思い出オルゴール
PART / V
 先手を取られたアスカはラプラスの攻撃が来るよりも早く再び『ワイルドボルト』の指示を飛ばし、同時に『かげぶんしん』を加えることで幾重にも光を纏うバクフーンが四方からラプラスを挟撃。
 凡庸なトレーナーであればこれだけで相当慌てて対応することになるだろうが、ラプチャーは光の群れには目もくれない。見ているのは地面。隠すことが出来ない本体の影。
 右側から来るバクフーンを捉えるとラプチャーはその方向をラプラスに知らせ、全幅の信頼を置くラプチャーの指示にラプラスも迷うことなく左へ体を逸らす。当然、バクフーンの体はラプラスには直撃しない。
 しないまでも掠りはした。そこに僅かな勝機を見出したアスカは再び『ワイルドボルト』の指示を出すも、また寸前で避けられ掠って終わる。

「本当にギリギリで避けられてる。でも、ラプラスからの反撃がないところを見ると実際避けるので精一杯だからのはず。ルーシー、速度を変化させながら何度でも『ワイルドボルト』で突っ込むわよ!」

 ひたすら全速力ではなく、緩急をつけることで相手の目を惑わす戦術。事実、アスカはこれまで苦手な相性の相手に対し、多くの戦術を使うことで状況を打破してきた。
 今回も変わらない。ただ闇雲に攻めるのではなく、闇雲に攻める中にプラスで何かを付け加える。それが積もり積もって、重ね合わせた先に掴めるものが勝利。
 さらにわざと地面を強く蹴り上げながら動き回ることで辺り一面が僅かに煙に包まれ始め、ラプチャーが目印に使っていた地面の影も黙視し辛くなる。徐々にだが、場は出来上がっていく。
 だが影を消して緩急をつけた攻撃に対してもラプチャーは迷うことなくバクフーンが攻めてくる場所を見極め、ラプラスも先ほどと同じようにギリギリのタイミングで攻撃を避けた。
 そしてアスカは違和感に気が付く。方法は分からない。だがあれだけ確実にバクフーンの位置が分かるラプチャーが、前半の攻撃の回避が何度もギリギリになるような失態をするだろうか。
 勿論、速度に慣れてきたと言うこともあるだろう。だがそれを差し引いても避けるタイミングが余りにも同一で、ループに陥ったような感覚すら感じた。まさか――

「わざと……ギリギリで避けている……」
「おっ、ようやく気が付いたか。『ワイルドボルト』の直撃を受けるとまずいが、ギリギリで掠るように良ければダメージなんて無いに等しい。バクフーンとはタイプも一致じゃないしな。第一光ってんだから、粉塵の中でも僅かに位置は分かるんだぜ」

 再び繰り出される『ワイルドボルト』もやはりギリギリで回避し、舌打ちしたアスカは指笛を鳴らしてバクフーンを自分の前に戻す。
 連続で攻撃し続けたせいで息は上がり、スタミナの消耗も相当だ。何よりも体力が多いラプラスに対して半端な『ワイルドボルト』の連発。余りにも愚策だったとしか言えない。
 誘い込まれたのだ。ギリギリで何とか避けていると見せかけ、徐々に体力を奪うのが本当の目的。

「『ワイルドボルト』は自分にもダメージを受ける技、連発すれば確実にそっちが不利になっていく。もう諦めろよ、頑張りに免じて方向だけは教えてやるから1人で行ってこい」
「それでは駄目なの。私は貴方に勝って、案内してもらうと言ったわ。それを諦めちゃいけない。諦めたら、私はさっきの私を否定することになるから」
「何と言うか、臨機応変じゃないってか柔軟性がないって言うかね。そもそもさ、もしお前が俺に勝つことが出来たとして、俺が本当に調査隊の場所を教えるって保証がどこにあるんだ。俺が嘘つくかもしれないじゃん、俺を疑わないのかよ。盗賊だぜ、ト・ウ・ゾ・ク」
「……理由はどうあれ、貴方は私を助けてくれた。今更疑うわけがない、私は貴方を信じる! ルーシー、『かげぶんしん』」
「馬鹿の一つ覚えのような戦い方だな。だが、その馬鹿が極まった時がこいつの危ない時だと聞く。諦めさせる作戦も失敗……ラプラス、もう容赦せずに迎え撃つぞ」
「今までみたいにただ責めるだけじゃダメ、もっと激しくもっと強く!」

