第33話 いただきました
何故か怪盗歌姫の前に現れた海斗。海斗は突拍子も無いことを言い出してー
「どうしてカイトがここにいるの!?」
場所はエレナが侵入したビルの一室。海斗はエレナに背を向け、エレナは何故海斗がここにいるかを問いただしていた。海斗は至って落ち着いた様子だったが、エレナの方は落ち着いていられなかった。
「見たんだよ。お前のメモを」
エレナは自分の体が少しだけ震えたのを感じた。
あのメモが見られた__
自分が何かをする時は必ず計画書を作る。もちろんそれが見つかると危険なので、絶対に見つからないように物凄く小さくメモをとったり、全く違う計画書の中に重ね書きをして、何度も慎重に隠してきた。一目見るだけじゃわからない程細かく隠蔽を続けてきたはずた。
確かに数日前、今回の計画を書いたテーブルの裏をカイトが変な目で見ていたのは知っている。あの時はわかるわけないと思って勝手に安心していたが、見抜かれていたのだ。
「それは……」
「俺は何も言わねぇ。今ここで全て忘れてもいい。だけど、それじゃあつまんないよな?」
エレナには海斗の言っていることがわからなかった。忘れてもいいと言えば、それじゃあつまんないとも言う。ここまで感情の起伏が激しい日は今日が初めてだろう。
海斗は背中を見せるのをやめると、不適な笑みを浮かべた。
「面白そうだ。俺も手伝わせろ」
*
「だいたいこんなもんか?」
どこから取り出したのか、エレナと同じような怪盗スタイルに着替えた海斗は、その衣装を見て、着崩れていないかをチェックする。エレナは、その様子をふてくされながら見ていた。
「どうだ、怪盗に見えるか?」
仮面のせいで目つきは見えないが、口には無邪気な笑みが浮かんでいる。背中にはあのマント、頭には黒いシルクハット。手にはステッキを持った、今ここで新しい”怪盗”が誕生した。
「ええ、すっごくね」
言葉こそ普通だが、声に抑揚がない。
「先を急ぎましょう。今は少しの時間も惜しいわ」
表情は見えないが、声音から察するに少し怒っているようだ。
「おいおい、怒るなよ。本当なら押さえつけてまでお前を止めなきゃいけないんだぞ?」
言葉に込められた只ならぬ雰囲気に、エレナは思わず後ずさった。海斗は微笑をたたえながらえもいわれぬ威圧感を放っていたが、その威圧感はすぐに身なりを潜めた。
「まぁ、いいや。今回の目的は巨大ダイヤモンド、星のラクリマだったよな」
「ええ、行きましょう。準備は出来た?」
海斗はゆっくりと自分の顔に白い仮面を付けた。
「ああ、バッチリだ」
「そう、じゃあ行くわよ!」
エレナと海斗は勢いよく部屋を飛び出した。
___ショータイムだ。
*
歌姫は正直驚いていた。思ったより海斗の機転が利くことに。遠くに防犯カメラがあれば走っている途中に電気で故障させ、レーザーの警備網があれば全て破壊した。至極当然のことかもしれないが、キャリアの長い歌姫より早く、正確に無効化していくのだ。
「(思ったよりやるのね。いいわ、おもしろくなってきた!)」
海斗がまた次のカメラを破壊しにかかると、それを歌姫が止めた。歌姫は仮面を付けた顔で、レンズに向けてこう宣言した。
「皆さんご機嫌よう。ビルのセキュリティーが思ったより甘くて助かりましたわ。少々時間もないので、これで失礼させて貰います。それでは、また」
グワシャ、と鈍い音が響き、カメラがまた破壊された。
「おい、いいのか?あんなことして」
「ファンサービスは大事よ?これでも結構手紙は貰ってるの」
「おいおい、マジかよ」
海斗もこれには苦笑いするしかなかった。
そんなやりとりをしていると、前と後ろから酷い騒音が聞こえてきた。おそらく、連絡を受けた警備員のものだろう。
「本日のステージは満員になりそうね」
予想を少し上回る程の音が聞こえて来るなか、歌姫は冷や汗を流した。それを海斗が煽る。
「だったら、諦めるか?」
「まさか、そんな言葉私には似合わないわ」
少しずつ見え始めた警備員は、やはり予想より多い。喧騒が辺りを包み、歌姫と海斗は囲まれる。
「いたぞ!捕まえろ!」
誰が言ったかわからないが、警備員のものであることには間違いないだろう。警備員達は次々に押し寄せ、両方の廊下が埋められていく。
「おい、ちょっと待て!」
警備員の一人が海斗を指差して叫んだ。どうやら、歌姫以外の誰かが居ることに驚いているようだ。動揺はすぐに広がり、警備員達も少しはたじろいだものの、結論は一つに辿り着いた。
__あいつも怪盗だ。
警備員達がじりじりと近寄ってくるなか、突然海斗が場違いな声を出した。
「我が名は怪盗”王雷”。今回訳あって、歌姫に助太刀する。貴公等には、お初お目にかかる。そしてこれが最後だ」
自己紹介と共に海斗はこう宣言したのだ。
お前等残らず倒してやる、と。
そうコケにされて燃えない相手はそうそういないだろう。警備員達は怒号と共に雪崩のように襲い掛かってきた。
「簡単な奴ら。どうする?」
呆れながら襲い掛かる警備員達を次々と受け流していく。技の対処は、受け流した相手をぶつけることで身代わりにした。
「やっちゃって。秘策があるから挑発したんでしょう?」
歌姫も受け流しつつ、海斗と違うのは少し反撃の手を加えている所だ。
「大正解。ちょっと時間が掛かるが、保つか?」
