番外編――エレネスの時渡り――
前篇U
 視界が狭い。ただでさえ眼帯をしていて視野が常人以下なのに、お面をつけたことでさらに狭くなった。小学生低学年ぐらいに見えるかもしれないが彼女は14歳だ、意外と恥ずかしい。だが見事に似合っている。
 エレネスの前から去った2人のロケット団団員が本部にエレネスのことを報告したかは分からないが、注意し過ぎて悪いと言うことはない。ラプチャーに相談した結果でもある。彼も素顔は隠す方針で異論はなかった。
 そういう意味でお祭りは絶好の場所だ。お面をつけている子どもなんてごまんといる。その中に1人や2人のお面を被った人間が増えたところで分かるわけがない。
 ほどなくして、先ほどラプチャーが電話で言っていたことの真意も分かった。確かに考えてみれば、彼は適任と言える。
 犯行声明を出したのだ。スズの塔から見て遠方に存在する歴史の記念館、そこに展示されている『あいいろのたま』と『べにいろのたま』。それを盗むとエンジュ警察とマスコミに予告した。

「もしかしたら、本当に欲しかったのかな。ラプチャー的に。でもアレは触らない方がいいよ。選ばれた者以外は」
『ふーん、そう。まあ仮に盗む時には……そうだな、選ばれた者でも盗んでから盗みに行こうか』
「あははは、それって遠回りじゃない。労力的に。と言うか、私と通信してて大丈夫なの。そっちにだってロケット団はいるんでしょ。見つかっちゃうよ」
『1人1人闇討ちで消してる。それにこのスマフォ、骨伝導式の特殊なイヤホンマイク使ってんだよ。音量最小でも相手の言ってることは良く分かるし、囁く程度で相手に伝わる。ゲンロク爺さんに改造してもらった』
「あの人は好きだよね、そう言う改造。あっ、そろそろルートに入るから切るね。集合は二日後にコガネシティのゲームコーナーだよ、忘れないでね。連絡するからね。モーニングコールもオプションであるよ」
『俺の方が起きるの早いと思うけどな、でも楽しみにしておくわ。さて、じゃあ俺も少し強めに出るか。じゃあな』

 意気揚々とした分かれ言葉と共にラプチャーは連絡を切り、エレネスは人混みの中を進みながら徐々に壁際へと移動していく。もうすぐ『ルート』に入るからだ。『ルート』とは、その通り道だ。
 スズの塔へ行くまでの道のり。厳しい警備が敷かれているものの、決して抜けられないわけではない。入念な下調べの結果だ。エレネス曰くエセ体育会系の情報屋、カティアから高い金を払って情報を仕入れた甲斐もある。
 しかし油断はできない。偽の犯行予告のおかげで警備が相当数減ったとは言え、当日に突然巡回ルートが変わらない保証はないのだ。ロケット団が関わっているなら、なおさらのこと。

「とは言えいきなりルート変更は良くないよね。よし、いっくよ」

 人々の流れを乱さぬよう、目立たぬようにひっそりと裏路地へと入る。焚火が行われる広場付近は人が多く警備も厳重。スズの塔に近づくためには、少し離れた場所から行動する必要があった。
 情報によるとスズの塔の裏手に回れるルートは複数あるが、その殆どには検問や警備員が配備されている。何も知らずに正面から進んで言っても、突破は難しい。だが情報さえあればそれを覆すことができる。
 カティア曰く『情弱は死と同義』とのこと。あらゆる分野にに精通しているわけではないエレネスだが、何となくわかる。鑑定する時も情報がなければ騙され、搾取される。死に近づくのだ。
 事前に頭の中にインプットした情報を頼りにエレネスはスムーズにスズの塔へと近づき、あとは垣根を越えるだけのところで急にその動きを止めた。誰かいる。警備はいないはずだが、断定はできない。

「あーったり、どうせ誰も来ないだろ。夕方の女の子だっけ、爆発で遺体は出なかったとは言ってもビビって逃げてる頃でしょ。もう」
「そう言ってサカキ様も4将軍も敗れたんだろ、子どもにさ。タナトスは自意識過剰過ぎるし、嫌な予感しかしない」

