風読みラプチャー
PART / V

短編 : 風読みラプチャー

 PART / 3

 最上階に到着したラプチャーは階段へ向かい、最初に降りてきた通路を戻って再び屋上を目指す。階下からは警官隊が走って来る音が聞こえ、その足取りを速めた。

「1階以外にも結構の数の警察がいたのか。まあ、最上階にいないなら大した違いはないけどな。さて、屋上だ!」

 入って来たときに通った扉を開けると、冷たい突風が彼の全身を穿った。頭の上にしがみついていたバチュルが寒そうに震えるのを感じ、右手で風を遮る。
 メンバーチェンジ。体を撫でながら頭から放したバチュルをモンスターボールに戻し、別のモンスターボールを上空に投げた。同時に階段から続々と警官隊が現れ、ラプチャーの周囲に展開して一斉に包囲。
 数にして数十人は下らない。少なくとも、両手両足の指を使っても数えることはできそうにはない。まともに戦うのは時間の無駄だろう。

「正面から馬鹿正直に戦う気なんて最初からねーよ。物量的にも多勢に無勢。さあ、逃げようぜ!」

 上空で弾けたモンスターボールから飛び出したシンボラーを前にして、警官隊は一斉にラプチャー目掛けて引き金を絞り発砲。しかしラプチャーは大きく横に飛び退き、飛んで来る強烈なゴム弾の嵐を回避した。
 激しいビル風のせいで上手く狙いが定まらないのか、発砲されるゴム弾はラプチャーに当たることなく彼の周囲を虚しく通り過ぎる。
 ゴム弾では効率が悪い。警官隊は銃を降ろすと控えていたポケモンに指示を出すと、逃げ続けるラプチャーを取り囲むようにガーディとドッコラーの群れが集団で飛びかかった。
 逃げ場がない。しかしフェンスに追い詰められたラプチャーは何を思ったか、不敵に笑うと突然ガーディの群れに向かって全力疾走。助走を付けた状態から一気に跳躍し、ガーディの包囲を飛び越えるようにして大きくジャンプ。
 飛び越えられるはずがない――誰もがそう思った直後、まるでラプチャーの背中を押すかのような強烈な突風が屋上を通り抜けた。彼の体がまるで空中を歩くかのように、風に誘われて空を駆ける。

「馬鹿な! 奴には、風が見えるとでも言うのか!?」

 警官の一人が信じられないものを見ているかのように叫び、驚愕の表情を浮かべた。屋上中央に設置されている電灯の天辺を踏み台にし、さらにラプチャーは空へと駆け上がる。
 吹き荒れる風に乗って、ラプチャーは身体を風に運ばれながらフェンスを飛び越えた。飛び降り自殺、そんな単語すら頭に浮かべた警察官とは裏腹に、ラプチャーは笑みを浮かべていた。この場の全てを嘲笑うかのように。

「追ってこなくていいのかい。見てるだけじゃ、俺は逃げちまうぞ」

 ビルから真下が一望できる空間に飛び出すと、ラプチャーは目の前に飛んで来たシンボラーの足を掴む。そして飛び込んだ。ビルが生み出す乱気流の中へ。

「おい、下の部隊にラプチャーが降りて行ったことを伝えろ」
「降りて行ったも何も、こんな激しい風の中を飛行するなんて自殺行為当然です。仕事が犯人確保からお葬式の準備に変わりますよ」
「そうか、お前は配属になったばかりか。なら知らないかもしれないが、奴がなんと呼ばれているか知っているか」
「ええっと……すみません、先見『フィアー』ならニュースや新聞でも良く見たのですが」

 苦笑いしながら視線を逸らす部下に対し、老齢の警察官は落胆気味に溜息をつきながら首を振る。

「覚えておけ。奴は風読み『ラプチャー』と呼ばれている。その名の通り、風を読む。まるで、見えてるかのように。分かったら下に連絡しろ。俺は1階以外の被害を念のため確認する」
「わ、分かりました。私も後から合流します」

