PART / T
「だーかーらー、俺はナツメのサインが欲しいだけなんだって。昔ジムまで行って何故かバトルしてバッジ貰って、それでサインがもらえないなんて変だろ。なんならバッチと交換でも……あれ、どこ置いたっけアレ。なあ、どこ閉まったっけ」
「知るかお前の家のなかのことなんて! スターの控室に忍び込もうなんて、大胆と言うか阿呆にも程がある! 気持ちは分からんでもないが、俺が警備じゃなかったら即警察だぞ!」
「そう騒ぐなって、悪いことしたって思ってるよ。だからこうして素直に警備員室まで懇切丁寧に連行されてんじゃねーか。てか、あんまり五月蠅いとお前が泥棒稼業だったことバラすぞ。俺がいなかったらお前、今頃ヒウンの刑務所だし」
「頼むから、もうそのネタで脅すのは止めてくれ。俺はもう、真っ当に生きるって決めたんだ。とにかく形だけでも事情聴取、適当に書類作るから手伝え」
警備員の控室。静寂に包まれる空間で、警備員はまるで決まった動作をするように書類を記述して行く。反対側には足を組んでテーブルに肘をつくラプチャーがおり、右手の人差し指が忙しなくテーブルを叩く。
数分間お互いに喋ることがなく、警備員がようやく書類を書き終えた。ラプチャーはと言うとパイプ椅子を離れて近くにあったソファーに座り、自宅のように横になって完全な寛ぎ状態。
「それで、俺を態々呼び出した理由はなんだ。注意程度とは言え公然前科持ち扱いを受けるんだ、それなりの用件だろ」
「コソ泥探しだ」
「……は? 悪い、何か『コソ泥探し』とかしょぼい単語が聞こえた。俺の聴力が衰えたのかな。なあ、もう一度言ってくれオリアン。俺を呼んだ用件はなんだ」
「もう一度言うが、コソ泥探しだ。性質の悪いな。この手の奴は放っておくとそのうちデカイことやらかす可能性が高い。だが俺はそっち方面を離れて久しい。だからお前に頼もうと思っ――!?」
「お前、そんなことで俺を呼んだのか。おい、随分と冗談が下手糞になったじゃねーか」
立ち上がったラプチャーは華奢に見える腕でオリアンの胸倉を掴み、自分より背の高い彼の体を楽々と持ち上げた。息苦しさからオリアンが咳をして何かを言おうとするが、締めつける力が強過ぎて声が出ない。
「知ってるだろうが、俺は女子どもにはそれなりに甘いが野郎にはキツイぞ。それぐらい警察に依頼しやがれ馬鹿野郎が」
オリアンをソファーに放り投げたラプチャーが荷物をまとめて帰ろうとするが、彼の手を立ち上がったオリアンが掴む。ラプチャーが睨み付けるが、オリアンも退かない。
二人は数秒間睨み続ける。音が完全に遮断された静けさの中、息をついたラプチャーが先に折れた。荷物から手を離すとオリアンの手を払い除け、パイプ椅子を引いて座る。
「なぜ警察に言わない」
「ここの警備の連中は無駄にプライドが高い。俺みたいな下っ端を除いて、警察に頼るのを極端に嫌う。暴動とか凶悪立て篭もり事件でも発生しなけりゃ、警察のお世話になる気なんて毛頭ないのさ」
「呆れたプライドだな。それで何だ、『小さな暴力事件やガキのいたずらは解決できますが、コソ泥が探し出せません』ってか? 御立派な警備体制だな」
皮肉を込めて言った一言だが、オリアンは特に否定もしない。どうやら本当にご立派な警備体制のようだ。
「悪いがその通りだ。だがここの連中、ちょっと手の込んだコソ泥探しすらできないと来た。コソ泥探しのプロがこの間めでたく定年退職してな、しかも後任がいない。加えて、俺はお前ほど信用できる人間を他に知らない。上の連中も微妙に気が立っているんだ。頼む、引き受けてほしい」
「……まあ、今は本職の方も忙しくはない。資料を寄こせ、取り敢えずは全部調べてからだ」
被害が発生した時間における監視カメラの資料映像、購入された切符の集計データ、被害者のデータ、加えてラプチャーの希望で上映されていた映画のデータ。全てを見た上でラプチャーはマウスを動かす。
映画関係のデータが全て保存されているフォルダを開き、事件とは関係性のない映画の情報をチェックし始めた。機密情報なので本来必要以上見せるのは禁止なのだが、オリアンは眉一つ動かさずその行為を暗黙で容認。
確認に要した時間はたったの半時間。早い。どう言う限界視野と動体視力をしているのか、ラプチャーは画面に複数の映像を映し出して同時に確認していた。
