第35話 本日は休日
救助隊基地への帰路に付いた二人。それぞれ、複雑な思いを胸にー
「ああ、疲れたー。寝る。俺は寝る。絶対寝る。」
海斗はさっきからこの調子で、エレナはずっとブツブツ言う海斗に付き合わされているのだ。
「寝る寝るうるさいわねー。帰ったら存分に寝れるんだし、黙ってよ」
不機嫌を隠そうともせず悪態をつく。
それに対し海斗はため息で返した。
余裕とは言えない足取りで、救助隊基地に戻って来た二人は寝ることにした。もう朝日が出かかっているが、そんなことは関係ないとばかりに、海斗はベットに体を投げ出した。その2秒後には、規則正しい寝息が聞こえて来ていた。エレナも同じく、ベットに横になる。少し近い場所に海斗の顔。自分よりも幼いその顔の中身は、自分より大人に感じていたエレナだった。
*
海斗が眠りについてからはや数時間。当然ながら二人以外は既に目を覚まし、それぞれ行動を起こしていた。とは言っても海斗が起きないので、予定を決めかねてぶらぶらしてるに過ぎないのだが……
視点は変わって、ティーエ。
「やっぱりここのケーキは美味しいな♪」
上機嫌で喫茶・鳥の巣のケーキを食べ続けるティーエ。空いた皿は既に五枚を超えている。また一つ食べ終え、新しいケーキに手を伸ばしたところで、ティーエはあることに気づいた。少し離れた席に赤い体と翼を持ったポケモン、リザードンのルチルが居たのだ。
丁度食べ終えた所なので、一休みしてからまた食べることにして、ティーエは席を離れた。狙いはもちろん、ルチルだ。
「はぁ………」
黒い液体の表面は振動を感じる毎に波紋を見せた。ルチルはそれを見て更に物思いに耽る。
半開きになった目に飛び込んで来たのは茶色い毛と、その中にポツンとある二つのの黒い点。
「あ?」
疑問に思って焦点をカップに入ったコーヒーから近くのモノに移す。それは、自分の顔を覗き込む為にかなり近づいたティーエの顔だった。
「どわっ!?」
唐突な出来事に上体を仰け反らせてティーエから瞬間的に離れた。ただ、それが誰かわかると同時に安堵のため息を付いた訳だが。
「なんだ、あいつの仲間か」
あの時の事を思い出したのか、少々呆れた様子でティーエに応対する。
「あいつじゃないよ。カイトだよ。他人の名前くらい覚えて欲しいな!」
ティーエは頬を赤くしながら膨らませて、怒った表情を見せた。ルチルはそれを苦笑いしながら抑えた。
「悪かった悪かった。まあ、いいじゃないか。名前はちゃんと覚えてるから怒るなって」
「なら、いいけど……」
ティーエは頬を膨らませるのをやめた。ルチルはそれを見て、コーヒーを口に運んだ。コーヒーはだいぶぬるくなっていた。
「そう言えばルチルさんはなんでこんな所にいるの?フーディン達は?」
今思い浮かぶ疑問をまとめてぶつけてみた。
ルチルはコーヒーを置くと、神妙な顔でティーエに話し始めた。
「お前の、相棒のカイトって居ただろ?あいつの正体を確かめる方法があるんだが、それを伝えようか迷っていてな」
「え!?」
信じられない事を言ったルチルに驚き、つい大声を出してしまった。無論、周りのポケモン達から睨まれてしまう。少し自重して、ルチルに問う。
「それって一体どういうこと?」
「どういうことって……そのままの意味だ。フーディンから聴こえたんだが、せいれいのおかって所のシンってネイティオに聞けばきっと、ってな。直接よりは、呟きを聞いたようなもんだがな。………あれ?」
ルチルが気づいた時にはティーエは居らず、座っていた席にはケーキ六個分のポケ(お金)が置いてあるだけだった。
「せいれいのおか!カイトに伝えようっと」
ケーキを食べていただけなのに、ルチルから有用な話が聞けたのは収獲だった。
「のんびりするだけでこんないいことが起こるなんて、私今日ついてるなぁ〜」
このようなことをこう言うのだ。
果報は寝て待てと〜
*
ここは小さな森の一角。敵ポケモンは弱い者しか居らず、練習の場としては最適だった。
「……………………」
頭の中がグシャグシャで落ち着かない。浮かんだ考えも思考に埋れて消えてしまう。
「……………………」
甲賀はひたすらに剣を振り続けた。そうすればいつもは落ち着くからだ。ただ、今日に限って全くと言っていい程考えはまとまらなかった。
「……ふう」
流石に剣を振るのも疲れたので、一度放り出して草の生えた所で横になる。木々は青々と生い茂り、風に吹かれてはサラサラと音がする。その隙間から見える空には雲が浮かんでいるのが見える。
「潮時なのかな……」
自分が元人間だとバレた時点で黙秘は意味をなさない。全て話した方が楽になれるだろう。それでも、甲賀は躊躇っていた。