 冗談を飛ばしたつもりが大真面目な表情で言い返された。新米の警察官は戸惑いながらも敬礼し、無線を使って階下にいる部隊にラプチャーが降りて行った旨を伝える。
 彼は隊長を信用していないわけではないが、先ほどの言葉に関してはどうしても信じられない。この暴風の中を、無事に飛んでいくなんて不可能だ。

「今頃、ビルの窓にでも叩きつけられてるに決まって……マ、マジかよ……」

 無線を終えてラムチャーが飛び去った方向を見て、警察官は思わず息を飲む。目の前で起きている出来事を、ただただ唖然として見つめていることしかできなかった。
 シンボラーに捕まったラプチャーは巧みに方向を調整しながら、何事もないかのように暴風の中をゆっくりとだが確実に降下していく。人間業ではない。風が読めたとしても、一歩間違えれば死に直結すると言うのに。
 立ち並ぶにヒウンシティの巨大高層ビル群。そこで生み出される乱気流にも似たビル風は、一言で言えば悪魔。一流のハングライダーが飛んだところで、きっと生きては帰れない。
 ポケモンの力を使ったとしても、それは同じだ。伝説のポケモンのように規格外のエネルギーを持つならまだしも、アレは普通のポケモンだ。

「あれが、風読み『ラプチャー』……か」



 風に乗って犯行現場から離れたラプチャーは駐車場の前で着地し、シンボラーをボールに戻すとポケットからバイクのキーを取り出した。
 逃亡中に警官隊が必死に地上から追い掛けていたが、ビルの森を複雑に飛行して逃げるラプチャーの現在位置を知る者はいない。仮に今見つかったなら、それは運が悪かったと言うほかないだろう。
 駐車していたバイクに跨るとキーを差し込み、エンジンを付けるが立ち上がりと排気は非常に静かだ。当然のことながら逃走手段なので、爆音を轟かせてしまっては意味がない。

「よし、アジトに戻ろう。手に入ったのは『こんごうだま』だけか……」

 厚手のバイクグローブをはめたラプチャーはバックパックから『こんごうだま』を取り出し、ただ過ぎ去ってしまった昔を僅かばかり思い出す。
 大して思い入れの無かった故郷。それでも閉じた瞼の裏には不鮮明だが景観が映し出され、目の前を数人の子どもが笑顔を浮かべながら横切った。

「悪いな皆、まだ四分の一しか取り返せてない。いつになるか分からないが、待っててくれ。お前たちが好きだった、輝きの間……また見せるてやるからさ」
「見つけたわよラプチャー! 今度こそ絶対に逃がさない!」

 後方から突如響いてきた声に若干驚いたラプチャーは持っていた『こんごうだま』を落としそうになったが、慌ててバランスを整えると素早くバックパックの中へ戻す。
 振り返ると先ほどの女警官がウォーグルを傍らに連れて立っており、さらに離れた場所から次々とパトカーのサイレンの音が近づいて来ていた。

「貴方の行動パターンはお見通しよ。さあ、観念して捕まりなさい」
「お見通しって言う割には毎度毎度逃がしてくれてるよな、感謝してるよ本当に。そうそうナナミ、フィアーは下水道を取って逃げてると思うから入口固めておいた方が良いぞ」
「言われなくても分かってるわよそれぐらい。既に警官隊は派遣済みって、そんなどうでも良い話をするつもりはないわ。ウォーグル、『ブレイククロー』!」

 ナナミと呼ばれた女性の指示により、傍らにいたウォーグルが飛び出した。足先に光る鋭い爪がラプチャーに迫り、急いでヘルメットを装着してからアクセルを一気に吹かせる。
 強引に発進したラプチャーはアクセルターン気味に車体を回転させ、正面から迫ってきたウォーグルの攻撃を紙一重で回避。
 ジャケットの肩口が鋭利なナイフで切られたかのように裂けた。愚痴の一つでも言ってやりたいが、今は弁償を迫るときではない。一刻も早くこの場から離脱しなければ、今度こそ逃げ場がなくなってしまう。
 迫り来るウォーグルの二度目の『ブレイククロー』を上半身を屈めることで避け、アクセルを踏み込むと急激に加速して道路へ向かって全速で走り出した。

