第23話 泥棒さん
怪物が居るというちんもくのたにに歩を進めたレオパルドの三人。そこで出会ったのはもっと意外な人物だったー
〜ちんもくのたに B4F〜
「弱っちい奴ばっかりだなー。腕試しにもなんねぇ」
「カイト、あんまり油断してると、また大怪我するよ?」
「うううっせぇなぁ!ちょーっと油断してただけだっつの!」
「してるんじゃん」
「お前、やな奴だ……」
はっきり言ってこんな間の抜けた会話が出来る程何も起きてないのだ。
「二人共、無駄口叩いてると襲われますよ」
そう言ってる間にも甲賀の背後にドクケイルが迫ってきていた。
「……誰かを斬るのは好きじゃないんだけどなぁ」
甲賀は振り被って後ろに居るドクケイルを斬るつもりだった。しかし、甲賀の目には一瞬だけだったが、黄色い何かが横切るのが見えた。こうまでなると、流石に呆れる。
「あ、よいしょぉぉぉ!!」
ティーエと甲賀を飛び越えた上で、飛んでいるドクケイルを、海斗は雷パンチで殴り落としたのだ。ドクケイルは声も無く地面に突っ伏しる。
「ふぃー、どうだ。文句あっか!」
ドクケイルを倒した海斗は自慢げにピースをティーエに突きつける。一方でティーエは唖然として何も言う事が出来なかった。それとは対照的に甲賀はやはり、呆れた表情を見せていたが。
「もう油断はしねぇ。情けねーけど、体で学んだからな…」
さっきまでの威勢はどこへやら、自虐発言であっという間に顔に闇を掛けてしまった。
「そ、そこまでへこまなくてもいいんじゃないかなぁ!うん!」
「お前に慰められる日が来るなんてへこむ……」
「殴るよ?」
「すいませんでしたッ!!」
どうにも、シリアスにはなりにくいようだ。
その時、小さな小石が転がる音がした。甲賀は音のした方を素早く見定め、感覚を研ぎ澄ませる。僅かに漏れた気配を感じ、出元を探す。
「…………そこッ!!」
「!!」
甲賀の手から、投げるには丁度良いサイズの石、ゴローンの石が放たれた。影は石を叩き落とし、彼等の前に躍り出た。
「私に気づくなんて、結構やるのね。あなた達」
全身が白い体毛で覆われ、側頭部からは刃のような突起物出ているポケモン、アブソルが飛び出した。顔は仮面を着けていたため、わからなかったが。
「あ、なんか出た」
「ちょっと待って、え〜っとねぇ………」
「アブソル、わざわいポケモン。とりあえずこれさえ分かれば十分です。この方の場合は、その限りにあらず、みたいですけど」
「あ、言われちゃった」
ティーエは少し残念そうな顔をした。
「あら、私のこと知ってるの?」
「ええ、知っていますよ。__歌姫さん」
「!!」「!!」
海斗とティーエの体に衝撃が走った。このアブソルが怪盗歌姫で、何故か自分達の目の前に居ることに驚きを隠せなかった。
確かによく観察すれば、新聞で見た歌姫と似ている部分が幾つかある。仮面や、背格好がそうだと言えるだろう。
「で?怪盗さんがいったい何のようだ?」
歌姫はその質問に対して、キョトンとした表情を返した。
「あれ?私を捕まえに来たんじゃないの?」
「あ、そ、そうか。そうだよね。でも、怪盗って言うくらいだからもう少しキザな性格してると思ってたよ。結構フランクなんだね」
「それ怪盗に対して物凄い偏見よ。ま、確かに気取った奴もいるけど」
「はぁ……そうスか」
怪盗にしてはフレンドリー過ぎる発言を繰り返す歌姫。それぞれが考えていた「怪盗」というイメージは良い意味でぶち壊された。
「でもよ、俺達救助依頼でここに来たんだ。あんたみたいなのと争うつもりは毛頭ない。正直言えば、どうでもいい」
その一言で警戒を解いたのか、固かった口元が少し柔らかくなった。
「こんな救助隊初めて見た。普通の奴らなら私を見た瞬間、躍起になって捕まえようとするのに、それをどうでもいいって、初めてよ。こんな救助隊に会ったのは」
さっきまでは少しこちらに警戒心を向けていたようだが、今はすっかり警戒を解いたようだ。
「そうか?ならレオパルドって救助隊を覚えておいてくれ。それが俺達の救助隊だ」
すると「その必要はないよ」と歌姫は首を振った。
「だって私、あんた達が気に入ったから仲間入りするし」
「え?」「ええ?」「えええ?」
「ええぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「驚きすぎだよ、耳がキーンとなるじゃん」
そうは言っても、怪盗として世間を騒がせている者がいきなり自分らの救助隊に入りたい、なんて言われれば誰だって驚く。
そこで正気を取り戻した海斗はまず、思ったことを口にした。
「救助隊の中に怪盗が居るって、ヤバくね?」
