思い出オルゴール
PART / U
 滑り台のような長く深い穴。摩擦を感じさせない穴の中をラプチャーとアスカは滑り続け、1分もしないうちに出口へと辿り着いた。
 2人は穴から放り出されると地面に着地し、同時に通路の左右に施された燭台が一斉に着火して辺りを照らす。どうやら竹槍や円錐状の石が待ち構えているということはなかったらしい。もしくは、正しいルートだったのかも。

「ほらな、意外と何とかなるもんだ。とは言えいきなり燭台が灯ったし、油断はしない方が良い」
「もし別の穴を選んでたらどうなってたのかしら」
「牢獄か処刑場にでも送り込まれたんじゃねーの。とにかく五体満足だ、変なことが起きる前に進もう。あんまり時間掛けたくねーし」
「ええ、そうね」

 燭台が照らす道を2人は歩き出す。石造りの通路は長い年月が経過したとは思えないほど綺麗な状態を保っており、しばらく進むと壁に劣化が全く見られない壁画が姿を現した。
 古風な抽象画はその時代の人々の様子を正確に示す。特に強調したいものは、荘厳さを交えて異色に描かれるのが常だ。そして2人の両側に描かれた壁画の中において、象徴たる存在は一匹のドラゴン。
 壁に直接彫られた絵だけに本来色はないのだが、大きく描かれたドラゴンだけ別。半身は白く、半身は黒い。恐らくは別の存在を同一に混ぜ合わせて神格化したもの。
 イッシュ地方の伝説、それを踏まえればこの絵が何を示すかは一目瞭然。イッシュ地方の伝説、その中で語り継がれるポケモン。白き燃え滾る龍、レシラム。黒き荒れ狂う龍、ゼクロム。

「どの壁画にも必ず白いドラゴンと黒いドラゴン、あと2人の同じ人が描かれてる。まだ城が現役だった頃の王族かしら」
「1人は理想を望み、1人は真実を望んだ。そして結果、兄弟の争いから国は滅びた……イッシュの伝説だな。理想も真実もない。あるのは争いと言う現実だけ、まあいつの世もそんなものだ」
「なんか、悲しいわよね。この人たちはこの人たちなりの想いがあって戦ってた。その最後が国の崩壊だなんて。一体、どっちが正しかったのかしらね」
「人は自分で善悪の判断を付ける。どっちも自分が間違いだなんて思ってないさ。ただ俺だったら真実、これが正しい。この時代はまだ争いが続いていたと聞く。そんな時代に理想なんて、現実を見てない証拠だ」
「でも、人は理想があるから前に進めると私は思う。現実も大切だけど、理想を捨ててまで追わなければいけない真実があるとは思えない」
「まぁ、そう思うのはアンタの勝手さ。俺は別に聖職者でも教師でもないからな、他人の考えを矯正しようなんて思わん。さーて、とりあえず先に進むかなっと」

 見たところこの壁画は当時の様子や伝説を形容したものだけで、ラプチャーの求める宝に関しての情報は全く書かれていない。古代文字も相当に添えられているが、そもそも読めないので興味もない。恐らく、宝に関してなど書かれていないだろう。
 相変わらず地下深くなので風は流れていないようで、空気は淀んでいる。しかしガスマスクが必要と言うほどではなく、居過ぎると気分が悪くなる程度。
 かなり遠くからだが、相変わらずデスカーン達が通路で暴走しているらしい音が聞こえた。それに混じって人間のものと思われる叫び声なども聞こえるが、デスカーンとの距離は遠い。別の問題による叫び声だろう。
 尤も、調査隊がどうなろうがラプチャーにとってはどうでも良いこと。それよりも今は一刻も早く宝の正体を確認し、さらに地上に戻ってからシリュウと連絡を取ることの方が重要だ。もう少し調査結果が来るのに時間が掛かると思っていたが、予想より遥かに早く結果が来たのは僥倖と言える。
 今ならさらに良いこともありそうだ。再度耳を澄ませたラプチャーは雑音の中に聞いたことのないポケモンの声を一瞬捉え、さらにもう一度その鳴き声を聞いた瞬間に確信する。ウルガモス、事前に仕入れた鳴き声のデータ通り。