「よし、今なら十分に逃げ切れ――」
「待ちなさい! ラプチャー!」
「馬鹿! 正面に来るな! くそっ、間に合え!」

 走り出したバイクの前に飛び出して来たナナミは両腕を広げてラプチャーの前に立ち、舌打ちしたラプチャーは高速の反射神経で右手を腰のボールへと伸ばす。
 投げられたモンスターボール。弾けた中から現れたのは巨大な体に屈強な岩の鎧を纏うドリルポケモン、ドサイドン。

「悪いなドサイドン、背中貸せ!」

 既にラプチャーの意図していることを読んでいたのか、現れたドサイドンはナナミを一瞥するもなくその場で足を踏ん張り体を固定する。
 前輪を持ち上げ、そのままの勢いでラプチャーはドサイドンの尻尾から背中を駆け上がる。必死にハンドルを固定し、凄まじい速度のままナナミの遥か上空を飛び越えた。
 空中で姿勢を崩さないようにしながらモンスターボールにドサイドンを戻し、道路に飛び出たラプチャーは速度を緩めることなく方向転換。その場を一気に離脱する。

「周りが囲まれてなければデートもよかったけど、今は無理だ。またな」

 ゴムタイヤが擦り減る音と異臭が鼻を襲う。何が起きたのか分からず呆けていたナナミが慌てて後ろを振り返るが、既にラプチャーの姿はそこにはない。

「またなって……会う気満々? まったく、しぶといったら無いわね」





 狭い部屋に備え付けられている安物のソファー。そこに腰を降ろしたラプチャーはバックパックから『こんごうだま』を取り出し、損傷がないかを確認する。
 かなり荒々しく運んでしまったが、バックパックの中に大量の綿を詰めていたのが功を奏したようだ。目に見えるような目立った傷は見当たらない。
 事件発生からほぼ一日。ナナミの前から姿を消したラプチャーは何度か警察に見つかったが何とか逃げ切り、こうして小汚く狭い部屋に無事帰還を果たしていた。
 『シンオウの秘宝 まさかの窃盗!』――右手に持っている新聞の見出しを見ながら、ラプチャーはミルクティーを一口飲み込む。

「予告を出していた先見『フィアー』だが、風読み『ラプチャー』と共謀か? それとも風読み『ラプチャー』が先見『フィアー』を利用したのか? 謎は深まるばかり……まあ、実際はお互いに邪魔してただけだけどな」

 朝刊をテーブルに投げ、ラプチャーはミルクティーを一気に飲み込む。数秒間呆けながら天井を見上げていたが、急に立ち上がると近くに置いてあった携帯を手に取った。
 電話帳から電話を掛けようとしたその瞬間、インターフォンが何度も鳴り響く。電話を先にするべきか呼び鈴に出るべきか、少し迷ったラプチャーだが、相手が鬱陶しいほどに何度も何度も執拗にインターフォンを押すので玄関に向かう。
 玄関扉の覗き穴を見ると、目に入ったのは未だにインターフォンを連打する右目に眼帯をした少女の姿。溜息交じりに鍵を開けると、少女はラプチャーが扉を開けるよりも先に扉を勝手に開けて部屋へと押し入った。

「やっほーラプチャー! ふふん、そろそろ私に電話を掛けたくなってた頃合いじゃないかね。時期的に」
「なに、お前って鑑定士じゃなくてエスパーだったの」
「新聞見たらビビって来たわけよ、個人的に。『あーこれはきっと私が呼ばれる。ならばこっちから行ってやろう』って思ってさ、近辺の知ってるアジト虱潰しに回ったわけ。どや!」

 無い胸を逸らしながら誇らしげに胸を張る少女を前にして、ラプチャーは全く欲情的な気分にならず適当に頭を叩いて彼女を撫でる。

「ほいほい、御苦労様。まあ、呼ぶ手間が省けた。さっそく鑑定を頼むよ。本物だとは思うが、細かいことは俺も分からないからな。結構そわそわしてるんだ」
「ふっふっふ、まっかせなさーい。私の右目は何でも見抜く万能ミラクルアイ! このエレネスちゃんにかかれば、ちょちょいのちょいよ!」
「何でも良いからさっさとやってくれ。てか、右目眼帯してんじゃん」
「むう、冷たいね。でもそんな冷たいラプチャーも私は嫌いじゃないよ、乙女的に。どれ、では早速鑑定してあげよう」

