闇夜蠢く悪夢使い
PART / V
 放たれたバチュルはオフィス内のデスク等に身を隠しながら少しずつ進み、ラプチャーとノアは階段で待機。2人が見守る中、小さな体は確実にマスクの男へと迫る。
 どう言った方法で女性の社員に悪夢を見させているかは不明だが、あの男が近くにいるだけで女性が苦しそうな表情をするのだから犯人に間違いあるまい。普通なら起こすなりするはずだ。

「一応聞くけど、バチュルにはなんて指令を出したの」
「背中から飛びついて軽い電撃流してやるだけだ。殺したり必要以上に傷めつけたりはしないさ、一応な。ただ油断はできない」
「現状アレが犯人だと思えるような証拠を持ってると思っていいと思う。突っ込め突っ込め。あと私はこう言う連続犯罪の犯人を捕まえるような訓練はしてないから、基本的にラプチャーに任せる」
「じゃあなんでお前ついて来たんだよ」
「個人的に言えば、なんとなく。あと強いて言えば、ただ待ってるのが暇だった」

 暇だったから着いて来た――と言うレベルの表情には見えない。先ほどからノアは端々に他社……もっと言えば、シリュウの評価を気にしているような言動がある。と言うより、人より上に立ちたいという欲求か。
 今回の仕事も本来なら彼女の仕事はこの現場を突き止めることであって、その後の犯人確保等に関してはラプチャーの仕事。その点はシリュウと合意の上であり、彼女がそれを知らないはずはない。
 正直、ラプチャーとしては邪魔の一言だ。慣れないことをするとき、それが無器物などならまだしも人が関わることとなると緊張は極端に高まる。
 さらに言えば、ノアの精神力が未成熟なのかラプチャーには分からない。連れていても問題はないのか、何か起きても1人で対処できるのか。14歳ほどの少女に求めるのは酷かもしれないが、それがラプチャーの基準。
 もしも動揺したり、失敗して落ち込むようなら置いていく。本物と思われる『はっきんだま』を報酬として受け取った手前、下手を打っての失敗は許されない。確実に成功させる必要があるのだ。この仕事を。

「なんとなく程度なら帰れよ。結果、後で教えるから。理由があるなら居ても良いけどな」
「……強いて言えば、その、ただ場所見つけるだけじゃ味気ないから」
「いやもう、はっきり言えよ。別に笑ったりしないからさ、てか笑ったらあいつにばれるし。なんとなく理由も分かるからさ」
「手柄が欲しい」

 清々しいまでに淡々とした表情できっぱりと言い切った。素直なのは良いことだが、ここまで欲望を全開で評価を求める姿はなんとなく少女らしさを感じないのは気のせいだろうか。
 エレネスやカティアも周りの評価に影響される仕事をしているが、本人たちは露骨に自分の手柄などを求めたりしない。長年の慣れによる余裕か性格かは知らないが、少女らしさはあるにはある。
 尤も、ラプチャーはノアのことを全く知らないのだから、一概には決めつけられない。案外こんな淡泊な性格とは裏腹に、ぬいぐるみに抱きついて愛でたりしているのかも。

「もしそうなら笑えるわ。てか、そうあって欲しいもんだな」
「何頷いてんのよ。率直に言えば、気持ち悪い」
「もう少し口の利き方直した方がいいんじゃねーの。いざって時に素が出たら、その仕事じゃマズイだろ。女子力上げろよ」
「個人的に言えば、ラプチャーも充分に口が悪いと思う。あと、女子力とか男が言うことじゃないから。と言うか、なんかこのフロア熱い」
「エアコン切ってんじゃねーの。夜だし。さて、そろそろバチュルも裏に回ったはずだ。準備しておけよ」

 準備と言われ、何をして良いのか分からずノアの表情が若干戸惑いを漏らす。ラプチャーが壁から指先だけでバチュルに指示を飛ばした瞬間、オフィスから何とも情けない男の叫び声が反響した。
 バチュルが仕留めたのを確認し、ラプチャーが走る。後ろで彼が動くのを待っていたノアも遅れて走り出し、倒れている男に目掛けて一直線。

「ノア、ロープか手錠!」
「そ、そんなの持ってない!」
「お前本当に何しに来たわけ!?」
「確保はラプチャーの仕事でしょ! こ、個人的に言えば持ってない貴方が悪い!」
「それもそうだな!」

