番外編――エレネスの時渡り――
裏話
 目の前が白くなったかと思った次の瞬間、ラプチャーはきょとんとした表情でその場に立っていた。先ほどまで太陽の光すら遮るほど深い森にいたはずなのだが、今彼が立っているのは平原。それも見渡す限り真っ平の。地平線までよく見える。
 覚えているのはエレネスを助けた場面まで。どうやら時渡りに巻き込まれたようだが、こうして無事なところを見るにどうやら保険が効いたようだ。右手に持っているGSボールを見ながら、ラプチャーは胸をなで下ろす。
 咄嗟にエレネスから盗んだものだが、考えてみれば危険な行為に他ならない。もしも巻き込まれたのが自分ではなく彼女だったら、時の狭間でどうなっていたことか。噂でしか聞いたことはないが、時の狭間は普通の人間が飛び込めばあっという間に自我を失い狂うほどの特殊な空間だと言われている。
 その空間でまともでいられるのは、伝説や幻と言われるような特殊な力を持つ一部の存在。またはホウオウから取れる『にじいろのはね』とルギアから取れる『ぎんいろのはね』、この2つ自身かそれを加工した道具を持っている存在のみ。
 今回はエレネスが持っていたGSボールがそれだ。これは2種類の羽を合わせることで作られる特殊なもので、セレビィを呼び出し捉えることが出来ると言われている代物。本来なら作ることすら犯罪に当たるレベルだろう。

「参ったな、セレビィが連れてきたってことは帰る手段も存在はするんだろうけど……ここどこだ、今何年だ。人がいれば良いがいないとなるとなぁ、セレビィ探すことさえ面倒だ」

 別の時代にいきなり飛ばされたが、それほど不安はない。いかなる時代でも死なない自信はある。だが、それと帰れる保証は別だ。人がいれば大抵伝承やら何やらが残り、セレビィを見つけることも不可能ではない。GSボールだって今は手元にある。
 あるとすれば焦燥だ。時渡りすれば好きな時代に戻れることぐらい知っているが、こうしているうちにもエレネスが危険に晒されている可能性がある。一度依頼を受けた以上、よほどのことがなければ失敗は許されない。それは信念の領域。

「だけど時間が掛かるかもなぁ。ここジョウトか? てか、ジョウトって呼称が存在する時代か? 見渡す限りなーんもない。竪穴式住居レベルじゃねーの。なんか水田っぽいのは遠くに見えるから人がいるとは思うんだが……で、そこに隠れてるガキ。何の用だ」
「ひゃう!?」

 周りを観察する余裕が生まれたラプチャーが真っ先に気づいたのは、いつからいたのかは分からないが、岩陰に隠れていた少女。もしかしたら少女の方が先にいて、ラプチャーが後からいきなり現れたのかもしれない。
 悲鳴を上げた少女はバレているにも関わらず再び岩陰に隠れ、呆れ気味に溜息をついてラプチャーは背を向けた。今は少女なんかに構っている暇はない。子どもがいるということは割と近くに人が住んでいる村やら何かがあるということ。そこに向かう。
 よくよく耳を澄ませば遠くの方から僅かに人の声が聞こえる。だが何か不穏な、嫌な予感を連想させるような怒号にも聞こえた。こういう時の感は大体悪い方向に当たってしまうのは、もはや経験則。

「逃げた方が良いかもしれないな。部外者リンチはごめんだし。そこのガキ、俺を見たことは誰にも言うなよ」
「……助けて」
「はいはい俺は何もしませんよ。だからね、お前も何もするなよ。俺は忙しいの、ガキは帰って『ポケモンライダー』でも見てろ。あぁ、女の子なら『スマッシュ☆ポケキュア』だっけ? とにかくアニメでも見てな」
「アニメ、なにそれ? それどころじゃないの。お兄さん、村の人じゃないよね? 助けて、私殺されちゃうの!」

