PART / W
ベースを響かせると同時にホミカの指示が飛び、モロバレルの体中から黄色の胞子が飛散する。煙のように迫り来る靄を前に、ラプチャーは右手を鳴らしマタドガスが息を大きく吸い込んだ。
吐き出される業火。マタドガスの周りを囲む胞子は一瞬で焼却され、さらに炎の一部がタマゲタケを襲う。迫り来る攻撃に対し、キノコのような両手の盾を突き出したモロバレルの体が回転。風圧が炎を舞い上げ、モロバレルに触れることなく全て上空に吹き飛ぶ。
「驚いたね、『かえんほうしゃ』を使ってくるなんて。モロバレルの『しびれごな』が簡単に焼却される火力、中々のハイテンションじゃないの」
「お前のモロバレルこそ、弱火とは言え『かえんほうしゃ』を吹き飛ばすのは意外だったぜ。ちょっとやそっとじゃ倒れてくれそうにないな。互いに面倒くさくなりそうだ」
「そうだね。でも、あたしのソウルはぶっ飛びまくってる。攻めるよ、モロバレル! 『ヘドロばくだん』!」
「マタドガス、直接狙っても良いが機動力を先に殺ぐ。それと先に言っておくぞ、辛いと思うがお前だけで突破する。良いな」
背後のラプチャーの呼び掛けにマタドガスの小さな顔が頷き、モロバレルの盾状の手から放つどす黒い液体がマタドガスに付着する。だがどくタイプに対してどくタイプの攻撃、マタドガスに大したダメージはない。
体を回転させてヘドロを振り払い、巨大な顔が口を開いた。大きく吸気し、放たれたのは先ほどよりも禍々しさを増した黒い炎。範囲は広いものの、炎の壁としては薄く見える。
大したダメージは期待できそうにない。連続の『かえんほうしゃ』の負担が大きく失敗したと感じたホミカは口角を上げながらベースを鳴らし、モロバレルは再び盾の手を前に突き出した。
迫る炎を前に逃げることなく臆せず挑み、大きく体を回転させると巨大な風がモロバレルの周囲に発生。再び炎を吹き飛ばす……はずが、炎は不気味な軌道を描き、風をすり抜け一直線にモロバレルへ。
訝しむホミカが眉を顰め、炎が不気味に光った瞬間に飛び跳ねるようにベースを弾いた。
「モロバレル! 駄目、その炎は避け――」
「残念、手遅れだ」
体を回転させるモロバレルの周りを怪しく光る炎が包み込み、モロバレルが悲鳴と共に炎の膜から慌てて逃げる。その全身は所々燃えた跡があり、完全に『やけど』状態にさせられていた。通常の『かえんほうしゃ』とは、明らかに異なる挙動。
「出来そこないの『かえんほうしゃ』だと思ったなら、ちょっと楽観的過ぎるな。どくタイプのエキスパートでも、炎の見分けは出来そうなもんだが」
「完全にあたしのミスだ。今度は直接モロバレルに『かえんほうしゃ』が来るとばかり思ってたのに、攻撃じゃなく『おにび』で『やけど』を狙ってくるなんて」
「さて、次は正真正銘の攻撃だ。さっきまでは余裕そうだったが、今度はどうかな。耐えて見せろ、『かえんほうしゃ』!」
放たれる『かえんほうしゃ』は先ほどの見た目とは違い強烈な勢いと火力でモロバレルに迫り、ホミカがベースを弾くとモロバレルの体が僅かに膨らむ。モロバレルの動きは鈍い。元来は両手のモンスターボールに似せた両手や胞子を使い獲物を誘い出すポケモン。
加えて素早い動きで目の前まで迫った攻撃を避けるほど、反射神経も良くない。その代わり物理攻撃と特殊攻撃に対する耐性がそれなりにあり、相手を異常状態にする様々な胞子を操るのがこのポケモンの真価。
回避を捨てたモロバレルは膨れた体を激しく回転させ、最初同様に『かえんほうしゃ』を発生した突風で巻き上げた。しかし先ほどの残り火程度の攻撃とは違い、今度は全力の炎攻撃。回転するモロバレルは徐々に速度が減衰し、『やけど』の痛みが動きを止めた瞬間、その体が炎の中に飲み込まれる。
炎が通過し、体中から煙が上がるモロバレルだが戦闘不能は避けられたらしい。重心が覚束無い動きでふらふらし、今にでも『やけど』のダメージで倒れそうだ。
「このバトルは1匹戦闘不能にすればそれまで。相手が『やけど』で倒れるのを待ったり、交代を許すほど俺は優しくない。マタドガス、もう一回あそこにいる消し炭同然のキノコを焼きつく……おい、マタドガス」
「聞こえてないんじゃないかな。後姿じゃ分かり辛いだろうけど、気持ち良さそうに寝てるもん」