「あっちだな。ウルガモスの守る秘宝……目的のものなら良し、そうでなくても少し心躍る。そんじゃ、そっちはそっちで気を付けてな」
「えっ、ちょっと待ってよ調査隊の人達探さないといけな――」
「それはそっちの理由だろ。俺には俺の都合があるし、アンタを助けたのだって女性だったからだ。ま、そのおかげで情報は手に入ったけどね。俺がこれ以上助ける義理がない」
「義理があるとかないとかじゃなくて、人の命が危ないなら助けたいと思うのが普通じゃないの!」
「全然、俺は俺で助ける命に分別はつけてんだよ。第一、あんな遠くにいる調査隊を助けに行こうだ? 時間と体力の無駄なんだよ。たりーったらねぇぜ」

 アスカの言葉を小馬鹿にするように鼻で笑い、ラプチャーは奥へと続く通路へと足を踏み出す。カティアから買った情報によると、古代の城の下層は網目状に部屋が巡っているらしく、迷いやすいので注意が必要とのこと。
 確実にウルガモスの声の発生源を捉えなければ、いつまでも堂々巡りになる。集中しつつ前進……しようとしたラプチャーの進路上に、後ろからジャンプしてラプチャーを飛び越えたアスカが右手にモンスターボールを構えながら立ち塞がった。
 まるでオコリザルのような運動神経。だが肝心なのはそんなことではない。モンスターボールを自身に向け、そして突き刺すような眼光。意味するところは1つだけ。

「……一応聞いてやるけど、何のつもりだ」
「さっき言ったと思うけど、レンジャーは副業程度にやっている。けど、つまり私は今ここで貴方を単独で検挙しても問題はないことになるの。貴方言ったよね、『あんな遠くに』って。それってつまり、場所が分かってるってことよね。案内してもらう」
「調子に乗ってじゃねーぞ、てめえ。俺は依頼ならともかく何でもない奴に命令されるのが大っ嫌いなんだよ。良いだろう、俺が負けたら案内してやる。逮捕でもしろ。ただしお前が負けたら、そうだな……辞職して死んでもらおうか」

 その言葉に一瞬足が後ろに下がったアスカだが、すぐに決意の戻った瞳でラプチャーを睨む。どうやら、退く気はないらしい。
 さすがのラプチャーも笑いを通り越して呆れてしまった。裏世界にいるラプチャーの言葉なのだから、その辺の女子高生や小学生が喧嘩で気楽に使うレベルのものじゃない。正真正銘、生命を絶つことを意味する。
 承知の上でどこの誰とも知らない他人の為に自分の命を懸けるなんて、彼にしてみれば意味不明。親友や家族、大事な人なら分かるが相手は星の数ほどいる調査隊の一角。
 第一にここで彼らが亡くなったところでアスカには別に落ち度はないわけだし、研究者としてもレンジャーとしても別に評価が下がるわけではない。妙な仕掛けを作動させたか、その存在に散々調査して気づけなかった調査隊が悪いのだ。遺跡の調査など、普通は命懸けになる。
 全てを考慮すれば、普通は見捨てる。少なくとも、ラプチャーはそうする。だが目の前の女性、アスカは違うらしい。その視線の決意を受けたラプチャーは嘆息し、右手でモンスターボールに触れて対峙した。

「言っておくが、手加減なんてしないぞ。俺はムカついた相手は男だろうが女だろうが、徹底的にぶちのめすと決めている。遺言があるなら聞いてやるよ」
「ひょっとして、私がシリュウさんのコネで研究者やレンジャーやってると思ってるのかしら。それならその認識、間違えよ。私は道楽で仕事をしてるわけじゃない。言っておくけど私は――」
「知ってるさ。チャンピオンズリーグ準優勝者、アスカ・リネアート。あぁ、今はアスカ・グレンディアか。ジョウト地方のワカバタウン出身、初参加のジョウトリーグで3位入賞。その後はセキエイリーグで13位、再度のジョウトリーグで3位、ホウエンリーグで7位。ちなみにシンオウリーグは風邪を退いて辞退」
「な、なんでそんなことまで知ってるのよ!? ひょ、ひょっとして私の隠れファンなの?」
「シリュウと言う人間を調べれば、妻を調べるのも当たり前。アンタの情報は割かし高いんだぜ、なんてったってシリュウの女房だからなぁ。他にもあるが今のでざっと250万円ぐらいか」
「こ、個人情報って意外と簡単に買われちゃうのね。とにかく、私は貴方を倒して案内してもらうわよ。1対1の勝負。先手必勝よ、いっけールーシー!」

