番外編――エレネスの時渡り――
後篇U
 後ろでラプチャーとロードの勝負が始まろうとする中、エレネスは黄金色に輝くGSボールを祠に向かって掲げる。その瞬間、ボールと祠が呼応し、祠を中心に森全体を波のような光が走った。
 時渡りと言われ、セレビィが時空を超える際に起こると言われる現象。ラプチャーとロード、そして周りの団員達も周りで起こる不思議な現象に気を取られ、まるで時が止まったかのように全員の動きが停止する。
 祠が光り、一筋の輝きが祠から飛び出した。光の衣に身を包み、時空を超えて現れる小さな体。森を覆う不思議な現象が身を潜め、代わりに人々の前に現れたのは幻のときわたりポケモン、セレビィ。
 大空を渡り空間の力を宿すと言われるホウオウ、深海に住まい永遠の時間を宿すと言われるルギア。その2匹のから取れる『にじいろのはね』と『ぎんいろのはね』、それらを特殊な技法で生成したものが、GSボール。
 現れたセレビィはエレネスがGSボールを持っていることを確認すると、可愛らしい声を奏でながら彼女の周りを光を放ちながら回り始める。その様子を見て、緊張していたエレネスの表情が少し緩んだ。

「セレビィ、覚えてる? 私は貴方に連れてきてもらった。この時代、この世界に。ただ知りたい。教えて、どうしてこの時代だったのか。何か意味はあったのか、気まぐれなのか、それだけ知りたい」

 楽しそうに遊泳していたセレビィは彼女の真摯な瞳を覗き込むように眼前に迫り、数秒間互いの視線が交差する。エレネスとセレビィの瞳は互いの全てを見透かすように見つめ合い、やがてセレビィは左右に首を振った。
 知らない、分からないの意思表示。心の中で燻っていた何かが、一気に音を立てて崩れるような気がした。真実が分かるかもしれないという希望。知りたくないことがあるかもしれないという不安。何かが分かるかもしれないと言う淡い期待。大小全ての光と闇、それらが全て消えた気がする。
 時渡りは自然現象。セレビィはそれを意図的に発生させその流れに乗ることが出来るが、その全てをコントロールしているわけではない。分からないことだって当然ある。

「そう……なんだ……うん、意味なんてなかったんだ。良かった……それだけ分かれば、もう良いの。もう……」
「用事は済んだのかな、お嬢ちゃん。それならば次は我々ロケット団の番だ。青年、そこを退け」
「断る。テメーらに用事があろうが、エリアルの用事が終わろうが、セレビィがどうしようが、俺の都合には関係ない。そして俺は今、テメーらがセレビィを手に入れないことを重視している。意味分かるか。うずまきじまのババアはヒステリックに吠えてただけだが」
「言っただろう、ヴィーナとは違うと。君の言いたいことはつまり、我々の邪魔をしたいということだな。だが、それは叶わない。君はこう思ているね、セレビィを時の狭間に逃がせば何もできないと。その考えは、甘いのだ!」

 ロードはポケットからモンスターボール程度の大きさの黒い球体を取り出し、それを合図に周りの団員達も同時に手に取った黒い球体を空中へ投げた。モンスターボールではない。
 投げられた球体は空中でアリアドスの巣に似た六角形が重なったような形状に変形し、祠を四方八方から包み込むように展開。身の危険を感じたセレビィを守るようにエレネスはその体を背に隠し、一歩二歩と下がっていく。
 何をするかは分からないが、祠を通してこの時代から逃がしてしまえば何もできない。相手はまだポケモンも出してなければ、セレビィに飛び掛かれる距離でもないし、捕まえることは不可能。
 祠まであと数メートル。逃がせる。ロード達の不敵な笑みが必ず何か仕掛けを施していることを示しているが、時渡りした相手を捉える手段などない。あれば、そもそも彼らにセレビィなど必要ないのだ。

「この距離なら捕まらない。絶対的に。セレビィ、時渡りで逃げて!」

 エレネスがセレビィの背中を押し、祠の中へとその小さな体を押し込む。しかしセレビィがその場から消えることはなく、時渡り特有の森全体が輝く現象も確認できない。時渡りが発生していないのだ。