 数体に分身したバクフーンはその場で前足と後足を交互に強く地面に叩き付け、『えんまく』の代わりに積もっていた大量の埃や粉塵を巻き上げる。先ほど以上に視界が封じられ、もはや数メートル先すら見えない。
 しかしこの程度の煙幕などラプチャーには意味をなさないのは先ほどと同様。僅かな息遣いや足音を頼りにすれば、誰がどこにいるかなど一目瞭然。簡単に分かる。

「ちょっと五月蠅くなるかもしれないから、耳塞いだ方が良いかもよー」
「はぁ? 何言ってんだあい――」

 ラプチャーが独り言を終えるよりも早く、唐突に瓦礫が崩れるかのような無機質な轟音が部屋全体へと轟く。
 常人よりも耳が良いラプチャーだけに、突然発生したその音の正体もすぐに分かった。アスカがその辺に転がっていた瓦礫を地面目掛けて放り投げている音。
 奇抜と言うかもはや奇想天外の領域の意味不明行為。公式の試合なら妨害行為で退場だろうが、今は正規の試合ではない。

「俺が音でも判断してるってようやく気付いたようだな。だが、甘い。俺がなんて呼ばれているか知ってれば意味のないことぐらい分かるだろ」

 風読みの名が示す通り、ラプチャーは風を読む。そのレベルは風を感じて曇り空を見たあと、「あー雨が降りそう」と言う陳腐なものでは決してない。
 流れる風や空気の流動性から視覚以上の情報が読み取れるのだ。誰がどこにいるのか、どういう状態にあるのか、手に取るように。

「目と耳を封じたつもりだろうが、こればかりはどうやっても封じようがないぜ。薬物を空気に混入するとかしない限りな。だからどこから来るか分かるさ。ラプラス……右に45度、仰角35度。上から来るぞ、『ハイドロポンプ』!」

 上から攻めてくるバクフーン目掛けてラプチャーは正確な位置をラプラスに指示し、放たれた強烈な一撃は、粉塵の中に映し出された影を容赦なく穿つ。
 勝った――影を捉えた瞬間にはそう思ったラプチャーだが、妙な違和感が纏わり付いて離れない。先ほど『ハイドロポンプ』で捉えた影、先ほどまでのバクフーンとは何か違っていなかっただろうか。
 感じた違和感の正体が分かると同時に粉塵の中から僅かな光が放たれ、飛び出したバクフーンが『ハイドロポンプ』で隙だらけのラプラスを捉える。
 隙を突かれたラプラスはバクフーンの『ワイルドボルト』を急所に受け、一撃ならば耐えられるかと思っていたラプチャーだが、その予想に反して崩れ落ちるラプラス。

「……なんつーか、お前バカだろ。お疲れラプラス、後で好物のケーキ食わせてやるよ」

 労いの言葉を掛けながらラプラスをボールに戻し、晴れてきた粉塵の先を見据えながら呆れたというか辛辣な言葉を放り投げる。
 開けた視界の先では全身水に濡れたアスカが地面に倒れており、彼女の元に駆け付けたバクフーンが心配そうな表情を浮かべた。弱火の炎を出し、損体を乾かし始める。

「最初に飛び込んできたのはお前だったわけだ。四足歩行のバクフーンと二足歩行のお前とじゃ足音が違うからわざわざジャンプして、ラプラスに技を出させてからバクフーンが来る。最初の影に『ワイルドボルト』の光がないことに気付くべきだった」

 落下の衝撃時に頭でも打ったのか、意識がない。だがしっかりと呼吸はしているし、目立った外傷も見られないから恐らく大丈夫だろう。駄目だったら……諦めよう、色々と。
 溜息を付くと歩き出したラプチャーはアスカの体を持ち上げ、その背に担ぐとバクフーンに顎で付いてくるように指示を出す。

「認めるよ、お前には真の覚悟があった。約束は約束だ、調査団のいる場所に案内する。だが全員が五体満足化までは保証しないぞ、そのつもりでいろ」

月光 ( 2014/02/16(日) 11:13 )