思い出オルゴール
PART / W
「うぅ……ん? あ、あれ? ここ……ん?」
「やっと目が覚めたか、服が水吸ってるから重いのなんの。ほれ、後は自分で歩け」

 意識が呆けているアスカの足からラプチャーが手を放し、突然急降下するも持ち前の運動神経で何とか地面に尻餅付かずに着地する。

「ちょっと、もう少し優しく扱ってくれてもいいんじゃない。レディーよ、レディー」
「運んでやっただけ十分良心的だろうが。それになにready連発してんの、掛けっこでもしたいの」
「readyじゃないladyよ、もう……ところでなんで運んでくれたわけ? 私を放っておいてそのままどっかに行くことだってできたでしょ」
「約束は守る。この世界じゃ、約束を守らない奴はいずれ裏切られる。何より大切なのは信用だ。表も裏もな」

 素っ気なく返事を返したラプチャーはこれ以上何を言うでもなく再び歩き出し、意外な答えに微笑んだアスカもそのあとに続く。
 いくつもの分かれ道や曲がりくねって方向感覚が狂いそうになる道をラプチャーは淡々と進み、彼の頭の上で『フラッシュ』をするバチュルは時々暇そうに大きな欠伸をする。
 十数分歩いた辺りで突然ラプチャーが足を止め、後ろにいたアスカは背中にぶつかりそうになるも慌てて停止。周りを見渡すが調査団の姿はない。

「どうしたの?」
「この辺りから調査団の声が聞こえるんだが、何か変だ。遮られているような……ひょっとして、隠し扉か」

 壁に近づいたラプチャーは耳を当てると軽く岩を叩き、少し移動してはまた壁に耳を当てて移動してを繰り返す。
 アスカも真似してみるが、音の違いが全く分からない。7回ほど壁を叩いた辺りでラプチャーの目が鋭くなり、もう一度同じところを叩くと何かを確信したようにその場を離れた。
 放り投げたモンスターボールから飛び出した巨体はドサイドン。通路が若干狭いせいか、普段よりもちょっとだけでかく感じる。
 何をするのか――アスカが聞くよりも早くドサイドンは通路の壁の前に立ち、拳を構えると激しい雄叫びを上げながら壁に向かって振り下ろした。
 けたたましい音が通路に響き、さらに連続で殴り、ドサイドンは壁の破壊を続行。最後に回転する角と一緒に壁に突っ込み、相当な厚みがある壁をぶち抜いた。

「ちょ、ちょっと、一応遺産なのよ、この城」
「聞こえないな、最初から壊れてたじゃんこの壁。そこを通るだけだろ、なんか問題あるか」
「……うん、ないわね。最初から壊れたなら仕方ない。行きましょう。この先なんでしょ」

 歴史的建築物に対するラプチャーの暴挙をアスカは笑いながら見逃し、頭の上のバチュルの光を強くしながら横に隠されていた空間へと侵入する。
 広く静かで暗い。だが2人が入った瞬間、その光を求める虫の様に部屋の奥から近づいてくる数人の足音が聞こえた来た。白衣と防塵のスーツ、調査団に間違いない。

「皆さん、無事ですか!?」
「あぁ、貴方がレンジャーの方ですね! よかった、このまま閉じ込められて死んでしまうのかと思いました。すみません、我々が進路を変更したばかりに。新しい部屋を見つけたので調べていたら、妙な装置が作動してしまいまして。色々あって、ここに閉じ込められてしまったんです」
「じゃあ地響きとかデスカーンやらポケモンたちが騒ぎ出したのはテメーらが原因じゃねーか、自業自得だボケ。だがまあ、許してやるよ。結果的にショートカットになった」
「誰だ君は、レンジャーではないな。いやそんなことはどうでもいい、とにかくここから逃げるんだ! あいつがくる、すぐにここから!」
「み、皆さん落ち着いて! あいつとやらから逃げるのを先決します。私は彼らを外に連れていくわ、何かいるみたいだから貴方も一旦外に出ましょう」
「いーや、俺の目的はここにある。聞こえてくるぜ、奴の鳴き声と翅の音。ラスボスが速攻でやられるってのは物語的に詰まらんかもしれないが、俺は結果を早く求めるタイプなんだよ。ドサイドン、左27度に向かって『がんせきほう』!」