「おい、何してるんだ。早く逃がせよそいつ」
「無駄だ、セレビィ。お前は今時渡りを使えない。我々ロケット団の科学力を持ってれすれば、時渡りを封じることもできる。とはいえ、これはギンガ団が持っていたディアルガのデータを基に作ったものだがね。時を司る法則を、機械で疑似的に発生させたのだ」
「へっ、要するに自分たちが無能だから他の組織の研究結果に縋っただけじゃねーか。良いぜ、お前らがセレビィを狙おうが諦めようがボコるつもりだったからな。掛かって来いよ!」
「血気盛んな青年だ。良いだろう、どうせ逃げられないのだから足掻いて見せろ。お前たちはセレビィを捉えよ! さぁ、行くぞ青年!」

 一歩前に歩み出たロードとラプチャーは正面から対峙し、2人は同時に持っていたモンスターボールを放る。それを合図にエレネスとセレビィ目掛け団員たちが襲い掛かり、持っていたモンスターボールをそれぞれセレビィ目掛けて投げつけた。
 眼帯を外したエレネスはセレビィを抱えるとその目を襲い掛かるロケット団に向け、同時に激痛が走り思わずその場に蹲る。その頭上を、飛び出してきたヘルガーが通過。結果的に、激痛のおかげで助かったと言えなくもない。

「力が発動しない!? そ、そっか。これは元々時渡りの影響で発言した特異体質、だからあの機械の影響を受けるんだ。影響範囲的に。まずいわね、さすがに10人近く同時に相手にするなんて……」
「ほぉらお嬢ちゃん、さっさとセレビィをよこしな! 痛い思いしたいなら話は別だがな!」
「どうせ渡しても渡さなくても、あんた達は攻撃して来るでしょ。それに保身のためにセレビィをむざむざ渡したら、私は絶対後悔する。渡さない。絶対渡さない! ラムパルド、蹴散らして!」

 現れた巨体、力強い足音と射殺すような鋭い視線。着地したラムパルドは丸太のような太い尾を振り抜き、迫り来た敵を一瞬にして吹き飛ばした。しかし相手も中々の敵らしく、吹き飛ばされてもすぐに起き上がってくる。
 今は守りに徹して迎撃しているだけだから戦えているが、広く展開されたり時間が経ったりすればどんどんと不利になる。ラムパルドが負けてしまう前にセレビィを逃がすか、ラプチャーがロードを倒してエレネスに加勢して撃退するしか道はない。
 しかしラプチャーのドサイドンとロードのボスゴドラが対等な勝負を繰り広げているところを見ると、今すぐ加勢に来る可能性はほぼないと考えて良いだろう。だとしたら取れるのは、もう1つの選択肢。

「ラムパルド! ストーンエッジであの飛んでるヘンテコな機械を壊して!」
「無駄だよお嬢ちゃん」

 ロードの言葉と同時にラムパルドは地面を尾で叩き付け、巻き上げられた石は真直ぐに機械へと向かう。だが石が機械を穿つその瞬間、その動きが停止。僅かに移動する機械が1メートルほど離れると、止まっていた石は一斉に動き出した。
 時を止めたのだ。エレネスの予想が正しければ、あの機械はセレビィの時渡りの能力を封じるとともに自身を護る為の時間的な結界を張っている。そうでなければあんな石の動きはあり得ないし、機械が避けてから動き出すこともあり得ない。

「セレビィ、時渡りはやっぱりできないの?」

 背中に隠すセレビィを横目に確認を取るが、やはり使えないのか首を左右に振る。エレネス同様、能力を使おうとすると苦痛が訪れるようだ。発表塞がり。その言葉がまさにお似合いの状況。
 ひとまずは迫り来る敵の攻撃を退け続けるしかなく、徐々にラムパルドの動きに対応してきた敵のポケモン達が隙をついての攻撃を繰り出すようになってきた。決してロケット団を嘗めていただけではないし、凶悪な敵だというのもわかっていたつもりだが、ここまで追い詰められるとは正直想定外としか言えない。
 ラプチャーと一進一退の攻防を繰り広げるロードの存在だけならまだしも、時渡りそのものを封じられてしまうとは。セレビィはもちろん、能力がなくなったエレネスなど文字通りただの女の子。仮に捕まれば、逃げることなんてできないだろう。
 反撃する力が奪われていくラムパルドは少しずつ守備範囲が狭まり、一歩一歩下がるエレネスはとうとう祠に背中がつくほどまで追い詰められていた。背中に流れるべっとりとした汗が気持ち悪い。そして服を数枚挟んで背中にくっついているセレビィの震えがわかる。怯えているのだ。
 怯えている相手を助ける――エレネスの記憶の隅にある忘れかけていた、思い出せるかどうかもあやふやな、しかし鮮明に残る記憶の映像が目の前に重なって見えた気がした。逃げる自分、そして命の終わりを感じた自分を助けてくれた青年。

