PART / U
第一回戦の始まりが告げられる。大歓声の中、ラプチャーの投げたボールから現れたのはヴァーチャルポケモンのポリゴンZ。対する水菜の出したのは透き通るような体を持ったしんせつポケモン、グレイシア。
広いフィールドだが、特にこれといって特別な仕掛けや環境があるわけではない。ラプチャーと水菜は共に相手の出方を窺っていたが、突然ポリゴンZの表面の色が濁りを帯びる。その瞳が怪しい光を放ち、赤い光線が走ると全てが元に戻った。
バグったのではないか。水菜は一瞬そう思ったがポリゴンZは別に暴走する様子もなく、ラプチャーも別に表情を崩していない。不気味だ。彼女の考えを見抜いてか、ラプチャーが先に動く。
「ポリゴンZ、相手がビビってるうちにケリをつける。一発で終わらせな、『トライアタック』だ」
「迎え撃つわよ。グレイシア、『れいとうビーム』!」
稲妻、火炎、氷塊、全てを併せ持つ光線がポリゴンZから放たれる。迎え撃つために放たれたグレイシアの『れいとうビーム』とぶつかり、一瞬だけ拮抗するがすぐに『トライアタック』がその壁を突き破った。
回避の指示を受けたグレイシアはその場を離れ、先ほどまでいた場所に『トライアタック』が突き刺さる。冷気に凍らせられた地面が炎で熱せられ、蒸発した水蒸気の中を稲妻が走った。残っていた炎に触発され、小規模ながら発生した高エネルギー爆発。
巻き上げられる砂煙と爆煙。『れいとうビーム』を一瞬で弾き飛ばす高威力に水菜が戸惑っていると、渦巻く粉塵を斬り裂いて次の『トライアタック』がグレイシアを襲う。
直感的に感じた危機に従い、水菜はグレイシアへ回避を指示。まるで精密機械で狙いでも定められているように、放たれるポリゴンZの攻撃は寸分違わずグレイシアのいた場所を穿った。
「この粉塵の中、正確にグレイシアを狙うなんて大したものね」
「巻き起こる風は如実にそいつの居場所を教えてくれる。俺にとってみれば、このフィールドで何が起きてるかなんて目を瞑ってても分かるぜ」
「それは怖いわね。なんか威力もやたら高いし」
「隠しても意味ないからサービスで教えてやるよ。こいつの特性は『ダウンロード』、グレイシアは物理攻撃より特殊攻撃に弱い。それに合わせて、ポリゴンZは自分の中のデータを展開する」
「あぁ、さっきの変色はそのせいね。ありがと、お返しに私も教えてあげる。空気の流れだけでは見ないものもあるの、気をつけた方がいいわよ」
粉塵で見えないが、おそらく水菜は笑っている。空気の流れでは感じられない何か、それが何なのかラプチャーには分からない。分からないなら急ぐだけ。グレイシアの位置を風で感じ取り、ポリゴンZへ『トライアタック』を指示。
常識的に考えて、視界が封じられている中でいつまでも避け続けることは不可能。いつかは生じる綻び、そこを狙う。
短期決戦を決めたラプチャーはポリゴンZが『トライアタック』を放っていないことに気付き、再び攻撃の指示をするが反応がない。ラプチャーの声が届いていないのか、その場で固まっている。爆音のせいか、大歓声のせいか、すぐにラプチャーはその原因を理解した。
『ねむり』状態――頭を垂れるポリゴンZ、ラプチャーが叫ぶが爆睡は続く。朦朧としているとか気を失っているというレベルではなく、完全に『ねむり』状態になっていた。
「例え『さいみんじゅつ』だろうと、相手が見えなけりゃ当たらない。広範囲に拡散する技で、特に狙いを定めずグレイシアが使える技……くそ、『あくび』か」
「ご明察ね、逃げながら貴方のポリゴンZが眠るのを待っていたわ。寝ている相手なら容赦なく近づける。グレイシア、『れいとうビーム』!」
薄まりつつある粉塵を斬り裂きグレイシアが現れ、放たれた『れいとうビーム』はポリゴンZへ直撃。吹き飛ばれた衝撃と冷気で目が覚めたポリゴンZに向け、立て続けにグレイシアの『れいとうビーム』が突き刺さる。冷気が地面を冷やし、ギャラリーが寒気を感じるほどに空気が冷却された。
ポケモンバトルは高レベルの勝負ほど対決の時間は短い。いや、正確に言えば攻防の駆け引きが長い代わりに瞬間の密度が濃いと言うべきだろう。今まで探り合いや県政の試合をしていた両者が攻めに転じ、次の瞬間には決着。達人同士の対戦ではもはやこれが普通。
『水菜選手のグレイシアの技が立て続けに刺さったー! ポリゴンZ、これでは例え瀕死は免れてもダメージは深刻! ラゼッタ選手、ポケモン交代を急ぐべきだー!』
