元凶
PART / V
 再びブースターで加速したゲノセクトは大きく跳躍すると天井へ足を付き、さらにそこを蹴り目にも止まらぬスピードでコジョンドの後ろへと着地した。
 常識外の速度に何が起きたのかわからないナナミの指示が遅れ、体を反転させてコジョンドに体の正面を向けたゲノセクトは恐るべき俊敏性を駆使して『れんぞくぎり』を繰り出す。
 かくとうタイプに対してむしタイプの攻撃、決して有効とは言えない。しかしいま目の前で行われている戦いは、そんな常識が馬鹿らしくなるような一方的なバトル。
 反撃に出るコジョンドの『ドレインパンチ』がゲノセクトの表面を捉えるが、大したダメージはなくコジョンドの傷もほとんど癒えていない。
 隙をついてラプチャーが指を鳴らすとマタドガスが吐き出した『かえんほうしゃ』が後方からゲノセクトを包み込み、巻き込まれたコジョンドだが『まもる』によって攻撃をガード。
 タイプ一致の攻撃ではないが、はがねタイプとむしタイプのゲノセクトが直撃すれば効果は絶大。激しく渦を巻く『かえんほうしゃ』が霧散し、表面が焦げたゲノセクトが姿を現す。

「スピードにかまけて油断してるからだ。御大層なことを抜かしてた割には、大したことなかったなサイキルト。悪いねーせっかくお金が掛かったであろう研究を簡単に台無しにして」
「心配してくれてありがとう。あーだが、自分の心配をした方が良いんじゃないかい」

 クスクスと笑うサイキルトがリモコンのスイッチを押すと沈黙していたゲノセクトのブースターが反転してから爆発すると、背中を向けたままのゲノセクトがマタドガスへと急接近する。
 もはや通常の生物的な動きを前提に考えてはいけない。ブースターを停止すると上半身のみが反転し、輝く腕から放たれる『メタルクロー』が一閃。
 地面に叩き付けられたマタドガスは反動で再びゲノセクトの目線まで浮き上がらせられ、二度目の『メタルクロー』が放たれるよりも早く、開かれたその口から黒く怪しい炎がゲノセクトの周りを包み込んだ。
 相手を火傷状態にする技、『おにび』。再度放たれた『メタルクロー』だがその威力は半減し、マタドガスの体が少し吹き飛ばされるだけに留まる。

「ナイスよラプチャー、これで相手の物理攻撃の脅威は激減したわ!」
「ほう、悪くない」
「そりゃどうも、これで注意するべきは馬鹿みたいに早い移動とまだ見せてない特殊攻撃だけだ」
「勘違いするな。悪くないと言ったのは貴様の戦術がではない。この状況のことだ」
「状況だと」
「実戦での状態異常への免疫システムが正常に機能するかの確認ポイントだ。少し黙れ」

 凄みを利かせた目線でラプチャーを睨みつけるサイキルトの刺し殺すかのような視線に、ラプチャーも一瞬だが心の中に恐怖と言う感情が芽生えかけた。
 体中の金属が『おにび』によって僅かに溶かされているが突然ゲノセクトの金属がボロボロと崩れし、内側から新たな金属がまるでかさぶたが剥がれた後から新たに作られた皮膚の如く盛り上がって現れる。
 先ほどまで火傷状態によって僅かながらも動きが鈍っていたゲノセクトだがブースターを吹かすと再び高速の動きを取り戻し、マタドガスへの攻撃を一旦止めてリモコンを持つサイキルトの前で停止。

「成功だ。夢から生み出された金属、分子的異常を検知すると対象箇所を検知してゲノセクトのエネルギーを使用し分裂後に新たな金属を生成することで回復する。ふふふ、予定通りだよ」
「つまり、この化物には状態異常の類も通用しないってことか。マタドガスの『かえんほうしゃ』でも倒せない……くっそ、俺の手持ちの火力じゃ厳しいか」
「それでもやるしかないのよ。あんな化物がプラズマ団と国際警察の入り乱れる戦場に参戦したら、敵味方問わずに大きな被害が絶対に出るわ。なんとしても、今ここで止めないといけないの。私たちが!」
「驚異的な機動力、圧倒的な耐久力、超人的な回復力、それを備えたポケモンを作る。そう、最強のポケモンを作ることが私の1つの夢。全てを制圧する力。科学による支配」
「何が貴方をそこまで狂気に駆り立てるの。科学は人やポケモンを幸せにするためにあるのであって、不幸にするためにあるんじゃない!」
「如何にも凡骨が言いそうなお言葉だ。科学が人の役に立つと言うのはな、結果論に過ぎないんだよ。科学の探究とは幸福追求のためにあるのではない、科学者のエゴと知的好奇心や野心を満たすためにある。人間は生まれながら『知る』ことを欲する。なぜだ? 人がそういうふうにできているからだ。私からすれば、能天気に他人から与えられたもので満足する貴様の方が理解できん。結果とは自分の手で生み出し、試すものだ。このようにな」

