PART / U
喫茶店に入ったラプチャーとキョウカは禁煙席の窓際に陣取り、両者共にブラックコーヒーを啜ってから本題に入る。
「さて、何の話だったかな。そうだ、『ロリとショタは別物だけど漫画で描くと大体同じじゃないか』って議論だったかな」
「いや、その議題は可笑しい」
「ノリが悪いな君は。こういう場合は『いや、男の娘も捨てがたい』っと言うのが常識だろう」
「知らねーよそんな常識。なに、アンタそっち系なの。別に他人の趣味をどうこう言うつもりはないけどさ、一般人から見るとそういうの正直言って気持ち悪いぜ」
「理解されようとは思っていないけどね。っと、カセットだったな。実は一枚、既にここにあったりする」
白衣のポケットに手を突っ込んだキョウカは1枚のプレートのようなものを取り出し、それをテーブルの上に置いた。間違いない。見た目と言い大きさと言い、写真の中の『カセット』そのもの。
手に取ろうとしたラプチャーだが引っ込められてしまった。多少なりとも急いていた気持ちを落ち着けるようにカップを手に取り、コーヒーを一口飲む。ラプチャーもさすがに現物を持っていることは予想外だ。
「これについてどれぐらい知っているかな、君は」
「プラズマ団が開発したものってぐらいだな」
本当はもっと細かく知っているが、敢えてここでは黙っておく。知り過ぎていると怪しまれる可能性があるし、キョウカがどこまでのことを教えてくれるかを確認しておく必要もある。
カティアが有料で提供する情報の信頼度は高い。今まで有料無料と色々情報を彼女から受け取ってきたラプチャーだけに、その辺は信頼している。万一キョウカが知っている情報と齟齬のあることを言えば、警戒を高める必要があった。
もちろん、カティアでも手に入れられなかった新情報も出てくるかもしれない。その場合は十分な注意が必要となる。新しい情報と言うのは価値のあるものだが、裏を返せばそれだけ危険な情報と言っても過言ではない。
「ふむ、その程度か。これはゲノセクトと呼ばれるポケモン専用の道具だ。ゲノセクトとは古代の化石から復活したポケモンでね、改造されてサイボーグみたいになったよ」
「そんなにポンポン話して良い内容なのか。別に嘘はついてないが、俺が警察関係者じゃない可能性だってあるだろう」
「話して困ることでもない。研究自体は確か、4年以上前に放棄されたはずだからね。プラズマ団のNによって」
胸ポケットに手を入れたキョウカは煙草のケースを取り出すが直ぐに禁煙席だったことを思い出し、それを戻すと反対側のポケットに入れていたガムを取り出して口に放り込む。どれだけお口が寂しいのか、ポケットに何か1つ入れる癖でもあるのだろうか。先ほど購入したハードディスクも大き目のポケットの中。
キョウカは淡々と話した。彼女は元々シンオウ地方の科学者であり、ギンガ団で伝説のポケモンであるディアルガとパルキアを確保する作戦に協力していたと言う。
紆余曲折を経て、ギンガ団の崩壊後はイッシュ地方でプラズマ団に入団。4年前にNが唱えたポケモンの解放、その為の基礎技術となるボックスシステムへのハッキングなども行っていた。当然、レシラムとゼクロムについての研究も。
次に2年前、復活したプラズマ団がキュレムを悪用した際にも同様にしてプラズマ団に在籍。キュレムが生み出す圧倒的なエネルギーの変換技術、その他様々な面での技術的サポート。イッシュを混乱に陥れた元凶はある意味キョウカと言っても過言ではない。
「その中で私はゲノセクトについての研究も行っていた。まあ、Nのせいで予算が出なくなってからはレシラムとゼクロムの研究になったけどね。2年前は良かったよ。ゲーチスは湯水のように研究費用を出してくれた。馬鹿となんとかは使いようだな」
「ゲノセクトの研究か。だがこんなところでプラプラしている様子を見る限り、プロジェクトは本当に潰れてるみたいだな」
「どうだろうね。2年前に再度放棄された後でプラズマ団がどう動いてるかは知らないよ。案外、研究を続けてるかもしれない。まあ、でもその可能性は限りなく低いさ。ないと言っても良いレベルに」
「何故そう言い切れるんだ」
「私が呼ばれていない。凡庸な人間にはゲノセクトの研究は難しいからね、精々私の研究データを見て粗悪品を作れるぐらいだろう。天才の私がいないと始まらないさ。オコリザルにスマフォが使えないようなものだよ」