 ロケット団の団員だ。言動から察するにエレネスが来ることをある程度警戒し、その上で警備が手薄になっていた場所へ配置された感じだろう。指揮官が誰だかわからないが、中々優秀らしい。

「仮にも幹部呼び捨てって、本人の目の前では気をつけろよ。あいつ、相当サディストらしい。まあ俺もあいつは嫌いだけどな、偉そうなことばかり言って自分は高みの見物ばかり」
「そうそう。『サカキの信念はもう古い。これからはより稼ぐロケット団だ』とか言っちゃってさ。金だけでなり上がった野郎だ、殆どの団員は認めてねーっての。指揮は上手いけどさ」
「それに加えてレイシストだしな。カントー地方の人間以外はゴミだ何だと言いやがる。俺はホウエン出身だからな、あいつの顔見る度に吐き気がするよ。いっそ失敗しちまえこんな計画。あーあー、俺も『うすまきじま』のヴィーナさんの下に付きたかったなー」
「あの人美人だからな。どっちにしても、早いところサカキ様には帰って来て欲しいよ。あの方のカリスマさえあれば、タナトスなんて一気に失脚するはックシュン! あーさみー、俺ちょっと便所」
「あー俺も行くわ。連れション連れション」

 生垣に隠れていたエレネスに気付く様子もなく、2つの影と足音は遠ざかっていく。杜撰な警備態勢から察するに、油断しているのかやる気がないのか。恐らく後者だろう。ロケット団らしさを感じない。
 会話の中に出て来たタナトスとヴィーナ、恐らくこの2人が今回の事件の実質的な主犯格。先ほどの団員の態度を見る限りでは、タナトスに関しては信頼や信用は薄いようだが。

「タナトスって奴、中にいるのかな。いない方が嬉しいけどね、個人的に」

 いるかいないかは分からないが、いる確率が高い。ロケット団の重役は現場主義が多く、最前線で指揮を執ることが多いことでも知られる。サカキなどはまさにそれだ。
 加えて団員達の話からタナトスは傲慢でプライドが高いと推測される。そう言う人間ほど現場に繰り出し、自分で指示を出したがるものだ。ホウオウ確保の段取りにまで参加していても可笑しくない。
 2人の影が完全に消えたのを確認し、エレネスは一気に中庭を駆け抜けた。塔の麓に到着し、息苦しかった仮面を取る。

「さてと、出入り口は正面にしかないんだったよね。でも正面から行く必要もないでしょ。ヨルノズク、お願い」

 モンスターボールから飛び出してきたヨルノズクの足に捕まり、エレネスは一気に2階へと到着した。そのまま頂上まで行けないかと思ったが、彼女の予想通りそれ以上ヨルノズクが進まない。
 ホウオウが張ると言われる、自らを守るための結界。中から出ることは容易に出来るが、外からはいかなる力を持ってしても入れないと言われている。通過するための手段はただ1つ、スズの塔を抜けること。これも情報通りだ。
 近くにあった襖をゆっくりと開けて中へ入り、取り出した暗視ゴーグルを装着しようとする手が止まる。蝋燭が各所に設けられており、十分に明るい。エレネスは近くの壁に張り付き、辺りの様子を窺う。
 人の気配はない。外にこそ警備は何人か居たようだが、内部の半端な場所には誰もいないようだ。ヨルノズクをボールに戻し、塔の階段を上がっていく。本当に誰もいないらしく、呆気無いほど楽に最上階手前へ到着。

「スムーズ過ぎて逆に怖いなぁ。気持ち的に。でも外にはロケット団がいたんだから、既に中にはいるはずなんだよね。気をつけないと」

 慎重に慎重を重ねる。呼吸を殺し、一歩前へ。頂上への階段を上って行くに従って仄かな光が辺りを包み、同時に小さな、だが必至の悲鳴のような声がエレネスの耳に届いた。間違いない。ホウオウだ。
 頭だけ出して頂上を覗き、真っ先に見えたのは一番大きいホウオウの姿。次に見えて来たのは、ホウオウの体を拘束する特殊な電磁器具。最後に視界の隅に捉えたのはロケット団の団員数名、加えて一際存在感を放つローブの男。
 確かめなくても分かった。彼がタナトス、ホウオウ捕獲作戦を指揮する幹部。暴れようにも暴れることができないホウオウを見上げる彼は悪辣な笑みを浮かべ、手には電磁器具を操作するためのリモコンらしきものを持っている。

