コソ泥探し
PART / U
 夕刻、西の空に茜色の太陽が沈み始めた。映画館の出入り口を警備していたオリアンは足先で何度も地面を叩き、焦れる気持ちを抑えてラプチャーを待つ。
 時間を確認しようとしたその時、上空から何かが降って来た。目の前に落下してきたラプチャーに驚いて尻餅をつくが、直ぐに立ち上がる。モンスターボールにシンボラーを戻すラプチャーが持っているのは、横長の何かを包んだ白い布。

「上映時間終了ギリギリか、間に合ったな」
「どこに行ってたんだ。全く、勝手に家に帰ったかと思ったぞ。と言うより、何か行く前と格好が違うな」

 良く見ればラプチャーの服装が出掛ける前と違う。オリアンの疑問を無視し、ラプチャーは映画館の中へ。上映が終わったのか、入れ替わるようにして人々が出ていく中、ラプチャーは一人の少女に目を付けた。
 流れて来る人の波に乗り、さり気なく踵を返して集団に混じる。そして待つ、その時を。基本は現行犯、それ以外は駄目。だがラプチャーには確信があった。今このタイミングで、確実に動くと。
 気配を消して少し離れた後ろを歩き、少女の腕が僅かに動いたのを確認すると同時に距離を詰める。映画館を出ると人の波を外れ、少女は建物の裏へと駆け足で回り込むと右手に持つ財布の中身を確認し始めた。
 中身にカード類しかなかったのか、財布からお金を一銭も抜くことなくそのままゴミ箱へ。溜息をつき、帰ろうとした少女が踵を返した直後、先ほどまでなかった何かにぶつかり尻餅をついた。
 倒れた少女が目の前を見上げると、彼女を睥睨するラプチャーの姿。すぐさま逃げようとした少女だが、ラプチャーが足を引っ掛けるとその場で転んで蹲る。

「上手いこと監視カメラを避けたじゃねーか。だけど逆に言えば、そこを狙って歩く奴がコソ泥ってわけだ」
「いったーい……な、何よアンタ。コソ泥って、私はただ散歩してただけよ!」
「ゴミ箱に捨てた財布の指紋を取ればすぐ分かる。それに、映像だって撮ってる。ほれ、むしろ良く気付かなかったな俺に」

 右手に持つタブレットに映画館の中から御ミナコに財布を捨てるまでの一連の映像を映し、厭らしく笑うラプチャーを前に少女は一歩後ろに後ずさる。だがその背中にも再び誰かがぶつかり、少女が慌てて振り向くと警棒を持つオリアンが立っていた。

「こいつがそうなのか」
「おう、一般のガキにしちゃ中々良い筋してやがる。監視カメラ対策も完璧だったし、テメーの現役時代より腕が良いんじゃねーのか」
「だから止めてくれってその話題は」
「あ、アンタみたいな警備員なんて私は知らない。何で、何で私だって分かったの」

 もはや逃げる気力もないのか、少女は腰につけているモンスターボールに手を伸ばす様子もない。ラプチャーはまとめた紙を数枚取り出し、それを少女の前に放り投げた。
 内容は窃盗があった日と被害が起きた直前に上映されていた映画の内容。加えて二枚目、これが決定的。一枚目の紙に書かれている映画、その中に登場する俳優の名前のリスト。少女が息を飲む。
 リスト内の全てに出演している男性俳優の名前の横に分かりやすく丸が付けられており、全て確認した少女の額から汗が流れた。もはや言い訳はできない。

「理由はわからねーけど、そいつが原因だろ。片想いでもしてんのか」
「……そうよ、悪い? 初めて映画を見たときから、この人のファンだった。映画の中の彼はまるで私に話しかけてくれるみたいで、好きになった。でも私は俳優の練習なんかしたことないし、お金もない。彼と同じところに行くには、お金が必要だったの! 養成学校とか、どこかのプロダクションとか!」
「うわ、メンヘラかよメンドくせー。おいメンヘラ、ドロボーは良くないことだぞ」
「メンヘラじゃないわよ! てかアンタ、何か面倒臭いからって適当な言葉遣いになってるんだけど!」

 やる気のない言葉遣いのラプチャーに対し、少女は噛み付くように咆えるが彼は聞く耳を持たない。徐に歩き出すと少女の横を通り抜け、ゴミ箱の蓋をあけると中から財布を拾い上げる。
 ゴミを払った財布をオリアンに投げ、彼は頷くと踵を返してその場を離脱。倒れている少女とラプチャーはしばらく睨み合うが、彼の放つ威圧感に耐えられなかったらしく、少女の方が先にラプチャーから視線を外した。

