第28話 覚悟
サンダーを殴り飛ばすことに成功した海斗。勝利の女神はどちらに微笑む?ー
静かに、風が流れていく。立っていたのは怪我を負った海斗、ほぼ無傷なティーエとエレナだ。甲賀はまだ地面に倒れている
「………………………………」
「………………………………」
そこに居る誰もが、サンダーを固唾を飲んで見つめていた。海斗はサンダーを殴り、地面に叩き付けたのだ。今はまったく動いていないが、向こうも伝説の三鳥と呼ばれる奴だ。無論そう簡単にはやられないだろう。サンダーは音もなく立ち上がり、海斗達を身構えさせた。すると、突然、狂ったように笑いだした。
「フハ、フハハハハハハハハハハハ!」
笑い続けるサンダーを力強く睨みつけると、笑うのをやめた。そして、海斗達を見た。瞬間、海斗達はぎょっとした。なんと、サンダーの目があの時のエアームドのように赤くなっていたのだ!
「ああ、楽しいぞ貴様等。我の欲求を満たす者は久しく現れなかった。我を見ただけで恐怖する者もいれば、媚びへつらう馬鹿もいる。しかし、貴様等は違う!伝説の三鳥である我を恐れるどころか、それを知った上で挑んで来る!」
サンダーは興奮する自分を抑え、一度言葉を切った。
「……我に戦いを挑んだ時には、馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが、なかなかどうして、楽しませてくれる」
サンダーは不適な笑みを浮かべながら、たった一言、三人に聞こえるように呟いた。ただ、三人にとって最も聞きたくない言葉だったが。
「__そろそろ本気を出そうか」
瞬間、三人は凍り付き、背中には冷たい物が走ったような気がした。
__今まで、本気じゃなかった。
その一言は、三人の肩に重くのしかかった。
「こうそくいどう」
しかし、絶望している暇はない。サンダーの高速移動で我に返り、反撃しようとするが、
「10万ボル__ぐああっ!」
「カイト!」
攻撃しようとするが、技を発動させる前につぶされた。ただでさえ速いのに高速移動を使われては鬼に金棒どころの話じゃなかった。肩の痛みと相まって、海斗は気を失ってしまった。
「よくもっ!シャドー__」
「遅いっ!」
「きゃああああああああ!」
ティーエの体を電撃が襲い、力無く地に伏した。
「ティーエ!カイト!」
近くに居たはずのエレナの声が、何故か遠くから聞こえてくる。
おかしいな、動けないよ?私、どうなったの?
そこで、ティーエの思考は途切れた。
*
わたしは今、とても強い奴と戦っている。みんながすぐに倒されてしまう程強い奴と。それでも、引けない。引くわけない。たった一人助ける為に、ここまでみんながボロボロになって戦って、それでもみんなやられちゃってわたししか残っていない。でも、そんなことはどうでもよくなった。わたしは、わたしは__
「みんなの敵を討つ!」
エレナは泣いていた。理由は自分にもわからない。でも、力が溢れるのを感じた。エレナはサンダーを睨みつけた。覚悟は決まった。
「サンダー!お前を、倒すッ!」
それに対し、サンダーは
「ふんっ、貴様如き、いったいなにが出来る!」
サンダーはエレナを軽視していた。さっき自分の攻撃が逸れたのは何かのまぐれだろう、と、思っていた。しかし、それは間違いだった。
「ストーンエッジ!」
「うおおっ!?」
尖った岩が自分の足下から突き上げられ、サンダーは大きなダメージを負った。高速移動で素早く行動出来たとしても、避けられなければ、勿論攻撃は当たる。
あの時電撃を弾いたのも、今のストーンエッジが当たったのは、怪盗[歌姫]の時の記憶と神器の力のおかげだ。エレナは[歌姫]の時に、自分の戦い方を確立していた。
「
霧の檻!」
「ぬうっ!……む?」
ストーンエッジの一撃を受け、エレナの攻撃力の高さを痛感したサンダーは、とっさに己の翼で防御した。ただ、サンダーの思いとは裏腹に、いつまでも攻撃は来なかった。
気がつくと辺りは、今まで見たことのない程の濃霧で覆われていたのだ!
