巡り合わせのエアリード
PART / T
 ジョインアベニューの一角、ゲッコウカフェの看板が出されている店に彼はいた。人々が行き交う大通り、そこから少し離れた場所にあるテーブルでカップ手に取り一口啜る。頭の上のバチュルはお休みモード。
 頭で寝ているバチュルを落とさないよう器用にカップの中のレモンティーを飲み干し、一息入れて腕時計の時間を確認する。本来人が多い所で一ヶ所に留まる事を好まないラプチャーだが、今回ばかりはそうはいかない。待たねばならない事情があった。
 つまりカフェにいるのは暇潰しに他ならない。敢えてこのカフェを選んだ理由としては、単純に人が少ないと言うことぐらいだった。よく言えば喧騒の中のオアシス、悪く言えば人気の無い寂れたカフェ。
 特に絶品ともマズイとも言えない、中途半端なレモンティーを暇そうにしていた店員に注文する。なぜこんな店がジョインアベニューで生き残っているのか、不思議でならない。考えられる理由は一つだけ。
 時折行われる豪華景品が手に入るトーナメント――を、行っている店の対面にあるからだと思われる。言ってしまえばこの店の実力ではなく、そのときたまたま近くにあるこの店で美味しくもない飲み物が程々に売れるからだ。

「そろそろ不定期ながら開始の時間帯か、珍しく席がほとんど埋まってるな。注文してる姿は全然ないけど」
「すまない。そこ、空いてるか」
「どーぞー、ご勝手にお座りくださ……その声、よくのうのうと俺の前に出て来れたな」

 聞き覚えのある項に反応し、ラプチャーの声が鋭くなる。敵意を向けられた男は一瞬何のことかわからなかったようだが、ラプチャーの姿を見た瞬間に目を細めた。
 いや、正確に言えば見ていたのはラプチャーではない。ラプチャーの頭の上で眠っているバチュル。向けれた視線に気づいたのか、寝ぼけ眼を開いて相手を見る。

「お前、『風読み』か。先日は良くも邪魔してくれたな」
「何度も言うが、後ろから割り込んできたお前の方が俺の邪魔をしたんだ。間違えるな、フィアー」
「今となってはどうでもいいがな。今重要なのは、お前がこんなカフェにいる理由だ」
「どうやらお互い目的は同じらしいな。こんな寂れたカフェにこの時間に来るってことは、今日のトーナメントの景品が目当てなんだろ」
「ふん。本物じゃない可能性の方が高いと言う割に合わない情報だが、お前がいるならまんざら嘘でもなさそうだ」

 店の奥から「こんなとか寂れたとか余計なお世話だ」と言う店長の声が聞こえてきたが、2人とも謝るどころか聞こえてすらいない。2人の異様な空気を感じたのか、2人分のレモンティーを持ってきた女性店員は何も言わずにカップを置いて逃げていく。
 先日のヒウンシティでの衝突。その時は互いにガスマスクを装着していた為に顔を確認できなかったが、今は互いにその面を覚えた。邪魔をした対象が良く分かるこの状況、雰囲気が良くなるわけがない。
 一触即発の雰囲気が漂う中、視線が交わり火花を散らす。だが2人とも決して怒鳴ったり感情任せに胸倉を掴んだりはしない。こんな人が多い場所で目立つ行為などして、もし警備など呼ばれればどちらにとっても不利益。逃げ辛い上、今後ひょんなことから通報される可能性が高くなってしまう。
 静寂な荒々しさとでも言うのか。フィアーがレモンティーを飲もうとしたその瞬間、後方から響く強烈な音が2人の世界に水を差す。エレキギターをアンプに繋ぎ、音量調節を間違えたかのような五月蠅さだった。

「何だ、五月蠅いな。まるで公害だ」

 思わず驚いてカップを手放しそうになっていたフィアーを内心で笑いながら、しかしラプチャーも五月蠅いと思い音がした方向に視線を向ける。有名なバンドでも来ているのか、カフェの前には人だかりができていた。

「おそらく最初で最後だろうがお前に同意する。馬鹿みたいに公衆で爆音響かせやがって、誰だ一体」
「こんな爆音が響く中で暢気に寝ているお前のバチュルも大概だがな」
「五月蠅い。こいつはマイペースが売りなんだよ。可愛いんだよ。お前の尺度で測るな」