 殺されるなどと穏やかではない表現をした少女は岩陰から現れると恐る恐るラプチャーに近づき、今にも泣き出しそうな表情で彼を見上げる。殺し屋にでも狙われているのだろうか、だとしたら早く逃げねば。
 少女は見たところまだ4歳か5歳と言ったところだろう。そんな少女が『殺される』などというのだ、どう考えても普通じゃない。心音、呼吸音を聴く限り嘘でもなさそうだ。関わる方がどうかしている。放っておけば良いはずなのだが、どうしても放っておける気がしない。
 ひょっとして遠くから聞こえてくる多くの人々の声は彼女を探している声だろうか。だとしたら、この少女が逃げて来た上で殺されると言ったのも納得できる。良く見れば、足は泥だらけで怪我だらけ。まともに逃げる準備もできなかった証拠。
 考える。このままこの少女を放って逃げるのが最善なのか、それとも助けた方が良いのか。困った人がいたら助けるのが当然だ――というほど、ラプチャーの思考回路は直線的ではない。馬鹿正直に助けることは、必ずしも良い結果を生むわけではないことを知っている。
 天秤にかける必要があるのだ。損害と利益、危険と安全、実害と無害。多くの要素を組み合わせた結果、自分に利益があるのならやるべきだ。今まで彼が行って来た行為も、大体これに則る。気まぐれもないわけではないが。
 気まぐれというわけではないがこの少女、どことなくエレネスに似ているように見える。緑色の髪、青色の瞳。眼帯はしてないが小型エレネスと言えないもない。いや、ラプチャーの知っているエレネスも随分と小型だけれども。

「なるほど、殺されてしまうと。で、お前を助けることで俺に何のメリットがある。俺は今セレビィと言うポケモンを探している。幻のポケモンだ。お前に俺の実益に適う何かがあ――」
「私今からセレビィに会いに行くの! 助けてもらおうと思って……お兄ちゃんも、セレビィに会いたいの?」
「展開はえーよ! いやいーんだけどさ、タイムトラベルしたら普通は何かしらのイベントとかあんだろ!? 少なくとも俺が見た『超時空戦隊 ディアルガン』ってアニメは毎回毎回何かあったよ! って、言っても意味ねーか。おい、セレビィに会える場所知ってんのか」

 いきなり怒鳴りだしたラプチャーに驚いたのか少女はついに涙腺の防波堤が決壊して涙が流れたが、攻撃の意思がないのを悟ったらしく鼻水を啜りながらコクコクと頷いた。

「う、うん。知ってる……ごべんなざい」
「いや、別に謝らなくて良いよ。怒ってないし。アニメ知らないとか、田舎のガキ? いや、大分前の時代? おい、今は何年だ。アルセウス歴はあるか」

 アルセウス歴は一般的にはほとんど使われてない暦の1つだが、一応彼のいる時代の人間は全員知っている。ただ既に何万年とあるため表現としてはふさわしくない。そのため、ほとんど使われない。
 必死に思い出そうとしている少女は何か思いついたらしく、無表情で見下ろすラプチャーに妙な圧力を感じながらも震えた声を絞り出す。

「……知らない。けど、ちょっと前にアルセウス歴15.500年の祭やってたと思う」
「うっわ、なに、3.500年近く過去じゃんここ。ありえねーわ、そりゃアニメもねーわ。分かった、早く帰りたいからお前を助ける。俺もセレビィに助けてもらいたいからな。俺はラプチャー。本名は……いいか、どうせ過去だし。ラゼッタ、性はない。今はエアリードってつけてるけど本当はない。何気に凄いこと教えてるんだぞ、俺」
「ふーん、お母様が言ってたけど庶民は性がないのが普通なんだって。でも変だよねそんなの。自由にすれば良いのに」
「お前のいる村も俺のいたところみたいに閉鎖的なんだろうな。それとも、この時代じゃそれが普通か? いやー神官の爺と婆共は本当にうざかって今はそんなことどうでも良いや。お前の名前は」
「お、教えた瞬間襲ったりしない?」
「しねーよ俺に童女趣味なんてねーって。そんな趣味ある変態さんはな、平原でタイマンで幼女と会った瞬間から襲ってんだよ。ほれ、さっさとしろ」
「エ、エレネス。エレネス・ダイヤード。お、襲わないでよ」