「気分はどうだホウオウ。人間はいつまでもお前が思うような、原始的な生き物ではないのだよ。伝説のポケモン、幻のポケモン、なんであろうと人間の科学力の前には無力に等しい。君たちが作りし法則を、人間は君たち以上に熟知しているのだ」

 憤怒の表情で男を見下ろすホウオウだが、羽の1本も動かない。体を取り巻く特殊な4つのリング、それらが完全にホウオウの動きを制御していた。既に捕獲の段階と言って良い。
 エレネスは迷う。伝説のポケモンが誰に捕獲されようがどうしようが、エレネスには特に関係ない。例えそれがロケット団であろうと、可哀想とこそ思えど、それまでだ。
 むしろ今のタナトスの発言を聞く限り、やはり目的は金儲け。つまり、金さえ出せば目的である『にじいろのはね』が手に入るのだ。今のような大した苦労をせず、使う道も特に定まっていない銀行預金で。
 引き返すのが利口。誰でも分かる。エレネスが頑張って解決する必要性など何一つない。ここはこのまま、黙って見ておくのも手ではないだろうか。
 心の中に妙な後ろめたさが蔓延る。何故かはわからない。その正体が分からぬままエレネスが俯いた瞬間、ポケットの中に入れていたスマートフォンの着信音が流れた。マナーモードになっていない。
 心臓が飛び出るかと思った。慌ててスマートフォンを取り出したエレネスは着信画面に出て来た画面を見て、何かに気付いたかのように小さなほほえみを浮かべる。通話には出ず、ポケットに戻した。

「誰だ! お前たち、確認にいけ」
「来なくていいわ。こっちから出てあげる。大した苦労でもないし」

 団員達が駆け付けるよりも早く、エレネスは階段から姿を現す。その態度はあくまで毅然としており、瞳には先ほどとは違う何かが宿っていた。覚悟とも言うのか、もしくは決意。

「眼帯で緑色のツーテール……なるほど、君が報告にあった少女か。爆発に巻き込まれていながら良く生きていたものだ。さらにここまで来ることはさすがに予想していなかったよ。いやー天晴れ、子どもにしては良くやる」
「女の子だからって嘗めない方が良いよ。今なら見逃して上げるから、ホウオウを解放してさっさと失せなさい。自主的に」
「ははは、君こそ大人を嘗めない方が良い。特に我々はロケット団、その辺のチンピラとは違うのだよ。今は解体されたマグマ団やアクア団、ギンガ団なぞ有象無象の弱小組織ではない。カントー全域、果ては世界を牛耳る存在なんだ」
「子どもに潰されかけた組織にしては大層なことを言うのね。ホウオウはその為の戦力ってわけかしら」
「んー聞いていなかったのか? こいつらはあくまで金儲けの手段だ。こんな奴らがいなくても科学力と言う英知があるが、金の元はこいつらからしか取れないからな」

 背後のホウオウを見上げるタナトスの目はどこまでも冷たく、ホウオウを生き物ではなく完全に金の発生源としか見ていない。他の団員は特に何も言うことなく、黙ってエレネスを捉えられる位置にまで移動。
 妙な怒りが込み上げる。だがこれは別に、タナトスがホウオウを金のなる木と見ているからではない。いや、間接的な原因としては確かにそれも要因と言える。だが根本は、もっと別のところ。忌まわしき過去とのシンクロ。
 一歩踏み出すと同時に、ロケット団の団員がエレネス目掛けてモンスターボールを投げた。ドラピオン、ベトベトン、ヘルガー、決して弱いポケモンではない。しかし彼女に焦りはない。
 自然な動きで腰からモンスターボールを取り出し、正面へ放る。褐色の光の殻を弾き飛ばし、現れたのはずつきポケモン、ラムパルド。凶悪な目付きと唸り声、激しい威嚇に敵の動きが一斉に止まった。

