PART / T
溢れんばかりの人が行き交うここ、ヒウンシティ。次の標的に定めたビルを遠目から見ながら、ラプチャーは露天の一角に陣取っていた。
狙うは不当に高値で売り、安値で買い叩く古美術商の店。聞くところによると鑑定や売買に来た人間に対し、バックに闇世界の人間がいると脅して無理やり商談を進めていると言う。
一般の人や正当な理由があって所持している人から物を盗ること、それはラプチャーのポリシーではない。彼が目指すはあくまで義賊のような盗賊。それは昔から変わらないこと。
双眼鏡やサーモゴーグルなど目立つものは使えない。今回はあくまで下見程度、外見から人の出入りなどを確認するだけ。だからこそこれほど至近距離のオープンカフェで呑気にアイスを食べているのだ。
前回苦労して手に入れた『はっきんだま』だが、エレネス曰く『ただの大きな白金球』。それなりに高価な代物ではあるがそれまでだ。大した収穫にも収入にもならない。
「カティアやエレネスなんかに払う金も半端じゃないからな、ここらで一気に溜めておきたいとこっと、飲み物が切れたか。おい、飲み物頼む」
「はい! ご注文はいかが致しましょう。私個人のお勧めとしてはヒウンアイスと混ぜるメロンソーダに甘さを控えた当店特製クッキ……あ、あれ? ああああ!」
「うお!? な、なんだよ急に大声出しやがって。驚くじゃねえか!」
真横で唐突に大声を出され、持っていたアイスを思わず落としそうになったが何とかキャッチ。眼光鋭く横を睨むと、可愛らしいピンクの制服を着た少女がラプチャーを見下ろしていた。
唖然とした表情。まるで森の中でいきなりリングマに出くわしたかのような、そんなインパクトすら受けた。しかし少し間を置いて、ラプチャーも少女の顔を凝視する。どこかで見た気がしないでもない。
「あー……あぁ、忘れた。とりあえずヒウンアイス入りメロンソーダと特製クッキー頼ん――」
「久しぶり! ねえねえ覚えてる? 私よ、私。こんなところで会えるなんて思わなかった。元気にしてた、ラプチふぐぅ!?」
少女の口から大声で名前が零れそうになったその瞬間、目にも止まらぬ速さでラプチャーが動いた。持っていたアイスクリームを少女の口に突っ込み、言動を制止。周りから変な眼で見られたが、名前と顔がばれるよりよほど良い。
動いたことで脳が活性化でもしたか、ラプチャーの方も少女のことを思い出す。数ヶ月前、オリアンの頼みで捕まえたコソ泥の少女。今目の前にいるのが彼女だ。まともにバイトをしてるところを見る限り、どうやら盗みからは足を洗ったようだ。。
口の中に突っ込まれたアイスを少女は最初こそ苦しそうにしていたがペロリと飲み込み、何事もなかったかのように口の端についていた残りを舐める。
「御馳走様です」
「おう、奢ってやったんだからメロンソーダに乗せるアイスの量は増やしておけよ。ええっと……あれ、名前なんだっけ」
「リディアよ、リディア・ホーエスト。前に教えなかったっけ?」
ラプチャーの記憶が確かなら聞いていない。数ヶ月も前の記憶なので些か怪しいが。
「それにしても意外ね、大泥棒ってこんな普通にオープンカフェに足を運んだりするもんなんだ。私はてっきり闇から闇を渡り歩く、光には縁のない存在だと思ってた」
「お前は盗賊に何を期待してるんだ。今時そんな奴はほとんどいねーよ。いたとしてもアレだ、アレ。パソコンカタカタしてるような奴らだよ、表に出ないのは。それはそうと、見たところ真面目に生きてるようじゃねーか」
「うん。お父さんとお母さんに真剣に相談して、学校ちゃんと卒業するなら考えてくれるって。貴方が私を助けてくれた。立場的にも、気持ち的にも。だから、本当に感謝してるの。ありがとう」
「おう、その感謝の気持ちをメロンソーダの量に等価交換してくれ。それに俺は警察が逮捕したくて仕方ない極悪人だ、あんまり関わらない方がいいんじゃないのか。飛び火してからじゃ遅いってもんだ」
「やだ。私はね、もっとラプチャーのこと知りたいんだもん。えへへ、恋に恋する乙女は貪欲なのだ! それじゃあ、メロンソーダとアイス大盛り持ってくるね。少々お待ちください」
