PART / Y
怒り忘れないまでも何とか抑え、モルハックを地面を下ろす。荒々しく近くにあった椅子を引っ張り、それに腰掛け今にも殺しかねない視線で雁字搦めにされたモルハックを睥睨した。
目標が殺されなかったことにほっと胸を撫で下ろしたノアはモルハックの襟首を掴み、起き上がらせると近くの壁に背中を押し付け喋りやすい姿勢にする。
「知ってること全てと言われても、私が知っているのは本当に少しだけだぞ」
「良い。おら、さっさと話せ。俺は自分で言うのもあれだがプッツンしたら弾けるまでが早いぞ。ついでに一度鎮火しても再発までが早い。カップラーメンだって2分で食うしな」
「あれ、シリアスパートじゃなかったの。いや、うん、まあ良いや。個人的に言えば、怖くないほうが良い。さて、さっさと喋ってくれるかしら。また殴られたいなら話は別だけど」
「は、話す。だから殴るな。全く、敬老精神がないのかお前ら。目上には敬意を示すのが若者だろう」
「老害と目上は別物だろうが、第一犯罪者が言えることかよ。次屁理屈やらなにやら言ったら蹴るからな。その辺覚悟しろよ」
犯罪者としてはモルハックよりラプチャーの方がよほどお尋ね者なのだが、ノアはそこに突っ込まない。口を割ったモルハックだが、本人の言う通り彼が知っているのは僅かであった。
3ヶ月ほど前、研究に行き詰り自暴自棄になっていたモルハックの元をサイキルトが訪ねてきた。一般人は知らないはずの研究室の場所を知っているところから察するに、明らかにやばい人物であることは明白。
実際にインターフォンのスクリーン越しからも分かるほど、サイキルトの目は冷たく、底の見えない深海のようだったと言う。
しかし誰でも良かったので愚痴を聞いて欲しかった心情、それに冷たさを感じるものの可憐なる容姿の女性だったことが相まって割りとすんなり受け入れた。
「んだよ、変態に加えて助平爺だったのか」
「サイッテー、キモ」
「いやお前らだって美人や美男子が相手なら態度変わろうに! と、とにかく。その女がサイキルトだ。酔ってたこともあって、監視カメラはつけてなかった。容姿は口でしか伝えられん」
「ッチ、しゃーね。とりあえずそれで良いから教えろ。それと、あいつはお前に何を吹き込んだ」
サイキルトはフードを被っていたため全体の容姿は殆どわからなかったが、瞳だけはしっかり覚えていた。モルハックが言うに、真紅の眼鏡に銀色の瞳。見ていると永遠に引き込まれそうな、妖艶さを感じたらしい。
真紅の眼鏡、銀の瞳。2つの単語がラプチャーの中で浮かんでは沈み、釈然としない。つい最近どこかで見たような気もすれば、気のせいだったような気もする。思い出せないときは思い出せないものなので、一旦その思考を隅へ追いやった。
彼女がモルハックを訪ねて来た理由は3つ。1つ目は資金提供。モルハックとしても、これは願ったりかなったりであった。2つ目は全ての研究成果のフィードバック。これは渋ったモルハックだったが、絶対に公表しないことを確約にして受けた。そして最後が今回の事件。定期的に悪夢を見せること。
研究素材が足りなかったモルハックにとって、それはサイキルト側の条件でありながら濡れ手に粟。ご丁寧にも、彼女はその手段すら用意していた。ただ近くにいるだけで、周囲に悪夢を見せるポケモン。
ふと思い出したように、ノアが腰につけていたモンスターボールを1つ選んで手に取る。先ほど苦し紛れにモルハックが繰り出そうとしたが、その前に奪ったモンスターボール。恐らくこの中にいるのが、悪夢を見せていた諸悪の根源。
「その後、研究成果は送っているが向こうからは受け取った連絡しか来ない。後はお前たちの知る通り、私は定期的に悪夢を起こして研究素材を集めていた。こんなに早く捕まるとは、正直思わなかったが」
「この部屋、夢を固定すると言ったな。ひょっとして、ハイリンクの森と同じ空間を疑似的に作ったってことか。随分とまあ、確かに凄い研究ではあるな。それで、サイキルトはそんな研究のフィードバックで何をしようとしてたんだ」
「ふふふ、凄い研究だとようやく分かったようだな。マコモなど、資金と環境があれば私の敵ではな――」
「そういうの良いんで、さっさと話しやがってください。個人的に言えば、そのニヤけた面がムカつくから殴りたいんだけど。右手で。グーで」