「ほぉ、少女にしては随分とおっかないポケモンを持っているな。しかし感情だけで世界は動かない。相性というのは、いつの世も絶対だ。金のようにね」

 余裕の笑みを浮かべるタナトスは腰のボールに手を伸ばし、軽く放り投げると蛇のような長く青い体のポケモンが姿を現す。きょうあくポケモン、ギャラドス。いわタイプのラムパルドに対し、有利とされるみずタイプのポケモン。
 猪突猛進の言葉の体現とも言えるラムパルドにとって、みずタイプのポケモンはまさに天敵。強力なみずタイプの技を2発も喰らえば、たちまち力尽きて倒れてしまう。しかもエレネスが持つ戦闘向きのポケモンはこの1匹のみ。
 ヨルノズクは主に観察のため、まだ出していないが手持ちであるランターンも概ね仕事のサポート要員。仮にこのドダイトスが敗れれば、ポケモンバトルとしては負けとなる。そう、ポケモンバトルならば。

「どうした、その強力なポケモンで攻撃してきたらどうなんだ。それとも今更になって、尻尾を巻いて逃げるかい。お譲ちゃん」
「……あぁ、思い出した。貴方と話してるとね、どうしようもなく嫌な気分になったんだけど、なんでか思い出せなかった。でも、やっと分かった。似てるのよ」
「誰かな。このタナトスと似ていると言う、名誉ある人間は」
「金のことばかり考えて、領民から搾取することだけを是として、上に諂うことばかりに腐心した、娘のことなんて道具としか見ていなかった糞親父よ!」

 話しているうちに抑えられなくなった苛立ちが怒号となって飛び出し、エレネスは右目につけていた眼帯を荒々しく取り外した。彼女の本来の瞳の色、青とは違った輝く金色。
 瞳孔の周りの虹彩部分にはまるで軍用スコープを覗いたときに見えるような模様が浮かび、その矛先がタナトスに向かう。別に武器を向けられたわけではないのに、妙な寒気がタナトスの背中を走った。

「何をしている貴様ら。そいつは敵だ、取り押さえろ」
「ラムパルド、『じしん』から『ストーンエッジ』!」

 尻尾を大きく振り上げ、叩きつけると同時に衝撃がスズの塔を襲う。巻き上げられた瓦が宙を舞い、ラムパルドの体が大きく回転。尻尾で瓦を打ち、破片がロケット団に迫った。
 地面を襲う衝撃に姿勢を崩した団員のポケモンは指示を受けることが出来ず、『ストーンエッジ』が直撃。吹き飛ばされたポケモンがトレーナーにぶつかり、地面に倒れた3人の団員は意識を失う。
 残りの1匹、ギャラドスとタナトスにも瓦の破片が迫る。だが避ける様子はなく、タナトスが指を鳴らすとギャラドスが動いた。尻尾の周りを水が纏い、襲い掛かる岩に向かい一薙ぎ。
 殆どの破片は吹き飛ばされ、いくつかぶつかったはずだが予想以上にダメージが少ない。ギャラドスはみずタイプに加えてひこうタイプの併せ持つ。本来、相性的に無事なはずがない。

「ふん、貴様自慢の馬鹿力も効果はない。ギャラドスの特性は『いかく』、敵の攻撃力を下げる。ひこうタイプのおかげで『じしん』の効果もなかったからな。さらに『ディフェンダー』も使った。金さえあればステータスだって上げられるんだよ。女はそんなことも知らないのか」
「なるほど、確かにレイシストっぽいところがあるわね。でも、『ディフェンダー』は正規の道具だから別に批判しないわ。ルール的に。だけど、金じゃ買えないものもある」
「ほーう、それはどんなものかな。ひょっとして、友情とか愛情とかゴミ以下のものだったりするかね。ぜひ、御高説を賜りたいものだ」
「はは、貴方って馬鹿ね。友情や愛情とは無縁のところで生きて来たんでしょう。教えてあげるわ。友情や愛情なんてものはね、金で買えるのよ。金は人を魅了する。故にお金を持つ人間に心動く。普通のことよ」
「それでは、何が金じゃ買えない。地球か? 名誉か? それとも有能な下僕か? いやーどれも金で買える。言ってみろ。面白ければ、殺さず俺の部下にしてやろう」