笑いながら店の中へと戻っていくリディアを見送りつつ、周りから少し注目されてしまったかもしれないのでビルの監視を少し中断。周囲の意識が極力自分から外れるのを待つ。
店の中で楽しそうにアイスを巻いている彼女の姿を見て、ラプチャーは少しだが自嘲気味に笑った。ニュースでは悪名高い盗賊と言われている自分が感謝され、したつもりはなくても結果的に人助けをしたことになる。
しかし悪い気はしない。自分が不幸になったからと言って、他人も不幸になるべきなどと言う論理は彼の中には存在しないのだ。特に自分の人生と関係ない人間なら、なお幸せになるべきである。
結果としてリディアを警察に突き出したり必要以上に不幸にしなくなった結果、メロンソーダとアイスの量は増えた。それで十分。見返りだって別に求めていたわけではないのだから、自分に還元されればもうけもの。
「本当に守りたいものは守れなかったくせにな。クシャラ、今の俺はどうよ。生きてるように見えるか、死んでるように見えるか」
「失礼、周りの席が空いてないので正面に座らせてほしいのだが。問題ないか。それと、君が死んでいるようには見えないがね」」
「ご自由に。それと、ありがとさん。死んでたら今頃はゴーストタイプとお友達だよ」
正面に座ったであろう男のことなど気にもせず、ラプチャーは暇な若者を演じるためスマートフォンを取り出していじり出す。どうせビルの監視は一時中断しているのだ、目の前に誰が居たって変わるわけではない。
リディアとは別の店員が男の下へ注文を聞きに来るが、頼んだのはコーヒーだけ。それでも女性の店員は嫌な顔一つせず、笑顔で頭を下げてから離れていく。
「君が風読み『ラプチャー』、本名ラゼッタ・エアリード。今はせっせと次の標的の監視中、先ほどリディア・ホーエストに正体をばらされかけてアイスを口に突っ込んだ。行動と判断は早いようだな」
「……お前、誰だ」
露骨に目立つ事態を避けるため、スマートフォンをいじりながらも視線と殺気だけを正面の男に向ける。サングラスで目線は分からないが、視線が確実に自分を捉えているのを感じた。只者ではない。
警察関係者? 世界最高峰の探偵? ラプチャーと言う名前は割とオープンにしているものの、本名や行動は基本的にはシークレット。その点からしても目の前の男は一般人ではないはずだ。
最悪戦闘か逃亡かを考える必要がある。腰のモンスターボールに手が伸びた。ピリピリとした空気が2人を包むが、溌剌とした空気を読まぬ声が横から割り込む。出されたのはアイスが乗ったメロンソーダ。しかもでかい。
「はい! リディア特製のヒウンアイス搭載メロンソーダ! チョコとバニラのミックスにトッピングとしてイチゴにポッキー、ウエハースでとどめだ!」
「お、おう。凄いな、血糖値が少し気になるが」
「ふふーん、でしょ、でしょ。普通の人にはこんなサービスしないよ。あっ、お兄さんは注文受けられましたか」
「問題ない。さして長居する気もない。さて、ラプチャー。多く質問されるのは嫌いでな、先に確認を取る。悪くない提案だ。俺の依頼、受けるか受けないか。10秒で決めろ」
唐突過ぎる質問。横にリディアがいることも気にせず男は話を進め、舌打ちしたラプチャーは急いで考えをまとめにかかる。
どう考えても目の前の男は普通ではない。妙な雰囲気をようやく感じ取ったリディアが横にいるにも関わらず、提案してくるこの無神経さ。他人を巻き込んでも構わないと開き直るタイプか、巻き込まないだけの自信がある実力者か。
常識的に考えて受けないのが正しいだろうが、男の思わせぶりな態度も気になる。何が自身にとって悪くない提案なのか、その内容次第では受けるべき質問になる。
しかしいくらなんでも10秒は短い。そしてまた、何か感じる。サングラスの奥から、まるで検査、監視されているかのようなまとわりつく視線を。見られているのか、次にどう出るか。
不自然に見えない程度に、自然に時間を延ばす。こういうときは深読みし過ぎずに、自然のままの回答をした方がすんなりいくのがラプチャーの経験則。熟考しての行動はどうしても不自然になる。
