第36話 つかの間の休息
真実を知るために歩きだした海斗。それは、進むも退くも茨の道であることはまだ、誰も知らないー
「………というわけだ。明日準備が整い次第おおいなるきょうこくに向かおうと思ってる。何かあれば言ってくれ」
昼にあったことを端的に説明すると、海斗は自分のベットに座り、ポケモンニュースを広げた。ルチルの話によると、せいれいのおかはおおいなるきょうこくの最上にあり、そこを越えないとせいれいのおかには辿り着けないらしい。日は既に落ちかけており、最後の抵抗でもするかのように夕日が辺りを照らしている。話を聴き終えたティーエは、一人で夕日を見ていた。
「………おおいなるきょうこくか……」
ただ、呟いてみた。呟きはそれ以上でもそれ以下でもなく、暗がりが迫る空に消えた。なにも思わず、夕日を見つめていると、隣に誰かが座っていた。顔を動かすと、自分の兄であるレイトがいた。
「どうしたの。そんなに考え込んで」
思い悩む所を突かれ、表情には出さなくても少し苦い顔をする。
「なんでもないよ。夕日を見てただけ」
自分はうまく笑えているかな。そんな思いを隠してレイトに微笑む。
「そっか。じゃあ僕も夕日でも見ようかな」
視線を遠くに向け、もう少しで消える夕日を見つめている二人。背後には六人、いや、六匹程の影が居た。
「あいつ、うまくティーエの隣に座りやがって……」
「あらあら、ティーエちゃんどうしたのかな」
「ティーエちゃんの後ろ姿も可愛いなー」
上から順に、ロイ、ジスト、ルー、という順番で実に平和なことを呟いていた。
*
夕日は完全に沈み、静かに闇が支配していく。とある基地の中にはいい香りが広がっており、それは嗅ぐ者の鼻を擽り腹を鳴らす、魔法の香り。
「出来ました、ご飯にしましょう。」
甲賀の掛け声で、ぞろぞろと木で出来た簡素なテーブルにつく。全員手を合わせて__
「いただきます!」
掛け声とともに、全員が甲賀の料理を味わう。それは、とても美味しかった。
「やっぱり美味いな。これどうやって作ったんだ?」
海斗は、甲賀の料理に舌鼓を打ちながらなんとなくで聞いてみた。
「今日はリンゴの皮にカゴの実をすり潰したものを塗り、焼いたものです。少しの渋みが、皮の甘みを引き立たせているんです。皮に付いた身でも甘みを感じるのはそのおかげですよ。中身はそこに」
甲賀が指を差した先には綺麗に八等分にされたリンゴがあった。
「それと、チーゴの実とオレンの実をスライスしたものには、クラボの実とモモンの実を7対3の比率で混ぜた甘辛いソースをかけています。チーゴとオレンを同時に食べるととても美味しいですよ」
「お、おう……」
興味本位で聞いたのだが、結構本気で説明された海斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。
食事を終えると、皆寝るまで間思い思いのことをして過ごす。そんな中、ティーエが突然立ち上がり言った。
「ねぇ、これから星を見に行かない?」
疲れてはいないが、妙に気が乗らない。
「俺パス。なんか動きたくない」
「僕は行ってみます。星を眺めることがありませんでしたし。たまにはいいんじゃないでしょうか」
「私も行こうかな」
「えー……」
甲賀、エレナが続けてティーエ側に付いた。ティーエの家族は言わずもがなである。
「……わかったよ。一緒に行くか」
自分の敗北を悟った海斗は腰を上げた。
海斗が渋々立ち上がったのを見て、ティーエは笑顔を見せた。
ティーエを先頭に、星を見に行く彼ら。小さな森を抜けると、小高い丘が見えた。
「ほら、あの丘がそうだよ」
丘が見えると、ティーエはさっさと走って行った。先に丘の上に立ち、こっちを向いて手を振る。
焦らずゆっくりと歩いて行き、ティーエの隣に座った。ティーエも同じように座った。見上げれば、夜空にはたくさんの星が光り輝いている。
「すっ……げぇ……」
あまりにもたくさんの星たちに圧倒され、かろうじて出た言葉はそれくらいでしかなかった。ティーエ以外は、物も言えずに空を見上げている。
「ね?すごいでしょ?」
得意げに胸を張るティーエを誰も見てはいない。今はただ、静かに星を眺めるだけだ。
無視されてティーエも少し拗ねたが、いずれは全員で星を見るようになった。多少小さな声が飛び交うくらいで、至極静かに時が流れ続けた。じっと星を見ていると、いろんなことが薄れていく。それでも、ある一つのことは消えず、色濃く残っている。
自分は何者なのか。
そんな考えに囚われて、周りさえ見えなくなっていた。一人じゃないってティーエに言ったけど、一人になろうとしてたのは自分の方だった。それでも悩みはつきない。
「なぁ、ティーエ」
「え?なぁに?」
ボソッと呟いた声に、ティーエが反応した。手を伸ばせば届く位置に居るのだから、当然と言えば当然だろう。
「なんでティーエは俺を信じてくれたんだ?」
返事はすぐには帰って来なかった。
「なんでと言われても、なんでだろうね?でもさ、私は海斗のこと、友達だと思ってるよ。友達なら信じるのが普通でしょ?」
あはは、と笑うティーエと比べて、海斗の表情は暗い。だが、口元には笑みが浮かんでいた。
__あの時は赤の他人だったじゃないか。
たった一言で、破壊出来るティーエの持論。
しかし、海斗は黙ってそれを飲み込んだ。そして、様々思いを込めて呟いた。
「___とう」
震える声は誰にも聞かれることなく、海斗の心の中に沈んでいった。
暫くたって、瞼も重くなる頃に帰ることにした。
「ティーエ、眠そうだな」
「うん……」
大きく口を開けて、欠伸をしながら、フラフラと安定感なく歩き続ける。そう対した距離ではないが、家に着く前に眠ってしまいそうだ。
「しょうがないな。ほら、のれよ」
海斗はティーエの前に背中を向けた状態でしゃがんだ。意識がはっきりしないティーエは遠慮なく覆いかぶさる。四肢は既に力なく、意識を眠りに、体を海斗に預けた。
「よっと。よし、行くか」
顔を横に向ければ、すぐ近くにティーエの寝顔が見える。無邪気な寝顔から規則正しく息が吐き出される。息は頬の電気袋の近くを通り、生暖かい。夜の空気は少し肌寒かったが、海斗の背中は暖かかった。