 溜息が漏れる。嘆息と言うべきかもしれない。鋭く冷たいエレネスの両目がタナトスを捉えたとき、再び彼の背中に寒気が走った。
 そして僅かに悟る。これかもしれないっと。

「金じゃ買えないもの……それは口にするような簡単なものじゃない。でも、敢えて言うなら、それは運命。呪いたくなるような運命。そんな中で掴んだ、小さな希望」
「希望? 希望だと!? はっはっは、こいつは傑作だ! 友情や愛情以上の傑作だ。確かに金じゃ買えないな。だがそれは夢のようなものだ。人の夢と描いて儚い。希望はそれと同じだ」
「私は貴方と言葉の卓球しに来たんじゃない。聞くけど、そのリモコンは後ろのホウオウを苦しめてる装置のリモコンよね。それが壊れれば、ホウオウは解放されるってことで良いのかしら」
「んーそうだな。出来れば、だがな。しかしお前如きでは不可能なこと。到底私にバトルで勝てる力があるとは思え――」

 嘲り、嗤っていたタナトスが固まる。視界の中心にいたはずのエレネスが消え、同時に右手に持っていたはずのリモコンの感触もなくなっていた。

「希望、それは能力(ちから)。絶望の中、逃れた先で授かった能力(ちから)。貴方じゃ、100兆ドル払っても手に入れられない。それが希望」
「貴様いつの間に!? いや、リモコン、リモコンはど――」

 瞬間移動と呼ぶのが相応しい。一瞬にして真横に立っていたエレネスに恐怖が芽生え、反射的に下げた右足が何かを踏んだ。軽く何かが砕けるような音。
 息を飲み、ゆっくりと足を上げて踏んだものを見る。リモコン、先ほどまで確かに持っていたはずのリモコン。それが何故か今タナトスの足元にあり、踏まれて壊してしまった。
 何かが起きた。いや、当たり前過ぎるがそうとしか言えない。ギャラドスも捉えられないほどのスピード、人間が出せるものなのか。普通は不可能。絶対に無理だろう。

「な、何をしたんだ。何故お前が私の横に立っていた。何をしたんだ!?」
「私の目は時を捉える。でも、敵に細かく教える必要なんてないわ。それより、驚いてるだけで良いのかしら。ホウオウの束縛、解けちゃうんじゃない」
「クソ! クソが! せめて貴様だけでも殺してやる! ギャラドス、『アクアテール』だ!」

 雄叫びと共にギャラドスが太い尾を振り上げ、エレネス目掛けて振り下ろす。距離的にラムパルドは間に合わない。しかし、その顔に恐怖はなかった。

「言ったはずよ、私の眼は時を捉えるって。貴方のギャラドスの攻撃は、私に届かない」
「ほざけ小娘が! よくも、よくも私の千金の夢を!」

 刹那、横から飛び込んで来た炎がギャラドスの体を包み込む。圧倒的な火力は尾の水を蒸発させ、さらにギャラドスに激しい火傷を負わせながら吹き飛ばした。圧倒的な火力、そうと呼ぶに相応しい。
 電磁拘束具を取り払っていたホウオウは憤怒の表情でタナトスの前に迫り、圧倒的な迫力を前にして彼は気を失った。これから生きるにしろ殺されるにしろ、その方が幸せだろう。

