PART / T
リゾートデザート――吹き荒れる砂塵が空を覆い尽くし、太陽光を遮断して辺り一面が薄暗い。視界は舞い散る砂のせいで遮断され、どちらに進めば良いか手探りで探すのは不可能。
GPSで正確な位置を測定しながら歩き続けるラプチャーは吹き荒れる砂塵から目と口を守りながら突き進み、歩き続けること数日、ついに目的の場所へと到着した。
地上の砂丘から僅かに飛び出しているかつての面影。緩やかな砂に足を取られながらも突起物に近づいたラプチャーはそれが人工物であることを確認し、辺りを見渡すと他にも地表から飛び出している人工物が目に入る。
近づいてみると先ほどの円形の突起物とは違いこちらは立方体のような感じで出土しており、ご丁寧に階段が付いているのを見てラプチャーは砂塵から逃れるように急いで中へと入った。
建物の中へと入ったラプチャーは防塵マスクと厚手のマフラーを外すとそれをリュックに入れ、代わりにモンスターボールからバシュルを出すと指定位置の頭へと置く。
「バチュル、『フラッシュ』だ」
出てきたバチュルは長時間ボールの中にいたせいか大きく欠伸をし、一息ついてから辺り一面を仄かな薄い明かり照らす。
全身が殆ど砂塵に埋もれるほどに悠久の時を経てなお変わらない姿。遥か昔に作られたにも拘らず、武骨さを一切感じさせない石造りの建築手法。砂にさえ埋もれていなければ、一体どれだけ荘厳な姿を現してくれることか。
随分と前から遺跡の調査自体は継続的に行われているが、過酷な砂漠の環境と迷路のように広い遺跡、そして生息する野生ポケモンの強さから調査は難航。今も進み具合は良くない。
「危険地帯とは言え、アレの手掛かりにもなるかもとありゃ黙ってられないな」
薄暗い階段をゆっくりと進み続ける。遺跡の内部も外ほどではないが砂が積もっており、所々に点在する流砂に気をつけながらラプチャーは歩を進めた。
少し歩くと自分が入って来た入り口とは違う入口から舞い込んで来る風を感じ、さらに複数の光源と人と人との会話が聞こえてくる。建物自体には風化のせいか、原因は不明だがいくつも入口があるので人がいても不思議ではない。
バチュルに電源を切るように指示したラプチャーは通路の端に摺り足で歩み寄り、暗闇の中をまるでゴーストポケモンのようにゆっくりと移動。会話が聞こえる距離まで来ると柱の陰にそっと身を潜め、顔を少し出して覗き見た。
聞こえてきた声から判断するに、人数はおよそ7人。目を凝らして見ると白衣を来た人間とロープやポーチを腰に巻くトレーナー。恐らくはここの探索チームだろう。
「今日も引き続き地下の捜索を続ける。安全な道の確保も進んで来たが、皆気を引き締めてくれ」
「隊長、本日の予定はやはり変更ですか」
「あぁ、レンジャー部隊の到着が砂塵で大幅に遅れるようだ。先行が一人いるらしいが、あくまで事前調査レベルらしい。よって、本日も地下のウルガモスには近づかない。我々だけでは、とても凶暴で手に負えないからな。それでは、行くぞ」
「何かを護っているのか、凶悪ですからね。って隊長、その先行の1人と言うレンジャーを待った方が良いのでは」
「別の入り口から入って来るらしいから、内部のポイントK12で合流予定だ。そこで落ち合う」
柱の陰で息を殺していたラプチャーは全員の気配が遠ざかるのを感じてから通路に戻り、一団が消えていった方向を見ながら先ほどの会話を思い返す。
「情報通りだな。ウルガモスに守られた秘宝、古代の城に眠りし何か。まあ情報のソースが超一級だし、これは本格的に期待できるかもしれないな」
満足気に腕を組んで頷いたラプチャーは落ちそうになったバチュルを慌てて右手で抑え、再びフラッシュで辺りを薄ぼんやりと照らして尾行を開始した。相手は調査のプロだが尾行を察することに関しては素人、見つかるわけがない。
