第37話 現実は非情だ
ティーエは海斗を友達と言った。海斗はティーエを仲間と言った。重なりながらすれ違う二人ー
「ふああ……………」
周りを見れば、みんなはまだ眠っていた。日は今出てきたらしく、朝焼けに雲が掛かって非常に幻想的な光景を見せている。昨日はぐっすり眠れたらしく、既に頭は覚醒していた。
「眠くないし、どうしようかな」
何と無く自分の家の中を見渡すと(皆さんお忘れかもしれないがここは一応ティーエの家)昔、家族から貰った虹色のスカーフが目に入った。
「これ、まだあったんだ」
このスカーフは自分の思い出の塊であり、嫌な過去を思い出す鍵でもある。それでも、家族の思い出の方が何倍も強い。
「……………着けてみようかな」
以前着けた時に結んだままの一部をほどき、首に付けた状態でまた結び直す。あの時は柄が目立ち過ぎて少し嫌な気分になっていたが、今もう一度着けると虹色はそれ程目立たなくなり、自分によく似合った。
「みんなが起きるまで、何処かぶらついて来ようかな」
ティーエは自分の家から出て、ポケモン広場へと向かった。
〜ポケモン広場〜
「朝の空気って、気持ちいいなあ」
広場の中心で立ち止まり、深呼吸をする。朝特有の清々しい空気を思い切り吸い込み、一気に吐き出す。それだけなのに、視界に映る全てが綺麗になった気がした。
「うん、今日も頑張ろ。もしかしたら海斗のことがわかるかもしれないし」
改めて意気込みを言葉にすると、背中に妙な視線を強く感じ、とっさに振り返った。
「…………………おはよう」
「やっぱりクラブ兄ちゃんかぁ…びっくりさせないでよー」
「………悪い」
過去にも度々妙な視線を感じては、振り返るとクラブがいたりしたのだ。あの時はもう慣れっこになっていたが、久し振りだったのでかなり驚かされた。
「どうしたの?こんな時間に」
「理由はない。目が覚めただけだ」
クラブのあまりにも素っ気ない返答に苦笑いをした。自分の兄であるクラブは姉弟の中でもとりわけ(他がお喋りな気もするが)無口、無愛想、無表情と、家族の中でも付き合いにくい雰囲気を出していた。しかし、それを無視するのが妹属性である。
「これから何処かに行こうよ」
「別にいいが………行く当てはあるのか?」
「特にないけど。んー、そうだ、いつもの散歩コースでも行こうかな。それでもいい?」
「………ティーエがそれでいいなら」
無口だろうとなんだろうと、ティーエの姉弟達は皆ティーエには優しかった。
〜小さな森に続く道〜
朝の日差しと、風を受けて木はさらさらと音を立てる。小さな森とは言うが、木そのものはかなり大きい。不自然な程真っ直ぐに作られた道を2匹のポケモンが歩いていた。
「ここはやっぱり気持ちいいなあ。兄ちゃんもそう思わない?」
「ティーエがそういうなら………」
言葉こそ平坦なものだか、風の吹く方向に顔を向け何処と無く懐かしげな表情を見せていた。ティーエが見ていることに気付くと、直ぐにもとのポーカーフェイスに戻ってしまったが。
「ティーエ………お前、あの事は話したか?」
「っ………………」
あの事と言われ、全身が引きつるのを感じた。
辛うじて「ううん」と返したが、表情は強張り、さっきまでの爽やかな気持ちは一気に気配を消した。
思い出すだけで身の毛がよだつ、私の記憶の中でも最悪で最低な記憶。だけど、絶対に忘れられない。この身体が、心が、私の全てが記憶を存在させ続け、忘れる事を許さない証拠だから。
「真実はいつの世も残酷なものばかりだ。………だが、あいつは自ら真実を選んだ」
カイトはあの時、自ら茨の道を選択した。自分の兄の言葉にはっと気付かされる。
「……今話すのは良くない。話す気がないなら、それでもいいと思う。俺にティーエは決められない」
それだけ言うと、クラブは回れ右をして、もと来た道を戻って行った。
振り返らず、ただ俯いたまま立ち尽くすティーエ。口数はとても少ないが、常に確信を突く言い方をするクラブは、ティーエの抱えている悩みを貫いていた。
あの時クラブはこう言ってた。
__言いたくないなら、言わなくてもいい。聞いて欲しいなら、海斗だけに話せ。後はお前次第だ。__
「分かってる……でも、あんな思いはもうしたくない……あんな…惨めな…思いはっ……」