 緑髪のツインテールを靡かせて歩くエレネスは居間に上がり、机の上に置かれていた『こんごうだま』に気付いた。近づくにつれてその表情が煌々と輝きを得ていく。
 テーブルの横に座り込んだエレネスはまるでショーウインドの中にあるトランペットを眺める子どもような目付きになり、ラプチャーが後ろからさっさと鑑定するよう促すが聞こえていない。
 ラプチャーが咳払いをするとようやく正気に戻ったのか、エレネスも釣られて一度咳払いをする。手袋を付けたエレネスは『こんごうだま』を触り出し、色々な角度からその外見を観察。傷がないのか確かめているのか、それとも鑑定士にしか分からない何かがあるのか。
 しばらく眺め続けたエレネスは軽く鑑定物を叩き、中身が空洞の贋作出ないことを確認。一通り鑑定し終えたエレネスはゆっくりと『こんごうだま』を机に戻し、右目の眼帯に手を伸ばす。

「おっ、久々に使うのか」
「加工はきめ細かいし、取り敢えずスカじゃない。けど、伝説級の道具は私もただ見るだけじゃ分からないの。だからちょっと視てみるよ」

 エレネスが右目の眼帯を取ると、その下からは彼女の本来の瞳の色である青色とは全く違う金色の瞳が姿を現した。
 さらに瞳の中にはまるでスコープを覗きこんだかのような円や線が浮かび上がっており、明らかに普通の瞳ではない。特異体質とも言うべきものだろう。

「毎度思うけど、それ何してんの」

 答えは返ってこない。先ほどまでのはしゃぎっぷりとは打って変わって、エレネスは両目を大きく開きながら目の前のものを凝視する。その後ろ姿からは少女の持つあどけなさは感じられず、あらゆる分野におけるプロの持つ圧倒的集中力に比肩するオーラのみが発せられていた。
 恐らくエレネスにはラプチャーの声が本当に聞こえていない。ただ目の前の鑑定物と一緒に、無想の世界でメリーゴーランドにでも乗っているのだろう。
 待っているのが面倒になったラプチャーは台所に向かうとコップを二つ用意し、冷蔵庫からモーモーミルクを取り出して注いでいく。モーモーミルクは大好物だ。ラプチャー的にはいくらでも飲める自信はあるが、消費期限がギリギリなのが少し怖い。
 彼がコップを持って居間に戻るとエレネスが今し方対話と言うべきものでも終えたのか、激しく肩で息をしながら額にびっしょりの汗を浮かべている。気配に気づいたのか、背後にいるラプチャーの方に振り向いた。

「お待たせ、鑑定完了したよ。あっ、モーモーミルク! 頂戴! ちょーだーい!」
「2つあるんだからあげる為に持って来たんだよ。ほれ」
「んぐ……んぐ……ぷはーうまい! 仕事終わりの一杯はやっぱり格別ですなー、肉体的に」
「仕事に疲れた主婦かお前は。それで、結局これは本物なのか」

 ミルクを全ての飲み終えたエレネスは息をつくとコップをテーブルに置き、近くにあった『こんごうだま』を軽く指先で叩く。

「これはね、間違いなく本物だよ。作られてから歩んできた歴史は常に神と共に在り、人々の信仰の対象とされていた。実際にディアルガがこの珠の前に姿を現したこともある」
「俺は、ディアルガのことは言っていないが」
「安置されてる台の近くにあった石碑に打刻されてた。古代文字だったけど、私はちょっと趣味で勉強しててね、分かるの」
「そうか、お前がそこまで言うなら本物なんだろうな。けどその右目、本当にどうなってるんだ」
「あぁ、これ? ちょっと特別でね、私が見たモノの歴史、未来への軌跡がそのまま視えるの。特に集中して視れば、生まれてきてから終わりまでが手に取るように分かるよ」

