第34話 孤児院
海斗と共に盗みを成功させたエレナ。それでも海斗は納得いかずー
「どうしてまたやったんだ。辞めたんじゃなかったのか?」
場所は救助隊基地の裏の森。その森の中に二人はいた。
「気まぐれに決まってるじゃない。そもそも怪盗に法もなにも無いんだから、誰かに辞めるって言っても、いつまたやってもいいのよ」
さも当然のように語るエレナ。そんな彼女に、海斗は呆れた表情を見せた。
「たまーにな?たまーになんだけどよ。俺、人の嘘がわかるんだよな」
エレナは海斗の言っていることをが、よくわからなかった。
「エレナ、お前嘘言ってんだろ。本当は怪盗やりたくなかったんじゃないか?」
面に出さずに済んだものの、エレナは驚いていた。なぜカイトは私の心を見抜けるのだろうと。
「そんなわけないわ。やりたかったからやった。それ以上でもそれ以下でもないわ。」
「ほら、それも嘘だ。お前はそんなやつじゃない」
だからなによ___
エレナは心の中でそう思った。だが、そういっても否定にはならない。エレナは観念したように首を振った。
「仕方ないわね。なにを言っても聞かなそうだし、教えてあげる」
エレナはついてこい、とでも言うように前足を内側に折り曲げた。
*
どれだけ歩いたかわからないが、それなりの距離は歩いただろう。会話も無く歩き続けると、木で出来た年季を感じさせる建物が現れた。一階の上に二階が乗っている形なので、二階は一階と比べるとかなり小さい。だが、手入れはされているらしく、目立つ傷や傷みは一つも見あたらなかった。
「ここよ。さぁ、入って」
外見に気を取られて、エレナがいないことに気がつかなかった。いつの間にか、この建物の入り口に立っていた。
エレナは建物のドアを二度叩き、中に居るであろうポケモンに来訪者の存在を知らせた。数秒で扉は開き、ヤドキングが頭を出した。
「どなたですかな?……エレナか。ほれ、入りなさい」
そのヤドキングに招かれるままエレナは中に入り、海斗もそれにつられるようにエレナの後に続いた。
*
中は思ったより狭く、いろいろと物が飛散していた。これだけ物が散らばっているのに、ガラスが一枚も割れてないのが不思議だ。
エレナについていくと、なんの変哲もない扉の前で止まった。
「ここですな。ついてきてくだされ」
ヤドキングが扉を開け、エレナが入る。海斗も後に続き、最後にヤドキングが扉を閉めた。
中にはテーブルを挟んで向かい合ったソファーが二つあるだけの非常に簡素な部屋だ。
先に入ったエレナがソファーに腰掛けたので、俺もその隣に座る。
ヤドキングは反対側のソファーに座っていた。いつの間に。
「さて、じゃじゃ馬娘が一体なんのようかね?」
「ぶはっ!」
吹いた。どうやらここではエレナはじゃじゃ馬娘と呼ばれているらしい。そんなエレナは至ってどうでもいいようで、呆れた表情を見せる。
「今回の仕送りよ。はい。」
懐から取り出した茶色い布袋は如何にも重たそうで、テーブルに置くと、じゃらり、と音を立てた。
「フォッ、毎度毎度律儀なものじゃな。届けんでも取りに行くと言っとるのに」
「もう若くないんだから無茶しないで」
「まあ、そうじゃな。んじゃ、ジジイはいつまでも待つとするかの」
会話について行けず、聞くことしか出来ないがそれでも幾つかわかったことがある。
まず、エレナはここにお金(ポケ)を届けに来ていて、1度ではないことと、こことエレナは何かしらの繋がりがあるということだ。初対面でじゃじゃ馬娘は流石にないだろう。
二人の会話についていけないでいると、ヤドキングの注意がこっちに向いた。まじまじと海斗を見つめ、また視線をエレナに戻す。
「さて、隣にいるのはだれなのかな?」
とりあえず自己紹介をしようと口を開くが、エレナが先に全て説明してしまった。俺が元人間であること以外は。
ヤドキングは二、三度頷くと、俺に頭を下げた。
「すみませんなぁ。これで、ここも少しは持ちます」
持つ?一体なんのことだ?
その疑問は表情に出ていたようで、頼んでもいないのに、ヤドキングは話始めた。
「ま、一言で言うとここは孤児院みたいなものなんですじゃ」
俺はその一言に驚きを隠せなかった。それは、頭の中で今までの情報がつながりをみせたからだ。
エレナの仕送り。
何度も来ているらしい。
もの。つまり、おもちゃが飛散する部屋。
それは、海斗の脳内で二つの仮説を立てた。
エレナは孤児であり、ここの出身だということ。
「カイト、帰りましょう。目的は果たしたわ。……カイト?」
思考世界から意識を体に戻し、気のない返事を返す。不思議な目で見られたが、それはまぁ、仕方ないだろう。
それから部屋から出て、ある部屋の前を通った時だ。
「だれかいるの……?」
扉が少しだけ開いたその部屋の影には小さなポケモン、ラルトスが震えながらこっちを見ていた。
「大丈夫。私よ」
海斗の後ろから伸びてきた手は、優しくラルトスを撫でてポンポンと2度軽く頭を叩いた。
「エレナねぇちゃん…!」
ラルトスは眠い目をこすり、必死にエレナに何かを伝えようとするが、口が動くだけで声は聞こえてこない。エレナは優しく微笑むと、技、歌うを使った。ラルトスはすぐに眠ってしまい、エレナの手に支えられて立っている状態になった。
「後は頼みますね」
支えたまま後ろを向き、ヤドキングにラルトスを任せた。ヤドキングは無言で頷くと、ラルトスを抱え、その部屋の中に入って行った。エレナはそれを見届けると、足早に出て行ってしまった。海斗もまた出て行こうとするが、最後にだれもいない廊下に向かって頭を下げた。外に出ると、森の中に入って行くエレナの後ろ姿が見えた。海斗も慌ててその後を追う。
「待てよ、どこに行くんだ」
海斗の質問に対してエレナは素っ気なく答えた。
「救助隊基地よ。文句ある?」
「…ねーな。」
二人は救助隊基地の帰路へとついた。道中、エレナがこんなことを話していた。
「私は………あの孤児院出身。嫌になって逃げ出して、たった一人になった。ポケも無くて、ダンジョンに入らないとその日の食べ物にも事欠く有様だったわ。だからせめて、せめて今あの場所にいる子供達には辛い思いをさせたくないの」
それはまさしくエレナの、怪盗歌姫の本心だった。