「や、止めろと言っただろうに! 全く、最近の若いのはすぐキレる……奴が私の成果で何をするかだが、正直知らん。ただこう言っていたな。『夢の金属を探している』と」
夢の金属……ラプチャーの中で、また何かが引っ掛かった。普通の金属ではなく、あえてこの世に存在しない物質を夢から作り出そうとするからには、それなりの意図があるはず。いや、なければ可笑しい。
普通のことではない何か。人には言えないような、間違っても世のため人のためにはならないようなこと。違法な研究、非人道的な研究、ポケモンの改造。
「まさか!」
「うわっ!? ビ、ビックリするじゃない。いきなり横で大声出さないでよ!」
「あぁ、わりぃ。いや、少し心当たりがある。確証じゃないが」
顎に手を当て、ラプチャーは考え込む。かなり強引な推論だ。しかし、今まで見てきた情報と今の情報を合わせれば、決してありえないロジックではない。
まずは真紅の眼鏡と銀色の瞳、そして綺麗な女性。ジョインアベニューでナナミが探していたカセット、それを授けた女の研究者。キョウカ、確か彼女も真紅の眼鏡をして銀色の瞳をしていた。目の下が隈だらけだったので美人かといわれるとあれだが。
次に夢の金属だが、これは彼女が話していたゲノセクトに関係するもののように感じる。既存技術でポケモンをサイボーグに改造するなんて、普通の金属ではまず不可能。そんなことが出来れば、それはまさに夢の金属。
それにポケモンの無許可の復元、及び人工的な改造は法律で禁止されているのだ。表の研究者のマコモではなく、アングラのモルハックに資金提供をしてデータをフィードバックさせたのも頷ける。
あの時キョウカはゲノセクト研究チームに今は呼ばれていないと言っていたが、あれが本当である保障などない。嘘八百を並べ、ラプチャーを騙していたことも十分にありえるのだ。カセットを持っていながら、プラズマ団に襲われるかもしれないのに、やけに落ち着き過ぎていたのも可笑しい。
あんなに落ち着いていたのは、襲われない保証があったから? 目の隈が酷かったのは、夢の金属とゲノセクトの研究をしていたから? 不審な点が多過ぎる。
決定的なのは彼女は自ら認めたことだ、シンオウ出身だと。全て推論だというのに、何故か恐ろしいほどストンと納得がいった。もしそうだとしたら、あの時のカセットは罠。後でナナミに伝えなければならない。
そもそもなぜ悪夢を定期的に発生させることを条件にしたのか。これも不明。意図が不明なものほど何かあるのではないかと、思考のスパイラルに嵌ってしまう。
「個人的に興味があるけど、教えてくれたりする?」
「いや、勘違いだったかもしれん。容姿が似てる奴を知ってるってだけで、強引過ぎる考えだった。心当たりってほどじゃなかった」
「知っているのはそれで全てだ。しかし貴様ら、何者なんだ。警察でもレンジャーでもない。どこの組織だ」
「個人的に言えば、知らない方が貴方の為になる。さてと、私はこいつをしょっぴくね。あーそうそう、シリュウ社長がラプチャーに話があるから、また後日会いに行くって伝えてくれって言ってた。予測的に言えば、面倒なことだと思うよ。多分」
「なんだそりゃ。今回は報酬が良かったから受けただけで、面倒なことはなるべく避けたいな。俺も帰るとしようかね。そいつ、1人で大丈夫か」
「問題ない。さらに言えば、シリュウ社長はヒウンにいるからすぐ近くだし。今日は助かった、ありがとう。それとラプチャー、その……あの……」
何やら声が小さくなるノアの方を振り向くと、微笑みながらも少し恥ずかしそうに右手をあげている。ハイタッチのつもりなのだろうか。
たった1日、ともに仕事をしただけの間柄だが、ノアとしてはひょっとしたら初めての経験なのかもしれない。人と協力し、ターゲットを直接捕まえるという仕事。ラプチャーにとっては別に珍しくもないのだが、そういうのは人それぞれ。
軽く息をついたラプチャーは軽く力を込め、あげられているノアの右手に自らの右手をぶつける。高らかな音が室内に響き、彼女の表情が僅かに驚きへ変わった。
「痺れるのに、嬉しい。個人的に言えば、またいつか、一緒に仕事をしたい」
「まぁ、そっちの出す条件が良ければな。基本的に俺、1人で動く方が性に合ってるし。あーでも、最近はエレネスやらオリアンやら程度はどうあれ一緒の行動が多い気もするな。なんでもいいか。じゃあな、ノア」
「うん。またね、ラプチャー」