闇夜蠢く悪夢使い
PART / X
 地を震わせる咆哮を轟かせ、飛び出して来たバンギラスに向けてラプチャーはモンスターボールを放つ。現れたのはバンギラスを僅かに凌駕する巨体を誇るポケモン、ドサイドン。
 正面からぶつかり合った2匹は互いに反発して一歩後ろに仰け反るが、再び両者が激突。互いに両手を掴み合い、力と力がぶつかる比べ合いへと発展した。
 実力は拮抗している。徐に首から提げていたゴーグルに手を伸ばしたラプチャーだが、その拍子にふとした違和感と言うのか、異変に気付いた。そう、バンギラスの代名詞でもある特性『すなおこし』が発動していない。
 ポケモンの中には複数の特性から片方を顕著に表すタイプもいるが、バンギラスの特性は必ず1つ。新種の特性が発見されたという情報を、ラプチャーは聞いたことがない。見た目も、普通のバンギラスと同じ。
 モルハックは新種のポケモンを生み出す実験でもしていたのか、それともこの部屋自体に特性を封じる効果があるのか。なんにせよ、砂塵がないのはラプチャーとしては幸運だ。

「相手は得体が知れないが、所詮はそれだけだ。ドサイドン、何かさせる前に沈めるぜ。『ストーンエッジ』だ!」

 組み合っていた手を払い除け、右腕を大きく振り抜く。ドサイドンの表面の岩石が鋭利な刃物と見間違う鋭さを帯び、バンギラスの巨体を斬り付けると同時に吹き飛ばした。
 精密機器を薙ぎ倒しながら倒れる巨体。さらにラプチャーはバンギラスがまだ健在であることを息遣いから判断し、連続でドサイドンへ指示を飛ばす。

「チャンスは逃すな! ドサイドン、『アームハンマー』!」

 起き上がってきたばかりのバンギラスの目の前に立つドサイドンは右手を大きく振り上げ、相手の首を刈り取るように豪快なスイングで攻撃。低い苦悶の声とともに巨体が吹き飛び、部屋の正反対へと激突する。
 並程度の相手ならこれでノックアウトだが、僅かに動いた指先をラプチャーは見逃さない。バンギラスの息遣いも苦しそうとは平常の範囲で、恐らく立ち上がってくるはずだ。
 対してドサイドンは『ストーンエッジ』と『アームハンマー』の大技の連発の反動のせいで動きが鈍く、間をおかずバンギラスが攻撃してくれば必ず攻撃を食らうだろう。ポケモンを交代したいところだが、妙な部屋だけに迂闊なことはできない。
 立ち上がるな――ラプチャーの声を聞いたかの如くバンギラスは目を見開き、期待を裏切るように大きな咆哮と同時に起き上がる。大きく口を開くとエネルギーが集中し、初めての攻撃へ。

「打撃技じゃないなら、いいとこ『はかいこうせん』だな。大したダメージじゃねーな、正面からしっかりと……違う、冷気か!」

 部屋の温度が下がる。圧縮された冷気は稲妻のように曲がりくねりながらドサイドンに迫り、接触と同時に弾けその巨体を吹き飛ばした。
 滅多にない事だが、バンギラスが『れいとうビーム』が使えないというわけではない。わざマシンと呼ばれる特殊な機械を用いることで、本来覚えない技を潜在能力の開花によって覚えさせることができる。
 無論、可能不可能は存在する。しかしタイプが全く異なる技を使うことは、相手の意表を突きやすい。
 加えてバンギラスは本来、物理的な攻撃を得意とする攻撃タイプのポケモン。威力的にも自身の属性的にも劣化となる攻撃をしてくることの方が、ラプチャーとしては意外だった。
 そのお陰もあってか、ドサイドンも大したダメージはない。特性の『ハードロック』により弱点ダメージも軽減されているため、戦闘不能には程遠い。

「ノアじゃねーけど、予想外ではないが予想斜め上って感じだぜ。ドサイドンは……若干手足が凍傷気味、こおり状態じゃないが危なかった。念のため『ラムのみ』食っておけドサイドン。おい、どうし――」

 立ち上がってきたドサイドンは持っていた『ラムのみ』を前に何故か行動できず、頻りにバンギラスを気にしているように見える。
 確かに、それなりに強力な攻撃ではあった。それは事実。しかしまだまだ戦えるほどにダメージは少なく、次の一撃で確実に倒すためには凍傷気味の体では些か不安だ。
 堅牢だが鈍行なドサイドンだからこそ、状態異常には気を使う必要がある。少なくとも、ラプチャーはその点を忘れていない。だからこそ不可思議。