不敵に笑うホミカに言われ耳を澄ますと、マタドガスから聞こえてくる僅かな寝息。モロバレルが相手を『ねむり』状態にするのに使い技は『キノコのほうし』、どのタイミングがはっきりしないが、確かに使われていた。
先ほどの攻防の中で『キノコのほうし』が使用できる場面は限られている。マタドガスの『おにび』の後から、モロバレルが『かえんほうしゃ』に包まれるまでの間。不審な動きがあったとすれば、モロバレルが回転を始める前の僅かな膨張ぐらい。
「なるほど、『かえんほうしゃ』を凌ぐのに加えて『キノコのほうし』を巻き上げていたのか。膨張した時点で、上に注意を向けるべきだった」
「そんな簡単に見破るなんて、やっぱり強いねあんた。でも一度決まればそれで十分、そろそろ危ないから交代させてもらうよ」
瀕死寸前のモロバレルをボール戻したホミカは入れ違いでフィールドにスーパーボールを投げ入れ、出てきたのはメガムカデポケモン、ペンドラー。その巨体から発せられる威圧感のせいか、思わず汗が出る。
しかしラプチャーはポケモンを交代する素振りは見せない。その落ち着き払った態度を前にして、ホミカは僅かに警戒心を強めた。
先に交代することで発生するアドバンテージ、つまりラプチャーが交代した瞬間を攻めようと考えていたホミカにとって、交代する気配がまるでないラプチャーの雰囲気は望ましくない。
高い攻撃力と素速さを誇るペンドラーの先手が決まれば、それだけで決着をつけることも十二分に可能。だがその目論みは失敗した。逆に出鼻を挫かれたホミカは寝ているマタドガスを睨み、次いでペンドラーと視線を合わせて頷き合う。
理想のシチュエーションではないにしろ、『ねむり』状態のポケモンを前に何もしないのは愚策。ベースを今まで以上に高らかに鳴らし、ヘッドの尖った部分をマタドガスに向けながらホミカが叫んだ。
「交代しないならさせるまで! 相手は何もできないんだから、ハート滾らせて行くよ! ペンドラー、『すてみタックル』!」
「どく、むしタイプの攻撃は避けて来るか。まあ当然と言えば当然だが、俺のマタドガスを甘く見ない方が良い」
轟音を響かせながら迫るペンドラーは眠っているマタドガスに対して容赦なく正面からぶつかり、それなりに大きなマタドガスの体が空を舞う。地面に落下し、ラプチャーの前まで力なく転がる。
「いくら『かえんほうしゃ』が使えても、眠ってる間に攻撃を受けたんじゃ意味がない。あたしを甘く見過ぎたわね、あんたの負けよ」
「何を根拠に負けって言ってるんだ。まだバトルは終わってないぞ、さっさと続けたらどうだ」
「終わってないって、もうマタドガスは戦闘不能じゃない。現に地面に落ちてから全く動かない。こんなあっさり勝負がついて納得いかないのは分かるけど、ちゃんと現実は見た方が良いよ」
「戦闘不能って、お前は眼科に言った方が良いんじゃないのか。良く見ろよ、マタドガスを。こいつは瀕死になってるんじゃない。寝てるだけだ」
「寝てるって、そんな馬鹿な。ペンドラーの一撃よ、これを受けて寝てるなんてこと」
ホミカの言葉を遮るように、マタドガスの体が僅かに動いた。嫌な汗を浮かべながら、ホミカが息を飲む。起き上がったマタドガスは大きな欠伸をすると体中からガスを噴出し、ゆっくりと浮遊を開始。ダメージが少しあるものの、動きにぎこちなさは見られない。
ギャラリーから感嘆、驚きの声が上がる。ジムリーダーのポケモンの攻撃を正面から受けたにも拘わらず、健在を示すようにまた欠伸をするマタドガス。
ラプチャーの指が鳴った。のんびりとしているマタドガスは鋭さの増した眼光を放ち、正面のペンドラーに向き直る。体中から溢れ出るガスがさらに量を増し、寝てる間に吹き飛ばされたことに腹を立てているようにも見えた。
指示が飛び、大小両方の口から再び強力な『かえんほうしゃ』が飛来。しかしモロバレルと異なり、ペンドラーは素早い。ステップを踏んでマタドガスの攻撃を避け、ジャンプすると体を丸くして回転する。
「さっきのように防戦一方とはいかない。ペンドラー、今度は回転も加えて『すたみタックル』で決めるよ!」
「まっすぐきてくれるなんざ、こっちとしてはありがたい。マタドガス、正面から喰らわせてやれ。もう一度『かえんほうしゃ』だ」
「モロバレルもそうだけど、あたしが炎対策をしてないと思ってるなら大間違い。フィールドに轟かすよ、ペンドラー!」
