巡り合わせのエアリード
PART / V
 2人が同時にテーブルを叩く。ポケッチをいじっていた女性店員は悲鳴を上げると持っていたものを落としそうになったが、慌てて確保すると正面を睨みつけた。だが、すぐにその表情は怒りから怯えに。
 見上げた先にいたのは2人の男。鬼気迫る表情で見下ろすラプチャーとフィアー。叩いて初めて互いの存在に気付いたのか、女性の視線を無視して今度は2人が睨み合う。

「俺が先だ。お前は引っ込んでろ」
「だが断る、俺が先だ。いや、もうこの際はっきり聞いた方が早い。お前がイドニアか」
「なるほど、お前がラゼッタ。ここじゃなんだ、裏に行くぞ」

 顎で人が少ない方が煽いだフィアーが歩き出し、ラプチャーもその後ろに続く。後方では受付をしていた女店員が涙目になりながらほっと胸を撫で下ろすが、ラプチャーもフィアーも彼女に対して罪悪感を抱く余裕などない。
 観賞植物の裏に回り込み、視線が重なる。空気が重い。同じ姓を持つ者同士、親戚だとか生き別れだとかそう言う雰囲気ではない。互いに警戒し、次に何が飛び出すか分からない緊張感が空間を支配していた。
 これが巡り合わせ。これが運命。いや、宿命と言うべきかもしれない。ラプチャーもフィアーも互いに感じていた。それは気付けないぐらい、本当に小さな芽生え。例えるなら密林の中で今し方見つけたばかりの新たな命とでも言うべきもの。
 目の前にいる男は近い将来必ず、自分にとって障害となりえる。自分が何かを成し得るとき、必然的に敵対する形で現れるはずだ。そんな予感。2人に自覚はないが、確かに潜在意識は嗅ぎ取っていた。

「まずお前が何故エアリードを名乗っているのか聞こうか、風読み」
「お前には関係ない。むしろお前が何故エアリードを名乗っている。本家の人間でお前のような奴は見たことがないが」
「本家だの分家だの、あの村が消滅した今じゃ関係ないな。俺は俺の意思でエアリードを名乗っている。お前にどうこう言われる筋合いはない」
「なら俺もお前にどうこう言われる筋合いはない。不毛な会話だ、話題を変えさせてもらう。お前、なんで集めてる」

 主語も何もない突然の質問。しかしイドニアはそれだけでラプチャーが何を言いたいのか全てを悟り、険しい表情の影が若干濃くなる。

「それこそお前には関係ないことだ。そうだな、世界征服とでも言えば満足するか」
「満更その回答で満足したぜ。誤魔化そうとしたつもりかもしれないが呼吸ってのは素直でな、落ち着き過ぎなんだよお前。割と本気で世界征服狙ってるんじゃないのか」
「そう思いたければ思え。さて、今度はこっちだな。お前は何故集めている」
「俺はお前と違ってな、隠す必要がない。あの日に死んだ仲間達が好きだった景色を取り戻す。それだけだ」
「仲間が好きだった景色? は、ははは、かあああはっはっはっは! 失笑ものだな! それだけの為にお前は集めているのか。くだらない、お前は俺の障害にはなりえん。とんだ杞憂だった」

 一頻り爆笑したフィアーはラプチャーに背を向け、彼に興味を失ったかのように立ち去る。右手を握り締めたラプチャーは一歩足を踏み出すが、周りに野次馬が数名居た為に思い留まった。
 残されたラプチャーを見ながら露骨に小声で話をする女性達を彼が舌打ちしながら睨み、威圧感に押された彼女たちはそそくさとその場から離れる。どれだけ憤ろうと現在はトーナメントの最中、不用意な暴力沙汰で失格になる事態は避けなければならない。
 しかし腹が立つのも事実。先ほどまでは気にならなかった通路からの騒音が再び耳障りに感じ、文句の一つでもっと歩き出したラプチャーの肩に後ろから延びる手が触れる。
 過敏になっていたラプチャーは素早く振り向き、同時に肩に乗っている手を取って関節を固める。だがそう思ったのも束の間、流れる水を掴むように掴んでいた相手の手が逃げ、逆にラプチャーの関節を取った。
 負けじとラプチャーは取られた関節を強引に振り解き、腕に痛みが走る。まだ何か仕掛けて来るかと思い顔を上げると、見えてきたのはブラウスの上からでも分かる豊かな胸。先ほど戦った相手、水菜。