興奮した司会者の声がフィールドに轟く。スピーカから放たれる甲高い音に煩わしさを感じながら、ラプチャーは目の前まで吹き飛ばされたポリゴンZの様子を確認。右手にモンスターボールを構えていたが、数秒後に何もせずボールを腰に戻した。つまり、交換する意思はない。
この判断に対して周りのギャラリーが疑問を呈してざわめくが、ラプチャーは気にすることなくポリゴンZが立ち上がるのを待った。冷気で一気に眠気が吹き飛んだのか、ポリゴンZはすぐに起き上がると戦線へと戻る。
『おーっとポリゴンZは健在だ! どういうことだ、大きなダメージがないように見えるぞ!?』
動きに淀みがない。全くダメージがないというわけではないが、水菜が期待していたほどのダメージがないように見える。ノーマルタイプのポリゴンZに対して、グレイシアの放った『れいとうビーム』は効果抜群でもなければ、軽減するタイプでもない。まともに攻撃を連続で受ければ、大ダメージは必至。
ダメージは薄いと判断した水菜が再び攻撃命令を出すよりも、一歩先にラプチャーの指示を受けたポリゴンZが動いた。電子的な目がグレイシアを捉え、エネルギーの塊が放たれる。
でんきタイプ最強ランクの攻撃『でんじほう』。しかし命中率が非常に低く、軌道が安定しない。放たれた『でんじほう』はグレイシアの右半身を穿つような軌道で迫るが、軽く身を捻られるだけで軽々と回避。ダメージは与えられない。
「あれだけの威力の『でんじほう』、深刻なダメージを負ってたんじゃ撃てるはずがない。適応したのね」
「その通り。ポリゴンZの技『テクスチャー2』、今のポリゴンにこおりタイプの攻撃では大したダメージはない。今の『でんじほう』は外れたが、次は確実に当てるぜ」
「当たるかしら。こおりタイプの攻撃に耐性があるのは『ほのお・みず・こおり・はがね』タイプ。確率は半分、私だってある程度の対策はしてる」
「ぬかせ。例え『あくび』をしようと、俺の方が早い」
会話の間に舞い散っていた粉塵が収まり、互いに姿が見えるほど視界が開けた。ラプチャーが指を鳴らし、ポリゴンZの瞳が異常なまでにグレイシアを直視。目の内部で光が走り、機械的な目がフォーカスを合わせる。
次の技が必ず命中するようになる『ロックオン』。ラプチャーの宣言通り、このまま次に『でんじほう』を放たれれば必ず当たる。特性『ダウンロード』で特殊技の威力を高めた今のポリゴンZの攻撃が直撃すれば、間違いなくグレイシアは戦闘不能。
グレイシアからの攻撃では大したダメージを受けない。そう判断したからこそ、ラプチャーは狙いを定めるためどうしても隙が生じてしまう『ロックオン』を発動させた。
「さあ、『ロックオン』が完了するぞ。どうした、攻撃してこないのか。それとも、潔く諦めたのか」
「うふふ、最も隙が生じるのは『ロックオン』が完了したその瞬間。どの道確率は50%の賭け、行くわよ! グレイシア、『めざめるパワー』!」
「50%……くそ、ほのおタイプの『めざめるパワー』か!? ポリゴンZ、『でんじほう』だ!」
『ロックオン』からの『でんじほう』が放たれるよりも早く、グレイシアの咆哮と同時に眩い光がフィールドに溢れる。光の束は弧を描くように回転しながら迫り、攻撃を繰り出そうとしていたポリゴンZに直撃した。
グレイシアの『れいとうビーム』のダメージを軽減する為に発動した『テクスチャ2』、相手の最後に放った技に対して抵抗力があるタイプになる技。ただし変化するタイプはランダムであり、どのタイプになったのかはトレーナーであるラプチャーでも分からない。
迫り来る『めざめるパワー』がまさに攻撃しようとしていたポリゴンZにぶつかり、激しい爆発と同時に丸みを帯びた体が吹き飛ぶ。
攻撃時の爆発、吹き飛ばされたポリゴンZが巻き上げた粉塵が皆の視界を遮った。吹き飛ばされたポリゴンZは瀕死になったのか、それとも大したダメージなく反撃に出るのかが誰にも見えない。
爆風がフィールドを駆け巡る。肌に感じる風の流れ。耳に届く風の鼓動。誰もがフィールドの粉塵に視界を奪われる中、ただ1人だけ分かっていた。ラプチャー口角が僅かに上がる。
「決して弱くないな、そのグレイシア。だが俺の方が運が良かったようだ。ポリゴンZ、『でんじほう』!」
「ポケモンを信じるのは大切だけど、何も見えてない状態で指示を飛ばすのは冷静じゃな――」