「どうなってんだ、なぜきのみが使えない。これじゃまるで」

 僅かな焦燥がラプチャーに生み出した隙をバンギラスは見逃さなかった。近くに散乱したデスクを手に取り、ドサイドンに意識を大きく向けているラプチャー目掛け投げつける。
 これはトレーナー戦ではない。もはや野生のポケモンと同じ。故にバンギラスはドサイドンだけを攻撃することはなく、当然ながらラプチャーも攻撃の対象と見ていた。
 避けられない――盗賊という商業柄、そんなつもりはもちろん毛頭ないが捕まる覚悟も死ぬ覚悟もなかったわけではない。しかしそれでも、いざ目の前にその脅威が現れた時、恐怖と絶望が心の中を大声で駆け巡る。
 漫画や小説の主人公ではない。何があっても死なない補正があるわけでもない。無論、生き返るなんて以ての外。ここで終わる。人生が。しかし不思議なほど、脳は冴えていた。

「運だの補正だの、そんなもんには頼らねーよ。俺が頼るのは、俺が信じる仲間たちだけだ!」

 ラプチャーの前に現れた影は身を挺して飛来物から彼を守り、逆に背中にぶつかったデスクの方が硬さに負けてぐしゃぐしゃに曲がってしまう。
 しかしその後を追うように放たれた『れいとうビーム』がドサイドンに直撃。普段守りの薄い背中部分に突き刺さった弱点タイプの攻撃に苦悶の声を上げるも、一歩も動かずラプチャーを守り通した。

「さすが俺の仲間。サンキュー、後は俺に任せてくれ。お前が受けた苦しみ、倍返しにして奴に返してやるよ」

 元から気性が荒いのか、それとも倒れないドサイドンに対する苛立ちか。狂ったように叫ぶバンギラスは焦点の定まらない瞳のままドサイドンに迫り、手足が氷に覆われ動けない相手目掛け拳を振り上げる。
 いくら堅牢なドサイドンと言えど、食らえば一溜まりもないであろう『かわらわり』。ドサイドンに対する勝利を確信したバンギラスは迷うことなく拳を振り下ろした瞬間、目の前からその巨体が姿を消した。
 消えたのではない。戻された。褐色の光りに包まれたドサイドンはラプチャーの持っていたボールへと吸い込まれ、ドサイドンへの攻撃は不発に終わる。だが空振りした攻撃をバンギラスは重心を崩すことで無理やり方向を変え、その矛先を守られていたラプチャーに。
 先程までの僅かな焦り、恐怖。しかし今のラプチャーにそれらはない。迫って来る敵の音、振り下ろされた際の呼吸のリズム。風を切る拳の圧力。それら全てが手に取るように分かり、向かって来る攻撃の道筋を示す。
 僅かに横に避けたラプチャーはバンギラス目掛け跳躍し、その横を巨大な拳が通り過ぎた。激しい音と同時に地面を殴りつけた腕を踏みつけ更にジャンプ。相手の動きが止まっている隙に駆け上り、頭頂部を踏みつけ背後に回った。

「ただポケモンに指示するだけがトレーナーじゃねーよ。仲間を信じ、仲間の信頼に応える。仲間が最も望む形を作り出すのが、俺のやり方だ。背後は取った。最後の仕上げだ、ドサイドンの苦痛を3倍返しにしてやれ! いけ、ラプラス!」

 空中で反転したラプチャーは彼の姿を見失ったバンギラスの背中にモンスターボールを放ち、現れたラプラスは完全に隙だらけとなったバンギラスの背中目掛けて冷気の閃光を射出。
 先ほどのバンギラスを同じ『れいとうビーム』。だがその内容と威力は圧倒的に異なる。まずバンギラスには、ドサイドンのようなダメージを軽減する特性はない。先ほどドサイドンがきのみを使えなかった事実と照らし合わせれば、考えられないことだがバンギラスの特性は『きんちょうがん』。
 だがそれだけではない。ラプラスにはこおりタイプが含まれているため、『れいとうビーム』そのものの威力が増加している。それを後方から受けたとあっては当然ながら大ダメージは避けられぬ、ドサイドンの攻撃のダメージも合わせれば耐え切れるはずがない。
 怒り狂い狂気に魅入られたかのごとく暴れていたバンギラスだが力のない呻き声と同時に倒れ、ラプチャーはラプラスの頭を撫でてからボールに戻す。

「さて、随分散らかしちまったがどうせ逮捕される奴の研究所だ。別に良いだろ。ノアの奴、遅いけどちゃんとやって――」
「問題ない。抵抗する気力をなくすため、死なない程度に抑えて捕まえておいた」

 部屋の扉が蹴り飛ばされ、行動とは裏腹に清々しい表情でノアが部屋へと入って来る。右手にはロープで雁字搦めにされた上、服が何ヶ所も破られ、顔面など至る所に切り傷や青痣が目立つモルハックの姿。
 呻き声を漏らしながら襟首を持って引き摺られるその姿は何とも情けなく、ラプチャーの目の前に放り出されるとまた情けない声をあげる。明らかにノアがストレスを発散させるため、暴力を振るったとみるべきだ。
 しかしヒウンのビルでの出来事や、凶悪なバンギラスを人に向かって容赦なく使用するあたり同情する気にはラプチャーでもならない。倒れているバンギラスの姿を見て一瞬ぎょっとしたモルハックだが、完全に伸びてるのが分かると安堵の息をつく。