 頭の上でスヤスヤと暢気に眠っているバチュルを撫でると、鼓膜を刺激するほどの騒音の中で気の抜けた声を漏らす。そんなバチュルが頭の上にいる重量感、それがラプチャーに心の癒しをもたらしていた。
 そんな様子を見ていたフィアーは嘲るように嗤う。それと同時に路上ライブが終わったらしい。五月蠅かった音が止まり、代わりに拍手喝さいが巻き起こった。何がそんなに良かったのか、正直なところラプチャーとフィアーには良く分からない。
 しかしながら暇潰しにはなったようだ。ゲッコウカフェの対面にあるマーケット、そこが不定期に開催する豪華賞品のトーナメント。それの募集をかける合図のベルの音がけたたましく鳴り響く。
 先ほどの騒音騒ぎのおかげで普段は五月蠅く聞こえる募集のベルだが、幾分か弱々しく聞こえた。だがラプチャーとフィアーは聞き逃さない。人だかりの横を通り抜け、2人は受付の前に立つと互いに横目で睨みあった。

「俺が先だ。お前はお家に帰って前に俺から奪った珠でも磨きながら、タマタマとでも戯れてろ」
「いいや、俺の方が歩数的に先だった。お前はさっきの寂れたカフェに戻って、頭の上のバチュルに砂糖入れまくりの味覚が狂ったミルクでも与えてろ」
「お、お客様。受付は二ヶ所ありますので、どうぞ別々にご記入を」

 2人の険悪的な雰囲気を感じ取った店員の対応に促され、ラプチャーとフィアーはそれぞれ別の用紙に筆を走らせる。受付時間はたったの五分。正直短い。だが、それがこのトーナメントが人気な理由でもある。
 多過ぎず少な過ぎず、可もなく不可もなく。適度な参加者と適度な時間で行われるため、マーケットの人寄せパンダ的にも好都合。だからこそ店側も、毎度それなりに豪華な景品を出しているのだ。
 少なからず目立つことは避けられないが、大勢の前で失敗する可能性の高い盗みを働くリスクを冒すよりは余程良い。

「開始は十分後。景品が偽物だろうが本物だろうが、どちらでもよいとまでは言わない。言わないが、風読み……貴様が相手となるなら負けるわけにはいかん」
「俺もお前に負けるのは気持ち的に嫌だな。景品の『はっきんだま』、それもセットで俺が奪い取ってやる」



 瞬く間に5分が経過し、参加受付が終了した。参加者全部で8名。決して多いとは言えないが、騒音が近場で発生していたにしては集まった方だろう。どの道最大でも16名、そう違いはない。
 ジョインアベニューの中でも人気のマーケットだけあり、割り当てられている敷地面積も広大だ。バトルが行われるのは、マーケット内部に設置されているバトルフィールド。そのうちの1つにラプチャーは案内された。

『お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました! 本日の景品はかなり大きめの『はっきんだま』です。シンオウ地方の地下で稀に発見される珠ですが、このサイズのものは希少です』

 司会者の店員が手を向けた先にあるもの、金にも銀にも見える輝きを放つ拳大の珠。その見た目の美しさからか、観客の間から感嘆の声が漏れる。
 これが今回のラプチャー、そしてフィアーの目的だ。司会者も言う通り、景品の『はっきんだま』はシンオウ地方の地下通路で稀に発見される代物。希少価値はあるが、決してこの世に唯一無二ではない。
 伝説とされる『はっきんだま』がこんな街角トーナメントの景品になる。そんなこと、ピカチュウが『なみのり』するほどに確率は低い。
 だが先日、ラプチャーは僅かに気になる情報を手に入れた。そしてフィアーも恐らく、同じ筋から同様の情報を手に入れた。だからこそ2人はここにいた。

――ジョインアベニューにある人気マーケットの不定期トーナメント。その景品の『はっきんだま』が本物である可能性がある

 泥棒や強盗、盗賊が集まるコミュニティ。そこで流れた僅かな情報。もちろん十中八九偽物であることを十分に警告した上でのものだ。情報源の人間も恐らくは本物だとは信じていない。
 だから彼らだけがいた。ラプチャーは何故フィアーがこんな情報を信じたのかが分からないが、それは逆もまた然りだろう。しかし2人にとってそれはどうでもいいこと。目的は景品の『はっきんだま』のみ。
 参加者全員がフィールドに案内され、トーナメントの組み合わせが発表される。ラプチャーの初回の対戦相手、名前は『白神 水菜』。