ラプチャーが集中している際に五月蠅くされるのを嫌うことを知っているオリアンは終始黙っていたが、内心で舌を巻かずにはいられない。正しき道に進めば大きな成功を覚めるだけの才能を、彼は、ラプチャーは持っている。
故にオリアンは理解できない。ラプチャーがなぜ盗賊をやっているかを彼は知らないが、なぜ盗賊などと言う生き方を選んだのかを。そして思う。下っ端の自分なんかとは違う、もっと大成する何かがあったのではないかと。
「思った通りか。ッチ、あんまり気乗りしねーな」
「分かったのか」
全てのデータを閉じたラプチャーはオリアンの問いに無言で答えた。壁に掛けられている本日と明日の上映スケジュールと出演者リストを確認し、腕時計で時間を調べてパイプ椅子から立ち上がる。
もう行くのか――オリアンの期待とは逆にラプチャーは急に動きを止め、薄ら笑うとソファーの前にテーブルを移動させた。さらに冷蔵庫からペットボトルのスポーツ飲料水を取り出し、それを机の上に丁寧に配置。まるで誰かを迎えるように。
用意が終わり、最後に一応服装を正す。ソファーと対面になるパイプ椅子に座り、ラプチャーはオリアンには正反対の方向を向いて喋り出した。
「扉の前で聞き耳立ててるお嬢さん、ひょっとしたらお姉さん。取り敢えずスポーツ飲料出して置いたから、せっかくなら中で語らおうじゃねーの」
「鋭い念が感じられるから来てみたけれど、予想以上ね。完全に気配は消してたつもりだけれど」
静かな女性の声。開かれた扉から入って来た女性にオリアンは慌ててだらけていた姿勢を正し、ラプチャーは自分のコップにスポーツ飲料を注ぐ。
「これぐらいの距離になら、風と空気の流れで人がいることぐらいは容易に分かる。加えて呼吸や匂いでもある程度判別可能さ。だけど、さすがに驚いた」
「ナ、ナツメさん! け、警備員室に何かご用でしょうか。あっ、彼はその……」
「私の部屋にサインをもらおうと突っ込んで来たファンって名目だけど、本当はコソ泥探しに協力してくれるお兄さんでしょう」
扉を閉めたナツメは微笑みながらソファーに座り、出されたコップに手を向ける。少し前に屈めば手が届く距離だが、独りでに浮かび上がったコップがナツメの方へと引き寄せられた。超能力、エスパーレディと言われるナツメの力。
正直この距離で使うことになんか意味があるのか分からないラプチャーだが、特にからかったりはしない。ナツメは飲み物を一口含み、射抜くような視線をラプチャーに向ける。
「……思い出したわ。貴方、去年ぐらいに私のジムに挑戦に来たわよね」
「サインをもらいたくてね。行ったら行ったでバトルしかできないで終わったけどさ。今からでもサイン書いてくれると嬉しいんだけど」
「ごめんなさい、特定の人物に優先的な行為をするのは私の信条じゃないのよ。他のファンにも示しがつかない。逆に私は、貴方のサインが欲しいわね。風読み『ラプチャー』さん」
先ほどまで平静な愛想笑いをしていたラプチャーの表情が一瞬強張り、持っていたガラス製のコップに僅かな亀裂が走る。横目でオリアンを睨むが、彼は慌てて首を横に振った。
「何のことやら。俺はあれだよ、雇われ警備員だって」
「誤魔化さなくても良いわ、別に通報するつもりはないしね。ただ会っておきたかったのよ。これほどの念を放つ人間、その未来に少し興味があったの」
「へぇ、光栄だな。それでどうだったよ、俺の未来とやらを見た結果とやらは。別に遠慮はいらないぜ」
「……未来予知は絶対じゃないわ、それを念頭に聞いてね。貴方は近い未来、大きな何かに立ち向かわなければいけない。大き過ぎて、私には視えなかった。そう、例えるなら……神々」
「予知じゃねーけど、予想ならしてた。想定内だ。会いたくはなかったけど、立ち向かわないといけないなら立ち向かうまでだ。さて、俺はちょっと行くところがある。オリアン、夕方には戻る」
掛けていたジャケットを手に取ったラプチャーはそれだけ言うと扉を開け、オリアンとナツメを残してその場を後にした。
外に出ると取り出した小型タブレットを操作し、目的の施設を検索する。検索結果はタチワキシティだけでもおよそ十カ所以上。腕時計で時間を確認し、モンスターボールを投げた。
出てきたシンボラーの足に捕まり、目的の場所を簡素に伝える。ナツメに手伝ってもらえれば早く済むだろうが、ポケウッドスターをこれから赴く場所に連れて行くわけにはいくまい。
「時間が惜しい、とにかく急ぐぞシンボラー。ったく、警察に連絡すりゃ人海戦術で早く片付くのによぉ」