 ちょっと自慢げに金色の右目を指差したエレネスだが、ラプチャーの方を向くなり慌てて近くに置いてあった眼帯を手に取り、目に当てると紐を頭の後ろで結ぶ。
 どうやら精神的にも肉体的にも疲労するようだ。本人はそれらしい所作を見せていないが、全体的にエレネスの体がぐったりとしているのはラプチャーは見逃さない。

「でもね、無意識に見えちゃうの。見たくないものでも。だからこうして塞いでる。ラプチャー、貴方の過去と未来だって例外じゃない」
「まるで目玉だけの『時渡り』だな。尤も、俺に見られて困るような過去はないぞ。あぁそうだな、ちょっとエッチな本を両親に見つかった過去は見られたくないな」
「あはは、だから見てないよ。と言うか、口で言ったら意味ないじゃん。とにかくこれは本物、ダイヤードの名に誓っても良いよ。尤も、誓いを立てら得るような誇れる家じゃなかったけど……もう行くね。今日は仕事が立て込んでるの、スケジュール的に」
「あれ、お前の姓ってリングエルじゃなかったっけ。んー、まあ分かった。とにかく、エレネスのお墨付きなら安心だな。入金はいつもの口座に振り込んでおく。そうだな、二百万ぐらいで良いか」
「プラス今度来るときはモーモーミルクで作ったカフェ・オ・レね。何気にこの目について話したの、ラプチャーで三人目だったりして。信頼してるから……かな。それじゃ、まったねー!」

 笑顔のまま大きく手を振ったエレネスはくるくる回りながら玄関から出ていき、それを見送ったラプチャーはソファーに腰を下ろす。目の前にあるのは、紛れもない正真正銘の『こんごうだま』だ。
 シンオウ地方で広く知られている伝説。空間を司りしパルキア、時を司りしディアルガ。歴史における記述こそ少ないが、反転物質を司りしギラティナ。そしてその三匹を生んだとされる幻のポケモン、創造神アルセウス。
 『こんごうだま』はその中の一匹、ディアルガと心を通わせるための神具だとラプチャーはかつて教わった。そしてフィアーが持って行ったのはパルキアと心を通わせる為のもの。
 手に取ったそれを黙って見つめるラプチャーの瞳は徐々に険しさを増していき、憎しみにも取れる感情を抱くとその手が小刻みに震え出した。

「大層な人生だなんて思ってない。だが、こんな珠の為だけに、俺の人生は……あいつらの、人生は狂わされた。今すぐ壊してしまいたい! こんな珠、司祭の爺共と婆共が後生大事にしてたものなんて! 大事だったのは尊厳なんかじゃない。金だ、金の為にあそこに部外者を許可した馬鹿な老害共を殺してでも止めるべきだったんだ! 何が古くからの仕来たりだ! 何が神の意志だ! 村を、皆の生活を、子どもの幸せを喰い物にして金を得る神がどこにいるって言うんだ!」

 激しく咆えるラプチャーは『こんごうだま』を持った手を振り上げるが直前で留まり、強く歯を噛み締めながらゆっくりとその手を降ろす。
 肩で息をしながら近くにあった金庫に歩み寄り、憎しみを抑えながら番号を入力して扉開ける。『こんごうだま』をその中へと仕舞い込み、さっさと視界から消す為に扉を閉めた。

「落ち着けよ、俺。個人の憎しみに惑わされるな。頼まれたんだよ、最後の最後に。だから、叶えて見せるさ。全て揃えて、お前達の好きだった景色を、その墓前に必ず捧げる。だから、もう少し待っていてくれ」

 独り言を終えたラプチャーはクローゼットから黒のジャケットを取り出すとそれを羽織り、玄関口付近のテーブルに置いてあったサングラスと帽子を手に取り装着する。

「だけど、俺自身の人生も楽しませてもらう。言ってたよな、クシャラ。自分が幸せじゃないと、他人を幸せになんて出来ないってさ。行くか、次の得物を探しによ」


月光 ( 2013/01/14(月) 02:12 )