「なんだこれはっ!?」
サンダーが出した疑問に、エレナが答えた。
「スチームプリズン……別名霧の檻。わたしが解除するまで外には出られないわ」
「くそおおっ!」
サンダーは周りを見ることが出来ず、イライラしてそこかしこに電撃を撃ちまくっている。しかし、エレナからはサンダーがよく見えた。そう、霧で包まれたのはサンダー自身で、エレナの周りには霧なんて影も形も無かった。
「今のうちにみんなを移動させなきゃ……」
エレナは暴れるサンダーを後目に、海斗達を別の場所へ移動させる為に動いた。海斗は完全に気を失っているらしく、背中に乗せた時も何も言わなかった。甲賀に近づいていくと甲賀の目が半分開いており、目だけ動かしてエレナを見た。
「すいません。最初に受けた一撃は、完全に僕の予想以上だったみたいです。少しは話せますが、体が……動きません」
如何にも無念そうに話す甲賀を背中に乗せ、まずは二人、岩影に隠した。残るはティーエだけだ。電撃が飛び交う中、ティーエを探した。その時、小さく囁くような声が聞こえた。ティーエは既に気絶から立ち直り、ひたすら何かを呟いていた。
「__/____/___」
ティーエの口が一定の間隔で動き、同時にティーエの体は光を放ち始めた。それは、[解放の唄]を唱えた二人の神器と、全く同じ光を放ち始めた。エレナは、一瞬ティーエが何をやっているかわからなかった。きっと何か言っているだけだと思った。実際は、認めたくなかった。と言うのが正しいだろう。エレナはティーエを見ても、未だ信じられないでいた。そんなことは知らずに、ティーエは詠唱を終えた。
「契約の名の下に集まれ!発動!
元素流域!」
瞬間、目が眩む程強い光が辺りに飛び散った。
*
__ここは、どこ?
__どうして、ここに居るんだろう。
__私、私は__
ティーエが閉じた瞼を開くと、見たことのない白い世界が目に飛び込んできた。
「私、どうしてここに?というか、ここ、どこっ…!?」
慌てて体を起こそうとしたが、どうしたことか、ピクリとも動かない。
「あれっ!?動けないよ!?」
ティーエが一人で唸っていると、視界の端に、何か光る物が映った。
__あはは、ここじゃ君は動けないよー?
突然の声に体を震わせながら「だ、誰!?」と聞き返した。
「僕は[虹の腕輪]の管理者だよ。と、言っても知らないだろうけど」
よくわからなかったが、腕輪という所でピンときた。
「腕輪?あの、私がつけてる?」
「そう!君は大事にしてくれてるみたいで、凄く嬉しいよ!」
「あはは、あ、ありがとう?」
誰かはわからないが、感謝されるのは嬉しいなぁ、とティーエは思っていた。
「って、雑談している暇はなかった!」
「え?」
「僕が君をここに呼んだ理由をまだ言ってなかったね」
「あ」
確かに、そうだ。そう思った時、忘れかけていたさっきまでのことを思い出した。
「そうだ!私、エレナを、みんなを助けないと!」
言うが早いか、再度体を起こそうとするが、全く動かない。
「おっ、落ち着いて!まだ話は__」
「もう!どうして動いてくれないの!?早く、みんなを、みんなを助けなきゃ……!」
感覚としては、体を捻ったり、よじったり、或いは飛び跳ねたりさせてはいるが、何をやっても指一本動かなかった。
「僕の話を聞いてよ!」
突如響いた大声にティーエの動きが止まった。
「君の本体は大怪我をして動けないんだ!精神体でも無茶したら、本当に死んでしまうよ!」
そこまで言われて、自分がどれだけ深手を負っているか分かった気がした。
「そ、そうなの?」
「うん。そうだよ」
戸惑うティーエに、ハッキリと断定した。
「じゃあ、どうやってここから出るの?」
今この瞬間にも、エレナ戦って傷ついているかもしれない。そんな思いがティーエを焦らせた。
「取り敢えず君の体を治さなきゃいけない。このまま君を戻しても、痛みで直ぐに倒れちゃうからね」
「じゃあ、どうすればいいの?」
早く元の場所に戻りたかった。エレナの手助けもしたいし、何より、倒れたままだった甲賀と、気絶した海斗を一刻も早く別の所に移さなきゃいけない。
実を言うと、この時既にエレナが倒れた二人を担いで、岩影に運んでいたことをティーエは知らない。
「僕と契約して、僕の
主になってほしいんだ!」
「ますたーってなに?」
「だああっ」という声と共に、物が動く気配を感じた。どうやらずっこけたらしい。