水菜の言葉を遮るように轟音が響き、煙幕を斬り裂いて放たれた『でんじほう』がグレイシアを正面から捉える。最大出力の攻撃を受けたグレイシアは水菜の上を飛び越え、フィールドの外に弾き出された。
戦闘不能。人混みの中に落下したグレイシアに水菜は急いで近づき、グレイシアがもう戦えない状態なのを確認してからモンスタボールへ。振り向いて見えてきたのは、晴れる煙幕の中から健在を示すポリゴンZの姿。
そう、賭けはラプチャーが勝った。ほのおタイプの攻撃であるグレイシアの『めざめるパワー』に対抗するタイプ、ほのおタイプかみずタイプのテクスチャ。それを引き当てた。だからダメージが薄い。
「もし私もさらに一瞬判断が早ければ、何か出来たかもしれない。でもそれは敗者の言い訳。やるじゃないラゼッタ君、お姉さん芯の強い子は好きよ」
「あー俺は人妻にキョーミないんで。でもまあ、対戦できて楽しかったよ。どうせなら、現役時代のアンタと戦ってみたかったな」
「伝説のポケモンの中には時を渡る力を持つポケモンがいる。セレビィやディアルガなんかがそうね。もし貴方がどうしてもって言うなら、探してみたらどうかしら。大変だろうけど」
「……探してるさ。ずっと、何年も」
最後の方にラプチャーが何と呟いたか、水菜には聞こえなかった。聞き直す代わりに右手を差し出すと、ラプチャーもそれに応える。周りからは拍手が起こるが、目立ちたくないラプチャーとしては些か居心地が悪い。
「1つ聞きたいことがあるんだが、良いか」
「何かしら」
「アンタ、ポケモン1匹しか持ってないだろ。戦いの最中、危険な状態は何度かあった。なのにボールに手を伸ばそうと全くしなかった。ひょっとして、控えがいないんじゃないかって思ったんだが」
「すごいわね、そこまで見抜くなんて。その通り、今の手持ちはこのグレイシアだけよ。サンダース達は家でお留守番中なの」
ラプチャーの指摘に言葉では驚きながらも、取り分け本気で驚いている様子はない。モンスターボールの中で瀕死のグレイシアに『すごいキズぐすり』を吹き掛けながら、水菜は微笑む。
回復が終わり、グレイシアの呼吸が整ってきた。ボールを腰に戻した水菜はラプチャーに向き直り、その視線に気づいた彼もまた水菜を見据える。
「私からも質問。最後はなんでポリゴンZが無事だって分かったの。あの粉塵じゃ、瀕死かどうかなんてわからないのに」
「アンタに同じ説明は必要ないだろ」
「んーっと。あぁ、そう言えば風が読めるとか言ってたわね。風が読める。そして盗賊系の職業……なるほど、貴方が風読み『ラプチャー』ね。ふふ、そこまで私にサービスしていいのかしら」
「良いよ別に、アンタ口は固そうだから。それに俺は風読みだ、不吉な風を感じたらとっととトンズラこかせてもらうさ」
「あはは、貴方ってなんかあの人に似てるわね。確証がないのに、何故か確信に満ちたこと言ったりするところとかが特に。まぁ、頑張りなさい。応援しててあげる」
背を向けたラプチャーの背中を水菜が強烈に叩き、前のめりになりながらもバランスを直した彼は鋭く後ろを睨む。視線に気づいた水菜は舌を出して可愛らしく謝るが、割と短気なラプチャーの気は晴れない。
一発は一発。右手を挙げて迫り来るラプチャーを前に引き攣った表情の水菜は一歩一歩後ろに下がり、ラプチャーの手が届く半に来た瞬間、2人の鼓膜を強烈な振動が殴りつけた。
隣のフィールドから響く爆音、そして大興奮のギャラリーたちの歓声。両耳を塞いでいたラプチャーと水菜が隣を見ると、どうやら今し方勝負に決着がついたらしい。2人とも耳が良い分、突発的な轟音が非常に五月蠅く感じる。
呆けている水菜の額をラプチャーが軽くデコピンし、痛くないのに情けない声が彼女の口から漏れた。額を抑えた水菜がラプチャーを見ると、怒りの視線が今度は隣のフィールド、正確には選手へと向けられていた。
「俺はさ、別にロックやヘビメタが嫌いなわけじゃない。だがな、周りの迷惑顧みず唐突に神経に触ることされるのが非常にムカつくんだよ。場所的に次の対戦相手だ、徹底的に叩きのめす」
「あの人も若い頃は割と血気盛んだったわね。まあ、貴方ほど短気じゃなかったけど」
「あーそうですかい。よかったね、旦那が俺みたいに短気な野郎じゃなくて」
『さあー全てのフィールドでの試合が今終了したようだ! 次の対戦はラゼッタ選手VSホミカ選手! イドニア選手VSアルティオ選手! 盛り上がっていこう!』