正確に言えば尾行と言うより追尾。さらに言えば追跡が正しい。至るところに砂が積っているにも拘わらず、先ほどの探索隊が頻繁に通っている為か通路の中心には砂が見当たらない。まず間違いなく、ここが彼らの調査時に使う主要な通路。
足音や足跡、加えて通路の両端に吊るされている電灯があるのもその証拠。燭台のような古風なものなら装飾としてあっても可笑しくはないだろうが、さすがにこの城が健在だった時代に電灯なんてなかったはずだ。
「人が通った形跡を探れば、いずれウルガモスのいる場所までたどり着ける可能性は高い。問題は連中に出くわした時だが、風の流れに気を付ければ多分大丈夫だろう」
慎重に、しかし大胆に。途中でいくつか隠し部屋と思われる風の流れを感じたが全て無視し、風の流れと木霊する音を頼りにラプチャーは歩みを進める。
最上階から何階分か下った為に砂の量も少なくなり、外の砂塵の音も聞こえないほどの静寂が辺り一面を支配していた。周りは入口付近よりもさらに薄暗くなり、電灯とバチュルの『フラッシュ』がなければ恐らく漆黒の世界が広がっているに違いない。
「安全なルートって言うのは本当だったみたいだな。全然野生のポケモンに遭遇しないし、電灯も破壊されていない。妙な仕掛けなんかに触れない限りは大丈夫そうがぁ!?」
このままウルガモスがいるであろう場所まで一直線と思っていた矢先、巨大な振動がラプチャーを襲う。地震かと思い慌てて姿勢を低くするが驚くほど直ぐに揺れは収束した。
「うぅ、何だ今のは。城が揺れたのか? 嫌な予感がするな、音は響くが少し駆け足で……何か来る」
唐突に変化した風の流れの中に妙な音が混じる。耳を済ませると徐々に音が大きくなり、まるで地獄の底から這い上がる亡者のような気味の悪い声まで木霊し始めた。
集団で何かが迫ってきている音。急いでリュックから暗視ゴーグルを取り出し、倍率を弱めて装着する。少しずつメイドを調整して明るくしていくと、音の正体は既に目の前に。
壁や天井、地面に身体を擦り付けながら、空中を浮遊して接近して来る大量の棺桶。否、かんおけポケモンのデスカーンの群れ。まるで我を忘れたかのように鬼気迫る形相でラプチャーに迫り、4本の黒い手を荒々しく振るう。
数が多い。多勢に無勢。ラプチャーは暗視ゴーグルを外すと頭の上にいるバチュルの頭を軽く叩き、目を瞑ると同時にバチュルの放つ最高出力の『フラッシュ』が炸裂。
強烈な光に視力を奪われた戦闘のデスカーン数匹が急に立ち止まり、後ろから迫っていたデスカーンがぶつかり合ってその場に倒れていく様はさながら失敗したお笑いコント。
「よくやったバチュル。全く、カントー地方の通勤ラッシュより酷い集団率だな」
終わることない長蛇の列に背を向け、ラプチャーは走り出す。後方から倒れたデスカーンを押し退けたデスカーンが迫り、バチュルの明かりを頼りにラプチャー目掛けて追いついてきた。
追いつかれる――額に汗が流れるのを感じたと同時に、少し先の角を曲がった通路の右側に細い窪みの風が感じ取れた。右折と同時に、慌ててそこへと逃げ込む。
隠れるに適した場所とは言い難いが、このまま逃げ続けるのは地理を理解しているであろうデスカーン相手には分が悪い。バチュルの頭を叩き、電気を消す。息を殺したラプチャーの横を大量のデスカーンが通り過ぎ、思わず戦慄が体中を駆け抜けた。
何匹かがラプチャーが隠れている窪みを横目で見たが特に凝視することもなく、数十と言う凶悪なデスカーンが通り過ぎた。壁に背をつくとズルズルとその場に座り込み、高鳴る鼓動と恐怖を押し殺す。
全く持って、生きた心地がしない。多くの地方で幾度か遺跡を探検したことはあるが、ここまで心臓に悪いアクシデントは久しぶりだ。そう思うほどに、先ほどのデスカーン達の鬼気迫る表情は威圧感と恐怖感があった。