「女性っぽい名前だな。フィアーではな……なっ!?」

 我が目を疑う。そんな言葉がぴったり当て嵌まるような、周りから見れば滑稽なほどにラプチャーは電光掲示板を凝視した。目を擦って見直してみるが、やはり間違いではない。
 そこに見えたのは『イドニア・エアリード』という名前。周りの喧騒が無音に感じられるほど、彼の心の中はざわついていた。
 焦りを表面に出さないようにしながらも、ラプチャーは慌ただしくあたりを見渡す。相手も自分と同じように辺りを見渡しているなら挙動で分かるのだが、ギャラリーが多過ぎてほかのフィールドのトレーナーが見えない。
 後ろから声を掛けられていたのか、困惑の世界にいたラプチャーの肩に手が触れる。その感触によって現実に引き戻された彼は肩を震わせ、鋭く踵を返して相手を見る。
 大人びた雰囲気の女性が立っていた。茶色のロングヘアーに綺麗な空色の瞳、下手をしなくてもモデルのようにスマートなプロポーションが魅惑的だ。

「貴方が対戦相手のラゼッタ・エアリードさんね。なんか体調良くないみたいだけど、大丈夫かしら」
「あ、あぁ。アンタが水菜って人でいいのかな。悪いね、考え事してた」
「良いわよ、別に。それじゃあ、お互い頑張りましょう。尤も、勝つのは私だけどね」
「強気じゃん。女性には優しくする主義だけど、負けるわけにはいかない。精々目立たないように勝たせてくれ」

 女性の余裕を込めた挑発に若干棘のある返事をし、踵を返す。動揺を隠し切れていないが、今ラプチャーに必要なのは考えることではない。勝つことだ。

「貴方ってひょっとして盗賊とか泥棒、もしかしたら殺し屋じゃないかしら」

 勝つことだけを考えていたラプチャーの背後から、唐突に掛ってきた意外な言葉。立ち止ったラプチャーは顔だけ水菜の方に向け、無表情の中に威圧を込めて睨みつける。
 何故ばれたのか――そんな彼の内心を見透かすかのように、女性は柔和に微笑む。その本心を悟らせない表情から何を考えてるかラプチャーには分からないが、別に通報したりするつもりはないようだ。

「歩き方。足音を消して歩くことが自然体で行えるレベル、生半可な努力じゃ身に付かないわ。そしてそれを駆使する職種は限られる。後はそうね、背後……いえ、周りを常に警戒している。加えて無防備そうに見えても右手がしっかりとボールを意識してるところとかかな。強襲とかに対応できるように」
「そこまで気づくとはな。一般人にはわからないもんだし、アンタも同業者か。つまり、あの『はっきんだま』の情報を聞いてきたってわけだ」
「あの『はっきんだま』の情報? あー違う違う。私はね、ほら、ただショッピングに来ただけよ。それでたまたまトーナメントがやってたから、遊びがてらに参加したってわけ。息子と娘が修学旅行でね、久々のお休みだからイッシュ地方に遊びに来たの。主婦も結構疲れるのよ。あっ、泥棒稼業はとっくの昔に引退してるわよ」
「あ、そう。なんだ、一般参加者と同じか。まあいい、ちょっととは言え俺をからかったことを後悔させてやる」
「させてもらおうかしら。貴方にできるなら、だけどね」

 不敵な笑み。水菜の持つ自身を察知したラプチャーも不敵に笑い返し、対戦のためにトレーナーサイドへと移動した。参加者が全員準備完了し、司会者が進行を行う。

『使用ポケモンは2匹、道具の使用は禁止ですが交代は自由です! どちらか一匹が戦闘不能になったら敗北となります! また『みちづれ』、『だいばくはつ』などを使って引き分けの場合、残ったポケモンの体力で判定します! それでは各フィールド、試合開始!』


月光 ( 2013/02/17(日) 17:45 )