一度だけ、たった一度だけ、自分の秘密を話したことがある。結果は、見事と言いたく成る程の軽蔑、差別、畏怖恐怖、他にも向けられる負の感情。思い出すだけで嗚咽が漏れてくる。
一日で変わる周囲の目。蔑みと、哀れみの混ざった最悪の目。周りと違うと知って、昨日とは手の平を返した最低な友達。
極め付けはこの一言。
「くるな!バケモノ!」
「……………あ」
もう思い出したくなかったのに、何度でも思い出される記憶。どれだけ深く沈めても、必ずいつか上がってくる。
「……にーっ、…うん、私は大丈夫。まだ笑える。笑顔になれる。大丈夫、大丈夫だよね」
堪え続けた涙を拭って、もう一度ニコッと、笑顔を作る。
「………大丈夫、大丈夫。そろそろ戻ろうかな。海斗も起きてるかも」
ティーエは最後にもう一度笑顔を作って、見えなくなったクラブの背中を追い掛けた。
*
手を組んで、頭の後ろに置く。そのまま天井を眺め続けた。周りは自分以外起きてる者はいなかった。ティーエはどうやら何処かに行っているらしく、ベットにその姿は無い。
「……………………」
考えれば考える程わからなくなってくる。加速する思考。次から次へと押し寄せてくる疑問の波。自分がポケモンになった理由。記憶が殆ど無い理由。甲賀のことだって気掛かりだ。あの時は気にしないようにしていたが、元人間が二人も居ればバカでもおかしいと思う。一人でも十分おかしいが。結局考えはグチャグチャのままで、何も纏まることはなかった。
「ああくそっ、もっとわからなくなった……」
「何がだ……?」
「えっ?………どわっ!?」
いつの間にやら隣にはクラブが存在していた。
「あんた、いつから居たぁ!?」
「ああくそっ、の辺りから………」
「………ソウデスカ」
驚いて飛び上がった体を再びベットに横倒しにさせる。なぜかクラブは動こうとしない。
「なんかようですか?」
気分的には一人にして欲しいので、早々に話を聞いて何処かに行ってもらう事にした。すると、丁度俺を見下ろす位置まで近づいて、
「ティーエを悲しませたら、殺すからな………」
「はあ………ハァ?」
聞き流す前提で聞いていた為、突然の危険な言葉に思わず気の抜けた返事した。
「……………………」
それ以上は何も言わず、クラブはまた何処かへと行った。
「何が何だかわからないけど、俺何かティーエにやったかなぁ……?」
必死に自分の記憶を探り、自分が過去にやってきた事を思い出し続けた海斗だった。
*
海斗が起きたことをきっかけに他の寝ていた者達も起き出した。海斗は全員が起きたことを確認すると、早々に準備を始めた。ちなみに、人数が多い為、ティーエの家族はみんな留守番となった。
「えっと、アレは持った、コレも持った。……このくらいでいいか。甲賀、ティーエ、エレナ、準備出来たか?そろそろ出るぞ」
ティーエは未だにゴソゴソとバッグを漁り、何かを探しているらしい。甲賀とエレナはとっくにカバンを背負って入り口で待機している。
「なに探しているんだ?」
呆れ気味に海斗は尋ねた。昨日のうちに行くことを決めておいたので、海斗は勿論、甲賀とエレナは後は出発するだけの状態にして置いたのだ。探し物が見つからず、ティーエは焦る。
「カイトぉ、私のスカーフ知らない?虹色のやつなんだけど……おかしいなー」
この言葉に海斗は本気で呆れることになった。ティーエが探している虹色のスカーフは、今ティーエが身につけているからだ。
「今自分が着けているじゃないか。このアホ」
「あたっ」
ぺすっ、と軽い音を立てティーエの頭に海斗の手刀が振り下ろされる。いわゆるチョップというものだ。
「早くしろよ。日が上りきる前には出たいからな」
それだけ言い残して、海斗は基地から出た。その後もティーエは遅れ、結局正午に出発した。
〜おおいなるきょうこく〜
それはとても大きな谷だった。巨大な岩が上から真っ二つに割れ、かなり遠くから日の光が届いてくる。ここは谷の一番下で、ここから上って行くらしい。
「よし、行くぞ。みんな、遅れるなよ」
海斗がリーダーらしく取り仕切った所で、おおいなるきょうこくに四匹は入っていった。
「ケケッ?なんだあいつら。こんな所にぞろぞろと。………面白そうだなを後をつけるか」
背後に不穏な影が迫っていることも知らずに。