人間に対してもオコリザルに対してもかなり辛辣、と言うよりは随分と酷い評価だ。ラプチャーもその気が少しはあるので人のことを言える義理は薄いが、キョウカのことを自意識過剰な人間と判断せざるを得ない。ここまで自信が過ぎると逆に清々しさまで覚える。
兎にも角にも、キョウカ曰く粗悪品のゲノセクトであろうと油断はならない。国際警察の人間が調査していると言うことは、彼女が知らないところで研究が続けられていた可能性が高いことを意味する。いや、本当に知らなかったかも疑う必要があるはずだ。
答えを1つに限定することは危険だ。数学や化学のテストのように決められたロジックで決められた結果が得られるほど、裏の世界の情勢は甘くない。キョウカが本当は今でも研究を続けていて、ゲノセクトは粗悪品ではなく正規品のようなクオリティを得ていても不思議ではない。
それほどまでにこの状況は出来過ぎている。確かに占い師の力は借りたが、それはあくまで手段の1つだ。ここまで物事が上手く行き過ぎると、逆に気持ち悪い。それなりに盗賊として過ごしてきたラプチャーのセンサーが僅かに疼く。
しかし悲観ばかりでもない。結果はどうあれ、目の前に目的としていたカセットが1つある。既に廃棄された可能性がある研究の代物であること、加えて彼女の今までの話し方。交渉次第では手に入れることだって、もしかすると出来るかもしれない。
「なあ、率直な頼みがあるんだが」
「良いよ、持って行きな。どうせ今の私が持っていても意味のないものさ。善良な市民として、警察に協力するのは当然の義務だろう。ただし、君が嘘をついていなければね」
「プラズマ団なんて物騒な奴らに目を付けられるのはごめんだ、あいつには悪いがね。ちゃんと届けるさ、安心してくれ」
「ちなみに、君が協力していると言う人間はこの一連の事件の担当者なのかな。あまり無関係の人間にホイホイと言い触らされてもさすがに困る」
また疼く。事件の最高責任者や担当者であろうがなかろうが、渡せばそれは必然的に責任者か管理部門に回されるものだ。この確認に何の意味があるのか、ラプチャーは一瞬思考を巡らせた。
もちろん意味がないとも言い切れない。単純に聞いただけって可能性もある。特にキョウカのように思考回路が少し可笑しい人間の質問と言うのは、往々にして意味があるのかないのかよく分からないことが多い。
カティアの情報によると、最高責任者は正義と言う国際警察官。ナナミはあくまで個人的に(と言うにはかなり際どいことをしているが)手伝っているに過ぎない。だが、嘘をつく必要もないだろう。
「いや、担当者ではないらしい。だがまあ、ちゃんと担当者のところまでいくだろうさ」
「それなら良い。無関係の人間から万一情報が漏れたら、私の命にも関わるからね。余計な経由をしてないことを確認しただけさ。あぁ、あと私の名前は伏せておいてくれ」
「構わない。いや、せっかく協力してくれた人間を陥れるつもりはないさ」
「理解が早くて助かるよ。私の名前を言えば、協力者とは言え警察は根掘り葉掘りと私を調べる。そうしたら、違法な研究もたちどころにばれてしまう」
「そしてアンタは刑務所行きってわけだ。誰だって刑務所は嫌なもんだ、命を狙われてない限りはな」
「違いない。さて、私はそろそろ行くとしよう。君みたいな人間に会えて面白かったよ、良いリフレッシュになった。次会うときは、もう少し楽しい話をしよう。それじゃあ。あ、コーヒー代はそっち持ちで頼むよ」
噛んでいたガムをティーカップの中に吐き捨て、ラプチャーが文句を言う前にそそくさとその場を離れていった。テーブルの上にはさり気なく置かれていった赤色の『カセット』が残っており、ラプチャーはそれを手にとって席を立つ。
会計を済ませたラプチャーは時計を見ると思ったよりも時間が過ぎており、丁度目の前に巡回バスがきているのを見つけた。これ幸いと乗り込み、ポケットにしまっていたカセットをもう一度よく調べた。
「見た目はファミコンのカセットみたいだな。本当にこんなのが高性能な代物なのかよ、フロッピーディスクの方がまだ高性能そうだ。あっ、そう言えば色について聞くの忘れた」