 言葉が詰まる。半分近く冗談で思っていたことが、まさか的中してしまうとは思わなかった。常識に考えれば、彼が知っているエレネスと目の前にいるエレネスは別人。時代が違うのだ、当たり前の結論。
 しかし時代がどうこうと言う理屈は今のラプチャーには通用しない。なぜなら彼こそこの時代に本来いない人間なのだ。さらに目の前にいるエレネスもまた、偶然にもセレビィに関わりを持とうとしている。この時点で時間は意味をなさない。
 何よりラプチャーの知っている未来のエレネスは、彼の目の前で『この世界、時代に連れてこられた』と言うニュアンスの言葉を発していた。つまりは元々別世界、別時代の人間。
 そうなるとまた別の疑問と言うか、不安が生まれる。この少女、エレネス・ダイヤードをセレビィの元まで連れて行ってしまって大丈夫なのだろうか。いずれエレネスが時を超え、ラプチャーのいた時代に来ることは分かる。だが、それは今だろうか。それともさらに未来?
 歴史を変えることは重大な歪みを引き起こす。世界に与える影響がでかい存在ならそれだけ、時空は大きく捻じれ、取り返しがつかない。しかし目の前の少女はセレビィの居場所を知っている。ラプチャーとしても、見捨てるわけにもいかない。

「一旦話を整理するか。お前はよくわからんが危険な連中から逃げている。そして、セレビィに会いに行こうとしている。そして俺に出会った。俺もセレビィに会いたいから、お前を助けることにする。状況は分かったか」
「うん……ねえ、お兄ちゃんはなんでセレビィに会いたいの?」
「元の時代に戻る。この時代を冒険しても良いんだが、如何せん相当な旧文明のようだから、さっさと帰りたいってのが本音だ。さて行くぞ。セレビィはどっちにいるんだ」
「ええっとね、とにかくひたすら西に向かうと祠があるからそれを目指せってお母様が言ってた。でも、西ってどっちかわからないの」

 既に太陽が沈みかけているらしく、地平線はほんのりと赤みを帯びていた。そんな太陽とは反対方向から少女は走ってきたので、結果的にしっかりと西へ向かっていたことになる。
 幸運にもこれから向かう方角には暴徒の声は聞こえない。しかし森も見えない。地平線に何やら祠らしきものがぽつんと1つ立っているのは見えるが、まさかあれが目的地だろうか。御神木すら見当たらないのは流石に可笑しいとは思うが。
 だがセレビィは現れた時代の植物の生長を促進させ、森を作ると言われる。今はまだ何もない平地でも、ひょっとしたら数年後には立派な森になっているのかもしれない。

「ひょっとしなくても、あの祠が目的地だろうな。なんとなく来る前に見た祠と似てるようにも見えるし。遠すぎてよく見えないけど。おい、行くぞエレネス。早足でな」
「は、はい! でもちょっと待ってくださあああっとっとっといたい!」

 泥濘に嵌ったらしくエレネスはバランスを取るも、抵抗むなしく正面から地面へと激突。後ろで騒がしい少女に少し呆れながらもラプチャーが振り返ったその瞬間、稲穂を分けて遅い来る2つの足音が耳へと入る。
 祠に意識が向き過ぎて、近づいていたポケモンの気配に気づけていなかった。草の陰から飛び出した影は倒れているエレネスへと飛び掛かり、鋭い爪が茜色に光る。かみつきポケモン、グラエナ。そしてその進化前のポケモン、ポチエナ。