 まだ敵の姿も見えない段階からラプチャーは傍らのドサイドンに指示を出し、それに従い腕を暗闇に向けたドサイドンの掌から巨大な岩石が強烈な速度で発射。
 砲弾と呼ぶが相応しい。轟音と共に放たれた岩石は暗闇の中で見えない何かを捉えたのか、甲高く不快感を催す金切り声が部屋全体に響く。どうやら暗闇の中に潜む敵を捕らえたようだ。
 調査団もアスカも耳を塞ぎながら唖然とする。バチュルが『フラッシュ』を放っているのに見えないほどの暗闇、その中を移動する敵を一撃で仕留めるなど容易ではない。
 当のラプチャー本人は大した事でもないかのように鼻を鳴らし、弱りつつある声の元へと歩み寄る。何が起きたのかを把握するため、アスカも調査団に歩けるか確認してからラプチャーの後についていく。
 数十メートルほど離れた位置に、声の正体は横たわっていた。城に眠る秘宝を守ると言われるたいようポケモン、ウルガモス。もはや戦闘不能の状態で反撃する力はない。

「さて、この部屋のどこかに秘宝が眠る部屋へと繋がる扉があるはずだ。風の通りが若干不自然な場所は……あっちだな、恐らくこの方向に扉がある」
「本当に良く分かるわね。私も耳は良い方だって言われるけど、全く分からない。なるほど、名前が轟くだけあるわ」

 感心するアスカを余所にラプチャーは不審な風の流れを感じる方向へと歩き出し、突き当たるとすぐに少し大きめの扉が彼の前へと姿を現す。
 装飾の類は全く見受けられず、文様や絵なども何もない。非常に武骨な作りで、とにかく固さを優先したようにすら見える。現代風に言うなら、まるでシェルター。
 本当にこんな場所に秘宝があるのだろうか――懐疑的な思いが徐々に胸の中に渦巻くラプチャーはとにかく中を確認しようとするが、扉には取っ手のようなものは見当たらない。
 隠し部屋の壁の様にドサイドンで無理やり壊せるほど薄い扉でもない。時間を掛ければ開けられるだろうが、音に釣られて野生のポケモンが大量に襲ってきそうな気もする。

「さて、どうしたもんかな。野生のポケモンは来たときに考えるとして、とりあえずぶっ壊しちまうか」
「ななな、何を言っているんだ君は! この城は貴重な歴史的遺産で、そこはウルガモスが守っていたと思われる扉だろう!? 暴力的に壊すなんて以ての外だ! 第一、ここは関係者以外立ち入り禁止のはず、すぐ出て行きたまえ!」
「出て行けと言われて出て行く盗賊がいるわけねーだろ。第一お前らが無事なのは俺とそこのレンジャーのおかげだ、命令できる立場かよ。ドサイドン、ぶっ壊せ」
「待って! ひょっとしたらその扉、ウルガモスの力じゃないと開けないのかもしれない。それにさっきからウルガモスがなんだか、悲しんでるというか、辛そうなの。時間を頂戴、話してみる」
「はぁー我儘な女だな、おい。ッチ、3分間待ってやる。それまでに解決できなければ予定通りぶっ壊す。ついでに調査団はどっか危険な場所に放り投げてくる」

 悪意溢れる悪戯な笑みを浮かべるラプチャーの言葉に、調査団一同はその場で一歩下がってしまう。この男、本当に有言実行する男だ。
 また妙な制限を付けられたことに焦るアスカだが、深呼吸をして落ち着き、倒れて力無く鳴き声を上げるウルガモスの傍らに歩み寄る。傍にしゃがみ、持っていた『すごいキズぐすり』を吹き掛けてその傷を癒す。
 慌てた調査団はすぐさまその場を離れたがアスカは逃げず、傷が癒えたウルガモスの背中を撫でながら優しく微笑みかける。

「大丈夫、私たちは敵じゃない。ごめんね、驚かせたりいきなり攻撃したりして。大丈夫だよ」

 何かを必死に守っていた野生のポケモン、普通は人間に少し優しくされたからと言って懐柔されるようなものではない。反撃されるに決まっている。ラプチャーもそう高を括っていた。
 しかし力を取り戻して上体を起こしたウルガモスはアスカの目をじっと見つめ、対するアスカもその視線を受け止め逸らすことなく見つめ返す。

「私たちは貴方を脅かさない。だけど遺跡があると知られた以上、貴方を脅かす輩が来ても可笑しくない。私も貴方が守りたかったもの、守ってあげたい。だから、教えて。その扉の奥に何があるのか」

 再び数秒間見つめ合ったのち、ウルガモスの体が光を放ち、それに呼応するかのように武骨な扉が淡い光を纏った。
 まるで氷の上を滑るかのように分厚い扉はスムーズに開き、バチュルの放つ光に照らされて部屋の中の全容がラプチャーの目に飛び込む。
 物置小屋と呼ぶのが相応しい。円形の割と小さめな部屋には幾重もの棚が設置され、その上に置かれていたのは書物や石板。

「確かに歴史的価値はありそうだけど、金銀財宝ってわけじゃなさそうだな。こんなもの守るためにずっと城のなかにいたなんて、ご苦労なことだな」
「素晴らしい、初めて見る書物や石板、文献ばかりだ。これは守るべき価値が十分にあるものだ。この時代のことがさらに良く分かる貴重な資料となるはずだ」
「違う、ウルガモスが守りたかったのは金銀財宝でも歴史でもないわ。目を見て分かった、守りたかったのはもっと大事なもの。思い出よ」