ティーエは神器について知っていたが、まっったく理解はしてなかった。
「僕達神器は、君達で言う[契約者]をいつも探しているようなものなんだ。だけど、契約出来るかどうかはその人次第なんだよね。詳しいことは分からないけど、適合しないとダメみたいだよ」
「適合?」
「そう。一体性格なのか何なのか、その人の何かと神器が合わないと契約者にはなれないんだ」
「じゃあ私、適合したんだ?」
「そうだと思うよ。僕と話が出来るのが証だ、って言っても言い過ぎじゃないし」
「そっかー…」
ティーエは適合者という言葉で、自分の過去を思い出していた。そしてティーエは直ぐにその考えを払った。つらく悲しい過去は捨てた。もう思い出したくない。
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもないよ」
あまりその話題には触れられたくないので、何でもない素振りを見せた。相手も「あ、そう?」と深く突っ込まなかった。
「それより、ここからどうやって出るの?」
「今、君の体は危険な状態だってのは聞いたよね?そのままだと、君は痛みに耐えられなくて、精神体が消えてしまうんだ。早い話、死んでしまうんだ」
「えええっ!?わっ、私、死んじゃったの!?」
話を最後まで聞かないのはティーエの悪い所である。
「いいや、違う。君はまだ生きてるよ」
ハッキリとした否定の言葉で、安堵の溜め息をつくティーエ。
「時間さえあれば体は治るけど、君は直ぐにでも戻りたいんだよね?」
「まぁ、うん……。みんなを助けたいし……」
「だけど、十中八九その間に戦いは終わると思う」
「…………………………」
ティーエは黙って頷くしかなかった。サンダーの電撃は強力で、私も一回当たっただけで危険な状態になったらしい。まだ信じられないけど、こんな所に居るのが何よりの証拠だと思う。
動ければ、きっとティーエはうなだれていただろう。それに見かねて、向こうから話を持ち出してきた。
「方法が無いわけじゃないけど………」
「ええっ!?」
半分諦めかけていたティーエは否応無しに飛びついた。
「僕と契約すれば、今すぐにでも元に戻れる」
「…………………………………」
それは、ティーエを一考させるには十分だった。しかし、仲間を助ける。ただ、その思いがティーエを動かした。
「わかった」
「え?」
「私、あなたの契約者になる」
ティーエの会話相手は「えっ、本当に!?」と言った。言葉には嬉しさが混ざっているような気がした。
「そうか、じゃあいくよ」
何かを念じるような「ふんっ!」という声と共に、不思議なものが聞こえてきた。
「古代神器が一つ、[虹の腕輪]は命ずる。我は今この者を主とし、混沌より這い出て新たなる力を授けん!!」
ティーエの視界は光に包まれ、何も見えなくなった。
*
ボンヤリとした意識の中で、さっきまではなかった微かな土の臭いを感じた。同時に頭がハッキリして、直ぐ立ち上がった。少し痛む所はあるものの、大分楽になった。
「サンダーはどこ?」
周りを見ると、何故か霧に包まれて暴れているサンダーがいた。ただ、今のティーエにはサンダーを見つけられさえすれば良かった。
「お願い、力を貸して………」
ティーエは精神を集中させ、[解放の唄]を唱えた。
「青は豪雨/赤は猛火/黄は雷電/紫は閃光/黒は混沌/緑は樹木/氷は吹雪/白は勇気/八つの大地の理と/八つの空の始まりよ/今こそ一つの力となりて/契約の名の下に集まれ!発動!
元素流域!」
ティーエの体からとても強い光が放出された。
腕輪は形を変え、一本のリングのようになり、虹の玉は八つに分かれ八角形を描いた。
ティーエの姿に変化は無いが、ただならぬ雰囲気に包まれていた。
「私は負けない。私がみんなを守るんだ!!」
そこでティーエの肩を叩いた者がいた。
「わたしもいるから、一人で格好つけないでね?」
エレナは落ち着いた笑顔を見せ、ティーエを勇気付けた。
「我を馬鹿にしおって…許さんぞ…!」
サンダーを覆っていた霧は消えたらしく、鬼の形相で二人を睨んでいる。しかし、そんなことで怖じ気づく彼等ではなかった。
「いくよっ、エレナ!」
「ええ!」
「があああああああああああああっ!!!!」
サンダーの怒声とティーエの声がぶつかり、第2ラウンド開始の合図となった。