「きゃああ!?」
「クソッたれが何こけてんだよ!」

 ポケモンを出している暇はない。地面を蹴ったラプチャーはグラエナ達よりも一足先にエレネスの元へと辿り着き、起き上がりかけていた彼女の胴に腕を回して思い切りジャンプ。下腹部を圧迫されて苦しそうな声を出すが、気にしている余裕はない。
 離れた場所の地面に着地したのと同時に、右腕に焼け付くような痛みが走る。何度か味わったことがあるが、いつまでも慣れることがない裂傷の痛み。どうやらグラエナの爪が食い込んだらしく、鋭い切り傷が右腕にできていた。切断面が綺麗なのが救いかもしれない。ガーゼと包帯で何とかなりそうだ。
 腕に力を入れ、傷口付近の血を体外へと放出。放っておけば化膿する恐れがある。だがその間も左腕は動作を続け、腰についていたモンスターボールをグラエナとポチエナ目掛けて放り投げた。現れたドサイドンは巨体を盾にグラエナ達の前に立ち、鋭い視線で威嚇。
 一瞬怯んだグラエナだが再び駆け出すとドサイドン目掛け鋭い牙を突き立てようとするも、ドサイドンの何気ない横薙ぎの一撃であっさりと轟沈。それを見たポチエナは踵を返すと一目散に逃げ出し、その場から消えた。鍛え方が違うのだ、その辺のポケモンに負けるわけがない。

「お、お兄ちゃん……血、血が出て……」
「大丈夫だって、応急処置でしばらくは持つ。一応後で医者に行くけどな」

 そういうとラプチャーはポーチからチューブ状の消毒薬とガーゼ、包帯を取り出し、慣れた手つきで処置を施していく。苦痛に歯を噛みしめながら消毒薬を塗り、それが終わるとガーゼを被せてラストに包帯。血は完全には止まっていないが、十分マシになった。

「な、なんで? なんでそんな傷ついてまで助けてくれたの? 迷わなかったの? 私を助けること、迷わなかったの?」
「迷わなかったな、目の前でガキが死ぬのは気分が良くない。それに、俺は俺がやりたいようにやっただけだ。だから迷ったときは、お前もやりたいようにやれよ。大抵のことなんて迷ってても大したもんじゃねーし。死なない限りはな」
「……うん、分かった」
「よし、それでいい。さてと、地上は危ないから空から行く。目立つかもしれないが、待ち伏せされるよりよほど安全だ。また誰かがこけるとも限らん」
「悪かったわね、こけちゃう誰かさんで」

 唇を尖らせて不貞腐れるエレネスを余所に、ラプチャーはドサイドンを戻してからシンボラーをボールから出す。見たこともない巨大な鳥ポケモンにエレネスは後退るが、その小柄な体を持ち上げたらラプチャーが持ち上げて無理やり背中に乗せた。
 得体のしれない感触に震えるエレネスを無視してラプチャーはシンボラーを飛び立たせ、自分はその両足に捕まると右腕に走る痛みを抑えて飛行を開始。空高く舞い上がってから後ろを見ると、遠方には何百と言う人間が鍬やら鉈を持って少しずつ押し寄せてきているのが見える。
 向こうからもエレネスたちが見えたのか、指差して弓などを携え迫り来る。とはいえ遥か遠方だ。ここに来るまで軽く見積もっても数十分。その間に祠を調べれは十分だろう。

「おっかないってレベルじゃねーぜ、あれ。お前何したんだよ。よほどのことがなければガキ相手にあそこまで殺気立たねえって。革命でも起きたみたいだ」
「起きたの、その……革命? 村の偉い人が次々殺されちゃって、お父様がその人たちと仲良くって。私の家も壊れちゃったの」
「そうか。まあ、ご愁傷様としか言えないな。色々失っただろうが、お前は生きている。取り戻すにしろ諦めるにしろ、生きてこそのもんだ。大事にしろよ、その命。いずれ俺も世話になるからな」
「……? どういうこと?」
「気にすんな。とおーいとおい、未来の話さ。さて、祠についたぜ」