 部屋を一望したアスカは何かを見つけると歩み寄ってそれを手に取り、扉をくぐれないため外で待機しているウルガモスの元へと戻っていく。
 持っていたのは小さな箱。それを見た瞬間にウルガモスはアスカへにじり寄り、彼女の掌に佇むものを見た瞬間、瞳から大量の涙を流しつつ不快感のない金切り声をあげた。

「随分とウルガモスが号泣してるようだが、なんだそれ」
「多分だけど、ウルガモスと仲が良かった人との大事なもの。開けても良い、ウルガモス?」

 アスカの問いに大きく頷き、アスカはその箱を壊さないように慎重に開ける。年代物の割には、随分と箱はしっかりしているようだ。作りはかなり精巧である。
 細い銀板に金色の筒に刺さった小さな棒。恐らくはオルゴール、不思議なことに風化や酸化と言った劣化はまるで見られない。
 念のため折れないようにネジを優しく回し、しばらくすると広い部屋全体に非常に単調で無機質な、しかし何故か非常に心が落ち着く一定のテンポが響き渡った。
 数十秒後にはオルゴールは動きを止め、涙を流しながら羽ばたき始める。調査団は一瞬強張ったが、襲ってはこない。

「これは貴方と大事な誰かとを繋ぐ思い出。私たちはそれを、一緒に守りたい。だけどそのためにはここでは無理。外の世界で、しっかりと守る。信じて欲しい。もし貴方さえよければ、一緒に行きましょう」

 放たれた言葉と同時に差し出されたアスカの左手、その手に握られていたのは1つのモンスターボール。
 尻尾の先でアスカの持つモンスターボールの開閉スイッチを押し、ウルガモスは自らの意思でボールのなかへと納まった。外の博物館かどこか、このオルゴールが安置される場所を守るために。
 一方で金目の物や自分が欲しがっていたものが全く見つからなかったラプチャーの方は溜息と共にがっくりと肩を落とし、調査団が感傷に浸っていた空気を盛大にぶち壊す。

「つまんねーもんしかねーし、俺もう帰るわ。あーあー色々と骨折り損のくたびれ儲け、さっさと次に盗むもんの品定めでもするか」
「そういえばこいつ、盗賊って言って……待てその顔、見たことあるぞ。そうだ、風読み『ラプチャー』だ! レンジャーアスカさん、こいつを今ここで捕まえるチャンスですよ!」
「あーえっとね、実は貴方達を助けてもらうのに凄い協力してもらったりもしたの。それに彼はまだここで何も盗んでないし、現行犯逮捕もできないから……ねっ、見逃しちゃおう」
「そんな悠長な!? ここで見つかったものだって、そのオルゴールは結構細工も混んでるし、いつか盗みに来るかもしれないじゃないか!」
「はっ、見くびるな。俺は盗むものの分別ぐらいつけている。1匹のポケモンがそれを見ただけで泣き、何百年も守り続けた思い。俺が盗むには……重すぎるわ」
「思いだけに?」
「……もうちょっと捻れよ。とまあここにいたらいつ心変わりされて捕まるかわからんし、逃げるか。捕まえたければ追ってきても良いぜ、迷わず追いつければだけどな」

 いつの間にかドサイドンを戻していたラプチャーはシンボラーを出すと同時にその足に捕まり、ポケットから取り出した石のようなものをアスカへと放り投げる。
 モンスターボールを腰のベルトに付けたアスカは慌てて落ちてきた石をキャッチ。不思議なエネルギーを放つ、妙な存在感を示す石だった。

「お前確か、フィールドワークにおける研究チームではオーキド研究所の所属でもあるよな。レヴェンって奴がいたらそいつを渡してやってくれ」
「別に良いけど、レヴェンのこと知ってるの?」
「結構前にちょいと手伝ってもらったことがあってな。それは前盗んだものの1つなんだが俺には研究者的なもんはよくわからねーから、その時の礼も兼ねてな。それとメッセージも良いか」
「色々と人を扱き使うわね、まあいいけど。メッセージっていうのは何かしら」
「『シークレットゾーン』に入れる日も遠くない――それだけ伝えてくれれば、向こうも俺が誰だか分かるはずだ。頼んだぞ」
「確か、シンオウ地方の……じゃあ、貴方は……」

 アスカが石から再びラプチャーに目を向けた時、そこにはもう誰もいない。手に残る石の重さが、心なしか増えた気がする。

「彼は生き残りだったのね。あの事件の……まあいいや、ちゃんと渡しておくから。さてと、私は私の物語、進めちゃわないとね」

月光 ( 2014/02/17(月) 22:56 )