 シリュウが協力させた少女だからてっきり捕獲用の道具を持っていると思い込んでいたラプチャーだが、やはり自分で用意しておくべきだった。道具がない以上、多少手荒に行くしかない。
 近くに置いてあった缶コーヒーを手に取り、それを倒れている男目掛けて発射。しかし走って来るラプチャー達に気付いたのか、寝返りをしてそれを避けた。ついでに背中にくっついていたバチュルも、潰されまいとして男から離れる。
 頭に缶をぶつけて気絶作戦失敗。舌打ちをしたラプチャーがバチュルに指示を出そうとした瞬間、男は立ち上がると素早い身のこなしで窓際へと移動した。
 用意周到な男らしく、既に鍵が開いている窓を開く。しかしロープもハングライダーも何もつけていない。このまま外に逃げることは不可能。しかし真っ先に窓に逃げたことが無意味とは思えない。何かあるはず。

「動くな!」

 男が怒鳴り、ポケットから取り出したスイッチのようなものを見せつけるように構えた。同時に天井のエアコンの蓋が外れ、フロアの数か所に丸みを帯び得た物体が落下する。
 ボールポケモン、マルマイン。手際が良い。やはり窓に向かって意味なく逃げる相手ではなかった。先ほどノアが部屋が熱いと言っていたが、マルマインが入るため止められていたからと考えれば納得がいく。
 しかしラプチャーに焦りはない。見たところ自分から一番近いと思われるマルマインまでの距離は遠いし、『だいばくはつ』されたところで被害は小さいはずだ。
 何よりこの男が自分の身を危険に晒してまでも爆発を強行するような、馬鹿か無駄に根性がある人間にも見えない。時間を与えてはまずいだろう。直ぐに捕まえるのが最善。
 最悪、窓から突き落としてでも止める。走り出そうとしたラプチャーだが男の目が妙に厭らしく笑っていることに気付き、一歩前に踏み出すと男は再びスイッチを前に突き出す。

「おい、こいつが何なのか分からんわけじゃないだろう。マルマインに直結していて、押せばドカン!っだ」
「逃走手段がないのに良く言うぜ。追い詰められてるのは、依然としてお前だろ。それにマルマインの距離、お前が被害を被らないために遠めにセットしたんだろうが裏目に出たな。俺も大して被害のない距離だ。さて、体が無事なうちに捕まりな」
「お前、警察やレンジャーじゃないな。だがやはり、私の方に分がある。確かに、ロープはポーチの中。お前が私を捕まえるのには充分だろう。尤も、お仲間が吹っ飛んで良いならばだがね」

 男の言葉に今回が単独行動ではないことを思い出し、ラプチャーが後ろを振り向く。ノアの直ぐ近くに3匹のマルマインが取り囲む形で迫り、身動きが取れなくなっていた。

「う、うぅ……個人的言えば、報告書には書いて欲しくない」
「くっくっく、どうする青年。私を捕えるか、それとも少女がズタボロの雑巾のように成り果てるか。捕えるならバチュルで攻撃でもするが良い。少女を助けたいのなら、バチュルをボールに戻せ」
「ゲスいことしやがる。漫画に出てくるようなゲスさだな、『くっくっく』なんて言う安そうな悪役見るのなんて久しぶりだ」
「黙れ! さぁ、早く決めろ。それとも、少女を吹き飛ばされたいか」
「ラプチャー、この仕事は捕える事が前提だから捕まえて欲しい。で、でも欲を言うなら、助けて欲しい」

 声と指先が震えている。マルマイン3匹が直ぐ近くに起爆状態でいるのだ、怖くないわけがない。ポケモンさえ出せば打開できるのだろうが、この状況ではそれも難しいだろう。
 それに目の前の男がバチュルをボールにしまったからと言って、マルマインを爆発させないという保証もない。全ての要素を合計すれば、ノアを犠牲にしてでも捕まえるのが最善。それが一番、確実に被害が小さい。
 見捨てれば良いだけ。見捨てれば……しかし重なる。恐怖を押し殺し我慢する表情、守れなかった昔の仲間の顔と。
 舌打ちをしたラプチャーは血が出るほどに握りしめた拳を開き、モンスターボールにバチュルを戻す。前と同じではダメだ。男を捉えることは必然、そしてノアを傷つけさせないこともまた必然。

「それで良い。私はね、聞き分けの良い奴は好きなんだ。安心しろ、私が逃げるまで絶対にスイッチは押さない。約束しよう」
「違うな、お前が逃げるまでじゃない。俺達が退避するまでだ。その言い方なら、逃げた瞬間押すことを意味するからな」
「揚げ足取るようなことを……分かっているさ、お前達が妙な動きをしない限り押さない。後は、そうだな。2人とも両手の後ろに回せ。そして膝をつけ」
「ッチ、徹底してやがる。ノア、言われたとおりにしろよ」
「えっ、うん。どうしよ、私のせいで逃した上に今後しばらくふけられでもしたら……しゃ、社長に怒られる。私の評価がぁ」

