いた。一階から目立った戦闘は無く、順調に階を重ねて行った。
〜おおいなるきょうこく 4F〜
階を上る毎につれて、敵と遭遇する確率が高くなってきた。一階は殆ど敵に会うことは無かったが、二階、三階と一つ移動した分だけ戦闘回数が多くなっていた。
「結構敵が出て来ますね。まだ弱い……ですがっ!」
今は戦闘の真っ只中。相手はドードーが二体、ラフレシアが一体だ。そしてちょうど今、甲賀がドードーを一体倒したところだ。
「シャドーボール!」
離れた位置からティーエはシャドーボールを放つが、ドードーに軽く避けられてしまう。
「もう!当たってよ!」
さっきからこの調子で、ドードーは右に左に軽々と避け、技が殆ど当たらないのだ。
「くそっ!電光石火!」
海斗が電光石火で先手を打つも、それもまた避けられる。必ず先制を取れるとはいえ、当たらなければ意味がない。
「かかったな、電気ショック!」
しかし、電光石火を避けられた瞬間、体を反転して、仰向けの状態で海斗は電気ショックを撃った!結果は、見事命中。
「キュエエエエエエエエ!」
効果抜群の一撃を受け、悲痛な叫びを上げながらドードーは戦闘不能になる。残りはラフレシアのみ。全員がそう思い、さっと後ろを振り返ると、ラフレシアは何処にもいなかった。
「あれ、何処行った?」
実はドードーが二体ともやられた時点で、ラフレシアは既に逃亡していたのだ。
「逃げたみたいですね、追わなくてもいいかと。さ、先に進みましょう」
「ああ、わかった」
甲賀は剣を構えるのをやめ、海斗も戦闘態勢を解いた。
「やはり少しづつ手強くなって来てますね」
「ああ、もし強敵が出た時とかの為に、一応セーブしておきたいしな」
この先の戦闘について話しながらも、階段を探して歩く。確かに強力な技を使えば、敵なんていくらでも倒せる。しかし、そう何発も連続して撃てるわけでは無い。スタミナもPPも消耗する。だから節約する為に技を小分けにして使っていたのだが、倒せないと技を無駄に使うことになる。今のレオパルドは悪循環が続いているのだ。
それでも敵を撃破し続け、また階を重ねる。
〜おおいなるきょうこく 8F〜
「……思ったより消耗が激しいな。少し休憩しようか」
8階の階段近くで、休憩を取ることにした。ここは水路があるので水は豊富に手に入る。その分、水路を通って近寄ってくる敵もいるのだが、今はありがたかった。ここに来るまでに使った持ち物は、オレンの実が3個、PPマックスが2瓶、モモンの実が2個だ。道中拾った物を合わせると、対して減ってはいないが、節約することも大切だ。
「………ぷはっ、カイト〜、水が冷たいよ!」
なにをしたらそうなるのか、顔をびしゃびしゃに濡らしたまま、ティーエは手を振る。喉も渇いていたので、海斗も水を飲んだ。
このダンジョンに入ってから、あまり水を飲んでいない。水は一瞬で喉の渇きを癒してくれた。
「ああ、だいぶスッキリした。ここの水は綺麗だな」
流れる水はとても澄んでいて、太陽の光が当たっている所を見ればキラキラと光ってとても綺麗だった。
「カイト、どうしたの?」
幻想的な光景に気を取られで、少しボーっとしていた。
「なんでもないさ。もう少し経ったら行こう。多分だけど、早い方がいい」
ポン、と優しく一回叩くと、みんなにはもうすぐ行くということを伝えた。その後も階段を上り続け、頂上に辿り着いた。
〜おおいなるきょうこく 頂上〜
「ぶはっ、やっとついたっぽいな……」
やはり頂上までの道のりは長く、何度も襲われ、撃退し、奇襲も受けたりした。それでも、彼等はここまで来たのだ。
頂上は何かを刃物で斬ったように平坦で、視界の妨げになる物は一切ない。時刻は夕暮れで、遠くに沈みかける太陽がとても美しかった。夕日に見とれていると、ポツンと誰かが立っているのが見えた。逆光になって非常に見えにくいが、あれが話に聞いたネイティオのシンかもしれない。
こちらに背を向けている為、顔は見えない。恐る恐る近づきネイティオの前に回ると、太陽を直視したままピクリとも動かなかった。
「すいません、あなたがシンですか?」
後を追いかけて来たティーエが話しかけるも、やはりピクリとも動かない。
「まさか、死んでる?」
声こそ落ち着いているが、急いで胸に手を当てた。心臓が脈打つ感覚が少量手に伝わり、生存を確認した。
「生きてるのか。目を開けたまま寝てるのか?」
ネイティオは太陽を見つめたまま、ピクリとも動かない。
「なあ、起きてくれないか?あんたに聞きたいことがあってここまで来たんだ。起きてくれ」
返事は無い。やはりピクリとも動かない。
試しに甲賀も話しかけてみる。
「あの、お話ししてもよろしいでしょうか?」
返事は無い。もちろんピクリとも動かない。
エレナも話しかけて見たが、結果は変わらずだった。
寝ているのか起きているのか、聞いているのか聞いていないのか、レオパルドの面々は困り果ててしまった。
エレナは早くに諦め、そっちが気づくのまで夕日を眺めることにしたらしい。甲賀も呆れて、非常に困った顔をしている。海斗は呆れて、背中をぐりぐりと指でなぞっている。ティーエに至っては、反応が無いのを良いことに、わざわざ声に出してまでくすぐっている。