「さて、聞きたいことは山ほどある。だが、基本的に俺はお前の犯罪とか研究に興味ない。後でノア達に絞られろ。俺からの質問は2つ。この部屋は人体に有害か。もう1つはあのバンギラス、あれは何だ」
「ふ、ふん。わだじがこだえるどおぼうが? いてて、どうせはんごろじなんだ。いっそころぜ」
「よーし、良い度胸だ。ノア、こいつの研究資料とかはパソコンから奪えば良いとして、こいつの生死は問わないんだよな」
「まあ、シリュウ……社長はなるべく生きて捕まえろと言ってたけど、死んでても良いんじゃない。とりあえず悪夢事件を解決することが最優先だから」
「そういうわけだ。どーしようか、なるべく苦しむ方法で殺すとしよう。俺も死にそうな思いしたしな。えーっと……おっ! アレいいな」

 部屋を見渡したラプチャーは何かを見つけると散乱していたデスクに近づき、転がっていた金槌と包丁と言う何とも厳ついものを両手に持って戻ってきた。
 あっ、絶対脅すための道具だ――ノアはラプチャーの意地の悪い笑いを見ながら内心で溜息をつき、部屋の隅に歩き出すとスマフォを取り出す。シリュウの番号を押し、後ろから聞こえてくる悲鳴には見向きもしない。

「さーて、足先から少しずつ細切れにするか。実は解体新書に少し興味があってなー」
「や、止めろバカ! そんな人が苦しむことして楽しいのか!? 自分の興味や趣味のために他人を苦しめるなんて、神が許すとおも」
「お前が言うな!」

 持っていた金槌の柄の部分を握り、モルハック目掛け振り下ろす。だがそれは金属の部分ではなく、柄の先端。さらに矛先は頭ではなく、尻の穴。
 声にならない悲鳴が轟く中で電話を終えたノアが戻り、目の前の光景を見ると、さすがに表情が引き攣っている。

「え、なにしてるの。もしかしてこいつって、そっちの気があるの。なんか少し喜んでるように見えるけど」
「そんなわけあるか! わ、わかった言うこと聞くからぐりぐりしないでくれ!」
「いや、別に良いよ言うこと聞かなくても。ぶっちゃけお前から話聞くよりもさ、ストレス発散するほうが優先って気がするから」
「ごめんラプチャー。シリュウ社長、一応生け捕りで連れて来いって。半殺しでも良いらしいけど」

 乗ってきた気分を削がれた為か、ラプチャーの表情が露骨に歪んだ。しかし依頼人の要望なので無視するわけにもいかない。渋々金槌を引き抜き、ゴミを捨てるかのように放り投げた。

「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」
「殺す気だったし」

 何気ない発言が逆に怖い。

「こ、この部屋は別に人体に有害じゃない。夢の力を固定する仕様なだけだ。そしてあのバンギラスだが、夢の世界から連れてきたポケモンだ。私の研究は知っているか」
「知ってるわ。てかあんた、流暢に喋れるなら最初から喋りなさいよ。なにボコられたからって濁音つけて良いと思ってたわけ。次も嘘で濁音つけたら殴るよ」
「わ、分かった。私の研究テーマは『夢の顕現化』、あのバンギラスもその研究の一部。悪夢を見せていたのも、研究材料のためだよ。私は、私は自分の研究を認めさせたかったのだ。マコモなんぞに、後からひょいっと出てきた若造に資金面で負けたとはいえ、先を越された私の口惜しさが分かるか!」
「知ったことじゃないし、だとしても悪夢である必要なかったじゃない。資金で負けてたと言うことは、今はあるのね。その提供者、誰。悪夢事件を起こしたのも、そいつの指示で良いのかしら」
「……察しが良いな。そうだ、研究データの提供と悪夢を定期的に起こすことで、資金提供を受けた。悪夢を見せるこのポケモンも、サイキルトと名乗る女から受けとうぐぅあぁ!?」

 話している途中のモルハックの胸倉を突然ラプチャーが掴み、持ち上げると近くの壁へと叩き付ける。あまりに突然の事態にノアも一瞬頭の処理が追いつかず、数秒してからようやく目の前の現実に追いついた。
 凄まじい力で押さえつけられているのか、モルハックの表情から血の気が失せてゆく。止めようとしたノアがラプチャーの肩を掴むが、振り向きもしない。まるで何かに憑りつかれたかのように、彼の瞳は射殺すようにモルハックを凝視している。
 本当に殺しかねないと察したノアは正面に回り込みラプチャーの手を掴むが、まるで離れる気配がない。そして彼の表情を見て、ノアの背に寒気が走る。今まで、出会って短いが、一度も見たことのない正真正銘の憤怒、憎悪。

「ラ、ラプチャー。とにかくその、殺しちゃダメ。私の評価に関わるから」
「あぁ、わりーけど冗談に突っ込めるほど余裕ねーんだよ。大丈夫だ、殺しはしない。ただ、事と次第によっちゃこいつは半殺しだ。良いか爺、心して答えろ。嘘をつくなよ。一言一句吟味しろ。サイキルトのことを、全て話せ!」


月光 ( 2013/06/07(金) 00:12 )