元凶
PART / X
 目を覚ましたラプチャーの目に最初に飛び込んで来たもの、白い天井に点滴の袋。そしてそこから伸びるチューブが自分の右腕に刺さっている。
 どうやら病院のようだ。ゲノセクトを倒した後からの記憶がまるでない。何日寝ていたのかは知らないが左肩の脱臼は治っており、右目も普通に開く。右肩の傷だけがまだ少し痛むが。

「そのラゼッタと言う青年、まだ目が覚めないのか」
「はい。医者の話では失血が酷く所々の骨折もあって、治るのにはかなり時間が掛かるそうです。すみません先輩、国際警察の私がいながら一般市民に酷い被害を出しました」
「その点に関しては正直、仕方がないと言える。彼がいなければお前もここにいなかった。国際警察としても彼には何か礼をしないとな。もちろん上司としてもだが」

 廊下の外から聞こえて来る声。小声で話しているつもりのようだが、ラプチャーの聴力を以ってすれば会話の内容は丸聞こえだ。
 1人は聞き慣れた声、ラプチャーからすればつい先ほどまで共に戦っていた国際警察のナナミ。もう1人はジョイン・アベニューで聞いたことがある、確かナナミの上司である白神正義。
 徐に辺りを確認したラプチャーは近くの棚に自分の荷物が一式とモンスターボールがあることを確認し、いざとなればいつでも逃げられるように心の準備をしておく。

「あの、その……ジャスティス先輩なら話しても大丈夫だと信じて話したいのですが、実は彼は――」
「あぁ、『かぜよみ』だろ。悪徳企業や汚職役人とかを対象に盗みを働く義賊、ってネットじゃ有名じゃないか。国際警察じゃどう頑張っても手が届かないとこもあるし、ああいう奴は好きだよ俺は。良いんじゃないか、今回は見逃しても」
「そ、そんな軽くて良いんですか!? と言うよりも、なんで彼がラプチャーだって知っているんですか。確かジョイン・アベニューで会っただけですよね」
「水奈が教えてくれてな。とにかく俺としては彼にどうこうするつもりはないから、お前の裁量で判断して良いよ。んじゃ、俺は別の用事があるから先に帰る。そうだ、リザードンは正式にお前に任せることになった。申請は出しておいたから、上手くやれよ」
「ありがとうございます!……ふぅ、ジャスティス先輩が上司で助かった。他の人じゃきっとこうは行かないわね」
「国際警察も気苦労が多いことだな。しかしお前の上司が白神正義で俺も助かったよ、目が覚めて早々窓からスカイダイビングしないで済んだ」

 ベッドに横たわったまま左手だけで挨拶したラプチャーを見たナナミは一瞬幽霊でも見たかのように驚いたが、目を擦って幻覚でないことを確認すると目に見えて安堵する。
 個室のドアを閉めると心なしか嬉しそうにラプチャーへと近づき、ベッドの傍にあったパイプ椅子を引き寄せて腰を掛ける。

「目が覚めたのね、良かった。色々と話したいことがあるけど、どこから話せば良いかしら。とりあえず事件の顛末からかしらね」

 ナナミによるとラプチャーは4日間眠っていたらしい。その間に起きたプラズマ団による大規模な暴動も、イッシュ警察と国際警察の連携によって収束した。
 暴動を起こしたもののプラズマ団はまるで指揮者らしきものがいない烏合の衆状態で、最終的な評価としては規模こそ確かに大きかったが決して大した脅威ではなかったらしい。
 これを裏から手引きしていたのが他でもないサイキルト。敢えて烏合の衆にすることで現場を混沌とし、そこでゲノセクトの実験を行う予定だった。
 だがラプチャーとナナミの手によってサイキルトの野望は失敗。多くの罪に加え犯罪教唆も加わったサイキルトの裁判はまだ先になる予定だが、良くても無期懲役。ナナミの予想では懲役300年以上にはなる。
 世間ではもうすっかりと平穏な日常が戻っており、厳戒態勢が敷かれていた都市も今では元通り。戦闘による爪痕は多数あるがそれも規模からみれば奇跡的なほど少ない。