「それにしても、いきなりあんな大量のデスカーンが現れるなんて。しかもあの暴れ方、空腹から来るストレスっぽかったな。ひょっとして閉じ込められてたのか。まぁいい、これからは慎重に進もう。バチュルの『フラッシュ』は危なくて使えないから、電灯の明かりだけで行くか。暗いけど」
デスカーンが通り過ぎた通路には、静寂さと不気味さが再び訪れる。尤も、後ろから追われるよりは余程心安らぐ。
先ほどの様子では、前を歩いているであろう探検隊も無事では済まない。ひょっとしたら、彼らが何かの仕掛けを作動させてしまったのかもしれない。そうだとしたら自業自得だが、その煽りでこんな目に遭うのは何か納得がいかない。
「まあ俺も盗賊だから人のこと言えないけどさ」
風の流れや通路の奥から聞こえてくる音に注意を払いながら、吸い込まれそうな暗闇の通路を進む。しばらくすると探検隊の往来が少ない道に出たのか、地面は砂埃のカーペットになっていた。
人が通ればそこは多少なりとも禿げる。舗装されていない自然の道や獣道の道理。つまりこの通路は人が殆ど通っていない、もしくは久しく使われていない道だと判断して良いだろう。デスカーンが通って荒らしたという雰囲気でもない。
今まで通っていた通路は探検隊の往来が激しく、しっかりと砂は掃かれていた。それなのに少し横に入っただけでこの積り方は些か不自然だろう。それに申し訳程度だが、通路の左右に仄かな明かりも灯っている。
「近づきたくない場所ってことか。つまり、ウルガモスがいる可能性があるな。調査隊が近くにいる気配もないし、今のうちに……ん? なんか、聞こえた?」
最初の一瞬、女性の悲鳴のような声が聞こえた気がした。だが直ぐに野生ポケモン達の腹の底に響く声が後から追いつき、全てを塗り潰して廊下の奥から轟き迫り来る。
さっさと横道に逃げようとしたラプチャーだが、今度は確実に女性の悲鳴が聞こえた。暗視ゴーグルを付けると通路の奥に走っている人の輪郭らしきものが見え、しばらくするとその姿はより鮮明に。
「探検隊の一人か? いや、服装的にポケモンレンジャーだな。それにしても、何に追われて……うわ、またデスカーンかよ!」
「だ、誰か! 誰かいないの!? 誰でも良いから助けてー! こいつら無尽蔵なんだもーん!」
声色からして女性だ。無視して逃げ出したい気持ちは山々だが女性を放って逃げるわけにもいかず、ラプチャーはモンスターボールを構えると声のする方へと放り投げる。
ボールから飛び出したのは2つの顔を持つ、どくガスポケモンのマタドガス。ラプチャーが指を鳴らすとマタドガスは体中から煙を放出し、ただでさえ暗い通路がさらに暗闇へと誘われた。
煙を吸い込んだレンジャーとデスカーンは激しく噎せる中でラプチャーが彼女の手を掴み、僅かに悲鳴が聞こえたがそれを無視して引っ張る。気にする余裕もない。
「大丈夫か。取り敢えず直ぐにここ離れるぞ、黙ってついて来い」
「あ、貴方は!?」
「黙ってついてこいって言っただ……あーあー、せっかく横道逃げたのに気付かれたじゃないか。マタドガス、『みがわり』で少しでも良いから別の方に割り振ってくれ」
頷いたマタドガスはエネルギーを放出するとマタドガスの形をした身代りが生み出され、それがラプチャーの通って来た通路を逆走し始める。
何匹かラプチャー達が横道に逃げたのを目撃したデスカーンが迫ってくるが、後続の煙に視界をやられていたデスカーンはマタドガスの『みがわり』を見ると狂ったようにそれを追いかける。
「おっ、何か上手く行ったな。よし、このまま逃げよう。おい、怪我はないか」
「え、えぇ。ありがとう。あ、あの、貴方の名前を聞か――」
「今はそんな場合じゃない。逃げるぞ、数は減ったがそれでも面倒だ。戻れマタドガス、良くやった」