「どうするの、警察にでも突き出すつもり。言っておくけど、私のお父さんはここの警備にちょっと顔が利くわ。アンタなんて、辞めさせるのは簡単なんだか――」
「あー別にどうでも良いよ、俺ここの警備員じゃないし。それにお前の窃盗も今日でどうせ終わりだしな」
「やっぱり警察に突き出すんじゃない」
「ちょっと裏ルートで調べたんだが、お前の好きなその俳優は3日前に事故って死んだぞ。事務所はまだ黙ってるけど、そのうち発表されるんじゃね。いやー残念、頑張って盗んでお金貯めたのにね。お疲れさまでした」
「は? え、そ、そんなはずないわ。馬鹿じゃないの、そんなことあるわけ……」

 一瞬動揺した少女だが直ぐに嘘だと思いラプチャーに問い質すが、彼は何も言わずただ意地の悪く笑うのみ。不安が渦巻く。恐怖が募る。
 少女が声を荒げて再度問い質すが、やはり何も言わない。嘘だ嘘だと否定する少女の前で、ラプチャーはしゃがみ込むと笑いながら答えた。

「おう、嘘だよ。二流とは言えポケウッドの俳優だ、事故死すりゃ嫌でもニュースになるっての」
「嘘……そ、そうよね。あははって、じゃあアンタは私を騙したのね! 確かに私は盗みをしたけど、心をここまで踏み躙る権利があるわけ!? 私が盗んだのはお金だけ、そこまで劣悪なことはしない。それに、どうせ沢山持ってるんだから良いじゃない。少しぐらい」
「人の心を踏み躙ってないか。全部を分かっている上でそう思ってるなら、お前は俺以上の悪党になれるな」
「な、何の話よ」

 怪訝な表情を浮かべつつラプチャーを睨む少女に向かって、彼は持っていた白い布の塊を放り投げる。受け取った少女は恐る恐る中を開くと、包まれていたのは黒い豪華な長財布。
 見覚えがあった。少女はしばらく考え、そして結論に至る。1週間前、今日と同じような手口を用いて、やたら高齢だった老人から盗んだものに間違いない。だがこれがなんだと言うのか、少女は開いて中身を確認する。
 盗んだときにはそれなりの現金が入っていたが、今は当然入っていない。残っているのはカードの類と写真が1枚。カード類は番号が分からないと意味がないし、履歴から犯行がばれる恐れがあるので盗まなかった。

「ゴミの焼却場から見つけ出すのは苦労したよ。おかげで服が臭くて仕方ないから、一度アジトで着替えてきた。まだ臭ってねーよな、俺」
「御苦労様、ゴミのような嘘つく人間にはお似合いの場所だったんじゃないかしら。それで、これがなんなのかしら。言っておくけど、お金ならもう無いわよ。俳優向け施設の月間利用費に充てたから」
「金は良いさ、俺のじゃない。ただ問題は、その写真だ」

 財布を指差すラプチャーに促され、少女は中から写真を取り出した。白黒の世界に写っているのは、笑顔の男性と小さな子ども。恐らくこの男性が盗んだ相手、どことなく面影があることに少女は気が付く。
 写真の日付は10年以上前。恐らく写真の中の子どもは少女ぐらいの年齢になっている。しかしこの写真がなんだと言うのか、少女にはラプチャーの言いたいことが分からない。

「その爺さん、2日前に死んだ」
「そう、御愁傷様ね。嘘つく意味もないだろうし、それは本当ってことにしてあげる」
「そしてその子ども、写真の翌日に死んでる。交通事故で」
「同情でも誘おうってわけ。確かにこの人たちが亡くなったけど、私が関与したわけじゃない。それどころか私は完全に部外者じゃな――」
「写真、それだけなんだよ。孫が写ってるのって」

 饒舌に回っていた少女の口が止まる。先ほどまで聞き流し気味だったラプチャーの言葉、具体的な数値が今になって少女の脳内を駆け廻った。
 財布を取ったのは1週間前。老人が亡くなったのは2日前。老人の孫だと言う写真の少年が亡くなったのがおよそ10年前。写真は財布の中に入っていたこれしかない。写真がないうちに、老人は他界したことになる。
 意味を理解した直後、少女は持っていた財布を放り投げてから慌てて後ずさった。呪われるような恐怖。投げ捨てられた財布を拾い、ラプチャーは中から写真を取り出す。

