第31話 全員集合
甲賀に続き、海斗も自分の正体を明かした。元人間が二人もいる救助隊。そんな中、ティーエの家族が集まってー
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…、っく、…はぁっ…」
俺は薄靄の中を走っていた。体は重く、呼吸すらおぼつかない。一歩踏み出す度に肩にある傷が痛みと共に叫ぶ。肩の傷は覚えがあるが、俺は右足にも酷い怪我を負っていた。
「くそっ、いてぇ…!」
痛みに耐えかね、思わずしゃがみこんでしまう。しゃがんだ際に、視界の端に映った影は、俺を震いあがらせた。
「まだ、来るのか…!」
激痛、疲労、重圧、恐怖。様々な負の感情に押しつぶされそうになりながらも、立ち上がりまた走り出す。
「!?」
しかし、俄かに信じがたい事が起こった。
どれだけ走っても、薄靄の中を進んで来る影との差が離れない。それどころか奴が近づいてくる距離は縮まっていくのに、俺が離れる距離が全く意味をなしていないのだ。
__逃げられない。
そう確信した時、今までよりも更に強い恐怖が津波のように俺を襲った!
膝は笑い、動かなくなり、体すらも石のようになり硬くなる。
「……………………………」
影は物も言わずに、機械的に近づいて来る。言い知れぬ恐怖を感じていた。
「くそっ、来るなっ!来るんじゃ………」
気づかなかった。影の正体を知った瞬間、俺の全てが停止した。本来なら、それは当然だろう。自分をここまで恐怖させ、足の傷も恐らくだが、こいつにつけられた物と推測していいだろう。その影の正体は__
「ティー…エ?」
目に光は無く、ただ命令を聞くロボットのようだった。
そこで俺の意識は途切れることとなる。
*
時刻は……あー、わからない。多分、日の出よりちょっと早いくらいか。ただ、嫌な夢を見ていたことは確かなようだ。体が熱く、寝ていた藁がそこはかとなくしっとりしている。
「くそっ、気分悪りぃ……」
何であんな夢を見たのか、ということは今は置いといて、夢の内容を鮮明に思い出してみる。確か、足を怪我して、ティーエに追われる夢………だったか。ちら、と足見てみるが、それらしい傷は微塵も見当たらない。ただあのティーエは強く印象に残っている。
「(あんなティーエの目は初めてみた)」
率直な感想を述べると、まずそうだろう。
冷酷で、容赦も情けも、感情という全てを切り捨てたような、あんな目はティーエじゃなくても驚くだろう。
「(一体何でこんな夢を………ん?)」
ガタゴト、という音と共に視界の端に何かが映る。
何か…?いや、違う……ポケモン!?
寝起きとは思えない程の素早さで、海斗はすぐさまそいつに飛びかかった。それは海斗の頭の中でこういう図式が出来上がったからである。
朝+見知らぬポケモン+何か探してる+顔にはほっかむり=泥棒。
するとそいつは、こちらに背を向けていたのにも関わらず、バック宙で俺の後ろに回った。少々驚かされたが、すぐに振り向き、部屋の真ん中で対峙することとなった。その時、そいつのほっかむりが解けて下にあった顔が露わになった。
そして海斗は呆れた。それが知ってる相手だったからだ。
「何やってんスか、レイトさん」
それは三番目のティーエの姉弟、レイト・クリスタだった。
*
時間は少し進んで、ティーエと甲賀も起きた。レイトと海斗は、簡素なイスに座り、これまた簡素なテーブルを挟んで向かいあっていた。海斗は頬杖を付き、呆れて。レイトはほっこりとした笑顔で甲賀が作ったお茶を飲んでいる。
「で?一体何しにここへ?」
「ああ、ちょっと伝えたい事があってね」
レイトはそこで言葉を切り、基地の入り口の方に歩いていった。そして、大きく息を吸い込んだかと思うと、
「全員集合ーーーーー!!!!」
突然外に向かって叫びだした。
声の大きさに驚かされながらも、レイトを見ていると、レイトの後ろから六つの影が飛び出した。
影は順に並んでいき、それぞれが自己紹介を始めた。
「クリスタ家長女!ルー・クリスタでぇす!」
「クリスタ家長男、ロイ・クリスタだ」
「クリスタ家次男、レイトだよ」
「クリスタ家次女、ジスト・クリスタよ。一回会ってるけどネ」
「クリスタ家三男…クラブ・クリスタ…」
「く、クリスタ家三女、リン・クリスタ…です…だめ、恥ずかしい…!」
「お姉様しっかり。あ…おほん。クリスタ家四女、ステン・クリスタですわ」