マタドガスをボールに戻すとラプチャーはレンジャーの手を多少強引に引っ張りながらとにかく走り、後ろから迫り来るデスカーンが徐々にその距離を詰めて来る。
加えてラプチャーはこの先から風の流れがないことを感じていた。つまりこの先に進んでも、行き止まりの可能性が高い。案の定、大して走らないうちに正面に壁が現れ行く手が遮られた。
舌打ちしたラプチャーが辺りを見渡すと僅かに形が違う壁があることに気が付き、近づいてみると僅かに凹んだ窪みが見える。どうやら神はまだ彼らを見捨ててはいなかったらしい。
「よし、まだ逃げ道はあるぞ」
取っ手だ。迫り来るデスカーンの唸り声を聞きながらラプチャーは取っ手に手を駆け、それに気づいたレンジャーも反対側の取っ手を手に取ると二人で同時に引っ張った。
扉自身にも、そして扉の上にも何かアンノーンを象った文字が打たれているが、ラプチャーには古代文字の教養もなければ、今は解読している時間もない。
鈍い音と埃を零しながら扉は僅かに開き、人一人が通れる大きさを確保。先にレンジャーを中に入れ、デスカーンが肉眼でも見える距離に来たところでラプチャーも扉の中へとジャンプ。
隙間から延ばされた黒い煙のような腕にラプチャーの右肩が掴まれるが、素早く反応したレンジャーがその腕を蹴り振り払う。
まるでゾンビのように奇声を上げながら大量のデスカーンが腕を伸ばすが、もはやラプチャーにもレンジャーにも届かない。扉を開こうと言う発想がないのだろうか。
「悪いな、助かった」
「こちらこそ、助けてくれてありがとう。遺跡に入って少ししたら地鳴りがして、そのあとすぐに襲われたの。安全なルートって聞いてたんだけど……」
「妙な地鳴りの後にいきなりデスカーンに襲われた。探検隊、何か変なことしたんじゃないのか」
「そうだった、早く探検隊に合流しないと! あの人たちも、きっと襲われてる!」
駆け出そうとしたレンジャーだが扉の外では相変わらずデスカーンが扉の隙間から手を伸ばし続けており、掴まれたら通路に引っ張り出されて恐らく命の保証はない。
いや、それどころか仲間の声を聞きつけているのか徐々に外から聞こえてくるデスカーンの声が増えているような気がする。このままデスカーンが増え続ければ、今はまだ大丈夫だが何かが起きる可能性は十分だ。
一息ついたラプチャーは体中についた砂埃を振り払いながら辺りを観察する。装飾も何もない、実にシンプルな部屋。
「それにしても殺風景な部屋だな。妙な穴が3つあるが、ありゃなんだ。落とし穴にしちゃー丸見えだな」
「でも、どこかに繋がってる可能性があるってことよね。すぐに行きましょう。うまくいけば、他の人と合流できるかもしれない」
「ちょい待て、いつ俺が一緒に行くって言ったよ。俺は探検隊とは別行動、本当はアンタも見捨てるつもりだったが女だから助けた。それだけさ、野郎は知ったこっちゃない。男なら自分の身は自分で守れだ。探検隊は野郎ばっかりだろ」
「だけど貴方も、このままここにいるわけにはいかないでしょ。旅は道連れ世は情け、一緒に行きましょう。私はアスカ、アスカ・グレンディア。宜しくね。じゃあ次は貴方の名前を教えて」
「アスカ・グレンディア? くっそ、そういうことか! 何が『追加報酬の情報』だ、あの野郎こういうことか……あ、あぁ悪いな。俺はラプチャー、風読『ラプチャー』って言えば分かるだろ。レンジャーさん」
「へぇ、貴方があの。ふーん……レンジャーを前に名乗るなんて、草食系に見えて度胸あるわね。でも残念、いやラッキー? 私はレンジャーじゃありません。私はフィールドワーク専門の研究者。レンジャーは副業みたいなもんでやってるけど、本職は生態調査。だからあなたを捕まえるなんてしないわよ。ところで、さっきの『こういうこと』ってどういう意味?」