 こんなときでも評価を気にする辺り少し状況判断能力などを疑うが、ヒステリックに泣き叫ばれるよりよほど良い。マイペースと言うのは、危険な状況では役に立つこともある。
 その間にも男はロープを取り出すと窓の柱に結びつけ、逃走の準備が完了すると勝ち誇ったように窓枠に立った。スイッチの付いた装置を突き出し、ラプチャー達を再び威圧。まだ動くことはできない。

「良い子だ、大人の言いつけはしっかり守るもの。さて、君達は警察ではない。だが、私の存在が既に知られていることは意外だった。通報されても面倒だし、分かるね」
「おいおい、クズもここまで行くと度が過ぎるぜ。さっさと行けよ。スイッチは傍に投げ捨てろ」
「良いとも。投げ捨てよう。ただし、押してからな!」

 男が外に飛び出すと同時にスイッチが押され、立ち上がったラプチャーは踵を返すとまだ膝をついていたノア目掛けて大きくジャンプ。マルマインを飛び越え、ノアの真横に着地する。
 いきなりフロアを踏みつけ横へ着地したラプチャーに驚いたノアだが、彼女の様子など無視してラプチャーは彼女を左腕で抱きかかえる。というより、ホールドした。多少下腹部が苦しそうなのはいた仕方ない。
 マルマインが一斉に光り出し、舌打ちしたラプチャーは続け様に再び床を蹴って跳躍。近くのマルマインの上を通った瞬間、真下からの発光がより一層強烈になった。

「これは……ノア、眼を閉じろ!」
「えっ、なん――」

 意味が分からないままでいるノアの目の前でマルマイン達の光は臨界点に達し、強烈な光が放たれ辺り一面を白い世界へと変える。マルマインの放った技は『だいばくはつ』ではない。
 視界を奪う技、『フラッシュ』。大半のでんきタイプが使う分には体が光った時点である程度判断可能だが、マルマインでは話が別だ。『だいばくはつ』も『フラッシュ』も体全体が光るため、初動でどちらが発動するか判断できない。さらに、マルマインは爆発の代名詞でもある。
 どうやら逃げた男、殺人までは犯す気はなかったようだ。『フラッシュ』をしただけで襲ってこないところを見ると、人間を相手に攻撃することに慣れていないと見て良い。

「策士か、腰抜けか……どちらにしろ好都合だ。ノア、大丈夫か」
「うぅ、あっ」
「ッチ、だから眼閉じろって言ったのに。大量の光を一気に食らって意識が混濁してるらしいが、問題ないだろう。多分。サディストが喜びそうな表情はしてやがるが」
「ラプ……チャ……追い……」
「あーってるよ、お前は休め。夜風で気分すっきりさせてやるよ」

 抱えていたノアを背負ったラプチャーは再び『フラッシュ』の準備に入ったマルマインを無視し、男が逃げて行った窓目掛けて駆け出す。ロープは揺れていない。どうやら、既に降り切ったようだ。
 徒歩で逃げられたら多少厄介だ――しかしラプチャーの焦りを裏切り、外から聞こえてきたのはバイクのエンジンが掛かる音。逃亡手段としてバイクを用意していたのだろう。

「おいおい、風読み相手にそんな音が鳴るもんで逃げ切れると思ってんのかよ。走って逃げればまだ希望があったかもな。シンボラー!」

 助走をつけたまま何の躊躇いもなく、ラプチャーは窓から外へと飛び出す。待機させていたシンボラーが現れ、その背中にノアを放り投げた。
 落下を始めたラプチャーの真横にシンボラーが迫り、ビル風に煽られながらもその足をキャッチ。風を感じながらシンボラーの進む方向をコントロールし、荒れるビル群の中を滑らかに進む。
 バイクで逃げられただけでも幸運だが、さらに幸運なことに相手は風上へと逃げた。風の中に紛れるバイクの音、数多の乗り物が行き交う中でも逃がしはしない。

「自慢じゃねーが、一度聞いた音はしぶとく覚えるぜ。いくら雑踏の中に逃げ込もうが、お前はもう風と同じで読まれてるんだよ。逃げるならアジトだろうな、このまま追い掛けるとするか」


月光 ( 2013/05/12(日) 17:30 )