襲い掛かる警備員を殴り、あるいは蹴り飛ばし、次々と退けていった。
「だいたいどのくらい?」
海斗もなかなかに手こずっているようで、返事が若干遅れる。
「あと五秒だな」
「オッケイ」
一抹のやりとりが終わり、会話に向けていた意識を戦闘に向け、少しの時間経過を待つ。
「(4…3…2…1…0!!)」
「飛べ!」
「!?」
意味がわからず、声に従って歌姫はその場でジャンプした。同時に海斗は床に手をつける。
「アースボルト!」
海斗の手から放射状に電気が放たれた。それは床はもちろん、壁や天井を伝って、警備員達を直撃した。呻く間もなく、警備員達は倒れていく。
「く〜、やっぱいってぇな〜これ」
固い物でも殴った時のように手を振る海斗。
「凄いわね、全滅じゃない」
「そうじゃなきゃ困る。…いてて、まだピリピリするぜ」
変わらず手を振る海斗。そんな海斗が歌姫は少し羨ましかった。
「(海斗って、本当におバカさんなんだなぁ)」
その思いは純粋な尊敬とは遠いだろう。それでも海斗には自分より強い所があることを歌姫、ではなく、エレナは知っている。
「さ、行きましょう。増援が来ると厄介よ」
「そうだな」
ふたりはまた走り出した。
*
「これよ。星のラクリマは」
目の前にある展示ケースの中には、一際大きなダイヤモンドが飾られていた。
「はー、やっぱでけーなー。どうやって持っていくんだ?」
「こうやって、よ」
歌姫は手袋をし、展示ケースをぶち破った。あまりの唐突な出来事に海斗は目を白黒させ驚いた。そんなことはお構いなしに、星のラクリマを掴み、胸元を漁った。胸元から、小さな布袋を取り出し、それに星のラクリマを入れた。
「……そうか、そうやってか」
震える口から出た言葉は、それが限界だった。
「さ、行きましょ。こんな所に長居は無用よ」
「あ、ああ」
歌姫がさっさと通路に戻り始めたので、それに引っ張られるように海斗もその部屋を出た。
*
部屋を出た歌姫は階段を見つけると、凄い勢いで昇り始めた。
「おい、脱出するなら下だろう。どうして上に行くんだ?」
「今回は上から逃げるの。ファンは大切にしなきゃダメよ?」
海斗は流石に頭を抱えた。それでも、無茶振りに従うことに決めたらしく、そこからは何も言わなくなった。
〜ビル 屋上〜
強い風が吹き荒れる中、歌姫は屋上の端に立ち、下を見下ろしていた。そこには、怪盗”歌姫”を一目見ようとするポケモン達が大量に集まっていた。その隣りで、こっそり下を覗く海斗もいる。
「すげーな、これ全部かよ?」
「7〜8割って所よ。後はきっと警官」
それでもこのポケ出は凄い。このビルも高くはないが、低いとは言えない。だいたい中の上くらいの高さだ。その上から見て、軽くビルが囲まれている。
「それにしても、どうやって逃げる?俺は翼を使う気は無いぞ」
当然だ。翼が生えるピカチュウなんて世界中探しても俺しかいないだろう。もしそんなことをしたら、一発で捕まってしまう。ただ、そんなことはどうでもよさげな表情を見せた。
「借りる気もないわ。第一、カイトは想定外なのよ?そこまで見通せるほど、私は賢くない。こうするつもりよ」
歌姫が大きく息を吸い込んだ瞬間、階段の扉が音を立てて開かれた。
「いたぞ、あそこだ!逃がすな!」
なんと警備員達が復活してここまで追いかけて来たのだ!
「やっべ!威力低かったかな……?」
嫌な汗が額から流れ、頬を伝う。脳内自己反省会を開いてる暇はない。どうにかしてここから逃げなければいけない。
「これはこれはご機嫌麗しゅう皆様。本日は私こと歌姫の舞台に起こし頂き、誠ありがたく存じます」
そこまで一息に言うと、深々と御辞儀を行った。その礼儀正しさは、相手を挑発してると言ってもいいだろう。
「今回の舞台はもうすぐ終演を迎えようとしています。それでは皆様、どうか最後まで見逃さぬように」
歌姫はその状態から数歩後ろに下がると、警備員にバレないように海斗にあるメッセージを送った。海斗もまたそれに気づき、指で円の形を作り、理解したことを伝えた。
「くっくっくっくっ………やはりこの者の舞台は良いものだ。しかし、そろそろ終幕だと言う。残念だが、ここで身を引くことにしよう」
海斗もビルの端に向かって歩き、少しでもバランスを崩したら落ちてしまう程に身を寄せた。
そして、振り返るとゆっくりと優雅な御辞儀をした。
「それでは皆の衆」
「それでは皆様」
海斗と歌姫は同時に後ろに飛んだ。
「「御機嫌よう」」
二人は、自らの体を明るい夜空へと投げ出した。
体は音を立てて風を切り裂き、警備員のマヌケな表情はどんどん遠くなっていく。気持ち悪いぐらいの浮遊感に包まれながら、未だに落ちることを止めようとはしない。
ちょうどビルの半分くらいまで来て、歌姫が動きだした。
「
空気の壁」
歌姫は自分の足元に空気の壁を作り出すと、うつ伏せの状態になる。そして、空気の壁を思いっきり蹴った。
そう、歌姫の脱出方法は空中で空気の壁を足場にし、空を駆けて逃げるつもりだったのだ。
少し遅れて海斗にも足場が届き、海斗も歌姫の後を追う。足場から足場へと、光の屈折でしか見えない透明な足場はところどころに置かれ、一つ一つ慎重に着地と跳躍を繰り返した。
二人の怪盗は夜の闇に誘われ、姿を消した。