「そうだよ、あの人だって危ないのに傷負ってまで助けてくれた。なんとなくわかったかも。私がこの時代に来たのは、貴方を助けるためだったんだよ。きっと……いや、そうであって欲しい」
「おらガキンチョ、そろそろ降参したらどうだ。楽になるぜ、そんな背中で震えてる奴を捨てちまえば。俺たちもガキ相手にここまで攻めあぐねるとは思わなかった。妙な反撃されても面倒だし、そいつを渡せばお前に手を出さないことを約束しよう。1つ良いことを教えれば、ロード様は嘘が嫌いだ。故に俺たちも嘘はつかない」
「言ったでしょう、渡さないって。後悔したくないから。そしてセレビィだって、助けてみせる。思い出した。あの人も言ってたの。『俺は俺がやりたいようにやっただけだ。だから迷ったときは、お前もやりたいようにやれよ』って! ラムパルド、もう一度機械を撃ち落して!」
「無駄なことを。お嬢ちゃん、気持ちで何とかなるほど世の中甘くないぞ」
「無駄なんかじゃない! 私なら出来る。違う、今は私にしかできない! あの人だって今はいない! 私がやらなきゃ……やりたいようにやるんだ!」

 ラムパルドが地面に渾身の力を込めて尾を叩き付け、衝撃の余波で近くにいた敵のポケモンすら吹き飛ばす。巻き上げられた土砂と石は周りを飛ぶ機械に迫り、先ほど同様に速度が遅くなり停止した。
 しかし次の瞬間、止まっていた石たちは再び動きを取り戻し、機械が避けきるよりも早く迫りその身を貫く。大破、そして墜落。全てが壊れたわけではないが、残っているのは最初の1割程度。
 何が起きたのか、誰もが理解できない。特に機械の防御には絶対の自信を持っていたロードは目を見開き、他の団員達も驚愕しつつも何が起きたのかまるで分らないと言うかのように、間の抜けた表情を浮かべる。
 誰もが時間が停止したかのような静寂な空間の中で、ラプチャーだけがその原因を理解した。先ほどまでセレビィを護っていたエレネスがその場に倒れており、右の目からは涙ではなく赤い液体が流れていた。

「ったく、無茶し過ぎだっての。そんで、今度はなんだよ」

 機械の大半が壊れた影響か、セレビィが時渡りを始める前兆である森のオーロラ現象が発生していた。しかし先ほどセレビィが現れた時とは違い、光が鈍い。そして淀んでいる。万全な状態でなく無理やり実行したための、不完全な証拠。
 それでも時渡り自体は出来ないわけではない。セレビィの体と祠が光を放ち始め、既に時を超える準備が始まっている。セレビィさえ逃がしてしまえば、あとは逃げてしまえば良い。逃げることに関して、ラプチャーは自信を持っている。

「逃がすものか! こうなれば多少危険でも構わん、機械の出力を最大にして阻止しろ!」

 ロードの指示に茫然としていた団員が慌ててリモコンを取り出し、残っていた機械に向けてボタンを連打。出力が上がったのか、森を翔る光の濁りと不規則さが加速する。
 空間が歪み、時間が暴れる。目の前ではつい先ほどまでロードと戦っていたシーンが一瞬垣間見え、ドサイドンを念のため戻そうとボールに手を伸ばすが、腰まで手が届かない。腕が曲がり、時空の法則が乱れているのだ。
 何とか左右に動かすことでボールに手が届き、ドサイドンをボールへと退避。一発でボールから放たれた光が正確にドサイドンを捉えたことにほっとしつつ、再び四苦八苦しながらボールを腰へと戻す。
 もはやここは亜空間。ロケット団の団員達もこの異常事態に戸惑いを隠し切れず、ロードはラプチャーの隙をついて攻撃を仕掛けていたが届いていない。歪みに助けれたが、事態は悪化の一途を辿っていた。