「爺さんの最後の言葉が『孫の顔が見たい』だそうだ。まあ、警察がゴミ整理なんてしてくれないだろうから警察に通報しても無意味だったろうけど。どうだ、人の心を踏み躙るってのは気分が良いだろ」
「知らない知らない! 私は別に、その人の気持ちを弄ぼうなんて思ってなかった! 私は」
「悪くないってか。確かに、老人が死んだこととお前の窃盗は何の因果関係もない。だがそこに唯一の写真がなかったことは、確実にお前の罪だ。お前に悪意があろうが無かろうが、お前は確実に人の心を踏み躙った。それで自分は悪くないだって、甘えんなガキが」
「ごめ、ごめんな、さい」

 泣いて蹲る少女の前に立つラプチャーは写真を財布の中に戻し、しゃがみ込むと少女の顎を手に乗せて無理やり上を向かせる。

「泣くぐらいなら最初からやるな。覚悟がないなら悪いと思うことはするな。真っ当に生きろ。あとそうだな、スケールが小さい。やるならもっと大きくやれ」
「は、はい……はい? え、どう言うこと」
「二流俳優に恋する程度で良いのかよ。やるならもっと、自分が一流になって惚れられるぐらい目指しても良いんじゃないのか。あーそうそう、爺さんと孫が亡くなったって話も作り話だから。よかったねー窃盗以外悪いことしてないよ君。でもこのまま続けたらありえた事態かもしれない」
「え、ええええええええええ!? 何よそれ! 酷い! 鬼畜! 外道! 嘘吐き! 根暗! 陰湿! 悪魔! おたんこな――」
「うるせえ! ちったー反省しろ!」

 瞳に涙を浮かべながらも罵声を浴びせて来る少女にキレたラプチャーは彼女の頭頂部を殴り、声にならない痛みに頭を押さえた少女は再びその場に蹲って黙り込む。泣いている、泣いてはいるが、その表情は先ほどより明らかに安堵していた。
 柱の陰にいたオリアンは一通り片が付いたのを見計らって姿を現し、手に持っていた手錠を後ろからラプチャーに放り投げる。後ろに目でも付いているのか、首を横に逸らして投げられた手錠をキャッチ。
 少女はその場から逃げない。目を伏して、両手を前に出す。捕まることは覚悟の上、だがいつまで経っても自分の両手を拘束する手錠が掛らない。片目を開けて前を見ると、手錠を持ったままの状態でラプチャーが瞳を伏しているのが見えた。単に寝ているようにも見えるが。
 数秒後、彼が目を開く。「ようやくか」っと思った少女の前でラプチャーは手錠を後ろのオリアンに投げ返し、それを受け取ったオリアンも特に何も言わずに手錠をホルスターへの納める。

「なんで、捕まえないの」
「俺が警察や警備員の真似事で手錠をかけるとかさ、可笑しくてやる気にならなかっただけだ。オリアン、今日は肉体労働で疲れたからもう俺は帰る。次来るのはナツメの新作が出たときだ」
「お前がそう言うなら俺は何も言わないさ。もうコソ泥事件も起きないだろうし、上の連中は風化を待って適当に俺が誤魔化しておくさ」

 帰路に歩き出した瞬間、座り込んでいた少女は慌てて立ち上がり、息を荒くしながらラプチャーの前に立ち塞がり視線を合わせる。

「アンタさっき言ったよね、『俺以上の悪党』って。ここの警備でもない。警察でもない。教えて、貴方は誰なの」
「隠すことでもないから教えてやるよ。俺はラプチャー、風読み『ラプチャー』。本名はトップシークレットな」
「貴方が、あのラプチャー。テレビでは極悪非道の盗賊って言われているけど、ネットでは裏取引や脱税をした成金からだけ奪う義賊って言われてる……うん、何か納得しちゃった。貴方って優しいのね、ラプチャー」
「それそれ、お前ぐらいのお子様には鬼気迫る表情より笑顔の方が似合ってる。真っ当に生きろ、俺とは違って。じゃあな」

 後ろで少女が手を振って見届けるのを感じながら、ラプチャーは映画館を後にした。小さい事件は解決したが、これで何かが片付いたかと言えばそうではない。むしろ、考えなければならないことが増えた気さえする。
 ナツメの予言、未来予知。強大過ぎる何かに立ち向かわなければならないこと。それは果たして神なのか、それとも目的達成の過程で出会う別物なのか。

「神だろうが何だろうが、俺の目的は一つ。その中で立ち塞がるなら、破壊してでも通ってやるまでだ」



月光 ( 2013/01/20(日) 21:32 )