PART / T
カセットがいかなるものかは分からないが、国際警察が関わっている以上ただの代物ではない。詮索するなとは言われたが、疑われない範囲で知っておく必要はある。もちろん、知り過ぎない程度に。
ラプチャーは周りを確認し、ナナミの姿がないことを確認する。ないとは思うが、尾行されているとも限らない。意図的に人混みが多いところを通り、さらに再びゲッコウカフェへと戻ってきた。案の定人は少なく、閑古鳥が鳴いていた。
端の席に陣取ると店長が横目で見てくるが、すぐに興味を失ったのかグラス磨きに戻る。もっとまともな接客が出来ないのかと内心で毒づくが、こういうときにはありがたい。不意に横に来られると何かと驚いてしまう。
スマートフォンを取り出し、『情報屋』の項目を選んで通話をかける。1コールもしない間に相手が出た。
『はーい、こちらカティア情報屋ッス。何の用ッスかね、ラプチャーの旦那』
「よく俺だって分かったな」
『今時は登録した相手の名前が表示されるなんて、固定電話でも当たり前ッスよ。どこぞの鑑定屋と私は違うよ、うちは』
しばらくだんまりしたまま、ラプチャーは思い出す。アジトの固定電話から掛けることは多々あるが、スマートフォンから掛けたのは今回が初めてではなかったか。記憶を遡る限りでは一度もない。
そもそも新機種に変えると同時に電話番号も変更した。ひょっとして傍受されているのではないかと本気で疑ったが、相手は情報屋。携帯電話会社の顧客リストを盗むぐらいお手の物なのだろう。
「今度そう言っておこう。あいつもあいつでお前のこと、エセ体育会系って言ってたけどな」
『止めて欲しいッス。あの得体のしれない目で見られると寒気がするッスよ、でもエセ体育会系は酷いッス。この喋り方は兄貴の影響。っと、ところで何の用ッスか。あーもしかして『はっきんだま』の件?』
「いや、それはまだ鑑定してもらってない。ちょっと聞きたいことがあってな」
『旦那のちょっとって、大抵ちょっとじゃないんッスよねー。ものによっては情報料もらいますけど、どんな内容ッスか、とりあえず言ってみてください』
既に調べる準備を始めているのか、電話を通してキーボードを忙しく叩く音が響いてきた。カティアはラプチャーが知る中でも、随一の情報屋と言って過言ではない。デマも真実も星の数ほど持っている。
何か知っている可能性は高い。ラプチャーは先ほどまで見聞きした情報を話した。カセットの存在。どう言う形状なのか。色はどんなか。なるべく分かる範囲のことをこと細かに伝えた。
その代わりそれ以外のことは当然伏せる。何故探しているのか、誰から聞いたことなのかなど、プライベートなことは言わない。基本的にはカティアも必要以外のことは喋らないし、聞こうとすれば求められるのは結構な御値段の情報料。
電話越しの声が徐々に変わっていることに、ラプチャーは気付いた。雰囲気と言うか、違和感と言うか、とにかく違う。明るくフランクだったカティアの声に鋭さが宿っていた。
『この情報、ちょっと世間話ってレベルじゃないッスね。旦那、情報料は50でどうッスか』
「30だ」
『じゃあ40で』
「譲歩は一度までだったな。分かった、お前の口座に40万振り込んでおく。カセットのこと、どれぐらい分かった」
『まず先に言っておくと、結構ヤバイ代物ッスね。その情報、国際警察の最高ランクのセキュリティ・クリアランスがないと閲覧不可能ッスよ。担当者名は『ジャスティス』、コードネームッスね。本名は白神正義、最近の国際警察の中でも知名度が高いッス。子どもは2人、奥さんの名前が――』
「そう言う情報はいらないから、カセットのことだけ頼む。具体的に、どういう代物なんだ』
発明者はプラズマ団の科学者。さらに詳細は不明だが、外部から招きいれられた女性の研究員。数年前、台頭し始めたばかりのプラズマ団だが警戒していたものがあった。
カントー地方の一大勢力、ロケット団の存在。表にこそ出てこないものの、スパイ等の裏の人脈においてロケット団に勝る組織は恐らく多くはない。アクア団やマグマ団、ギンガ団にさえスパイがいたと言う。
加えて当時ロケット団が作っていた『あるポケモン』に対抗するため、むしタイプとはがねタイプを併せ持つ存在が必要なった。そして見つかったのが化石から蘇ったハンター。名をゲノセクト。