 キョウカがリモコンのスイッチを押すと先ほどよりさらに一段階上がった出力でブースターが爆発し、瞬く間にコジョンドに迫ると勢いをそのままにその体を吹き飛ばし、その反動で旋回すると一瞬にしてマタドガスへ『メタルクロー』を叩き込む。
 数秒の間に2匹のポケモンが戦闘不能。もはや戦っているのはポケモンではない、狂気の科学者によって生み出された兵器同然。
 舌打ちしたラプチャーはマタドガスをボールに戻すと今度はポリゴンZを出し、息を呑むナナミは離れた壁まで吹き飛ばされてぶつけられたコジョンドをボールに戻し、屈強な巨体のウォーグルを出すが旗色は悪いのは明白だ。
 もはや弱点がどうとか技の効果がどうとかの問題は超えている。ゲノセクトに勝利するにはその体力が尽きて回復できなくなるのを待つか、回復力を上回る圧倒的な火力によって戦闘不能にするかのどちらか一方以外に選択肢はない。
 しかしマタドガスの『かえんほうしゃ』はまるで効果がなかった。ホウオウやグラードン、レシラムのような伝説のほのおポケモンの攻撃に匹敵、もしくはそれすら上回るエネルギー必要になる。

「何を出そうと無駄だよ。まず貴様らにはゲノセクトの動きさえまともに見えんだろうからな、真っ直ぐしか移動できない脳筋ならいざ知らず、こいつは回り道だって出来るんだよ」

 持っていたリモコンを何度か押すとゲノセクトはブースターと同時に大きく跳躍し、天井を蹴るとラプチャーとナナミから離れた壁をさらに蹴り、飛んでいたウォーグルの右後ろから高速で接近。
 ナナミが振り向いた時にはすでにウォーグルへの攻撃が終わっており、力のない声と共に一撃のもと巨体が沈む。さらに加速したゲノセクトはラプチャーの真上の天井に着地し、天井を離れるとポリゴンZではなくトレーナーを直接狙いその手を振り下ろした。
 人間が食らえば間違いなく銃床は避けられない。しかし上も見ずにラプチャーは一歩後ろに下がり、ゲノセクトの手は地面にひび1つ入らないほどの鋭い穴を残すだけに留まる。
 不敵に微笑んでいたキョウカの表情が初めて僅かに崩れた。ゲノセクトが地面に固定されている一瞬をついて後方からポリゴンZの放つ『でんじほう』が動けない相手を包み込み、ゲノセクトの動きが停止。

「や、やったの?」
「貴様、なぜゲノセクトがポリゴンZではなく貴様自身を狙うと分かった。いや、それ以前の問題だ。なぜ避けれたんだ、人間にあの動きを見切れるはずなどない」
「長く研究ばかりしていてボケたのか? エアリードとはその名の通り、空気の流れを読む力を持つ者。目では見えなくても、ゲノセクトの動きはある程度分かる」
「正当後継者ではないと思って、どうやら油断してしまったようだな。あの脳筋、いや奴以上の感性の持ち主らしい。その能力、非常に興味深い。どうだ、私と共に来ないか。その力、さらなる次元へと昇華させようじゃないか。科学の力で」
「断る。寝言っていうのはな、寝てる時に言うから寝言なんだぜ。ひょっとして夢遊病かお前、若いのに大変だな。あーいや悪い、もう結構良い歳だっけかそういや。ははは」
「デリカシーがない奴だ、私も一応少しは気にしているんだぞ。まあ、フラれてしまったのでは仕方ないな諦めよう。そうそう、良い攻撃だったがゲノセクトには全く効いていないぞ。次はどうする」

 ゲノセクトの金属が塗装が剥がれるかの如く落ちていき、内部から傷一つない綺麗な光沢を放つ金属が浮き上がる。
 ポリゴンZの『でんじほう』のダメージはまるでなく、さらに『まひ』状態も回復。回復に消費するエネルギーそのものにはゲノセクトとしての限界はあるはずだが、その兆候さえ見られない。
 背負っているブースターをゲノセクトが半回転させるとラプチャーは慌ててその場を離れ、発射された爆風の余波を受けて彼の体が数メートル吹き飛ばされた。
 さらに後ろを向いたまま背中の砲台から放たれた強烈な水流がポリゴンZに直撃し、その凄まじい威力のせいで何十メートルも離れた壁まで飛ばされる。
 一撃での戦闘不能。ブースターに吹き飛ばされた際に何とか受け身を取っていたラプチャーだが左肩が脱臼したのか動かず、さらに右目の僅かに上が切れて鮮血が流れている。