それぞれがポージングを決めながら自己紹介を続けていった。唐突過ぎる出来事に一瞬フリーズしかけたが、「クリスタ」という部分のおかげで右から左になることは免れた。
「せーの…」
先程ルーと名乗ったシャワーズがかけ声を発した。同時にティーエを除くクリスタ家全員が一カ所に集まり、
「「「「「「「チーム、クリスタルファミリー」」」」」」」
皆が声を揃えて言った。
ただ辺りが絶対零度を行ったかのごとく冷え切ったのは言うまでもなかった。
*
「………という訳で、一回ティーエの顔でも見に行こうか、って話になって、今に至る。だいたいそんなかんじだね。みんな、合ってる?」
何も言っていないが、そうだと言わんばかりに全員が頷いた。
「そっか、みんな来たんだ…」
ティーエは家族から離れて二年になると言っていた筈だ。懐かしい表情の裏には、喜びと切なさが混じったような、複雑なモノが浮かんでいた。
そんなティーエの事を知ってか知らずか、いきなり複雑な表情のティーエに誰かが飛びついた。
「わーん!どうして黙って行っちゃうんだよぅ〜〜〜!お姉ちゃんのこと嫌いになっちゃったのかと思ったぁ〜〜!」
飛びついたのはシャワーズ。こと、ルーは、涙でぐしゃぐしゃになった顔をティーエに擦り付け頭を撫でている。嫌がらせなら引き剥がすことも出来るが、本人には悪気があってやっているわけではないので、これにはティーエも苦笑いをするしかなかった。
「ルー姉様、はしたないですわ。この人達が困惑しているし、ティーエだって嫌がっています。何より恥ずかしいですわ」
ルーの首根っこをひっつかみ、剥がして投げ捨てた。ティーエに助け舟を出したのはグレイシアのステンだ。
「何よ!自分だって久し振りにあって、ティーエのこと撫で撫でしたいんじゃないの!?」
引っ剥がされたルーはすぐさまステンに噛みついた。図星を突かれたのか、一瞬でステンの顔が赤くなる。
「そ、そそ、そんなことありませんわ!別に久し振りだからってモフモフした後に何か美味しい物でも作って積もる話をして夜は一緒に横になって寝顔を見るまで寝る気はないなんて、思ってないんですわ!!」
完全にティーエそっちのけで口げんかを始める二人。正直手を出したら滅茶苦茶に噛みつかれそうなので遠目に見るしか出来なかった。
「あー、ごめんね。あの大体あの調子だから。必要になったら止めるし、ほっといていいよ」
「あ、はい。わかりました」
砂煙で二人が埋まっていて、所々尻尾が見えたり振り下ろされる手が見える。どうやら殴り合いのケンかになったらしい。
「あの、大丈夫なんスか。あれ」
「あらら、殴り合いになるの早いなー。ロイ兄、ちょっと止めて来てよ」
「俺かよ、しょうがねぇな。10万ボルト!」
ロイの体から発射された電撃は砂煙に直撃した。悲痛な叫び声と共に砂煙は消え、糸の切れた人形のように動かなくなる。しかも、ルーは効果抜群だ!
「お疲れ様」
「はぁ〜、生きてる内にいったい後何回やることになるやら」
倒れた二人を呆れた目で見るロイとレイト。いや、ちょっと大丈夫なの?本当にこれでいいのか?
ふと、レイトは海斗の肩に巻かれている包帯に気づいた。
「あれ?どうしたのそれ」
レイトに指され、肩を一瞥し、レイトの疑問を濁した。
「ん、まぁ、いろいろあってね。肩に穴が開いたんスよ」
「穴?それって結構大変じゃないの?」
「いや、今の所痛くないから、いいかなー、って思ってるけど」
「早めに治した方が良いよ。そうだ、リン!」
テーブルに隠れるように座っている、リーフィアを呼んだらしい。それでもなかなか出て来ようとしない。
「あれ、リン。どうしたの?」
テーブルの陰に隠れたリーフィアに近づくレイト。確か、リン、だったかな。
「どうしたのさ。呼んだんだから、早く来てよ」
「だ、だってぇ………
恥ずかしい……」
どうやらこのリーフィア(リンというらしい)は極度の恥ずかしがり屋らしい。俺から少ししか見えない位置にいて、頑なに動こうとしない。
「怪我をしているんだ。リン、頼めるかい?」
レイトが耳元でそう呟くと、急にリンは立ち上がり、海斗の元へ歩いた。
「少し動かないで。これからあなたの傷を治します」
そこには、さっきまでの恥ずかしがりなリンではなく、有無を言わせない雰囲気を纏った決意の表情のリンがいた。
「………アロマセラピー……」
海斗の傷に包帯の上から手を当て、技、アロマセラピーを行う。不思議な香りが俺の鼻をくすぐった。ん?リーフィアってアロマセラピーを覚えたっけ?