正面から迫るペンドラー目掛けマタドガスは再度『かえんほうしゃ』を放ち、それを見たホミカがベースを鳴らし何かの合図を送る。音を聞いたペンドラーは回転速度をさらに上げると地面を抉り、砂煙を体の周りに纏った。
砂塵の鎧。風と共に舞い上がる粉塵、マタドガスの放つ『かえんほうしゃ』は大きく威力を奪われた。炎と埃を斬り裂いたペンドラーはマタドガスを跳ね飛ばし、埃を巻き上げながら再び砂塵の中へ。
回転速度が加わった、先ほどよりもダメージが大きい。吹き飛ばされたマタドガスはすぐに姿勢を立て直すが、先ほどよりも疲れが蓄積している。傍目には分からないだろうが、ラプチャーなら呼吸から察するぐらいわけない。
「野郎、ヒットアンドアウェイで逃げ続ける気か。『かえんほうしゃ』のダメージも多少はあるだろうが、持久戦じゃ不利になる。やはり、アレしかないな」
「これだけ埃が多いんじゃ、ペンドラーの位置を掴むことだって容易じゃないよ。それはつまり、いつ攻撃してくるか分からないってことになる。『おにび』だって狙いを定める時間はない。一方的なワンサイドゲームってやつだよ」
「目に見えるものだけが全てじゃないぜ。それにお前、目に見えるものすら見えてないみたいだな。はっきり言おう。この状況、俺にとっては追い風だ」
「口を動かすだけなら誰だって出来る。この状況、どう見てもあたしに追い風は吹いてるよ。あんたはそうじゃないって言うなら、この状況をあたしの目の前で打開してみな!」
ホミカの奏でるベースに合わせ、後方に待機していたバンド仲間がギターを響かせる。回転速度がさらに上がったペンドラーはとにかく早い。だがそんな中、ラプチャーが気にしているのはマタドガスのことではない。
五月蠅いことだった。ただでさえ周りはギャラリーだらけ。加えてロックを奏でるホミカのバンド。場は盛り上がるし、彼女たちにとってもテンションの上がる方法なのかもしれない。だがラプチャーにとってそれはただの雑音、騒音の類。
「さて、もう少し時間が掛るな。マタドガス、2時の方向に『かえんほうしゃ』だ。ミスるなよ」
「当て感とは言えペンドラーの位置を掴んだことは凄いと思うよ。でも残念、今のペンドラーに対しては火力不足じゃない」
舞い上がる粉塵目掛けて放たれた『かえんほうしゃ』。マタドガスの外周を回転するペンドラーは側面から迫る炎に飲み込まれたが、すぐに突き破り難を逃れる。先ほどよりも厚みを増した粉塵の鎧、もはや小さな火傷程度のダメージしかない。
それでもラプチャーは再び指示を出すとマタドガスは炎を放ち、煙で見えないはずの相手を正確に捉える。しかし警戒心が増していたペンドラーは回転しながら大きくジャンプ。
空高くから落下してきたペンドラーは上空から一直線にマタドガスの頭上に激突。強烈な一撃を思わせる鈍い音に観客がどよめく。先ほどよりさらにダメージが蓄積したマタドガスは『かえんほうしゃ』を放つが、ペンドラーはあっという間に粉塵の中へ姿を消した。
いくらマタドガスが頑丈とは言え、このままでは確実に体力を削られていつか負ける。ポケモンを交代したところで、この状況を打開できる保証はない。それだけ今のホミカとペンドラーは勢い付いている。
一発で挫かなければいけない。調子が良い相手に警戒心を持たれたら、さらに不利になることは必至。最悪、現在進行形でラプチャーが進めている計画がばれて全てが無駄に。
「あと少し、既に十分かもしれないが保険としてあと少し欲しいな」
「そろそろ倒させてもらうよ、あんたのマタドガス。交代で苦手なタイプが出てこようと、これだけ勢いのあるペンドラーを止めるなんてできっこない。これで決める。ペンドラー、上空から一気に『すてみタックル』!」
「さて、これだけあれば良いか。終わりだな、御苦労マタドガス。これが終わったら好きなもん食わせてやるから怒るなよ」
粉塵を纏うペンドラー、見た目はさながら小さな竜巻。マタドガスの小さな口が放った『かえんほうしゃ』を軽々と撥ね退け、ペンドラーの『すてみタックル』がマタドガスへ吸い込まれるように迫る。
「よし、あたしの勝ちだ!」
「言っただろ、もう終わってるんだよ。お前がペンドラーを出して、埃を巻き上げた瞬間にな。マタドガス、『だいばくはつ』だ」
「……えっ!?」