「う、うぅ。あれ? どうなってるの? そうだ、セレビィ。セレビィは?」
「セレビィよりも自分のこと心配しろって。ったく、とにかくここから逃げ……エレネス、逃げろ!」

 起き上がったエレネスは右目の激痛に再び意識を失いかけるが何とか起き上がり、その瞬間真横からの衝撃に体が横へと吹き飛ばされる。何が起きたのか、無事の左目だけで衝撃のあった方向に目を向けた。
 真っ先に見えたのは、右手を突き出すラプチャー。どうやら、彼が自分を押したらしい。そして彼の周りの空間が激しく歪み、セレビィを包む光と祠の光が辺り一面を覆い尽くす。
 思わず目を覆ってしまう強烈な光は一瞬にして根源から消え去り、ゆっくりと左目を開ける。目の前からは色々と消えていた。祠の光。苦悶の表情を浮かべながらも時渡りを実行したセレビィ。そして自分を突き飛ばしたラプチャー。
 何もかもが消えていた。つい先ほどまで目の前にいた存在が、必死な表情で自分を突き飛ばしたラプチャーが、一瞬にして消えてしまった。何が起きたのか徐々に頭の整理が追いつき、同時にその場にへたり込む。

「そんな……えっ、嘘でしょ。嘘だよね。隠れてるだけなんでしょラプチャー。ねえ、返事してよ……ねえ! ねえったら!……お願いだから……何か言ってよ……なにぎゃぐぁ!?」

 茫然自失するエレネスの首に横から伸びてきたロードの手が掴み掛り、勢いをそのままに祠へとその華奢な体を叩き付ける。僅かに目を見開くと、ラムパルドはボスゴドラにその動きを抑えられていた。

「貴様らぁ、よくもセレビィを逃がしてくれたな! 奴がこの時代に再び訪れるのに、どれだけの時間が掛かると思っている!」
「く、ぐるじい……」
「元はと言えば、貴様が原因だろう。私は見ていたぞ、貴様が機械の周りの時を戻したのを。そして能力を使うとき、セレビィ同様に激痛が走っていた様子を。貴様さえ、貴様さえいなければ!……いや、待てよ。そうか、逆に考えればいいのだ」
「は……はな……せぇ!?」

 言い終わる前にエレネスの首からロードの手が離され、落下した小さな体は着地する己を支えることすらできず倒れてしまう。右目と首、打った腰に激痛が走るが、最も痛んでいるのは他でもない精神。
 信頼していた人間の突然の消失、そしてその原因は依頼したエレネス自身。もちろんラプチャーとてそれ相応の条件と引き換えに依頼を受けているし、最悪命の危機に直面することだってあることもわかっていた。それでも、心が痛む。
 何が正しかったのだろうか……全て1人で背負うべきだったのか。それとも、ロケット団がいると分かった段階で逃げるべきだったのかもしれない。いずれにせよ過去の選択肢を考えても何も解決しない。

「お前たち、この娘を連れて帰る。セレビィはいずれ引き摺り出すにしても、こいつの能力が役に立つ可能性もあるからな。セレビィの力を宿す少女、興味深い。タナトスの報告にあった少女と容姿も一致しているし、計画の邪魔をされっぱなしでは癪だ。悪いなお嬢ちゃん、俺は嘘はつかないが撤回はする。お前は帰さん。廃人同然になるまで研究素材にでもなってもらおうか」
「廃人……は、はは。それも良いかもね。なんでかな、別に家族でも恋人でもないのに、なんでこんな悲しくなるの。分からない。なんでだろう。なんでかわからないけど、彼は大切な人な気がする。私にとって……なんで?」
「既に精神的には混乱して錯乱状態に近いな。好都合だ。全てが終われば売りにでも出せば良い。素材は悪くないからな。欲しがる金持ち共は腐るほどいる。その前にお嬢さん、持っているGSボールを出してもらおう。何かと使えるのでね」
「GSボール。あれ、どこだろう。腰につけてたはずなのに」
「隠しているのか? ふん、まあ良いだろう。どうせ体の隅々まで確認はするのだ。さあ立て! 仲間は死を懺悔しつつ、お前は今から我らロケット団の栄えある実験素体にな――」
「勝手に人を殺していい加減なこと抜かしてんじゃねーぞこのロリコンが!」