そんなことを考えていると、リンが傷のある場所から手を離した。
「も、もう包帯を取っても、大丈夫、な、ハズです。それじゃ……!」
しどろもどろで傷が治ったことを伝えると、またテーブルの影に隠れてしまった。ただ、興味は持ったようで、少し頭を出しこっちを見ている。
「あーあ、やっぱり恥ずかしがり屋は直らないか」
ちょっと呆れた様子でリンさんを見るレイトさん。俺から見ればあんたの方が呆れられるべきだと思うんだが。
とりあえずそれは、置いといて、怪我が治ったと言われたので恐る恐る包帯をほどいてみた。中の包帯は結構赤く染まっていたが、それの元である怪我は治っていた。
「すげぇ……!」
思わず感嘆の声を上げてしまった。この一言でリンさんの顔が更に赤くなり、出していた頭も引っ込めてしまった。
試しに少しつついてみたが、痛みが走る気配は無い。どうやら本当に、そして完全に修復されたようだ。
「どうなってるんだよ……」
「どうなってるんだろうね。でも、治ったからいいんじゃない?」
そうだけどね。
「さて、改めてみんなを紹介させてもらうよ。さっき海斗君、呆けた顔してたし」
「ああ、はい」
レイトは自分の姉弟を指差し、次々と紹介していった。長女のルーはお喋りが好きとか、リンは凄い恥ずかしがりだとか、弟のブラッキー、クラブはかなり無口など、いるようないらないような微妙なものばかりだった。
*
時は過ぎ、深まった闇と地を照らす光は太陽ではなく、既に月へとすり替わっていた。広場はしんと静まり返り、だれもが家に戻り床につく時刻には、暗闇が我が物顔で闊歩していた。
とある救助隊もそれは同じなのだが、話し声が小さく飛び交っていた。
「んふふ、ティーエちゃんティーエちゃん寂しくなかった?今日はお姉ちゃんが一緒だよ?」
「お姉ちゃん、心が熱くても体は冷たいよ……」
「ルー姉様、ティーエが眠れないのですわ。お静かに」
「ぶー!ステンだって隣にいるぢゃん!」
「私はあなたと違ってみだりにくっついたりしません」
「あー、もう。うるせぇな。寝かせろよ」
「だってぇー……」
など、ティーエ姉弟達は、やはり久し振りに会ったことが嬉しいのか、興奮冷めやらぬようだ。
ただティーエが眠ったことで、起こさないようと気を使い、話し声は小さくなった。そんな話し声もすぐに寝息へと変わり、そこにいる全員が眠ったように思えた。
そんな中、海斗の耳に小さく、それでいてはっきりと誰かの声が聞こえてきた。
「私だよ。海斗、起きてる?」
声はティーエのものだった。眠ったのではなく寝た振りをしていたらしい。
「どっちでもいいか、独り言みたいなものだけど、聞いてくれてたら嬉しいな」
そう言ってティーエは自分の思いを吐き出し始めた。
「私ね、最初はなんでお姉ちゃん達が来たんだろう、って、来なくてよかったのにとも思ってたんだ。何も言わずに出てって、二年間手紙一通も出さなくて、ずっと心配かけたままだったって、初めて思ったんだ。それなのにみんなはバカな私を探し続けて、ジスト姉ちゃんはボロボロになってまで私を探してくれていたんだなぁ、って思った。あの時も今日も、怒らないで、ただ自分を抱きしめて、くれたこと、が……うれっ、しくて…。ぐすっ、それでも今日ありがとうって言えなくて。私、どれだけ意気地なしなんだろ、って、思ってた。でもね、そんなっ…顔してたら、ルーお姉ちゃんが「わかってるよ。全部」って言ってくれて、私、やっぱり嬉しくてっ………」
ティーエは泣いていた。不甲斐なさも、迷惑も、心配も、ありがとうも、全部混ぜ合わせて、そして何より嬉しくて泣いた。
涙で濡れた顔を拭って、またティーエは呟いた。
「海斗、もう寝てる?……ありがとう。そして、おやすみ」
その言葉と共に、ティーエは何も言わなくなった。
そして、海斗は起きていた。心の中で言った。
「(俺じゃなくて、みんなに言ってやれよ。お前もそう思ってるだろうに)」
ただ一言心で呟き、海斗は、意識を闇の中に落とした。
*
時刻は深夜、一言で言えば丑三つ時だろう。基地の内部は広い方なので、すし詰め状態にはならず、移動する為の床が見えている場所が幾つかあった。その足場を伝い、一匹のポケモンが基地から出て行った。
__顔に白い仮面を付けて。