闇夜蠢く悪夢使い
PART / U
 夜になってもヒウンシティは眠らない。路上には自作した曲を響かせるシンガーや、小気味良いテンポでステップを踏むダンサーが人を集める。
 こう言った自分を表現する若者がヒウンシティには多い。ちょっと裏路地に入れば逆に自分を隠して闇商売を行うようなものも少なくないため、観光客向けのパンフレットにも注意書きがたくさんあるのだが。
 そんな人達を見下ろすように、ラプチャーはビルの屋上に立っていた。ビル風が強いことなど気にもせず、フェンスを越えて時を待つ。
 シリュウの情報によると悪夢から目覚めた者たちは共通して午前2時頃に目を覚まし、日曜、月曜、水曜、金曜のパターンで発生しているらしい。
 今日は水曜日。時間にして現在は午前1時55分。もし悪夢使いがパターン通り現れるなら、あと5分後に悪夢を起こす何かをする。尤も、ラプチャーにはそれが何かは分からないが。

「今日の風もいつも通りだ。これなら、ビル風を利用してどこまでも行けそうだ」
「行くのは結構だけど、私を置いていかれたら困るわ。個人的に言えば、貴方には私の指示に従って欲しいんだけど」
「協力はする。だが、指示には従わない。合わせてはやるがな」
「はぁ、突き落とすよ。個人的に言えば、私のポケモンバトルタクティクスの方が貴方より上だし。嫌と言うなら、脅してでも従ってもらう」
「合わせるって言ってるだろ。それに、心配なのはこっちだ。リディアよりガキっぽい奴が俺について来れるのかよ」

 後方から感じる粘り気のある視線を受けながら、ラプチャーは呆れて溜息をつく。容赦のない言葉遣いの少女は黙って夜空を見上げているように見えても、意識の視線はラプチャーを捉えていた。
 シリュウの依頼を受けるにあたり、彼がともに行動するよう指定してきた少女。彼曰く、悪夢使いを見つけるのが彼女の役割。そして追跡または確保するのがラプチャーの役割らしい。
 依頼人は巨大組織の代表。疑う余地がないほど真面目な話なのだろうが、彼女が役に立つかどうか、ラプチャーとしては正直少し疑問だ。彼の主義は現実主義、自らの目で見たものだけ信じられる。
 含みのある視線に気づいたのか、ようやく本当の目線をラプチャーに向ける。見た目的には14.5歳だろうが、一般的な少女が持つあどけなさの様なものはまるで感じない。

「言いたいことはわかるけど、私も楽な人生歩んできたわけじゃないわ。個人的に言えば、その辺のジムリーダーより強い自身もある。全ての面で、貴方より役に立つ自信もある」
「ふーん、そう。それよりもうすぐ午前2時だが、どうやって見つけるんだ。超能力でも使うか」
「その通りよ。三賢人のもと、私は多くの実験に利用されてきた。そのうちの1つ、エスパーポケモンとの感覚共振。これがなかなか便利なの。個人的に言えば、ウザイ連中だったけど役に立つスキルをくれたのは感謝してるわ」
「三賢人? なんだそりゃ、七賢人のお友達か? ま、なんでも良いけどさ。時間的にそろそろだ。準備してくれよ。ノア」

 ノアと呼ばれた少女は腕時計で時間を確認し、午前2時寸前なのを確認してから立ち上がる。右の手にモンスターボールが投げられ、一匹のポケモンが闇夜に姿を現した。さいみんポケモン、スリーパー。
 両手を前に突き出し、人差し指と親指同士をくっつけて三角形を作る。その中心にスリーパーを捉え、ノアが瞳を閉じた。静寂の世界。スリーパーの振り子が一定のリズムで、怪しく揺れる。