 肩に置かれた手の主に振り向いたその瞬間、振り抜かれた右手はロードの顔面を強烈に捉え、首が折れたのではないかと思うほどの威力でその体を空中へと吹き飛ばす。
 声が聞こえた。まるで終わりなき暗闇の中に一筋の光が差したかのように、その声は失っていた現実を一気に照らす。体を起こしたエレネスの視線の先に立っていたのは、間違いなく先ほどまでいた人物。世界に光が戻った。

「ラプチャー! 馬鹿! なんで隠れてたのさ!?」
「いや、隠れてわけじゃねーけどさ。えーっとあれだ、あれ。タイムトラベル? デロリアンでワープしたかったけど贅沢言えなかった。時空酔いしそうだったけど、何とか帰ってこれたな」
「なにそれ、わけわからないよ……おかえり」
「おう、ただいま。しっかし、お前って全然身長伸びてないのな。ええおい、もっと栄養あるもん食えよ」

 いきなり笑いながらエレネスの頭をバンバン叩くラプチャーに対し、なぜいきなり身長のことを言われたのかわからないエレネスはきょとんとする。はて、なぜ身長のことなど言われねばならんのか。そもそも、なぜ身長があまり伸びてないことをしているのか。

「ちょ、ちょっとは気にしてるんだよ。年齢的に。それよりラプチャー、なんで腕に包帯巻いてるの? しかも、ちょっと! なんか凄い出血してない!?」
「あーこれな。気にすんな、俺がやりたいようにやっただけだ。お前はお前のやりたいようになれよ、そんなところで寝てるだけで良いのか。あっ、あとこれ返す。悪いな、保険として借りてた」

 不思議な既視感を感じた。静かな雷に打たれたように、エレネスは目の前のラプチャーを見上げた。差し出されていたのは、先ほどまで腰に着けていたはずのGSボール。
 突き飛ばした時に掏られたのだろう。なんと抜け目のない、如何にも盗賊なラプチャーらしい。苦笑しながらもエレネスがボールを受け取ると、中に何かが入っていた。小さな体に大きな瞳。セレビィ。

「えっ、どうしたのこれ。なんで捕まえてるの」
「成り行き。弱ってるからさ、後で面倒みてやって。あーでもその前に1つ、やってもらうことがある。エレネス、それはお前のボールだからセレビィの所持者はお前だ。やるべきこと、分かるだろ。寝るだけじゃ駄目だぜ」
「がぁ……お、おのれ小僧。いきなり後ろから殴るとは、やってくれるじゃないかね。だがお前は今ポケモンを出していない。ボスゴドラ、こいつらを叩きのめせ!」
「ボスゴドラ? はて、そんな奴は見当たらないな。一週間ぐらい前の場所にいるんじゃね」

 ロードが後ろを振り向くとラムパルドを抑えていたボスゴドラの姿はなく、10人ほどいたはずの団員達も全てその場から消えていた。いつの間に消えたのか、まるで時が奪い去られたかのような感覚。

「貴方が手を貸してくれるなら、私は嬉しい。感動的に。セレビィ、あいつの全てを一週間前に戻して。場所も、記憶も、何もかも!」
「や、止めろ! くっ、今すぐそのボールをこちらに寄越せ!」
「おーっと、仮にも依頼されたボディーガードが目の前にいるのに簡単に手が出せるわけねーだろおっさん」

 エレネスに伸びたロードの手を掴み、手首を捻ると同時に足を払って相手を受け流す。まるで自分からジャンプしたかのようにロードは空中で回転し、背中から地面に落下。肺の中の空気が抜け出し、苦しさに侵されながらも再び立ち上がりエレネスに手を伸ばした。
 彼らの時が戻っても、世界の時は戻らない。一週間前に戻ってしまえば、セレビィは手に入らないどころか、会うことすら出来ずに計画は頓挫。向こう数年、下手をすれば一生見つけられずに終わってしまうこともあり得る。今ここでセレビィを奪わなければ、彼の望むロケット団は帰ってこないかもしれない。
 醜い悪足掻き。正面から迫るロードを前にラプチャーは何もせず、しかし次の瞬間、ロードの体が力を失って前のめりに倒れた。地に伏す彼の背中には、どこからか現れた小さな体が張り付いている。ラプチャーの手持ちの1匹、バチュル。