「(本当に教えてもいいのかな……)」
そのまま、伝えなくてもいいんじゃないか。そんな考えが浮かんでくる。だが、これはいつかは伝えなくてはいけないこと。迷ってる暇はない。
「(やるしか…ないか)」
今自分に出来る精一杯をする。
そう心に誓った甲賀は、剣を手に救助基地へと足を早めた。
*
「カイトー」
「ンガ」
「カーイトー」
「ンガー」
「カイトってば」
「ンガンガ」
「………シャドーボー……」
「俺が悪かった。許してくれ」
なんていう間の抜けた会話を耳にし、エレナは起きた。
「……おはよう、ティーエちゃん」
寝起きなので頭がぼーっとする。顔を洗って、目を覚ますことにした。
「二人とも変じゃない?私が起きる時に必ず起きてたのに」
寝過ぎな二人を咎めながら、心配するティーエ。実はこの時、ティーエの家族の一部が起こされるカイトに嫉妬していたのはここだけの話。
「ああ、昨日ちょっと遅くまで起きてたからな。大丈夫だ」
大丈夫と言いながら、いきなりフラフラと歩き出し、出入口横の壁に激突した。
「いてぇ!?……あ、壁か」
その様子を見ていたティーエは、腹を抱えて大笑いしていた。
*
「それ、本当か!?」
衝撃の事実を伝えられ、ティーエに詰め寄る。近過ぎたため、ティーエは一歩下がったが。
「うん、せいれいのおかの、シン、ってネイティオに聞けば何かわかるかもしれないって」
「せいれいのおか、か……」
海斗は、改めてこの事を突き付けられた。
__自分は何者なんだ、と。
人間の頃の記憶は殆どない。言ってしまえば、人間に戻りたいと思う何かが無いのだ。もしかしたら、人の時の生活より、今の方が楽しいのかもしれない。だからと言って、この世界に居てもいいのかとも思う。そもそも自分が何のためにこの世界に来たのか。それすらも分からないのだ。もしかしたら、自分が大罪人ってことも__
「カイトっ!」
「あ?」
今度はティーエがカイトに詰め寄る番だった。
「途中から全然反応ないから立ったまま寝ちゃったのかと思ったよ。でさ、これからのことなんだけど、いまから鳥の巣にでも行かない?」
なにをどう話してたらこうなるのかわからなかったが、とりあえずYesと言っておいた。
〜鳥の巣〜
「いらっしゃいませ」
この店で働く従業員、ポッポが話し掛ける。席に案内されることはなく、自分から席に移動した。
「で、なんで俺をここに連れてきたんだ?」
海斗はここに連れて来られた目的を未だ知らない。ティーエが伝え忘れたからだ。
「えーっとね、ほら、あそこ。見える…よね」
ティーエが指す方には、先程と同じように何も見ていない顔で、コーヒーを見つめ続けるルチルがいた。
「ああ、ここにいたのか」
ティーエは、海斗がルチルを視認するのを確認すると、ルチルの反対側の席に腰を下ろした。
ルチルはそれを一瞥するとまたコーヒーに目を落とした。その瞬間に一瞬だけ目に入ったポケモンを見て直ぐに顔を上げたが。
「カイト……」
驚きを隠そうともせず、目を丸くして見続けるルチル。カイトは無言でティーエの隣に座った。
「えっとね、知ってると思うけどルチルさんだよ。カイト」
全く悪気のない顔でなんとか場を繕おうとするティーエ。
「単刀直入に聞く。せいれいのおかに行くにはどうしたらいい?」
遠慮もせずに一言で尋ねた。少しだけルチルの顔が曇ったように見えたが、直ぐに元に戻った。
「あまりオススメはしないな。真実が必ずしもいいもんだとは限らない。お前の場合特にな」
カイトの質問を不躾に返すと、また一口コーヒーを飲んだ。
「それでも、自分が何者なのかわからないのは嫌だ。せめて、自分がなんで人間からポケモンになったのかくらいは知りたい」
光の宿る海斗の瞳に押され、ルチルは仕方なくせいれいのおかの詳しい場所を教えた。礼を言って立つ海斗に、ルチルは最後の忠告を告げた。
「真実ってのは残酷なもんが大半だ。それでも行く気か?」
その言葉に海斗は立ち止まる。そして力強くこう言った。
「自分が何者かもわからずに生きるなんて、死んでるのと一緒だろ。俺は、自分が自分で有ることを自分に証明したいんだ。俺は、俺のことをもっと知りたい」
海斗はそれだけ言って喫茶店鳥の巣を出た。ティーエは一言だけお礼を言って、海斗の後を追いかけた。
自分以外、誰もいなくなった席でルチルは呟いた。
「おれはモノは違っても、真実を知って壊れちまったやつを何人も見てきた。カイト、お前は真実を知っても正気でいられることを願うぜ」
ルチルは何度になるかわからない呟きを口にした。ルチルが口にしたコーヒーはとても苦かった。