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ………」
しばらく擽っていたが、やはり反応が無いのは面白くないらしく、早急にくすぐるのを止めた。
「………ここまで来て無駄足かよ……泣けるぜ」
反応が無い時点で半ば諦めていたが、もう本当に諦めて遠い空を眺め始めた。すぐ帰らない所を見ると、少し休んで行くようだ。
「ぐふっ…………………」
すると突然、ネイティオが笑い始めた。
あまりにも遅い反応と、唐突な出来事にそこに居た全員が目を丸くした。そんな彼等を後目に未だ笑い続けるネイティオ。
「今更かよ……鈍過ぎんだろ。つーか起きてたのかよ」
一息で三度のツッコミを入れると、改めてネイティオに話しかけた。
「あんたがネイティオのシンだよな。ちょっと話があるんだが」
向こうを向いたままなので、表情は見えない。少ししてから、ネイティオが凄いスピードでこっちを向いた。
「いかにも。私がネイティオのシンだ。私の正体を見抜くとは。お主等、一体何者だ?」
ノームとルチルから話は聞いているので、正体を見抜くも何も無い。知っているのだから。
「正体って、そんな大袈裟な……。話を聞いて来たんだよ」
「いや、私にはわかる」
無視されたティーエは、少しむっとしながらシンの話を聞くために黙った。
「そこのお前」
シンは、視線だけで海斗を差す。海斗も自らの手で自分を差す。
「そうだ。お前、ポケモンでは無いな。………恐らくだが、人間だろう」
何と無く予想が付いたため、海斗は驚かなかった。甲賀もエレナもだいたいは予想が付いた。ただティーエは一人で驚いていた。
「ええ〜っ!?なんで分かるの?」
ネイティオは沈みかけの太陽を見てつぶやいた。
「私は、一日中太陽を見つめ続けることで、あらゆるものが見えるのだ。………過去も未来もな」
太陽を見ているだけでそこまで分かるのか。海斗はそう言いたかったが、自分の正体を見抜かれたことで、幾分信じることが出来た。それ以上ネイティオは何も言わなかったが、ティーエだけは怯まなかった。
「だったら教えて!隣に居るのは小鳥遊海斗って言うんだけど、気付いたらポケモンになっちゃってて、人間の時の記憶が無いんだって。シンはなんでも知ってるんでしょ?教えてよ」
一気にまくし立てたティーエは少し息が切れている。それに対してネイティオの反応は無い。
「……………………………」
「なんで黙っちゃうのさ。知ってる限りでいいから、教えてよ」
そこまで言うと、シンは口を開いた。その答えは彼等が望むものではなかったが。
「最近、頻繁に起きている自然災害………それは世界のバランスが崩れた為に起こっているのだ。そして、カイトと言ったな。お前がポケモンになってしまったのも、それと大きく関わっている」
彼等は何も言わなかった。いや、言えなかった。あまりにも驚愕の事実を聞かされ、体はおろか、頭さえ動かない。ティーエがやっと口にした言葉は、理解不能を再確認しただけに終わった。
ここで海斗の頭の中に最悪の仮説が浮かぶ。しかし、海斗はそれを否定した。まだ、確定する何かに欠けているからだ。
「俺と、自然災害が大きく関わっている、だって?……一体どういうことなんだ。答えてくれ」
海斗の声は少し震えていた。穴だらけの仮説が徐々に形を成していく。それは限りなく大きな恐怖となって海斗を襲う。
「……………………………」
シンはまた何も言わず、俯くだけだ。海斗の恐怖は行動として表された。海斗はいきなりシンの胸ぐらに掴みかかった。
「答えろッ!!俺と自然災害が関係してるって、一体どういうことなんだ!!」
こんなに必死な海斗を見たことが無い彼等はただ驚くばかりだ。いつも強気で、何事にも殆ど動じない海斗がここまで狼狽しているのだ。
「くそっ、また黙んまりかよっ………」
シンを突き放すと、掴みかかる前の位置まで戻る。表情は見えない程に暗い。
「………私は恐れている」
シンは恐る恐ると言うべきか、またゆっくりと話し始めた。
「世界のバランスを早く元に戻さねば、大変なことになってしまうんだ」
これには海斗以外の全員が驚いた。
「大変なことになる………だって!?」
「ああ………私自身、そんな未来が毎日見えてしまうのだ。毎日、毎日、何度も、な………」
それはシン以外には計り知れない恐怖だろう。視えるのは、絶望の未来。明日起きるかもしれない終焉を予知し、それでも変わらないかと淡い希望を抱いては破壊される日々。シンが怯えるのも無理はない。
「私は怖い。世界が破滅してしまうのが。私は怯えている。私にはどうしようもできない。これは変わらないのだ………」
シンは苦痛に顔を歪め、とても悔しそうな表情をした。毎日、自分の住む世界が。何度も壊れて行くのだ。もしかしたら希望すら捨ててしまったのかもしれない。
レオパルドには、どうしようもなかった。
「世界が………壊れる………」
ティーエはその言葉を吐き出すのが精一杯であった。
「へぇ………面白いこと聞いちまったな。あいつ、人間だったのか」
肩を落とした彼等を岩陰から覗くのは、イジワルズのリーダー、ゲンガーだ。
「ケケッ、あいつには散々馬鹿にされたからな。思いっきり仕返ししてやる。ケケケケッ!!」
ゲンガーのつぶやきは誰に聞かれることもなく、ゲンガーは何処かへ消えた。