 着地すると同時にラプチャーはシンボラーをボールに戻し、座っていたポケモンが戻ったエレネスは落下するがそれをラプチャーが左腕でキャッチ。

「もうちょっとゆっくり降ろしてよぉ」
「この方が楽だったもんでな。さて、祠が光ってる。エレネス、何か特殊な道具とか持ってないか」
「持ってない。とにかくセレビィに会えってしか言われなかったの」
「となるとやっぱり俺のこいつか。急ぐわけでもないが、のんびりしてるわけにもいかないな。集団リンチで死ぬのはマジでごめんだ。現れてくれよ」
「それ……おうちにもあったボールと似てる」

 右手に乗せたGSボールを祠に向けると輝きは一段と増し、何もない祠の中心部から光の放射と共に小柄な体が力なく飛び出した。そう、間違えるはずがない。セレビィ。
 相当体力を消耗しているらしく浮いているのすら辛い様子で、ふらふらと飛行するがすぐに高度が下がる。下にいたエレネスは傷つき落下してきたセレビィをキャッチするとその傷の深さに驚き、どうすれば良いのかわからず泣きそうな表情でラプチャーを見上げた。

「セ、セレビィ怪我してるよ! ど、どうしよう!?」
「本格的な治療はポケセン行ってからだろうが、それまでの繋ぎぐらいなら問題ない。て言うか、セレビィには悪いが働いてもらわにゃ俺たちが危ない。怒るなよ」

 ポーチからスプレー型の『きずぐすり』を取り出し、傷ついたセレビィの全体に吹きかける。少し染みるのか痛そうだったが、その表情から徐々に苦痛が取り払われ、表情が穏やかになった。
 同時にGSボールの開閉スイッチをセレビィに押し付ける。弱っていることもあってか、セレビィもあっけなくボールの中へと吸い込まれた。心配そうにボールの中を覗き込むエレネスだが、セレビィの表情に苦痛は見られない。
 セレビィもそうだが、どちらかと言うとラプチャーが使った道具に関心があるようだった。自動で開閉するボール。吹きかけるだけで傷を癒すスプレー。文明の進歩を知らない時代からすれば魔術や奇跡の類だろう。

「さて、俺としては一刻を争うからさっさと時渡りするぜ。いや、時渡るからあまり時間関係ないけどな。エレネス、お前もついて来い。いや、来ないといけない。俺と行き着く先は違うがな」
「どうして? お兄ちゃん、私を置いていくの!?」
「そういうわけじゃないんだが、色々あるんだよ色々。とにかくお前は、俺と同じ時代に来ちゃいけないんだ。後は自分で頑張れよ、俺の手助けはここまでだ」
「嫌だよ! 怖いよ! 一緒にいてよお兄ちゃん!」
「悪いがそればかりはどうにもならん。俺の都合だけじゃないぞ、お前の都合もあるんだ。それじゃあ行くぞ。セレビィ、ボールの中で疲れてるところ悪いが……『ときわたり』してくれ!」

 ラプチャーの声に反応したセレビィは閉じていた目を大きく見開き、同時に祠が光り出すと強烈な光がラプチャーとエレネスを包み込む。
 まるで無重力空間に投げ出されたような感覚。閉じていた目をラプチャーとエレネスは見開き、同時に目の前の光景に圧倒された。広がる限りの巨大な空間。果てはなく、まるで宇宙。そして四方に見えるあらゆる時代。
 ここが時の狭間。過去に起こったこと、そしてこれから起こる未来の事象。全てがここから分かる。通常ならば莫大すぎる情報と次元の圧力に人間などすぐ死んでしまうが、GSボールを持つものは別だ。
 『にじいろのはね』と『ぎんいろのはね』は、この空間で認められた存在以外が生存するための唯一のツール。ラプチャーとエレネスがこの空間で生存できるのはボールの中のセレビィの力の影響もあるが、それ以上にそれら羽根の力が大きい。
 なにしろセレビィは手負いだ。人間2人を無事に空間の中を渡らせる力など、もはや残っていない。空間そのものも不安定だ。ラプチャーは酔って来たのか思わず口を押え、出かけていたものを必死に抑えて逆流を阻止する。