「血気盛んね、誰にでもこんな対応してると痛い目見るわよ」
「気が立ってた。アンタこそ、声も掛けずに後ろからボディータッチばかりしてるとカウンター喰らうぞ」
「あら、声なら掛けたわよ。泥棒稼業は神経使うからね、もう聴力が老化しちゃったのかもよ」

 おどけて見せる水菜の態度に怒鳴りつけたい気持ちが湧き上がるものの、声を掛けられていたか自分でも分からないので何とも反論し難い。
 ヒウンシティが10分後に地図から消える確率レベルだが、もしかしたら本当に老化してしまったのかもっと思わず感じてしまう。だがそれも嫌なので、メインストリートで響いている騒音のせいにした。

「それにしてもイドニアって奴、なんか嫌な感じよね。若い頃に似たような奴らと戦ったことあるけど、あれは人を完全に馬鹿にしてるタイプよ」
「俺に興味が失せたみたいだから、逆に好都合だろ。あんな奴に付け回されるなんざ、こっちがごめんだ」
「貴方がそう思うなら、きっとその方が良いのよ。さてと、私はそろそろ行くわ。今日中にライモンシティも見て回りたいからね。バトルサブウェイって面白いものがあるみたいだし、結構楽しみ。それと、私に勝ったんだから最後まで勝ちなさい」
「誰に勝とうが負けようが勝つさ。あとバトルサブウェイは複数のポケモンが必要だから、今のアンタじゃ参加資格がないと思うぞ」
「そうなの? まあ、行ったときに考えましょう。応援してるわよ、風読み『ラプチャー』君。縁があったら、またどこかで会いましょう。楽しみにしてるわ」

 ウインクしながら踵を返した水菜はそのまま人混みの中へと消えて行き、瞬く間にその姿は見えなくなった。お節介だと感じながら、ラプチャーは小声で「はいはい」と呟く。表情には出さなかったが、誰かに応援されるのはラプチャーとしても悪い気持ではない。

『さぁ、それでは第2回戦を始めましょう! 参加選手、フィールドに集まってください!』

 短かった休憩時間が終わりを迎え、休憩中に休まるどころかむしろ気疲れしたラプチャーは溜息をつく。路上からは騒音ライブが終わりを迎えたのか、拍手喝采が起こるもそれが余計に彼の神経を刺激した。心休まる時間がない。
 ごった返す人の間を縫いながらフィールドに入ると、既に対戦相手はトレーナーサイドに立っていた。吊り上がった強気な目付き、白髪のショートヘアーだが前髪を頭の上で縛ってちょんまげにしている。
 ぶかぶかとした青と紫が縞模様になっている服、その下にスパッツ。ご丁寧に厚底ブーツの底まで毒々しい青色。だがラプチャーの目に入っていたのは服装より、今彼女が手に持っている物体だ。目の前の少女が持つにしてはあまりにも大きくてごつい道具。
 ペンドラーをモチーフにデザインされたかのような刺々しいワーロックベース。彼女がベーシストなのは一目瞭然、そして周りでは彼女のファンが引っ切り無しに声援を送っている。ラプチャーは何となく予感した。五月蠅かったのはこいつだと。