「結局、プラズマ団の団員もサイキルトの良いように使われてただけだったってわけね。考えれば考えるほど、胸糞悪くなる事件だわ」
「あいつが関わる事件は大抵胸糞悪い結果になる。そういえば、ゲノセクトはどうなった」
「そっちも正直、あまり気持ちの良い結末じゃないわね。事件を知った国際研究機関の連中が来て、有無を言わさず連れて行ったわ。サイキルトよりはマシだろうけど、十中八九まともな扱いはされないでしょうね」
「だが大量殺戮を犯さなくて済んだ。それだけでも、ゲノセクトとしては救われたと信じたいな。そういえば、聞こえてたけどリザードンはお前がトレーナーになるんだな」
「うん、今はライモンシティの警察署に預けてあるから後で取りに行くわ……ラプチャー、これはリザードンには内緒にしてて欲しいことなんだけど、貴方には伝えておくわ。一緒に戦った仲だしね」
「そういえばサイキルトとの戦いの最中、なんか意味深なこと言ってたよな。俺の予想だけど、リザードンの持ち主はあいつを捨てたわけじゃないんじゃないか。手放さざるを得ない理由があったとか」
「こっちもこっちで煮え切らない話なんだけどね……」

 リザードンのトレーナーがメガ進化したリザードンを病気か何かと勘違いしたのは事実だが、ただのポケモンセンターやポケモンホスピタルではその後にまた手持ちとして戻さなければいけない。
 警察ならば研究機関で病気かどうか判断が出来たあと、持ち主がいなければ次のトレーナーへ譲渡される可能性が高くなる。少なくとも、ポケモンセンターで持ち主が不明のポケモンはその地方の研究者の元へ送れるのが常だ。
 元々リザードンを持っていたトレーナーは、他のポケモンは既に他の人に渡したり、ゲットした場所で仲間の元へ返したと言う。
 一番大切にしていたリザードンにだけは辛い思いをさせると分かっていても、絶対に知られるわけにはいかなかった。だから残した。ひょっとしたらまた会えるかもしれないと言う希望だけを。

「病気だったのはリザードンじゃない、そのトレーナーの方だったのよ。リザードンがメガ進化だと判明するのに2ヶ月掛かったけど、その時にはもうトレーナーはこの世にはいなかった」
「なるほど、お前がサイキルトとの戦いの最中で言ってた意味がようやく分かった。でもそれぐらいなら教えてやれば良かっただろ」
「トレーナーから念を押して言われたのよ、絶対に教えないで欲しいってね。元々強くない体だったらしいけど、結構無理して旅を続けてたみたい。ヒトカゲの頃から一緒だったリザードンはきっと、トレーナーの死を知ったら自分が連れ回したせいだと言う負い目を感じるってね。トレーナーは全然、そんなことを思ってないのに。むしろリザードンには伝えきれないほどの感謝をしてた。だけどそれも伝えられなかった……ねえ、これから自分が死ぬと分かっているのに、大切な相手のことを思って我慢するって、どんな気持ちなのかな」
「さあな、少なくとも俺はまだ生きてるし。だけど敢えて言うなら、きっと後悔はしてないんだろうな。託された側が納得してるなら、後はその気持ちに応えるだけだ」
「……ねえ、私も貴方に聞きたいことがある。レインボーヒルって確か、シンオウ地方で今は立ち入り禁止区域になってる場所よね。気になって調べたりはしたことあるけど、何があったの」
「聞いても多分つまらないぞ。そもそも、俺だってほとんど何があったのかは知らないし」

 ラプチャーが知っていることと言えば、レインボーヒルにはいくつかの村があり、その中で一番大きかった村に当時サイキルトを含む各タイプのエキスパートと呼ばれる存在がいたこと。
 シンオウ地方は伝統が多く残る地方だが、それでも技術革新を排他出来るわけではない。レインボーヒルもそれなりに近代化の道を辿るも、山奥だった為に電線が届かず供給できるエネルギーに問題があった。
 そこでサイキルトが提唱したのが村に眠ると言われる伝説のポケモンの恩恵を受け、そのエネルギーを人間が使える電気エネルギーやガスに変換することだった。
 計画が最終段階まで到達するのに紆余曲折あったのだろうが、ラプチャーはサイキルトなどとは違い身分が中流だったため、計画のほとんどは知らない。
 村に眠る伝説のポケモンの伝承、それすらも伝承レベルでしか大半の村人は知らなかった。全てを知っているのは村の最高権力者であった老人たち、それとサイキルトなどの一部の権力者。