「人の夢と描いて儚いか。その通りね、貴方の夢は儚く終わった。どうするのホウオウ、そいつら。焼き鳥にでもする。まずそうだけど」
『……少女よ、感謝する。そして許してほしい。私は先ほど君が現れたとき、君にも殺意を向けてしまった。人間と言う生き物に、見切りをつけかけていた。だが、やはり人は一括りには出来ないな』
「別に良いわよ。それに、こいつらみたいな連中は一部だけ……とは言えないわね。私もその、邪な考えすることだってあるしね。でも、今回は助けてもらったの。仲間に」
『そうか。良い仲間を持ったな。さて、ここにいるところを見ると目的は私のようだな。私を捕まえに来たのか』

 質問の形だが、ホウオウにもエレネスにも敵意はない。遠回しにエレネスが会いに来た目的を聞きたがっている。

「いやー違う違う。私はただ『にじいろのはね』が欲しいだけ。世界を飛び、空間をその身に宿す羽。時空を飛び回るセレビィにあるため、必要なの」
『なるほど、そう言うことなら協力しよう。元々助けられた身、それぐらいならお安い御用だ。奴らの処遇は下の人間に任せよう。人間は人間の法で裁かれるのが良い。さあ、受け取ってくれ』

 自身の翼に嘴を近づけ、一枚の羽を毟り取る。引き抜かれた羽は根元から虹色に輝き出し、差し出された羽をエレネスは両手で受け取った。右目を使った疲れが癒されるような、優しい光。
 無理をしていた。右目の力を使えば、本来ならその場に倒れ込んでしまうほどの疲労が残る。だがタナトスを動揺させるためには、疲れを見せるわけにはいかない。
 溜まっていた疲労がどっと汗となって流れる。だがホウオウの放つ光が体の中を駆け抜けた直後、汗が引いて呼吸が整った。ホウオウは生命を与えることができると言う。この光も、それと同じものだろう。
 後はスズの塔を出ていくだけ。しかし先ほどホウオウの攻撃で派手に爆発が起きたせいか、階下が騒がしい。エンジュ警察とロケット団が争うような、五月蠅い声が聞こえて来た。

『ふむ、このままでは君が冤罪になりかねないな。乗るが良い、私の背中に。下の連中にこいつらが負けたことを知らせ、且つ他の人間を安心させ、君を無事に帰すにはそれが一番だ。町はずれにでも下ろそう』
「いいの? 誰とも知らない少女にそんなことしたんじゃ、信仰心熱い人間が怒っちゃうんじゃない。立場的に」
『誰にも文句は言わせんさ。今宵、私を助けてくれたのは信者でも警察でもない。君だ。そうだ、まだ聞いていなかった。君の名前を教えてくれ。私の危機を救ってくれた少女よ』
「エレネス。エレネス……ダイヤード」
『ダイヤード……なるほど、先ほどの言葉はそういうことか。だが、そうか。エレネス、行こう。乗れ』

 目を伏せたエレネスだが、背中を向けたホウオウを見てどこか安堵したような表情を浮かべた。心の中に僅かにあった恐怖、それが消えていくのを感じる。言われる通り、背中へと飛び乗った。
 彼女がラムパルドをボールに戻したのを確認し、ホウオウは雄叫びと共に眩い金色の光を放つ。時折金色に輝くホウオウが確認されたとの逸話もあったが、所詮は逸話。だが、それは真実だと目の前の景色が語る。
 夜空に向かって飛び立つ。何も遮らない大きな空、無数の星。強く、しかし仄かに輝くホウオウ。世界の全てが輝いて見える……そんな錯覚に陥るほどの神秘。

『君は、会ってどうする』

 セレビィのことだろう。問われて、口籠る。どうしたいのか、エレネス自身定かではない。ただチャンスがあったから、会えるチャンスがあったから会いたい。それだけだった。

「分からない。ただ、知りたいんだと思う。聞きたいんだと思う。私をこの時代に送った意味を。この右目に能力(ちから)が宿った理由を。ただそれだけ。変かな」
『いや、むしろ至極真っ当な理由だ。邪な考えでセレビィを狙う輩が多い中、君ほど純粋な人間はそうそういまい。安心したよ。会えると良いな、セレビィに』
「ありがとう。会ってみせる。そして知ってみせる。人生長いのに早いけど、私の運命に決着をつけてみせる」

月光 ( 2013/03/25(月) 01:04 )