『そのカセットはゲノセクトに関係する道具みたいッスね。ただ、それが何のためなのかまでは分からない。2年前、プラズマ団がキュレムの悪用に失敗した際に投棄されたデータベースなんかも調べてみたッスが、何も関連するデータはなかったッス』
「4年前、Nがポケモンリーグで少年少女に敗れたときにはプロジェクトが消えていたと考えて良いな。だが、科学者は続けていたってところか」
『まあ、今でも水面下で生き続けるロケット団とは違うッスからね。プラズマ団はその首領が精神崩壊して、完全に瓦解した。ゲーチスは今も行方知れずッスが、どうせもう演説する気力もないッスよ。むしろ気になるのは――』
「いまさらこんなことを俺が聞くことだろ。俺も分からん。なんで今、ゲノセクトが出てくるのか。何かが起きるかもな、俺には関係ないけど」
『確かに旦那には関係ないかもしれないッスけど、旦那にそれを頼んだ相手はジャスティスじゃないッスよね。その人、ちょっと心配かも。大事に巻き込まれないことを祈ってるッス』
「何か分かったら、追加料金で教えるッス」っと言い残し、カティアは電話を切った。ラプチャーはスマートフォンをしまい、考える。彼女が『ヤバイ』と言うからには、相当な代物であることは間違いない。そんなものが、一般のバザーの延長線上のようなジョイン・アベニューで出回るものだろうか。
だがナナミに手伝うと言ってしまった以上、何もしない選択肢も駄目。もしかしたら本当にカセットがジョイン・アベニューに出回っているかもしれない。可能性は低いが、探すことに意味がある。見つかればそれに越したことはない。
怪しい商品を扱っている店は割とあるものだ。元々は多くの自由経済を活発化させるための試験的な試みだったようで、オーナーも適当に選ばれた子どもだと言う。子どもだから経営技術や治安維持の重要性は多分分かっていない。今ここは、ある意味で無法地帯。表面は綺麗に見えるが中は腐った果実になりつつある。
オーナー自らが店を選定していると聞くが、所詮は子ども。善良な市民に扮し、見せ掛け、危ない商品を扱う店も少なくない。そしてラプチャーはそんな店をいくつか知っている。プラズマ団とは違った地下に根を張る組織などにとっても、ここは都合が良かった。
蛇の道は蛇。餅は餅屋。危ないことは、危ない連中に限る。入口付近の超大型店舗、その陰に追いやられるように構えられた占いの館。ただ看板と机と椅子が置かれているだけ。あとは年老いた爺さんが1人。
「おや、おやおや〜? これはこれは、珍しい客が来たもんだね。以前に『もう来ない』っと言わなかったかい」
「アンタがぼったくったからな。今日は聞きたいことがあってきた」
「分かっているよ。君が来る未来も分かっていたし、目的も分かっている。内容までは分からんが、目的の場所は教えよう。逆の入り口から3つ目の店、雑貨屋に行ってみろ。探すだけで良い。あるわけじゃない」
「相変わらず、仕事が早くて助かる。的中率は92%の占い……求める奴は後を絶たないだろう」
「じゃが、1日に1回が限度じゃ。それにどう足掻いても100%にはならない。その時点でメリットよりもリスクの方が大きい。ワシはただ働きはご免だからな」
薄気味悪い笑い声を響かせる老人に向け、ラプチャーは剥がした小切手の紙を投げる。額面は丁度50万円。老人は若干不満そうな表情を浮かべ、紙をぺらぺらと揺らしてみせる。
「まさかこれだけかね。最近の客は羽織が悪いな」
「今日は既に別のことに金を掛けてるからな、それぐらいしかない。それに来るかどうかも分からない客を待つより、現金があった方が良いだろ」
「まあ、な。それじゃあ今日は店仕舞いじゃ。ほれ、さっさと行った。しっしっ」
「アンタはもう少し客に対する態度を改めた方がいいぜ。金ばかりを基準にすると、ろくな死に方しない」
ラプチャーの忠告を聞いているのかいないのか、老人は看板をしまうとそのままカーテンで仕切られた店の奥へと消えていき、『本日終了』の看板を置くために戻ってくる。
置くだけで特に見ていたラプチャーには目もくれず、再び奥へと姿を消した。『テレポート』でも使用したのか、部屋の奥から流れてくる僅かな風に老人の気配は感じない。変人だが、妙な詮索をしない辺りはラプチャーとしても好都合。
裏路地を出て、ラプチャーは老人の言っていた店を目指した。逆方向の入り口から3つ目の雑貨屋。『あるわけではない』という言葉が気になったが、他にヒントもないなら探すしかない。