「俺に対してメリットがあるかにもよるな。正直、お前の依頼は疑わしい。お前の正体はどうでもいいが、俺の命が危険に晒されるならお断りする」
「正しい判断だ。要求を迫られても、自然な対応で時間を延ばそうとしている。それでこそ依頼する価値があるな。良いだろう。まずお前のメリットは……これだ」
男はテーブル横に置いていたカバンを掴み取り、ロックを外すと中から白金に輝く球体を1つ取り出した。その珠を見た直後、ラプチャーの目付きが変わる。間違えるはずがない。存在感が違う。
今目の前の男が取り出したのは、正真正銘の『はっきんだま』。偽物を見た後だからか、なんとなく感性の目が働くのかもしれない。もちろん精巧な贋作かもしれないが、どうしてもそうは思えない。不思議な、魅力のようなものを感じた。
「君が欲して止まない本物の『はっきんだま』だ。俺の依頼を受ければ、これをやろう。ついでに色々教えてもやる」
「受けるだけで良いのか。成功報酬なら分かるが」
「構わん。もとより、俺はこいつに何の興味も未練もない。ただお前の協力を仰ぐのに、都合良く手元にあっただけだ。どうする、悪い提案ではないだろう」
「……良いだろう、その提案を受ける。知り合いの鑑定士が確か今、ヒウンにいる。そいつを呼ぶ時間を――」
「必要ない。エレネス・リングエルの鑑定書だ。気になるなら本人に電話でもしろ」
ラプチャーがスマートフォンに手を伸ばすよりも早く、男はカバンから1枚の証明書を取り出してラプチャーに向ける。いつもエレネスがラプチャーに発行する、証明書と同じフォーマット。恐らくこれも本物だ。
エレネスがラプチャーのお墨付き鑑定士と知って依頼したのか、たまたま彼女だったのか。しかし目の前の男はもはや只者ではないと分かっているのだから、何をしてきても不思議に思わない。
「信じたようだな。まず依頼内容だが、最近イッシュ、特にヒウンで悪夢を訴える患者が増えていることは知っているか」
「あ、私知ってる! なんか私の知り合いもね、寝てるときに悪夢を見る回数が増えたって言ってた。彼女が病院行ったら、目の下に隈が酷い人がたくさんいたって」
「その悪夢、人為的に引き起こされているものだ。だが悪夢を訴える患者が増えた――だけでは、警察は動かない。大した証拠もないしな。そこでヒウンシティ議会は俺たちに調査を依頼した。そして大凡突き止めた。後は現行犯で捕まえるだけなのだが、追尾が得意な社員は今カントーで仕事中だ。そこで、お前の出番というわけだ」
「話が突拍子もないな。それ、本当にヒウンシティ議会からの依頼なのか。念のため確認するが、俺をからかってるわけじゃないよな」
呆れたように笑いつつ、溜息をつくその態度が少し癇に障りながらも、彼がサングラスを外した直後に再びラプチャーの目の色が変わる。それを確認しただけで、彼は再びサングラスをつけた。
「はは、まさかこんな大物が俺に依頼とはな。なるほど、『はっきんだま』の信憑性も依頼の信憑性も最高レベルだ」
「え? え? ラプチャー、知り合いなの」
「お前な、新聞とか街角のニュースぐらいみたらどうだ。こいつはここ数年でメディア業界トップに躍り出たグレンメディアの代表、シリュウ・グレンディア。5年ほど前、カントー地方の『チャンピオンズリーグ騒動』を起こしたロケット団の最高幹部だ」
「……あぁ! そういえば、ニュースで見たことあるかも。模範囚として異例の早さで出所して、立ち上げた事業で一気にメディア界を席巻したカリスマの天才だって。ところで、席巻ってどういう意味?」
「片っ端から奪い取るって意味さ。俺の会社の細かい内容は言えないが、メディアだけではなく裏でこういう仕事もしててな。ふふ、ロケット団にいたときの情報網なども使っている。力で押すのもいいが、これはこれで楽なんだ」
「こんなところで表社会の大物とコネクションができるとは、嬉しかったり怖かったりだな。依頼、やる気が出てきたぜ。悪夢使いだか何だか知らないが、とっ捕まえてやるよ」