「それと話は異なるが、村には一定以上の権力者ではないと外に出てはいけない掟もあったんだ。だが俺は外の世界が見たくて見たくて仕方なくて、ポケモン研究と称して山へ行く振りして外へ出てたんだ」
「あぁ、そういえばサイキルトも言ってたわね、『村の外へ無断で外出してる嫌疑がかけられていた少年』って」
「証拠が不十分だったのと、俺のことを手助けしてくれる奴らが結構いてな。特にサイキルトと同じ権力者でアーストの性を持つ家があって、そこの娘がかなり手助けしてくれた」
「もしかして、貴方が言ってたクシャラって人のことかしら。確かサイキルトが地面のエキスパートとか言ってたっけ。ははーん、貴方も中々根回し上手ね」
「お前本当に記憶力は良いよな。んで、俺はいつものようにちょっと外の町まで出かけてた。いつものように帰って、クシャラと色々話す……そんなふうに考えながら帰路についてた時に、事件が起きた」

 新聞社の報道や公式記録的には大規模なガス爆発や火力発電所の暴走、それによる暴動などとされているが、事件はそこまで複雑ではない。
 当時極秘裏に行われていた神のエネルギーの転用実験、その失敗が招いた結果だった。その実験の総責任者だったのが他でもない、キョウカ・サイキルト。ラプチャーが後から聞いた話によると、バックにはギンガ団もついていたと言う。
 無法者故に助かったラゼッタ、彼が急いで村に戻った時にはもはや村は原形を留めていなかった。暴走した神々の能力の影響がそこかしこに現れ、レインボーヒルは一気に世界でも屈指の危険地帯へと変貌を遂げる。
 至る所で時間の流れは加速したり減速したり、時には過去へ遡る。空間と空間は離れた場所を繋ぎ、ずれた空間に巻き込まれた人間だったと思われるものの残骸が飛散する。反転世界と呼ばれるこの世の裏側に通じる門が何ヶ所にも現れ、巨大な影がその穴で通り過ぎる。
 まさにこの世の終末と呼ぶに相応しい。急いで戻ったラプチャーに分かる範囲で全てを教えてくれたのが、サイキルトとアーストに並ぶエアリード家の当主だったシルクス・エアリード。
 彼が死ぬ間際に教えてくれたのは事件の首謀者がサイキルトであること。『しらたま』、『こんごうだま』、『はっきんだま』、『てんかいのふえ』があればこの現象を消し去ることが出来ると言うこと。

「その人には随分と世話になったんだが、最後まで色々と世話になりっぱなしだったな。そのすぐ後にクシャラにも出会ったが、もう虫の息だった。俺は医者でも神でもない。何もできなかった……」
「でもそれは、貴方が悪いってわけじゃないでしょう」
「ただ目の前で鼓動が弱くなるクシャラの手を握り返すしか、俺にはできなかった。彼女が最後に口にした言葉は『仲間と見た景色をもう一度見たい』と言う、何ともあいつらしい細やかな願いだったよ。だから俺は決めたんだ」
「『しらたま』、『こんごうだま』、『はっきんだま』、『てんかいのふえ』を手に入れるってことね。だけどこれって、全部伝説級の代物でしょ。あーでも、1つは貴方持ってるんだっけ」
「普通に働いたって永遠に手に入らない。だから俺は盗賊になった。とはいえ、盗賊が悪いってことぐらいは俺だって知ってるさ。それにやってみると意外と楽しくてな、性に合ってたみたいだ。と言うわけで、捕まえられるときにはちゃんと捕まえていいぞ」
「じゃあ両手出して、ここで捕まえればそれで色々と解決す――」

 手錠を取り出したナナミだが国際警察専用のマークが入ったポケギアが鳴り、画面を見ると嬉しそうに笑いながら立ち上がって出口へと向かう。

「リザードンを正式に私のポケモンとする許可が下りたわ。ふふ、これから仲間が増えると思うと楽しみだわ。そうだラプチャー、怪我が治るまでは安静にしてないと駄目よ。安心なさい、入院中は捕まえないから」
「恐ろしいまでに優しいご配慮ありがとうよ。ただし、俺が退院するときは俺から500メートルは離れてくれ、病院出た瞬間に捕まるのは嫌だからな」
「しないわよそんなこと! 全くもう……」