「なんでこんな薄暗い穴倉のような古代の遺跡に、大空飛んでそうな風読『ラプチャー』がいるのかと言うとな……オメーの旦那のせいだよ!」
苛立ちをぶつけるように人差し指をアスカに向け、一瞬何のことか分からなかった彼女も驚き「ええええええええ!?」と言う何とも素っ頓狂な声をあげた。
そもそも今回の古代の城に関する情報、そのソースがシリュウである。前回の悪夢使いを捕まえた際、同時に押収した(シリュウは警察組織ではないので実は窃盗に当たる)モルハックの研究資料、その価値に対する対価として与えられたもの。
古代の城で活動中の調査隊が古代の秘宝らしきものの存在を示唆――と言う、若干曖昧な情報だが、シリュウが相手なだけに『てんくうのふえ』の可能性もあると教えられれば来ないわけがない。
勿論、ウルガモスが何かを護っていると言う情報は確かなものだろう。それが本当に『てんくうのふえ』である可能性だって、割と高い。だが裏では自分の妻であるアスカを気遣っての保険として、ラプチャーを情報で釣っていたことになる。
酷く屈辱的だ。仮に彼女のことを気遣うように頼まれれば、当然ラプチャーとしては「NO」を突き付ける。危険地帯での他人のお守りなど、事前に分かっていればお断り。最悪、調査隊が見つけてから奪っていた。
「それにしても……もーシリュウさんったら。心配してくれてるんだ、きゃーなんか恥ずかしくなってきた」
「殴りてー、すんげーぶん殴りてー」
「あっ、ラプチャーで思い出した! えっとね、シリュウさんが伝言があるんだって。今朝連絡があってさ、伝言頼まれろと。それではそのまま伝えるね。コホン……『ラプチャー、例の調査の結果が出た。これが終わったら連絡を寄越せ』とのこと」
「ッチ、そういうことか。了解、中間係お疲れさん。ただのお守りってわけじゃないってことね。さて、色々分かったしそろそろここから逃げるか。さーて、どしようかなーっと」
「ちょっとちょっとー、お守りって言うけど私は言うほど弱くないわよ! そりゃ、確かにデスカーンの集団には追われてたけど、貴方を捕まえることぐらいわけな――」
アスカがラプチャーに向かって一歩進んだその瞬間、レンガが地面に落ちるような音がすると同時に部屋全体が激しく揺れ始めた。余りの激しさにアスカは悲鳴と共に尻餅をつき、ラプチャーは右手を地面につける低姿勢で揺れに耐える。
何が起きたのか2人が考えるよりも早く再び大きな振動が部屋を襲い、置き上がり掛けてたアスカが再び転んだ。先ほどのデスカーンが現れた時とはまた違う危機感。その証拠に扉の外にいたデスカーン達が悲鳴を上げながら逃げ出し、あっという間に扉の向こうは静寂に。
嫌な予感がする――これだけの異常事態、嫌な予感がしない方が可笑しい。振動が治まってくるとラプチャーは素早く立ち上がり、立ち上がろうとしていたアスカの手を掴むと同時に地面に空いている穴の一つに向かって全力でダッシュ。
突然の出来事に少し驚いたアスカだが周りの状況を理解した瞬間に絶句し、ラプチャーに手を引かれながらも本人も必死になって穴に向かって走り出した。両側の壁、そして天井が回転しながら迫ってきている。このままではすり潰されてトマトジュースになる。
「か、壁が迫ってくる部屋があるなんて、私そんな情報聞いてないわよ!」
「泣き言言う暇あったら走れ!」
「ど、どの穴に飛び込めばいいのかしらこれ! もしかして、外れは下が竹槍とか石の針とかになってないわよね!?」
「知るか! こういうときはな、風の流れに身を委ねるって決めてる。正面だ! まあ、俺を信じろ!」
ラプチャーの確信に満ちた何かを感じたアスカは頷くと彼に全てを委ね、二人は三つあるうちの真ん中の穴へと飛び込んだ。
暗闇の中を、2人が落ちていく。