「くっそ、いきなり目の前で反転させやがって……」
「ちょっと大丈夫なのラプチャー!? 酷い傷、左腕は後で医者に見せないと駄目ね。右目は大丈夫そうね、ただ放っておくと失血が酷くなる。動かないでね」

 ナナミはハンカチを取り出すとそれを折り畳んで横長にし、ラプチャーの右目と傷口を覆うようにして頭に巻き付ける。気休め程度だが、ないよりはよほど良い。

「悪い、助かる。良く見てなかったんだが、何が起きて俺のポリゴンZがあんな遠方にいる挙句に水浸しで倒れてるんだ」
「ゲノセクトの砲台から水流が出たの。信じられないけど、あいつみずタイプの技も使えるみたいね」
「これこそがゲノセクトのもう1つの特性、『テクノバスター』だ。君達にも渡してあげたカセット、多種多様なそれらをセットすることで自在にタイプを変えられる技さ。尤も、君達にあげたカセットは型落ちタイプ。私のは新式でね、ちょくちょく改造している。」
「新式だと」
「前までのカセットだとゲノセクト自身の耐久性の関係上、威力を制限していたんだ。だが今回は夢の金属による耐久力を駆使し、逆方向にブースターを発射することで踏ん張りも効き、格段に威力を上昇させた。結果がアレさ」

 キョウカは親指で壁にもたれているポリゴンZを指差し、ラプチャーとナナミは倒れているそれぞれのポケモンをボールに戻す。
 今のラプチャーの持てる手持ちのポケモンによるどんな技を以ってしてもゲノセクトの回復力はそれらを上回り、状態異常も通用せず、スピードも技の威力もゲノセクトが上。
 間違いなくラプチャーが人生で出会った中で単騎としては最強のポケモン。左肩の痛みが激しさを増し、ハンカチを濡らす血の量も確実に増えている。長期戦は危ない。

「……おい、ナナミ。なるべく俺があいつらの気を引く。お前後ろの奴連れて逃げろ」
「ちょ、ちょっと何言ってんの、そんなことできるわけないじゃない! 目の前に悪がいて、ここで私が止めないともっと酷い被害が出るのよ!」
「このままじゃお前がここにいたところで被害者の数が1増えるだけなんだよ。それにあいつを抑えながら時間を稼げるのはお前よりも、俺の方が適してる。お前らが逃げて少ししたら、派手に暴れて研究所ごと瓦礫で埋めてやるよ。そうすりゃゲノセクトでもしばらくは動けないはずだ。サイキルトだってあの世に送れる。お前は今プラズマ団を鎮圧してる奴らにこの事態を伝えろ」
「駄目よそんなの。例え貴方が悪人だろうと、置いて私だけ逃げるわけにはいかない。不本意だけど貴方には助けられたんだから、私だって貴方の助けになりたい。ただ逮捕するんだから、あいつを殺させるつもりはないけどね」
「ふざけるな! 正直に言うけどな、お前がいても邪魔なだけなんだよ。それでいて俺の明確な目的の邪魔もしようってか。さっさと逃げろよ、俺は殺人を望む悪党だ。不本意だからってテメーが助ける価値もないような個人的に私怨を望む人げ――」

 左の頬に痛みが走ると同時に、室内に乾いた音が響き渡る。気付いた時にはラプチャーは頬から僅かな痛みを感じ、同時に向き直ったナナミの右手が振り抜かれたかのように構えられている。