 愚痴りながら出て行ったナナミを見送ったラゼッタは一息入れるがすぐに外から聞き覚えのある声が聞こえ、連続で去来する来客に思わず溜め息が出る。
 今からでも面会謝絶の札を張ろうかと起き上がったラゼッタの部屋の扉がノックもなく開き、現れたシリュウは持ってきた花を荒々しく置いてあった花瓶に突っ込むと、近くにあるパイプ椅子を引き寄せて座ると足を組んだ。

「思ったよりも元気そうじゃないか、まるでこれから面会謝絶の札を扉の外に張ろうとするかのように」
「いつからエスパータイプが加わったんですかい旦那。ひょっとして、とうとう人体実験で人とポケモンの融合でもしたのか」
「面白そうだが興味はない。今日お前のところに来たのは、単にこれを渡すためだけだ」

 花とは別の手に持っていた包みを差し出され、受け取ったラプチャーは中にある存在が放つ神秘的な力を感じて息を呑む。

「警察に押収される前に回収しておいた。どうやらキョウカはゲノセクトの研究に腐心しながらも、過去のことが忘れられない節もあったんだろう。そいつを研究室の奥に保管していたよ」
「間違いない、この重量感に何よりも存在感。開けなくても分かるぜ、これは『てんかいのふえ』。それにしても旦那が態々持ってきてくれるなんて、いったいどういった風の吹き回しですかい」
「随分前だがモルハックから手に入れた研究データ、そして今回のサイキルトの研究所から手に入れたデータ、どちらも我が社の今後に大きく寄与するものが多かった。そしてそれを提供してくれるきっかけになったのはお前だ、それはちょっとした礼みたいなものさ」
「ふーん、まあくれると言うなら遠慮なくもらうぜ。こいつが一番見つけるのに苦労すると思っていたが、まさかこんな形で転がり込んで来るとはな」
「さて、それじゃあ俺はこれで失礼する。準備が整い次第レインボーヒル……いや、今はレインボーヘルだったか、そこに行くんだろう。精々死なないようにな、今後もお前に頼みたいことが出てくるかもしれないからな」
「そう簡単に死なないさ。全てが終わった後何するかは考えてないけど、何かあるかもしれないからな」

 扉を静かに閉めたシリュウが去っていくのを確認し、体を起こしたラプチャーは点滴のチューブを慎重に抜いてから布団を退かし、4日振りにベッドから降りる。
 たった4日とは言え全く動かなかったせいか立った瞬間少しふらついたが、すぐに感覚を取り戻した。ナナミのことを信用していないわけではないが、盗賊がいつまでも警察のお世話になっているなど言語道断。
 窓を開けたラプチャーは入り込む風に懐かしさを感じながら、近くのテーブルに置かれていた自身の服に着替える。誰が整えてくれたのか、綺麗な服からポケモンたちまで全て揃っている。
 モンスターボールから飛び出したバチュルは真っ先にラプチャーの頭の上へと登ると大きな欠伸をし、先ほどまでボールの中で寝ていたにも関わらず再び熟睡。
 頭の上に感じる小さな重みにラプチャーも安心感を覚え、窓から外にボールを投げるとゲノセクト戦で傷ついたシンボラーが姿を現し、ラプチャーの姿を見ると嬉しそうに空を飛び回る。

「行くぜシンボラー、とりあえず近くのアジトへな。そのあとでフィアーの持っている『しらたま』を奪うぞ。あと少しで全てがって、ん? これは」

 ポケットに手を入れたラプチャーは柔らかい感触を指先に感じ引っ張り出すと、どこかで見覚えのあるハンカチが出てきた。
 記憶を探るとゲノセクトの戦闘の時にナナミが自分の頭に巻いてくれたハンカチであることを思い出し、置いていこうとも思ったが先に病院関係者や第三者に拾われて捨てられたりでもしたら困る。

「次会うときに返せば良いか。それまでの間、ちょっと貸してもらうぜ」

月光 ( 2014/06/27(金) 22:49 )