「眠くなるな。スリーパー見てると」
「見なければいいじゃない」
「その通りだな」

 スリーパーの振り子は強烈な催眠装置。起きたばかりの人であってもその振り子を見れば、3秒後には眠くなるという代物だ。しかも距離が近ければ近いほど効果が強い。

「……見つけた、ここから北北東に3.75km。個人的に言えば、悪夢の内容は『12年前に告白したけど目の前で食べてもらったチョコに使った砂糖が実は砕いたラムネで食べた瞬間に目の前で微妙な顔をされ――」
「何ぶつくさ言ってんだよ。おら、乗れ」
「気にならないの、悪夢の内容。個人的に言えば、せっかくなんだから少し楽しみたいんだけど」
「他人の夢なんて興味ねーよ。なに、知ったら一攫千金でもあんの。趣味わりーぞ」
「成功すれば、私がシリュ……社長から金一封。個人的に言えば、役職一つ上げてくれる方がありがたいけど。ほらほら、ぼさっとしない。早く出発出発」
「お前を待ってたんだよ。ちったぁキビキビ動け」

 出していたシンボラーの背中に乗るようノアに促す。スリーパーをボールに戻した彼女が乗って、シンボラーは屋上の手摺から空中へダイヴ。それに続き、ラプチャーも空へと体を投げ出す。
 飛び降り自殺――そんな言葉がノアの脳裏に過ったが、風に煽られ飛んでいくシンボラーの進路に重なるようにラプチャーが進み、空中で交差する瞬間に足をキャッチ。

「まるでマンキーね」
「んだと、コラ」

 鋭い眼光がノアを射抜く。マンキーに加えてヤンキーなのかもしれない。ノアのラプチャーに対する今の評価はヤンキーなマンキーである。

「別に何も言ってない。個人的に言えば、その身体能力をもっと社会貢献的な意味で建設的に使えば良いのにとは思う」
「建設的ねえ、善処しようか。さて、3分ぐらいで着くぜ。確保の手順を説明する。俺が突っ込み、怪しい奴をボコって確保。どうだ、簡単だろう」
「死ね。氏ねじゃなくて死ね。証拠もなしに暴行加えれば捕まるのはこっちでしょ。必要なのは犯行現場の証拠、可能なら犯人のアジト。てか、本当に3分で着くわけ。個人的に言えば、シンボラーで2人も乗せれば7分は掛かるわよ普通」
「……たり。じゃあ着いてから考えるか。加速するぜ、舌噛むなよ」

 荒れ狂うビル風の中、シンボラーの足を引っ張ることでラプチャーはその進路を誘導する。普通こんな突風の中を飛べば全身を強く冷たい風で打ちつけられるものだが、ノアの髪の毛がわずかに揺れる程度しか抵抗がない。
 普通なら自殺行為だ。ビルに叩きつけられ、地面に落ちてなんとも言えない物体になり下がる。一瞬の判断が命取り。だがどうだ、ラプチャーの表情に不安や焦りは皆無。楽しんでいるようにすら見える。
 これが風読み。イッシュを騒がせる盗賊。正直なところ、ノアはラプチャーと組まされたことに不満を持っていた。ラプチャーの方は言動が荒かったりするが、心底嫌がっているようには見えない。本当に嫌な奴と組むなら、もっとつまらなそうな顔をするはずだ。
 自分だけではダメなのか。自分の何がダメなのか。シリュウの考えは分かるが、煮え切らない部分があったのは事実。自分だけでも……だが、その考えは稚拙だった。認めざるを得ない。
 こんな巧みな飛行技術、少なくとも今の自分には絶対にできない。いや、将来修行を積んでもできるかどうか。多くの実験を経験したが、科学的な何かを凌駕するなにか。そう、天性のものを感じる。

「前言を撤回する」
「あぁ、なんの」
「全てにおいて、貴方より役に立つと言ったことを。貴方は私にないものを持っている。個人的に言えば、私は何かを極めた人間やポケモンが好き。そういう人、尊敬できるから」
「あーそう、認められて嬉しいよ。10年後も好きでいてくれると助かるな。幼女には興味はない。そろそろだ、場所教えろ」
「死ね。氏ねじゃなくて死ね。場所はあの避雷針が2つあるビルよ。屋上に降りてから、気付かれずに潜入したい。お願いね、ラプチャー」