呆気に取られるホミカの前でペンドラーとマタドガスが衝突し、起爆したマタドガスが一気に弾けた。フィールドを中心に巨大な爆発が起こり、辺り一面を吹き飛ばす。ギャラリー達も吹き飛ばされ、換気装置がけたたましい轟音を上げながら一斉に換気を開始。
巻き上げられたマタドガスとペンドラーはフィールドの中心に落ちると両者共に動かず、起き上がったホミカは慌ててペンドラーへと駆け寄る。確認するまでもない。両者主に戦闘不能だ。
『なんと、なんとここにきてキョーレツな『だいばくはつ』だ! 両者引き分け、この場合は残ったポケモンの体力で判定が行われますが……ホミカ選手のモロバレルの状態からも結果は明らかでしょう。勝者はラプチャー選手だ!』
未だに一瞬にして起きた爆発に何があったのか分からない観客だが、訳の分からぬ間に歓声が上がったのでそれに乗じる。ラプチャーはポケットからサングラスを取り出し、正体がばれないよう申し訳程度の偽装を施した。
「そう言えばこの大会のルールだと、『だいばくはつ』で引き分けたら残りのポケモンの体力で判定が決まるんだっけ。あんた、最初からそれを見越して狙ってたのね」
「この計画に変更したのは途中からだ。当然だが、『かえんほうしゃ』と『おにび』だけで済むならそれが理想ではあった。俺だってむやみに『だいばくはつ』なんてしたくないからな。マタドガスが可哀想だし」
「あたしもマタドガスを使うから分かる。アレはただの『だいばくはつ』じゃない。いいえ、『だいばくはつ』だけど威力的にありえない。あんたのマタドガス、体内にダイナマイトでも仕込んでたのかしらね」
「御苦労、戻れマタドガス……言っただろ、お前は目に見えるものも見えてない。粉塵の中にずっと無臭に近い可燃性のガスをマタドガスは出していた。ペンドラーが盛大に粉塵を撒き散らしてくれたおかげで気付かれ難かったのが幸いしたがな」
「戦いの中でそこまで考えるなんて、やっぱりあんた強いね。痺れたよ、理性ブッ飛ばされるぐらいに。ねぇ、暇があったらタチワキシティのジムに来てよ。またあんたと戦いたい。そして勝ちたい」
ペンドラーをボールに戻したホミカは爽快な笑顔とともに右手を差し出し、周りの目が気になったラプチャーだがそこは素直に手を取る。ホミカはシムリーダーであり、さらに有名バンドのリーダー。
追っかけのファンか知らないが、やたらと取られる写真が気になって仕方ない。例え自分の部分が切り取られるだろうとしても、気になるものは気になるのだ。
ちなみにラプチャーとしては、タチワキシティのジムに行く気は今のところ全くと言って良いほどない。なぜならタチワキジムは年がら年中爆音が響き渡るスタジオ。彼に言わせれば騒音製造工場。その為ジムも近所迷惑を考慮してか、地下深くにある。
彼は騒音が嫌いだ。ウォークマンに入れて聞く音楽ならまだしも、生で聴くのは少々厳しい。手を振りながら離れていくホミカを見送りながら、ラプチャーは鋭い表情で電光掲示板を睨んだ。
表示されているのは『ラゼッタ・エアリード』と『イドニア・エアリード』の文字。奇しくも同じ姓を持つ者同士、観客が興味本位で色々推測しながらざわつく。
「……イドニア」
「呼んだか」
背後から聞こえた声に振り向くと、いつの間にかフィアーがすぐ真後ろに立っていた。周りの喧騒が嘘のように静かに聞こえる中、2人は睨み合う。醸し出される雰囲気が2人の関係を如実に示し、誰も野次を飛ばせない。
「どうした、俺に用があったんだろう。ただ睨んでいるだけじゃ何が言いたいのか分からないんだが」
「呼んではいないが事のついでだ。1つ聞きたいことがある」
「答えてやるとは限らんが、聞いてはやる。何だ」
「あの日、あの時、お前はどこにいた。『ミスト』を中心に村は全滅。俺みたいな違反者じゃなければ、助かれるわけがない。もしくはあの事件を人為的に引き起こした奴とかな」
「なるほど、俺があの事件を起こしたと言いたいのか。だが残念、俺が生きているのは偶然だ。運が良かっただけのこと。話は終わりか。なら始めるぞ。休憩など必要ない」
『おーっとイドニア選手とラゼッタ選手、両者共に休憩なしで既にバトルモードに入っている! 本来なら10分後ですが、両者合意なら今すぐにでも! ラストバトルはラゼッタ選手VSイドニア選手! さあ、試合開始!』