 250万と割かし高めの値段だったことに少し満足しながら、アスカは持っていたモンスターボールを投げ込む。現れたのはルーシーと呼ばれるポケモン、バクフーン。

「さあ、どっからでも掛かって来い!」
「おやおや、そんな勇んで先にポケモン出してくれてありがとよ。じゃあ俺はこいつで行くか。暴れろ、ラプラス!」

 出てきたのはのりものポケモン、ラプラス。タイプの相性で言えば確実にバクフーンに対して有利なポケモン。

「ちょ、ちょっと! 私のポケモンを見てから決めるなんて、そんなの卑怯よ!」
「知るか、そっちが勝手に『先手必勝よ』とか言って出したんだろう。それによかったじゃねーか、ドサイドンよりは攻撃が通るぜ。等倍だ。さて、見せてもらおうか。チャンピオンズリーグ準優勝の実力とやらを。尤も、毎度毎度危ない橋を渡っての勝利だったらしいけどな」
「言わせておけば……分かった、私たちの強さを貴方に見せつける。言っておくけど、謝ったって許さないからね」
「はぁ、弱い奴ほど口だけは達者ってな。強い奴は口だけじゃなくて、素行や口調、実力も達者なんだぜ。実力で示せよ」
「それを言ったら貴方なんて素行と口調は最悪じゃない」
「ま、それは否定しないけどね」
「第一貴方、盗みとかは凄いって聞くけどバトルの話になると、全然聞かないわよ。本当に強いのかしらね。実力が達者って保証がどこにあ――」
「ラプラス、『こおりのつぶて』」

 アスカの言葉を遮るように放たれたラプチャーの指示に素早く反応し、ラプラスの放った『こおりのつぶて』は会話に耳を傾けていたバクフーンに正面からヒット。
 急所に当たったようだが、そもそも氷タイプの攻撃は炎タイプのバクフーンにあまり効果はない。そう、効果はないのに敢えてラプチャーはこれを放った。そして虚を突かれたアスカも大したダメージではないにも関わらず、その表情は固く重い。

「俺が気づかないとでも思ったか。体毛に隠れて見え辛いが、持っている道具は『きあいのタスキ』。一撃ダウンを凌ぐ優秀な道具、良いもの持ってるじゃねーか。盗んでも良かったんだけどな」
「くっ、なんでわかったのよ。普通のトレーナーなら、有利なタイプを出した時に少なからず隙が出来たり、交代される前に大技で仕留めようとするはずなのに」
「本当は教えるの面倒だが、女性だから優しく教えてやる。理由はお前の態度さ。『ハイドロポンプ』や下手しなくても『なみのり』レベルで一撃KOもあり得る相手に対し、やけに強気で構えてやがった。それに大技を誘うような言動、バレバレだっての。だから避けられる前に仕掛けたのさ」
「う、うぅ。で、でもそれだけで私が『きあいのタスキ』を付けてるとは限らない。苦手タイプを半減させる木の実の可能性だって」
「まあなくはなかったかもしれないが、それでもタスキを意識して潰した方がよっぽど有意義だ。それに理由の2つ目、誘ってたからには何かがある。お前としては、時間が押してるから早期決着を狙いたい。そこでバクフーンが使え、HPが低いことで威力が上がり、かつラプラスに効果抜群の技。狙ってたんだろう、『きしか――」
「ルーシー、『ワイルドボルト』!」
「おいおいおいおい、あんまりがっかりさせるなよ。二番煎じが通じると思ってんのか。この俺に」

 ラプチャーが指を鳴らすとラプラスは長い首を横にしならせ、正面から迫るバクフーンの突進をまるで予知していたかのように回避。
 しかし着地した瞬間にバクフーンは地面を蹴って一気に反転し、かなり不完全なバランスだがラプラスの左半身を掠るようにして僅かに電撃を走らせる。素早い上に強引だが、見事な切り返しであると認めざるを得ない。
 正直なところ、現役を離れて研究職のフィールドワークなどに甘んじているアスカをもはや取るに足らない敵だと思っていたラプチャーだが、どうやらその認識を改める必要がありそうだ。大抵の場合、フィールドワーカーは探すことや察知すること、捕えることに特化するようになる。
 副業がポケモンレンジャーであることが関係あるのかもしれない。買った資料の中には、アスカのポケモンレンジャーとしての経歴もあった。悪くはないが、どれも大したことはなかったはず。

「悪くない動きだ。なるほど、単純に今まで大きな犯罪者を捉えるような場面がなかっただけってわけかよ。撤回しよう、弱い奴ってことはな。ただ、それだけだが」
「負けるわけにはいかない。私の手が届く範囲では、もう誰も助けられないなんてことにはさせない!」


月光 ( 2013/08/19(月) 22:24 )