 初めて名前で呼ばれた。いつも通りただ風に乗って移動していただけだが、どうやらノアのポリシーや考えに思わせる何かがあったのだろう。予想外だが好都合。
 過去にも何度かタッグを組んで盗賊の仕事をしたり、全然関係ない仕事もしたことはあるから分かる。信頼関係とは、最低限は必要不可欠。信頼関係が皆無なら、失敗率は絶望的に上昇する。
 だからこれは良い傾向だ。目的のビルにラプチャーが着地し、ノアもシンボラーから飛び降りて着地。扉の前に近づき、腰のボールから彼女の新しい仲間が姿を現す。
 へんしんポケモンのメタモン。ノアは扉の鍵穴を指差し、メタモンは慣れた手付きで鍵のなかに変幻自在の体を差し込む。たった数秒で鍵は開き、ビルへの潜入は成功した。

「中々の早業だな。慣れた感じだったし、普段からこんなことしてるのか」
「私の主な任務は調査対象に近づいて、証拠を集めること。その為には色々とね、必要なの。個人的に言えば、自分を偽るのは好きではないの。才能はあるって言われたけど」
「ふーん。ちなみに、普段からそんなぶっきらぼうな態度じゃターゲットに近づくのも大変だろ。どういう猫被ってんだ。俺も必要な時は敬語使うしな」
「貴方って、随分と懐疑主義というか容赦なくものを言うね。教える必要はないでしょ。恥ずかしいし」
「ほほぉ、恥ずかしいような人格なのか。あれか、カントーとかで流行ってるメイド風言うか、萌え? そんな感じな――」

 鈍い音が響く。ノアが殴ったコンクリート部分がわずかに陥没し、2発目を構えたノアの目がラプチャーを捉える。

「まだ言うようなら、その顔面粘土のように再構築してあげるけど」
「今日の晩飯何にしようかな。それと、犯人にバレるから静かにした方が良いぞ」

 血管が数本切れたかもしれない。ノアは本気でそう思ったが、どうやら気のせいだったようだ。吐き気や立ち眩みのような症状は起きていないし、ラプチャーを殴りたい気持ちも何とか抑えられている。
 尤も、この協力体制が終わった後の彼の身の安全は保障されていないのだが。目の前でコンクリートが粉砕されたのを目撃しても動揺しないところを見るに、ラプチャーの神経も随分と図太い。

「そう恥ずかしがるなよ。俺だってお前、嫌だけど女装して潜入したことだってあるんだぞ」
「……マジで。え、ちなみにお手洗いはどっちに入ったのその時。もしかして最初から最後まで我慢してたとか」
「もちろん女子トイレに入ったぞ。ちなみに、全くばれなかった。警備もザルだったし」

 ノアの体が若干ラプチャーから離れる。割と本気で退いているが、ラプチャーの方は全然気にしていない。潜入ともなればそれぐらいするし、しないで捕まるのはごめんだからだ。
 階段を忍び足で進む2人は4階ほど降りた辺りで明かりが灯っているフロアを見つけ、ゆっくりと顔を出して辺りを覗き見る。
 このビルは一般的なオフィスビルだ。もしもマンションやアパートのような建物だったら探すのが多少面倒臭くなっていただろうが、そういう意味でも2人には好都合。
 さらにオフィスにいたのは1人、正確には机に突っ伏している女性1人と傍に立つ黒マスクの男。怪し過ぎるというかそのままである。犯人確定。

「さて、とりあえず制圧って形になるか。適当にボコって捕まえれば良いだろ。拷問で口割らせるのは得意だ」
「そうしたいけど、距離がありすぎる。下手に近づけば逃げられるかもしれないし、罠もあるかもしれない。でも、他に通路はないし。どうしようかしらね」
「要するに、目立たず相手の動きを封じ込めれば良いわけだ。こういうときは……バチュル、お前の出番だ」

 ボールから現れたバチュルはラプチャーの頭の上に乗るとだらけ、眠りそうになったが頭を軽く叩かれて目を覚ます。

「あら、可愛いポケモンも持ってるんだ」
「小さい体ってのは色々実用性があってな、狭い場所ならこいつは俺の仲間でも最高の働きをする。よし、それじゃあ行動開始だ」


月光 ( 2013/05/05(日) 01:01 )