「それなら大丈夫。物盗る時いっつも仮面つけてるから、素顔はバレてないんだ。おまけにそろそろ怪盗辞めようと思ってたし」
「ええぇ〜〜〜……」
それはそれで爆弾発言な気がしないでもない海斗であった。
〜ちんもくのたに 最下層〜
「あ〜っ、疲れた!」
このチームの特性上、何事も起きない訳がなく、案の定酷い目にあっていた。要約して言えば、一歩手前の階でスピアーの大軍に追われたのだ。
「ふぇ〜、死ぬかと思った……」
そう言ったティーエを海斗はキッ、と睨み付ける。
「死ぬかと思ったじゃねぇ!誰のせいだと思ってやがる!………ハァ〜、死にかけたのはこっちだぜ」
一連の騒動もやはりティーエが原因で、クサイハナに近寄りたくないが為に、シャドーボールによる狙撃を試みた所、途中までは良かったものの、半分くらいから急に逸れ始め、そこで運悪くあったスピアーの巣に直撃し、追いかけ回される羽目になったのだ。
「俺か甲賀に言えば、ちゃっちゃと倒して次の階に行けたのによ〜。次からは言え!以上、お小言終わり!」
「私だって役に立ちたいんだもん……」
ティーエは拗ねてしまった。頑張ったけど失敗して、その上で叱られるような事を言われれば、当然拗ねたくもなる。何故かはわからないが、なんとなくティーエの今の気持ちが分かるような気がした。
「いいか、ティーエ。救助隊でも何でも、必要な物は腕っぷしや技じゃあない。確かに無けりゃ困るが、それよりも大切な物は、状況を理解する力だ。幸い、お前は目も耳も俺より遥かに良い。誰よりも良く敵を見て、誰よりも周りに耳を傾けろ。後は俺達に報告して、思い付く何かがあったら直ぐに言え。お前は一人じゃない。俺も甲賀も居る」
ティーエは俺の話を聞くと直ぐに笑顔に戻った。
「焦るなってことだね。カイトの言い回し、ちょっと遠いよ?」
「わかったならいいじゃん。ま、そう言うことだ」
自然と二人は向き合う形となり、気恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。
「すいません、前に進んでもよろしいですか」
「ん、ああ、すまん」
適当に返事をし、また先に進む三人+1。プラス1とはもちろん、歌姫のことである。
しばらく移動を続けると、視界に青と白の丸が映った。これはもうワタッコ意外ない。
近づいてみると、やっぱりワタッコだった。
「おい、怪我はないか?」
「はい、私は大丈夫なんですが……エドゥさんが……」
前を見るとエドゥがうつ伏せで倒れていた。この場に居る全員が最悪の想像をしながら、倒れているエドゥに声を掛けた。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」
体を揺すると、小さくうめき声が聞こえたので最悪の予想は外れた。
「立てそうか?どっか、痛ぇ所はないか?」
「ぐぅ………俺のことはいい……それより、早く逃げろ!」
「けっ、最近は死にたがりが多過ぎる!こちとらてめぇ助ける為にここまで来たんだ。今更手ぶらで帰れっか!」
海斗は甲賀に「そっちの脇に入れ」と指示を出し、二人でエドゥを持ち上げた。
「早く……逃げろ……!」
「わ〜ってるよ!おい、とっとと逃げるぞ!」
海斗が撤退を指示し、一歩前に踏み出した瞬間、視界が急に闇に包まれた。辺りが光を消したように暗くなったのだ。
「な、なになになに!?」
「サプライズって分けじゃなさそうですね」
「冗談言ってる暇なんてないよ!!」
すると、ここに居る全員の頭の上から、この世のものとは思えない程不気味で巨大な叫び声が聞こえてきた。
その声を聞くが否や、エドゥの震えが増した。
「き、来たっ、奴だ!」
「どけっ、キサマら!こ奴は我の眠りを妨げたのだ!邪魔する奴に容赦はしない!キサマらとて、例外ではないぞ!」
そしてまた同じように叫び声が聞こえたと思うと、海斗と甲賀は吹っ飛ばされた。
「うおおっ!?」
「うわっ!?」
同時にフロアが明るくなり、衝撃的な出来事が起こった。
「エドゥがいない!?」
真っ先に気づいたのはティーエで、慌てて周りを見渡すがエドゥの姿は見えなかった。
「我が名はサンダー!いかずちのつかさ!ダーテングを助けたくば、ライメイのやままでこい!」
最後にもう一度叫び声を上げると、あっという間に空のかなたへと飛び去っていってしまった。
「サンダー……、あいつが伝説の怪物なんだね……」
ティーエはその圧倒的な迫力に押され、そんなことを言っている。
「救助隊バッジを起動させる。みんな、集まってくれ」
海斗が言ったこの言葉は驚く程無機質だった。