「あんたがラゼッタだね。さあ、早く始めよう」
「……お前だったか」
「えっ、な、何の話。なんでそんな怖い顔してるの。あたし別にあんたとは初対面だよね」
「さっきからテメーの雑音が耳障りだったんだよ。暇さえありゃ通路でドンチャカ騒ぎしやがって、周りで静かに寛いでる奴のこと考えたことねーのか。ガキだからって自分の好き勝手していいわけじゃ……ん、ホミカ? どっかで聞いたな。どこだっけ」
「あんた、あたしの音楽が雑音だって!? あたしたちはパンクバンド『ザ・ドガース』、求められてるから心振るわせる!」

 雑音と言うワードに反応したホミカは歯を噛みしめて激昂するが、考え込んでいたラプチャーは手を叩くと「あ、ジムリーダー」と一言呟いた。態々バンド名を言ったにも関わらず、出てきた単語はジムリーダー。彼女の瞳がさらに鋭さを増し、逆にラプチャーの表情から険しさが消える。
 盗賊であるラプチャーはある程度イッシュ地方のジムリーダーの情報を頭に入れており、当然ホミカのことも知っていた。パンクバンド『ザ・ドガース』のリーダーであり、イッシュ地方では有名な人物。

「普段から五月蠅いって掲示板にも書いてあったからな。なるほど、残念な子だったか。そういうことなら怒らねーよ、俺は可哀想な女と子どもには優しくするポリシーがあ――」
「ちょっと、人のこと勝手に音痴で残念な子にしないでよ」
「てかジムリーダーがこんな一般市民がケチ臭く景品に群がるトーナメント出て良いもんなの? サボりは良くないよ、ちゃんとジムリーダーの仕事しなさい」
「今日はお休み、ちゃんと申請だって出してるもん。さて、お話はこれぐらいで良いんじゃない。あんたが私の音楽を雑音だって言うなら、ソウルに響かせて快感に変えてあげる。そして認めさせる!」

 ホミカが持っていたベースを響かせると同時に辺り一面のギャラリーが一気に盛り上がり、その中でラプチャーだけが辟易した様子で息を漏らす。あまり目立ちたくないラプチャーとしては、こんな人を呼び寄せるようなデモンストレーションは迷惑以外の何でもない。しかも相手が有名バンドのリーダとなれば尚更と言うもの。
 小刻みにリズム良くステップを踏んだホミカは右手にスーパーボールを構え、それをフィールドに放り投げ込んだ。中から現れたのは寸胴なシルエット、きのこポケモンのモロバレル。盾のようなキノコ型の手を揺らし、僅かな胞子が漏れ出しす。
 腰に手伸ばしたラプチャーはモンスターボールを1つ選び、フィールドへ投入。飛び出してきたのは2つの顔、どくガスポケモンのマタドガス。互いにどくタイプのポケモン、特にラプチャーが出したのがマタドガスだと分かった瞬間、ホミカの表情が若干明るくなったように見えた。
 タチワキシティジムのジムリーダーである彼女のエキスパートはどくタイプ。同じタイプを初手から出してくるトレーナーに会えた喜びか、もしくはエキスパートであるからこそのプライドが疼くのかもしれない。

「どくタイプのジムリーダーだと分かってる上であたしにマタドガスをぶつけるなんて、面白いことするわね。どくタイプのことならあたしは良く知っている。あんたのソウル、ちょっと響きが弱いんじゃない」
「本物のエキスパートなら行動で示したらどうだ。動いているのは口だけ、お前の奏でる音楽は俺のソウルに届いてないぜ」
「言ってくれるね。なら響かせてあげる。あたしの音楽、あたしの情熱、あたしが解き放つもの全てを、あんたに! いくよ! あんたの理性ブッとばすから!!」
「俺の理性を吹っ飛ばすには、些か風圧が足りないんじゃねーか。良いぜ、俺もぶつけよう。お前のソウル、粉微塵に吹っ飛ばす!」


月光 ( 2013/02/17(日) 17:47 )