「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あー俺は昔から遊覧船とか山岳バスとか、妙な浮遊感があるもんが苦手なんだよ。飛んでるんだか経ってるんだか分からん。お前は平気なのかよ」
「うん、特になんともないよ。さっきから右目がちょっと痛いけど、それ以外は特に。ねえ、お兄ちゃんってもしかして神様?」
「なんだよいきなり。この、俺が、神様に、見えるか? ただの盗賊だ。神様や正義の味方みたいに万人から崇め奉られるような存在じゃねーよ。仲間や好きな人1人救えねえ、しょーもない奴さ」
「あんまり、自分を悪く言うの良くないよ。それより、その……また、会えるよね? お兄ちゃんと。違う時代行かないとだめなの? また……助けてくれる?」
「大丈夫、必ず会えるし助けるさ。絶対的に……な。それよりも、右目はまだ平気か」
「えっ? う、うん。なんかチクチクするの。見える景色も、なんかぐにゃぐにゃになうわぁ!?」

 唐突にエレネスの浮力が失われ、咄嗟にラプチャーが手を伸ばすも指先が触れただけに終わる。縋る表情で必死にラプチャーに手を伸ばすエレネスの姿は1つの時間の中に消え、目の前からあっという間に消えてしまった。
 ボールの中を見るとセレビィの顔色が芳しくない。恐らく、時渡りをする力が弱まっているのだ。エレネスのことは気にしていない。落ちたあの時代こそ、彼女が行くべき時代だったのだ。運命は残酷なほど、ある程度決まっている。そうであると信じたい。
 セレビィの力が弱まると同時にラプチャーは浮力が弱まっているのを感じ、必死に自分の戻る時代を探す。これだけの情報量、簡単に見つける方が無茶だ。そもそも見つかる保証もない。

「参った、セレビィに任せっきりで大丈夫だと高を括ったのがまずかった。なぁセレビィ、どれが俺の帰るべき時代だ!? 教えてくれ! あの時代にエレネスだけが置き去りなら、やばいんだ。何とか戻ってくれ!」

 必死の呼び掛けにセレビィの腕が僅かに動くと、ラプチャーから見て右側の時代を1つ指差す。円盤型のディスプレイのようなところ映っているのは、ロードに首を掴まれているエレネスの姿。どうやら過去のエレネスが落ちた時代はただし正しかったようで、少しほっとした。
 あの時代だ。あの時代こそ、ラプチャーが帰るべき場所。本当はもうちょっと過去に戻りたいが、そんな余裕はもはやない。一刻も早く、助ける必要がある。

「今行くぞ、待ってろよエレネス」

 時代の映る円盤に飛び込むと同時に光が吹き出し、まるで絵の世界に直接飛び込んだかのような妙な感覚がラプチャーを襲った。
 風が流れる。音が聞こえる。懐かしい、時代の香り。

「さあ立て! 仲間は死を懺悔しつつ、お前は今から我らロケット団の栄えある実験素体にな――」

 どうやらラプチャーは死んだと思われているらしい。いや、それよりも、どうやらエレネスの体を弄繰り回した挙句に人身売買にかけるつもりのようだ。だがそれ以上に気になったのは、エレネスの首にできた痣。
 依頼を受けている以上、守る義務がある。だがそれ以上に、つい先ほど誓ったばかりだ。必ず会える。そして、助けてみせると。もう沢山だ、約束した相手が目の前から消えるのは。ラプチャーの体が時間と空間へ完全に同調し、元の時代へと帰って来る。
 兎にも角にもムカついた。勝手に死んだことにされたこともそうだが、ロードの優越感に浸った表情も何もかも。空中に現れたラプチャーは喋り掛けのロードの肩に手を置き、思い切り右手を握りしめる。そう、目の前の奴を殴りつけるために。

「勝手に人を殺していい加減なこと抜かしてんじゃねーぞこのロリコンが!」

 ラプチャーの拳が、ロードの顔面を強烈に捉え、その体を弾き飛ばした。



To be continued in Sequel(U)




月光 ( 2013/07/09(火) 23:09 )