「貴方を助ける価値があるのかどうかは、私が決めることであって貴方が決めることじゃない。確かに貴方は盗賊よ。でも私が知っている貴方はもっと聡明で明るくて、やたら女には優しい奴よ。自分をそんなに下げないで。私はね、そいつを捕まえることを目標にしてるんだから」
「それはお前の都合だろうが。それに俺は優しくなんかねーよ、優しい奴が人に向かって『邪魔だ』なんて言うか。所詮俺の独りよがり、さっさと俺の目の前から消えろ」
「本当に貴方って、嘘が下手くそと言うかなんというか。私だけじゃなくてアンナだって連れて逃げろって言ったし、外の人達にこの状況を伝えろって言ったり、貴方は悪党してるのが可笑しなぐらいのお人好しよ。私が貴方の立場なら、相手のことまで気遣えるか分からない。死ぬかもしれないのに、それって凄く勇気が必要なんだと思う」
「もう俺が優しいとか悪党とかどうでも良い。こいつらを足止め出来て、お前らが助かって、外の奴らにこの事を教えて、俺が目標を果たせ、全てを達成するには俺が残るしかないんだよ。お前がいても意味がないんだ。頼むから、逃げろって」
「断るわ。私のルールは私が決める。そして、私も勇気を出してみる。言うこと聞いてくれるか分からないし、もしかしたらもっと状況悪くなるかもしれない。でもやる。やってやるわ」
「お話は済んだかしらお2人さん、まるで推理小説が原作のサスペンスドラマの最後のシーンみたいだったよ。さて、十分データも取れたしそろそろ終わりにしようか。それとも、まだ抵抗を続けてくれるのかな」

 もはや2人に興味を失いかけていたキョウカの言葉を無視し、ナナミはポケットから不思議な紋様が描かれたリングを取り出すとそれを左手首に装着する。
 さらに同じポケットから取り出した赤色の綺麗な丸い石を取り出すとそれを先ほど装着したバンクルの穴に嵌め込み、モンスターボールを1つ手に取りそれをフィールドへと投げた。
 現れたのは巨大な橙色のポケモン、リザードン。生粋なほのおタイプを前にキョウカの表情が僅かに興味を取り戻し、ゲノセクトへ指示を出そうとするがその手が止まる。
 リザードンは目の前のゲノセクトではなくトレーナーであるナナミを横目で睨みつけ、今にも襲い掛かりそうな眼光を前にナナミの表情が自然と強張り、脚が金縛りにあったかのように動かない。
 トレーナーの実力を認めていないポケモンが言うことを聞かないのは良くあることだが、これはそれ以上に酷く、まるで恨みすら持っているような悪意の視線。

「おいおい、あのリザードン滅茶苦茶怒ってんだが。お前何したんだ」
「この子は捨てられたポケモン。いえ、正確には拒絶されたポケモン。元の持ち主はこのバンクルと石のせいで通常進化するはずのないリザードンが一時的に変化したと言って、警察に相談してきた。結果として病気でもないし、心配することではなかった。だけどその人はリザードンを手持ちに戻すことを拒んだ。得体の知れないことに変わりはなかったから」
「あはははは、まさか起死回生を狙ったポケモンが人に捨てられ怒りを抱くリザードンだとはね。何ともまあ苦肉の策だ。だが如何にリザードンと言えど、ゲノセクトに勝てはしない。攻撃が当たれば少しは効くだろうが、まず当たらないよ確実にね」
「サイキルトの言う通りだ。例えお前との関係が良好でも、リザードンでは厳しい。奴がここを出るのが数分遅れるだけだぞ」
「ただここにいても勝てない。貴方には悪いけど、私が逃げたところで事態が好転するとはとてもじゃないけど思えない。言ったでしょう。リザードンが一時的に変化したって。みせたげるわ、これこそが新しい進化!」

 石を埋め込んだバンクルを装着する左手をナナミが高らかに掲げると同時に赤色の光が辺り一帯を包み込み、その光を受けたリザードンの姿が突然変化を始める。
 頭の中央やや後ろから新たな角が現れ、両腕の側面にはまるで小型の翼のような部分が生えた。さらに翼も全体的に大きさを増し、尻尾の先の炎が放つ熱量も上昇。見た目的な凶暴さが一気に激しくなる。
 こんな変化をラプチャーは見たことがなく、キョウカも興味深いのかその変化をひたすら観察していた。

「カロス地方と言う遥か遠方の地方で最近ようやく研究と解明が進んで来た特殊な進化。バトル中のみ発現するこの現象を研究者たちはこう呼ぶわ、『メガ進化』と」
「ほう、それがメガ進化か。論文なんかで聞いてはいたが、現物を見るのは初めてだ。いや興味深い、非常にそそられるね」
「ラプチャー。貴方の言う通り、このままじゃいくら強くなったと言ってもリザードンでは勝てない。それどころか、状況が輪をかけて最悪になるかもしれない。私1人では駄目なの。お願い、私と一緒にこの道を歩いて」
「……はぁ、馬鹿かよお前は。女のお前にここまで格好つけられて、俺が断るわけなんかないだろうが。少なくとも、さっきよりは希望がある。付き合ってやるよ、お前の進む道にな」


月光 ( 2014/06/22(日) 20:13 )