「おう、ご苦労さんバチュル。念のためお前を出しておいて正解だったな。実は腕が痛くてこれ以上動きたくなかったんだ。さすが俺の相棒、分かってるじゃねーの」
「く、そぉ……我々ロケット団は、帰ってくる……必ず、必ずやサカキ様をお迎えし……さ、最強の……」
「やりたければ勝手にやれば良い。私は正直、ロケット団にはそんな興味がない。本心的に。だけどセレビィを狙うことは、許さない。戻すよセレビィ、こいつの全てを。『ときわたり』!」
「ロケッ……ト……」

 空間が歪み、ロードの姿が時の狭間へと吸い込まれる。先ほどのラプチャーのように光にこそ包まれていないものの、目の前から一瞬にして人が消えるのは妙な感覚だ。
 GSボールを覗き込んだエレネスは疲れたのか眠っているセレビィを見つめながら、思わず笑みが零れる。結局のところ、なぜセレビィが自分をこの時代に連れてきたのか、その答えをセレビィ自身から受け取れなかった以上、今はもうわからない。
 時間が経てば分かるかもしれないが、それもどうでも良くなってきた。この瞬間、セレビィを護る為にこの世界に来た。それで良いではないか。なぜこの時代を生きることになったかなど、誰も分からない。それが人生。
 それよりも今は別のことが気になっている。先ほど感じた、妙な既視感。ラプチャーが自分を助けてくれた時に感じた、何とも言えない感覚。ただの偶然だろうか? かつて自分を助けてくれた青年と、目の前のラプチャーが重なって見えた。
 だがありえないことだ。絶対にありえない。彼女はこの時代の人間ではない上に、助けてくれた青年はここに来る前の時代、3.500年も前の世界の人間。どう間違えてもラプチャーが彼と同一人物などと言うことはあり得ない。
 それでも気になって仕方ない。もうあれこれ考えるのは止めよう。聞いてしまえば良い。直接的に。

「ねぇラプチャー、私とラプチャーって会ったことある? ずっと昔の、今とな全然違う時代で」
「さぁな、そう言えばエレネスは俺がずっと昔に会ったことがあるガキに、似てるって言えばそうかもしれねえ。でもまあ、知らねえな。俺がイッシュに来たのは3年前、お前……エレネス・リングエルとの初対面は2年前。それは絶対だろ」
「……そうだよね。うん、そうだよ。昔の人は昔の人、今の人は今の人。今日はありがとね、ラプチャー。なんか成り行きはアレだけどセレビィにも会えたし、ていうか捕まえて大丈夫なの? 法律的に」
「別に構わねえだろ。だってポケモンだし。そいつもエレネスと一緒にいた方が、多分幸せなんじゃねーの。よし、さっさと帰ろうぜ。何気なく腕がヤバいんだ、マジで。確かシスネが仕事でジョウトにいるはずだ。連絡取ればすぐ来るだろ。コガネに行くぞ」
「うん。あのぼったくり極悪守銭奴、腕は確かだからきっと大丈夫だよ。その手術費は私が出すね、色々助けてもらっちゃったから追加サービス」
「お前って結構辛辣な評価あっさり言うよな。でもま、金出してもらえるのは助かる。バチュル、頭に乗れ。シンボラー、頼むぜ」

 頭の上にバチュルが乗ったのを確認し、繰り出したシンボラーの背中にエレネスを誘導する。腕を怪我しているとは言え、彼の指定席はシンボラーの足。
 飛び上がったシンボラーは深い森を上に抜けると太陽が西へと沈みかけていた。森全体が燃えているかのように紅く染まり、時渡りの現象とは別の意味で神秘的だ。

「よし、明日からまた鑑定士の仕事に戻らないと。次は何を見せてくれるのかな、楽しくなってきた」


月光 ( 2013/07/07(日) 23:44 )