巡回バスに乗って反対側の入り口まで移動する。テレビ番組なのでは快適に移動出来ているシーンが多く見られるジョイン・アベニューだが、実は意外と広い。端から端までショッピングして行こうものなら、一時間強は必要だ。
「さて、雑貨屋とか言ってたな。てか目の前が丁度それじゃねーの、ラッキー。慎重に探りを入れるのも面倒だし、ここは一気に進めちまうか。おい、しょぼくれた雑貨屋のおっさん」
「しょぼくれたとか言うな! コアな品を扱っていると言え、クソガキ!」
「ちょっと探してるもんがあるだけどよ。最新のタブレットぐらいの大きさで、厚さはコミック数冊分ぐらいの『カセット』って呼ばれるもん知らないか」
「『カセット』? いや、カセットって規格の話だろ。アナログカセットか、それともコンパクトカセットか。今時の奴にはカセットなんかよりも、USB3.0接続SSDとかの方が人気だぜ。2TBのハードディスクも売れ筋だ」
カセットはカセットでも一般商業用のカセットの話になったが、それが普通の反応だろう。そこから最先端で若干値の張るものをさり気なく勧める辺り、商売には向いているらしい。
しかしラプチャーが聞きたいのは売れ筋の商品ではない。額に手をつき、溜息を漏らす。考えてみれば『カセット』なんて曖昧な表現で分かるわけがないのだ。
「そうじゃないんだが。あっーそうだよな、『カセット』だけじゃそりゃ分かるわけないよな。4色ぐらいに分かれてて、特殊なことに使う奴なんだが。あれ、でも爺は『あるわけではない』って言ってたっけ。どういうことだ、おい」
「いやこっちがどういうことだって聞きたいね。なんだ、ただの冷やかしかお前」
「俺も正直分からなくてな。知り合いの探しものを手伝っているって感じだから、抽象的になっちま――」
「『カセット』か、その単語を『そういう意味』で使う奴にこんなところで出会うとはね。これも運命かな」
粘り付くような低い女性の声。背筋に妙な悪寒を感じたラプチャーが振り向くと、女性の声が聞こえたのだから女性がそこに立っていた。
ぼさぼさに乱れた、緑色のロングヘアー。深紅のメガネの下には綺麗な銀色の瞳が見えるが、目の下の隈がそれらの素材を見事に台無しにしている。綺麗な白衣を身に纏っているが、微妙にボタンがずれている。
わざと着崩しているのか、ファッションのつもりなのか、ラプチャーには白衣のセンスは分からないが果てしなく言葉にし難い。ラインのプロポーションを見る辺りきっと美人なのだろうが、マイナス要素が多い。
如何にもなマッドサイエンティスト。映画に出てくるような紳士的な恰好と言動で最初は良い奴に見えても、実は敵でしたみたいな奴より余程それっぽい。直感で変態の類であることが、多くの変人をみて来たラプチャーには容易に分かった。
何より『カセット』の意味をラプチャーが知りたい意味で知っているような言動を取った。『探すだけで良い、あるわけではない』という言葉の意味、ラプチャーはようやく理解に至る。この女の出現、それこそが予測された未来。
「知っているようだな。と言うことは、そっちの筋の人間だろう。話を聞きたいな」
「お前は警察官か何かか。私も善良な一市民、警察官なら協力もするが誰とも知れない奴に協力するつもりはない。声をかけたのは、興味本位さ」
「お手伝いってところだな。だけど、ちゃんと警察官のお手伝いだ」
「そうか、それなら話してやっても良いだろう。移動するぞ。あまりおおっぴらにはしたくないんでね。あっ、それとこのハードディスクください」
「えっ? あ、毎度あり!」
いきなり方向転換して商品購入の意思を示した女性に対し、店長は一瞬反応が遅れたが声を上げて商品を渡す。手に取ったハードディスクの箱を抱えていたエコバッグに入れ、再びラプチャーに向き直った。
「そこの喫茶店で少し話そうか。そうそう、私はキョウカと言う。君の名前は?」
「ラゼッタ。キョウカ……シンオウ地方方面の名前かな」
「良く分かったわね。そう、私はシンオウ出身よ。ところで聞くんだけど、ラゼッタと私はどこかで会ったことがあるかい」
「ないな。アンタみたいな面白い人を忘れるわけないだろうから、間違いない」
「そうか。いや、研究のし過ぎてボケたんかもしれない。では話そうか、『カセット』について」